10.不幸が伝播する



目の前の事象を素直に受け止めても良い──────古橋の言葉の意味は、いくら考えてもわからなかった。

「なんだよ喧嘩売ってんのか」

とりあえず花宮の顔を凝視してみるけど、性格悪そうだなぁとしか思えない(そして実際性格は悪い)。素直に受け止めたところで何になる?

「…古橋君がさ」
「………」
「私はもう少し目の前の事象を素直に受け止めても良いと思う、って言うんだけど」
「…話の流れから話せ」
「なんだっけな、花宮の話してた」

少しだけ考えたもののすぐ面倒になり、結局その一言でまとめることにした。花宮は案の定ものすごく嫌そうな顔をする。

「それと康次郎の話がどう繋がるんだよ」
「それがわからないから考えてたんだよ」

どちらにしろ最初から花宮に詳しいことまで話してやる気なんてなかったので、度を越して雑であることを自覚しつつそんな風にはぐらかす。

「…お前ら最近仲良いよな」
「なに、嫉妬?」
「んなわけねぇだろ」
「安心しなよ、さっきも言ったけどだいたいが花宮の話だから、私達の話題って」
「不安しかねえよ」

本能を受け入れて、拒むことを諦めてみれば、花宮との会話も存外楽しいなぁなんて思えるようになってきた。そうしたら最近は花宮に呼ばれること自体が楽しみになってきたりもした。

花宮の傍にいたいと思うなら、彼の一挙手一投足にびくびくしていては務まらない。ノリちゃんの時みたいに突然牙を剥かれることもあるけど、それでもなんやかんやで私達は一緒にいる。いつか泣きを見ることはわかっているのに、離れるきっかけだってちゃんとあったのに結局それができなかったのだ、もうこの男の真意や自分の傷つく未来を恐れたって仕方がない。

つくづく私も単純な人間だ、と思う。楽で良いけど。

「最近寒くなってきたね。屋上でお昼するのもそろそろ限界じゃない?」
「あー…それもそうだな」
「どこか静かな所探しとかないと────…」
「………お前さ」

呑気に会話を続けていたら、花宮がコンビニのお弁当をつつきながら所在なげに、しかしきっぱりと私の言葉を遮った。どこかぴりっとした鋭い空気を感じ、私も箸を止める。

「…なんで俺と一緒にいるわけ」

唐突な質問。その簡単な言葉に一体何の意味があるのかすぐにはわからなくて、私はつい言葉を失った。

というか、え、それ、あなたが言う?
私からすれば、最近いくら意識の改革があったとはいえ、根本としては「あなたが私を呼ぶからですよ」が答えなのだけれど。あれ、そうだよね?

まぁでもきっと…私が彼のことを警戒していたことは彼も既に思い知っているだろうし、その上でこんな疑問を投げてくるならその意味としては「なぜ最近のお前は 俺の呼びかけに迷う素振りも拒む素振りも見せず ほいほいついて来るのか」といったところだろうか。

「…一応訊くけど、どういう意味?」
「前までは俺と一緒にいることを迷ってただろ、気づいてないとでも思ったのか」

あぁ、やっぱり。

「あからさまに俺のことを警戒してんのを見るのは結構面白かったが、最近はなんか妙に元気で気持ち悪い」
「元気なのは良いことじゃん」

良いわけあるかよ、と聞こえないくらいの独り言が返ってくる。花宮が抱えているであろうその居心地の悪さはついこの間まで私が手放せなかった居心地の悪さと全く同種のもの。

どうして自分が呼ばれるのかわからない。何の為に自分と一緒にいようとするのかわからない。花宮にとって自分の理解できないことが目の前で起きているというそんな事態は、私が思っている以上に彼に負荷をかけているんだろう。そう思えば、さっきのあの花宮にしては間抜けとしか言いようのない疑問も納得できる。

そんなことを考えていたら少しだけ、彼のことを微笑ましく思ってしまった。
花宮にもわからないことがあるのだと、そんな当たり前のことを再確認したという、ただそれだけのことで。

あるいは私がいつも花宮に対して抱いていたそこはかとない不安を、私のせいで花宮が同じように抱えているというそのことが、少しでも私達の足場を対等にしてくれたような、馬鹿らしい錯覚を覚えたのかもしれない。どちらにしろしょうもないことには変わらないけど。

「…そうだなあ…」

当たり障りのない答えを探して、腕を組み首を傾げる。

「勘繰るのが面倒になった、からかなぁ」

嘘ではなかった。ただ、あくまで本当に面倒になっただけだと思ってくれるように、少しだけ投げやりな言い方をしてみせる。

「…面倒?」
「うん。花宮が私にしたこと、言ったこと、その真意は未だに全然わかんない。私をまた何かの駒にしようとしてるのかなあとも正直疑ってる。でもそれが何なのか考えたところでわかんないから、それならまあもう諦めて付き合ってやろうかな、的な」

そろそろ花宮の方も、私の警戒がちょっとやそっとのことでは解けないことに気付いていることだろう。だから、私を利用しようとしているなら"私を信用させて盛大に裏切る"ような普通のやり方ではなく、単純に花宮が生きていきやすくなるための小間使いにするようなやり方をとるはず…それこそ、中学の時のように。

だったら私も、彼を信用するふりなんてしなくて良い。抗うふりをする必要だってない。むしろこのくらいの生意気は言っておいた方が、花宮を納得させやすいだろう。────花宮の、傍にいやすいだろう。

花宮は若干驚いているようだった。目をいつもより少しだけ大きく開いてみせ、私の言葉を反芻している。

「今だから言うけど、確かに最初は花宮に言われたから一緒にいるだけですーっていうスタンスだったよ。でも今はこんな感じだから…それこそ花宮がもう私を呼ばなくなって、口先で私のこと要らないって言っても、たぶん私が本当に安心するまでは花宮の所へ通うんじゃないかな」

これも、嘘じゃない。安心するまでは、という一言に「私がもう利用されないのだと確信するまでは」という偽りの意味が取れる余地は残したつもりだけど。

「……安心するまで、って…んだよそれ」
「個人的には花宮が幸せになりでもしてくれるのが一番手っ取り早いと思ってるよ」

建前は、「だってあなたは現状が不満で不幸だから、いつもそんなしかめ面をして人を陥れて、私のことも利用したがっているんでしょう?」と、そんな浅い推測に聞こえるように。

でも、本音は、
もし花宮が苦しまなくて済むようになったら。
もっと、器用に生きていけるようになったら。
その時は、私の傍で見守りたいという願いも消えるかもしれない。
そんな願いを込めて。

「………残酷だな」
「え…でも前に同じようなこと、花宮だって言ってたじゃん。私が縁を切りたいって言っても切らないって」
「…そうじゃねーよ」

食欲失せた、と言って花宮はお弁当に蓋をしてしまった。私が彼の企みを受け入れたのが、存外気に入らなかったのかもしれない。
確かに私の選択は、言ってしまえば「どうぞ私のことを駒として使ってください」と我が身を投げ出したようなものだ。"第三者からみれば"ただ自分を潰すだけの残酷なものに映るのかもしれない。でも、花宮だけにはそんなコメントをされたくない。残酷だと思うなら早く幸せになって、私なんかを利用しようとするのはやめてくれ。

「考えてることも言動の真意もわかんねえような奴の隣に、よく自分から行こうなんて思ったな」
「それしか選択肢がなかったとも言うんだけどね。そういうの、いつ教えてくれるの」

私は別に食欲が失せていないので、特に気にせずお弁当を食べ続ける。一瞬、先に花宮は出て行ってしまうかなとも思ったけど、彼は私の隣にすわったままだった。

「…お前がいつか、俺から離れる時」

しかしそう言う花宮の顔は底なしに暗くて、ついどきりとしてしまった。それこそ、さっきの花宮みたいについ食べる手を止めてしまうほど。

「…何、それ」

彼の表情もそうだけど、発言も発言だ。

要はそれ、順序としては花宮が幸せになって、私が安心して、花宮の元を離れようとした後にならないといけないってことだ。
簡単に教えてもらえるわけがないことはわかっていたけど、そんな時まで私はこのモヤモヤを抱え続けないといけないのかと改めて思い知って溜息をつきたくなる。キスをされたのも、三好君との関係に執着してきたのも、ノリちゃんを傷つけたのも、私はこれからもしばらくはずっとわからないままだ。

「…じゃあ……お互いの為に、あなたは早急に幸せになってね」
「ふは、なんだそれ」

色々と気になるところはありながらも あえて言及せず茶化してみる。すると意外なことに、花宮はすぐに笑い出した。その顔色にはもう、さっき発言した瞬間の深い闇は窺えない。
もちろん私の言葉に納得した様子はなかったし、その笑顔もどこかまだ変だったけど……とりあえず今これ以上の言及をするつもりはもうないらしい。私の気持ちがどうあろうと、現状は何も変わらないわけだからひとまずは良しとしたのだろうか。

私も私で、これから花宮が幸せになってくれれば、自分の気持ちに区切りがつくと思っている。だから今はそれだけわかっていれば、とりあえず良いと思うことにした。

「じゃ、また放課後」
「うん。後でね」

予鈴より少し前に立ち上がった花宮の後ろ姿を見送りながら、冷たい風に身震いをする。

冬が、近づいていた。



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