16.不幸を覆す
翌朝、少し友人の身を案じながら教室へ向かうと、当の本人はいつも通り鞄を枕にして居眠りしていた。
とりあえず登校していてくれたことにほっとして席に着くと同時にチャイムが鳴り、彼も目を覚ます。
「おはよう、瀬戸」
普段私から声をかけることはあまりないのだが、この時ばかりは別。後ろから名を呼ぶと、寝起きの瀬戸は緩やかな動作でこちらを向いた。
「……おはよ」
「昨日、大丈夫だった?」
「うん。そっちも大事なかったらしいね」
「あ、もう聞いてた? 昨日も普通に帰ったし、腕以外は特に目立つ怪我もないって」
花宮の容態を伝えると、瀬戸は興味なさそうに気のない返事をした。
「そ、良かったね」
昨日、暴行を受けているのが花宮だと知った時は一瞬で顔色を変えていたのに。あの時の鬼気迫る雰囲気が嘘だとは言わないけど、なんとなく気の抜ける思いだった。
「瀬戸、昨日は何をしたの?」
「当ててみ」
「………花宮の」
「正解」
いや私まだ花宮の、としか言ってないんですけど。
本当に正解なら、彼は昨日"花宮に危害を加えていた人間を全員倒して校外へ運び出し、自分自身も姿を消した"。恐らくあの声の雰囲気からして説得や半端な威嚇は効かないはずなので、瀬戸はとことん戦意を喪失する、あるいは物理的に戦闘不能になるまで攻撃したはずだ。辺りには花宮以外の血痕がなかったので、その攻撃はいつか花宮が井口南の生徒に加えたような筋や関節を直接叩いて動けなくする類のものだろう。
まったく…霧崎第一の人間は、全員揃って武道でも習っているんだろうか。
「何人いた?」
「5人」
「どこの学校?」
「柏田高校」
「なんで花宮は抵抗すらできなかったの?」
「そりゃ、手をやられたからっしょ」
頭の悪い回答は、わざとか。私が聞いているのは"どうして手首を折らせるような事態になったのか"ということ。そのくらい、瀬戸が察せないはずがない。
「…言えない?」
「言えない」
やはりわざとだったらしい。今更何を秘密にされることがあるのかと思ったが、どうにも瀬戸は口を割る気がないらしい。腑に落ちない態度に少し苛立ち、私は小さく溜息をついた。
「ただ、藤枝に一つ忠告したいことがある」
そんな私の態度など意に介さない様子で、瀬戸は言葉を続ける。
「忠告?」
「知らない奴からの誘いには乗らないで。てかあんまり一人で行動しないようにしてて」
まるで子供に言い聞かせる母親の言葉のよう。理屈としておかしなことは言われていないけど、瀬戸の"忠告"はあまりにも脈絡がなくて、不自然だった。
それじゃあまるで、私まで狙われているみたいじゃないか───────
─────もしかして、花宮が襲われた理由に私が関わってる…?
知らない奴からの誘いに乗らないで、ということはつまり私は誰かにどこかへの同行を誘われる可能性があるということ。一人で行動しないで、ということはその誘いを断った結果強制的に連行されるおそれがあるということ。
花宮が暴行を受けた直後にそれを言うということは、花宮を襲った奴らが私のことも標的にしている確率が無ではないということ。
論理立てて考えれば考えるほど、自分のその予感が正しいであろうことを思い知る。
では一体なぜ、他校の生徒が私のことまで敵としているのか。
考えられる理由としては、花宮と私が未だにセットだと思われているということ。一時期とはいえ毎日一緒に帰っていたくらいなのだから誰にそれを見られていてもおかしくないし、実際井口南の奴らからはそれで実害を受けている。
正直、それくらいのことは覚悟しているが…一応、瀬戸の忠告は素直に聞いておくべきかもしれない。
「わかった」
素直に頷くと、瀬戸も納得したように前に向き直った。
───────その日の放課後。
「藤枝、帰ろ」
当たり前のように私と一緒に帰る気でいる瀬戸に声を掛けられ、一瞬私は固まってしまった。
「………い、良いけど。どしたの」
「言ったじゃん、一人で行動すんなって」
「だからって別に送ってくれなくても…」
そこまで瀬戸が義理立てる理由がわからない。拒む理由こそないので私は帰り支度の手を止めなかったが、この疑問を瀬戸は不服に思ったらしい。なかなか揺らぐことのない表情が、少しだけ歪んだ。
「…花宮じゃないと、やだ?」
小さく開かれた口から出たのは花宮の名前。確かに井口南の連中に狙われていた時の彼は特に危機感を持って私を送ってくれていたが、なぜ瀬戸が花宮と自分を比べる必要があるのか。
「別に、そういうわけじゃな────」
「じゃあ俺が藤枝に優しくする理由がわからない?」
「………」
「でもそれは花宮も一緒だったはず、だろ?」
瀬戸の言う通り。花宮が私の近くにいることだって、ずっと不可解ではあった。
でもそれを容認していたのは、私自身が花宮のことを好いていたから。それが瀬戸とは、決定的に違う。
「………まぁわかるよ、藤枝はずっと花宮に囚われてるから。いくら吹っ切ったっつっても、現に今、俺と花宮を比べたはず」
「それは、瀬戸が」
「花宮の名前を持ち出したから? でも藤枝の顔に書いてあったんだよ、花宮じゃあるまいし瀬戸がそんなことする義理はないでしょって」
「っ…………」
瀬戸の様子が、おかしい。こんな風に私を追い詰めて、花宮を引き合いに出して自分の主張を押しつけてくるなんて、初めてだ。
「ねえ、なんのつも───────」
その時、いつものように私の言葉は瀬戸に遮られた。でもそれは、瀬戸の言葉によってなんかじゃなかった。
瀬戸の両手が私の頬を緩やかに挟む。痛くはないけど強い力で、唇と唇が触れそうなほど近くに引き寄せられた。
「………俺にしな」
顔が近すぎて焦点が合わない。瀬戸が今どんな表情をしているのか、全くわからない。
でも瀬戸の声は掠れるほどに微かで、手もほんの少しだけ震えていた。
「………瀬戸…………?」
「花宮のことなんか、忘れさせてやる。俺は藤枝を利用しないし、わけわかんねえ理由で突き放したりしない」
「………………」
告白されているのだと、その時になってやっと脳が追いついた。
瀬戸は私から顔を離し、ひどく辛そうな表情でまっすぐこちらを見つめた。頬には手が添えられたままだ。私よりずっと大きい瀬戸の顔は、見ているだけで首が痛くなる。
「ね、俺と付き合お」
理解するまでに時間はかかったが、私は冷静だった。
返事をしようと口を開いたその時──────
「…………瀬戸」
教室の後方から、低く唸るような声が聞こえてきた。
耳によく馴染むその声は、瀬戸を呼んでいる。しかしそれを聞いた瞬間、呼ばれてもいない私の全身が鳥肌を立てた。
瀬戸の手を振り払い、ばねのように振り返る。
視線の先に立っていたのは、
「……………花宮…………………」
怒りに満ちた表情でこちらを睨みつける、花宮だった。
「あ、何、もう体大丈夫なわけ?」
後ろから聞こえる瀬戸の声はいつも通りの呑気なもの。対して花宮の怒りはそれを受けて更に増した。
「…どういうつもりだテメェ」
花宮は教室の扉の位置から動かなかった。私達の距離は数メートルあるはずなのに、殺気が痛いほど伝わってくる。
「どうもこうも、見たまんまじゃん」
「……………ふざけんな」
「てか、花宮には関係なくね? どこから見てたか知らねえけど、花宮は藤枝を捨てた、そうだろ。だったらその藤枝と俺が何をしてようが自由なはずだけど」
挑発するような口調の瀬戸と、怒りを鎮める気の全くない花宮。全てが突然のことで、私はこの争いの中でどうしたら良いのか戸惑うばかりだった。
そもそも瀬戸がなぜ私に迫ってきたのかもわからないし、それが花宮に関係ないというのも事実なのでここで彼が突然割ってくることも不可解だ。というかそもそもの話、花宮も花宮でどうしてここにいるのだろうか。
「それは……………」
「…否定できないだろ」
「………………あのな、金輪際雪葉に近づくなって言ったのは、お前も例外じゃ───」
「花宮のそういう人権無視するとこ嫌いじゃないけど、いい加減見てて哀れだからもうやめね?」
錯綜する状況の中、ひとまず私は争いの発端が私にあることだけを理解していた。
睨み合ったまま動かない2人。空気は凍り、時間までもが止まったような錯覚を抱く。
「ねえ…」
「良いから」
ようやっと口を挟みかけた私を瀬戸が制止する。しかし何が良いのか全くわからない。いや、というより私はまず何もかもの意味がわからない。
「…雪葉、お前は帰れ」
戸惑っている私に、花宮からの追撃が襲う。刺すように冷たい言葉には、一片の情も感じられなかった。
「ちょっと、」
流石にそれはないんじゃないの。
「なんでもかんでも自分の思い通りになるって本気で思ってんの? お前、そんな馬鹿だったっけ?」
反論しようとした私の語気を継ぐように、相変わらず揶揄うような瀬戸の声が教室の中でいやに響く。その言葉が花宮を殊更に刺激した様子はなかったが、殺されるんじゃないかと思うほどの不機嫌な表情は相変わらずだった。
「待って花宮、全然意味わかんない、なんで────」
なんで、の先は続かなかった。
だって私、その後になんて言うつもりなんだろう。
なんで怒ってるの? 確かにそれは気になる。
でも私が彼に訊きたいのはそんなことじゃない。そんなことより、もっと聞きたいことがたくさんある。そんなことより、もっと根深い疑問がたくさんある。
花宮に突きつけたい"なんで"が一瞬にして脳内で飽和し、その全てが喉元で詰まってしまった。私から言葉が消えたのを見て取ると、花宮にふんと視線を逸らされる。
あ、だめだ、ちょっと辛い。
いかんせん昨日話なんてものを中途半端にしてしまったせいで、もしかしたら私達も元に戻れるかもしれないなんて期待を、無意識のうちに抱いていたんだろう。でもあれはあくまで緊急事態だったというだけのこと。やっぱり私はうまく喋れないし、花宮は私のことなんか見もしない。そんなわかりきっていたはずのことが、久しぶりにまた心をぐさぐさと串刺しにしてきて痛い。
「………わかった。もう良い、帰る」
自分の甘さと空気の苦さに耐えきれなくなった私は乱暴に自分の鞄を掴み、前方の扉から教室を飛び出した。
「藤枝!」
瀬戸の声だけが聞こえる。花宮は、黙っているようだった。
ああ、もう、いっそ私の視界から完全に消えてしまえば良いのに。こんなに泣きたい思いをするのはもう散々だって、何度も何度も言ったのに。もう大丈夫って、何度も何度も何度も何度も言い聞かせたのに。
整理できない感情を渦巻かせながら、早足で校門へ向かう。脇目も振らずに歩いていたせいで、近くに行くまで門のすぐ外に他校の生徒がいることに気づけなかった。
「ねえキミ」
ちょうど校外へ出たその瞬間、目の前に体格の良い男子が3人ほど立ち塞がる。身長も筋肉量も紛れなく運動部のそれだ。年は私と同じくらい、そしてこの制服は…………………
制服から彼らの学校を特定した瞬間、一気に私の頭は冷静さを取り戻した。背筋が凍り、呼び止められたからという以前に視界に入ったものへの衝撃で足が止まる。
彼らは、柏田高校の生徒だった。
「あ、やっぱそうだ。キミ、花宮の女でしょ」
「ちょっと今俺ら花宮のこと探しててさ、どこにいるか教えてくんね?」
柏田高校の制服、聞き覚えのある声、そして花宮の名前。
間違いない、昨日花宮を襲ったのはこいつらだ。瀬戸に沈められたはずなのに、懲りずにのこのことまた霧崎まで来たというのか。
「……………知ってどうするの」
幸い、ここは学校の目の前。目立つ動きを取るようなら校内へ逃げ込めるはず。私は少しずつ後ずさりながら、彼らに質問を投げた。
「いやー、あいつには借りがあるからさ。返しに行かなきゃなんねんだよ」
「花宮の場所なんか知らない」
「まあそう言わずにさ。あんたには手出さないから、ね?」
「手出されようが出されまいが、知らないものは知らない」
話が通じない…いや、通じる相手ならそもそもこんなところにまで出向いたりはしない。私は彼らの顔をしっかり目に焼き付け、校内へ戻るべく踵を返して駆けだした。
─────しかし、彼らのうちの1人が私の腕を素早く掴んだ。運動部の男の力の前に、私の逃走は叶わなくなる。
「じゃ、向こうから来てもらうから良いや。ちょっと、花宮呼んで?」
「私、別に花宮の女じゃないから。呼んでも来ないよ」
「はは、まあそう言うなって。昨日もあんたの名前出したら大人しく俺らに殴らせてくれたくらいだし、そんなあんたに呼ばれたら来ざるをえないことくらいわかってんだよ」
ぐっと私の体を引き寄せ、腰に腕を回して私の自由を奪う。少し痛みが走ったような気もしたのだが、そんなことより私の耳に入った言葉の衝撃の方がずっと大きかった。
「………昨日、私の名前を出した…………?」
柏田の男達は私の絶望的な顔が面白かったのか、にやにやといやらしい笑顔を浮かべている。
「そーだよ。ここでお前が大人しくしたら彼女には手ぇ出さねーけど、少しでも抵抗したら彼女がどうなっても知んねえぞって言ったらぴたーっと動きが止まってさ。ありゃ傑作だったよ!」
花宮が襲われた理由に私が絡んでる─────確かにそんな予想は立てていた。
ところが事実は絡んでるどころじゃない、私のせいで花宮は襲われていた。
そりゃあ、瀬戸が言えないわけだ。
私のせいなんだから。
私が、弱いせいだったんだから。
「……………」
私がうじうじと傷つき落ち込んでいる間に、私はまた守られてしまっていたらしい。
なんなのさ、花宮のやつ。
私のことが嫌いなら、私がどうなっても知らないなんて言われた時に喜ぶくらいのクズっぷりを見せてよ。一石二鳥だ、くらい言ってそいつらをぶちのめすくらいのことをしてよ。
スポーツマンにとって大切な腕を壊してまで守る価値なんて、私にはないんじゃなかったの?
…ああもう、本当にあの人は。
どうしたって救いようがなくて……そして、どうしたって気になって仕方ない。
やっぱり"どうでもよくなる"のは無理か。話せないなら、傍にいられないなら、この気持ちを忘れるのも時間の問題だと思っていたんだけど。
話せなくても、傍にいられなくても、好きなものは好きらしい。さっきついた傷はまだ新鮮なまま心に残ってるし、正直この数十分で目の前に並べられたいくつもの事実が脳みそを未だに混乱させている。結局花宮、私のこと好きなの嫌いなのどっちなの! って今すぐ叫んでやりたいくらいだ。
でも、そのお陰か変な腹の括り方をしてしまった。
花宮の考えていることはわからないけど、私の考えていることならよくわかる。
結局私は花宮のことが好きで、花宮には幸せになってほしい。それだけだ。
そしてそのためにも、私はこれ以上彼の手を煩わせちゃいけない。
力では勝てないなら、せめて心を強く保つしかない。膝にぐっと力を込め、男子生徒達を真正面から見据える。
「てことで、連絡してちょーだい」
「…連絡しても良いけど、私が手を出されたと知ったら花宮は昨日みたいに大人しくしてないよ」
「いやいや、目の前で彼女が痛い目見せられてたらさすがに言うこと聞くっしょ」
よし、こいつらはバカだ。
ちょっとだけ、失われていた気力が戻ってくる。どきどきと脈打つ心臓の音になんて気づかないふりをして、私は細く長く息を吸った。
「ねえ、あなた達、一度は花宮と対峙したんだよね? あの男が人の嫌がる顔を見て容赦することあると思う?」
「彼女なら話は別だろ。現に昨日は─────」
「ほんと単純だね、それこそが布石だとも知らずに」
恐怖を抑え込んで強気で言い放ってやる。案の定、男子達の顔色が若干暗くなった。
「─────布石?」
「よく考えてみなよ。学校内の、しかも校舎裏で勝手に喧嘩をしてるだけなら完全に両成敗…まぁあなた達はどうせ倒されてたけど、その場合花宮も色々と面倒なことに巻き込まれることになるでしょ。学校の名を汚すことになったり、厄介な教師からの取り調べを受けたりね。だから昨日の花宮はあえてあなた達と向き合わなかった。ただ喧嘩を買わなかっただけじゃない…"私"という弱点を自ら晒して負けた、かのように見せた。これ、どういう意味だと思う?」
突然ぺらぺらと長台詞を吐き出した私に、彼らは全くついて来られていない。それで良い。考える隙を与えるな。私の言葉もきっと粗だらけなのだろう、でもこいつらがバカである限り、私が負けることはない。
「花宮の弱点を知ったあなた達はまんまとそれを突くためにこんなわかりやすいところで待ち伏せた。私を捕まえたは良いけどこれからどうするの? どこかへ連れ去る? それともここで直接花宮を呼び出す? どっちでも良いけど、どっちにしろその先にあるのは花宮が無傷で勝つ道だけだよ」
「なっ…なんでだよ!」
「どこかへ連れ去ったとして、その場に呼び出された花宮がのこのこ1人で来るわけないじゃん。どんな脅し文句も通用しないよ、花宮は平気で警察でもなんでも連れてくるからね。あるいはもしこんな目立つところで私に暴行を加えようものなら、今度はそこにすぐさま教師達が駆けつけるよ。もちろん私に手を出した後なら、花宮が多少あなた達に手を上げてもそれは正当防衛になりうるわけだし」
「でっ…でたら──────」
「でたらめだと思うならよく考えてみて。なんでこんなに放課後の、あなた達が校門の前で待ち伏せてるような良いタイミングで、私が一人きりで現れたのかを」
もちろんそれはただの偶然だ。更に言えば花宮は今日のこの状況を作る布石として昨日やられたわけじゃないし、多分私がここで連れ去られたとしても流石に警察は呼ばないだろう。
要は全てがはったりなのだ。ここではただ、彼らの激情に駆られた行動ですら花宮の掌の上の出来事なのであり、その傍に駒として動く私という存在がある限り彼らに勝機がないことをわからせることができれば良い。
「なんで、って……」
「少し考えればわかるでしょ、花宮にとっては私をここに据え置く明確なメリットが存在するからだよ」
「えっ……」
「連れ去るにしろここでどんちゃんやるにしろ、"私"という絶対的被害者の存在がその場にあるでしょ。昨日みたいにあなた達しかいない場で起きたいざこざにはどこにも花宮は悪くないって言える証人がいなかったけど、今日私の目の前で喧嘩してみなよ、その後私があなた達の味方をする確率が万に一つでもあると思う? 誰にどんな嘘をつくことになっても私、花宮が不利な立場にならないような証言しかしないよ」
私はもう二度と花宮を呼ぶ餌になる気はないし、"花宮"を私を傷つける理由にもさせる気はない。
「そういう諸々のデメリットを差し引いてもなお花宮を傷つけたいって言うなら…まぁお好きにどうぞって感じだけど、それでも結局後日あなた達は報復を受けるんじゃないかな。試合中のこと、覚えてない? 気づいたら花宮の術中に完全にはまって逃げられなくなってたの。あいつはそれを素でやるよ、裏から手を回すとか本っ当に上手だからね。だから仮にこの場で何かの天啓が降りてきて奇跡的に花宮をやっつけられたとしても、多分最終的にはあなた達も社会的な意味とかで殺されるんじゃない?」
「くっ…この女………………」
「さて、もうここまでぺらぺら喋ってあげたんだからさ、とっとと消えてくんないかな。私が花宮のことを呼びたくないんじゃなくて呼ばないであげてたことにもそろそろ気づいたでしょ。今あなた達が去れば、あなた達は下手に立場を悪くせずに済むし 花宮は無駄に手を汚さずに済むからお互いwin-winなわけ」
「んなこと────」
「…でもまだ居座るって言うなら、私ももうお情けはかけないよ。あんまりなめられたとあっちゃ────花宮の女は務まらないんで」
単純な彼らは、私の淀みない言葉とまっすぐな視線を受けて、自分達が不利な立場にあるとようやく錯覚してくれたらしい。そもそも計画では序盤の段階で私が泣きながら花宮に助けを求めていたであろうことが予想されるので、それが崩れた時点で自信の大半を失っていたんじゃないだろうか。
あーあー、これだからリスクヘッジのできない連中は。
「…………ッチ、行くぞ」
彼らは私を睨みつけたが、力に訴えるということもなく、素直に私を解放してくれた。そのまま悔しげに揃って学校を離れていく。
「はー…………………」
彼らの姿が見えなくなると、ずっと踏ん張っていた足から力が抜けて、私はだらしなくその場にへたりこんでしまった。一生分喋ったせいで口の中がからからだ。
怖かった。井口南のこともあったし、うるさいって暴力に頼られたらどうしようって。私みたいな浅い人間に、人を言い負かすことなんかできるんだろうかって。
もしかしたら彼らはまた来るのかもしれない。でも、一時的に撤退させられただけでも、私にとっては強い安心感を与えてくれた。
私、ただ囮にされるだけの弱い女になんてなりたくないもん。
「──────雪葉!」
その時、校舎から勢い良く花宮が飛び出してくるのが見えた。私を呼ぶその顔は必死そのもの。さっきまであんなに無視していたのに、この間まであんなに距離を置いてたのに。それら全てをなかったことにするような顔をしてる。
ああもう、どうしてあなたはそう、矛盾だらけなの……
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