11.幸福に付け入る



「あの、藤枝さんと別れたって聞いて…その、だからって訳じゃないんだけど─────!」
 
今時珍しいド直球の告白。放課後に体育館裏へ来てくださいと呼び出された瞬間は何と面倒くさいことかと思ったものの、すぐにこれは好機だと捉え直すようになった。
そして実際行ってみて更にその都合の良さに気づく。
 
…"だから"って訳で言ってるの、見え見えだよ。
つーか噂回るの、早えよ。まだ雪葉と縁切ってから一週間くらいしか経ってねーだろ。
 
まあ、それだけ俺達の関わり方が目に見えて変化したということなんだろう。そして女子というのは、そういう空気には他のどの生き物よりも人一倍敏感だ。浮かべた笑みが呆れ混じりにならないよう気を遣いながら、俺は口を開いた。
 
「いや元々そういう関係じゃなかったから…。良かったら、付き合おうか」
 
目の前の…なんて言ったか忘れた、同学年の女は俺の申し出に心底安堵したような顔をしていた。
あーあ、わっかりやす。数日後に控えるクリスマス目当てのいい加減な好意だと、こうもあからさまに顔に書かれていると萎える気力すら沸いてこない。
 
元々人の純情を弄ぶことに罪悪感なんて抱かない性質ではあるが、まあ後々のことまで考えた時 その本質が不純であるに越したことはない。それに俺を利用しようとはなかなか良い度胸もしてる。
 
こっちは他校の奴らの目を雪葉から逸らし、ついでに俺自身も彼女を忘れたいと常々思っていたわけだから…ここで、逆に利用させてもらうとしよう。
 
そういうわけで、俺はクリスマスの直前に、体の良いカノジョを作ることになった。
 
「うっわゲスッ」
 
というのはヤマの言。部活後にわざわざお迎えに来てくださったカノジョ様を見てこの一言である。
 
「藤枝から他校の奴の目を逸らそうって魂胆見え見えなんだけど」
「あるいは花宮自身が藤枝を忘れたがってるか」
「どっちにせよおニューのカノジョがかわいそ〜」
 
結局下種なのは同じだというのに、ここにいるのはほんとに棚上げが大得意な奴らばかりだ。かわいそう、ゲスいと言いつつ同情するどころか面白がってるわけだから性質が悪い。
 
「向こうもクリスマスの穴埋め代わりにしてるだけなんだからお互い様だろ」
「穴埋めだってさ、ヒッワイ〜」
「一哉はちょっと黙ってろ」
 
あとついでに言うと体の関係を持つ気はないからな。以前までならともかく、今好意もなくそういうことをしようとしたところで絶対三好に迫られた時の雪葉の顔を思い出すからもうその時点で萎えることはわかってる。なんなら今から萎えてる。
 
「花宮って結構重たいんだな」
「いやもうどう考えても花宮は重いじゃん。んなもん普段のバスケへの執念見てりゃすぐわかるじゃん」
「一哉お前もう外走ってこい」
 
部活終わったのにヤダよとごねる一哉を置き去りにして、鞄を肩に掛ける。
 
「花宮ー、そしたら週末お前こねーのー?」
「後で連絡するわ」
 
クリスマスにカラオケのパーティールームを取るとか言ってたか。当然俺と付き合ってる理由が"クリスマスにリア充したいから"のカノジョ様は、当日俺が時間を割くことを期待しているだろう。こちらとしても(本人が無自覚とは言え)ここまで利用している以上そのくらいの義理は果たしても良い。
とはいえ、最後まで一緒にいる必要はないだろうから、どこか適当なところでこいつらと合流する気だ─────というのは、近くにカノジョがいる手前口にはしなかった。
 
「花宮君、遅いよー!」
「ああごめん、待たせたね」
 
貼り付けた笑顔を疑いもせずに、カノジョは俺の腕に自分の腕を絡める。
脳味噌お花畑な奴のこういうところだけは心底尊敬に値すると思う。世間の風潮に流されるがままに相手を求めているだけなのに、それで本当に恋をした錯覚を起こして勝手に幸福感を得ている。お手軽なその催眠術には感服するばかりだ。
 
「花宮君、なんで私と付き合ってくれたの?」
 
ああ面倒くせえ。
 
「君こそ、なんで俺のこと好きになってくれたの?」
「えー…爽やかで、誰に対しても優しいところが素敵だなって…」
 
演技力を褒めてもらってドーモ。
 
「嬉しいな。俺達あんまり話したこととかなかったけど、これから互いに色々と知っていけたら良いね」
 
ま、こっちから話すことは何もないけどな。
 
そんな心の声など当然聞こえるはずもなく、隣の女は浮かれた顔で内容のない話を垂れ流す。聞いているふりをしながら帰り道を歩く俺の心の中には、今日の晩飯はどうしようかということしかなかった。
 
「─────なんで藤枝さんと別れちゃったの?」
 
そんなどうでもいいことばかり考えていたせいか、その時の女の問いはまるで頭を金槌で殴ってきたかのように鮮明に俺の意識を引き戻した。は? と冷たく聞き返さなかった自分をこの時ばかりは褒めてやりたい、それほどまでに唐突で、不躾にも程がある。
 
「えーと……?」
「い、言いにくいこと聞いてごめんね。ただなんで花宮君が藤枝さんのこと好きじゃなくなっちゃったのか、気になって……同じこと、私も無意識にしちゃったりしたら怖いし…」
 
心配しなくてもお前には端から興味がねえ。
それに、"雪葉と同じようなヘマなんかしない"と言いたげなこの挑発的な目も、気に入らなかった。
 
「…うーん、そもそも俺と彼女は付き合ってなかったし、理由があって彼女を好きじゃなくなった、ってことも別にないんだけど…」
「じゃあ、なんで前まではずっと一緒にいたの? なんでそれなのに突然一緒にいるの、やめたの?」
 
ぴーぴーと質問を浴びせかけてくるこの甲高い声に不快感を抱く。言いにくいこと、とわかっていながら平気な顔をして踏み込んでくるのは確信犯か、それともただ頭が弱いだけなのか。
 
「なんでだと思う?」
「わかんない」
 
一瞬の思考でさえ放棄して、簡単に首を振る女。
 
「…あんまり君が気にする事じゃないよ。彼女と君は全然違う人だから」
 
その言葉ですっかり女は自分の方が雪葉より上位の存在だと思い込んだようだ。それが正反対の意味を持つ完全な勘違いだとも知らずに─────だが生憎俺は嘘はついていない。雪葉の思慮の深さも、現実主義的なところも、どこか浮き世離れして危なげなところも、この女には何一つない。俺が雪葉に魅力を感じれば感じるほど─────いや、やめよう。そもそもこの女の傍にわざわざ自分の時間を割いてまで俺がいる目的を見失ってはいけない。
 
「花宮君、明日のクリスマス楽しみだね」
「そうだね」
 
俺はいつこの茶番を終わらせようか考えるのが楽しいよ。
 
 



 
 
「ヤマ? 今日の帰り際のことだけど。クリスマス、適当に女振り切ってそっち合流すっから」
『げぇー、それ俺らどんな顔して迎えいれりゃいんだよ』
「いつも通りで良いだろ」
 
受話器越しに『この女泣かせが』という不名誉な文句が聞こえてきたが、それは無視しておく。
 
『────つーか今日藤枝とすれ違ったけど、あれほんとに大丈夫か? かなり落ち込んでたぞ』
「んなもん…なんか教師に怒られたとかそんなんじゃねーの」
『気づいてないとはさすがに言わせねーからな』
 
咎めるような口調につい舌打ちを返す。
もちろん、雪葉の様子がおかしいことなんてわかっていた。友人と話していてもどこか上の空、歩きながら何もないところで躓く、ぼうっと空を見上げている────要は、魂が抜けたような状態になっている彼女を、何度も見た。
原因だってわかっている。理由は知らないが"花宮が幸せになるまでは傍にいる"などと抜かすような女だ。そこで自分が彼女にとっていてもいなくても同じどうでも良い存在だと思いこむ程、俺は謙虚でも愚鈍でもない。
 
『お前は藤枝の幸せのためって言うけど、俺らからしたら藤枝はお前と一緒にいる時の方が遥かに幸せそうに見えるぞ』
「それは─────」
 
それは、井口南の奴らに害を加えられた時の彼女の姿を見ていないからだ。
 
「……とにかく、雪葉のことはもう関知しない」
『そーやって無理ばっかして、あいつらに見限られても知らねーぞ』
「余計なお世話だ」
 
最後にヤマは溜息をついて、電話を切った。俺ら、と言わずあくまで自分を抜いたチームメイトだけを指しているところにあいつの甘さが見え隠れしている。それも含めて余計なお世話だ、とひとり舌打ちをした。
 
電話を切り、ホーム画面に戻すとそこには大量のメール着信の履歴が残っていた。
 
「………」
 
ぜーんぶ、あの女。
 
『今何してるのかな』『花宮君、忙しいのかなぁ』『今日はお鍋を食べました』『今からお風呂に行きま〜す』と、まるで俺を日記か何かと勘違いしてるんじゃないかと言いたくなるような一言の羅列。返事があろうとなかろうと関係ないという意思が見え隠れしている。
 
返信することなく携帯を閉じ、ベッドに横になる。
 
今のところ、この計画は全くうまくいっていない。他校の奴らから狙われることもなければ雪葉を忘れることすらできない。全部俺の徒労に終わっている。
 
事態が思い通りにならないことほど腹立たしいことはない。特に今回など利用するためにこれだけの時間と体力と気力を使っておいて、その本旨が一切達成されていないのだ、腹立たしいを通り越してもう腸が煮えくり返りそうだ。
 
そんなことを考えているうちにまたメール着信の音がした。誰も聞いていないのを良いことに盛大に舌打ちをし、乱暴に電源を切る。
 
明日は24日、俺の頭の中ではあの女と別れる為のシナリオが早くも動き始めていた。



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