ジェームズの指揮の下結成された新・グリフィンドール・クィディッチチームの初舞台は11月中頃、対スリザリンチームの試合だった。
「リリー、試合見に行く?」
前日、おずおずとリリーに尋ねてみる。この間の選抜試験を見に行ったのは、完全にその場の成り行きだ。今回みたいに満を持して皆が準備している中で、今回も当たり前のように観戦を促すことによって彼女にどんな感情をもたらしてしまうか、私はまだ図りかねていた。
ただ、リリーの答えは簡潔だった。
「行くわ」
確かにリリーがクィディッチそのものを好いていることは知っている。でも、私はそれと同じくらいリリーがまだジェームズに苦手意識を持っていることも知っていた。「ポッターが我が物顔でピッチを飛んでる姿なんて見続けてたら、クィディッチのことまで嫌いになりそう」くらいのことは言われる覚悟もしていたのに。
「ほんと? 良かった。ジェームズがキャプテンになった以上、もうグリフィンドールの試合は観ないって言われるかと思ったよ」
ほっと胸を撫でおろして素直な感想を口にすると、彼女はなぜかそこで少し口ごもって、指先をくるくるとこねくり回していた。
「ええ────そうね。私もそのつもりだったわ、この間の試験を見るまでは」
「?」
何か特別なことなんてあったっけ、と記憶を思い返すが、あの日はただジェームズがいつも通りにみんなのことを広く見て、分け隔てなく平等に機会を与え、その鋭い目で才能を見極めていただけだ。特に何もリリーの頑固頭を柔らかくするような潤滑剤なんて────ああ、そうか。
「ポッターって、もっとひとりよがりなんだと思ってた。自分さえ良ければ良いって思うような、チームプレイなんて重んじないタイプだって…だから、キャプテンなんて務まるわけないって思ってたの」
リリーはジェームズの"高慢ちき"な顔しか知らないんだ。
今までもリリーとクィディッチの試合を一緒に観に行ったことはあったが、その時のジェームズは"ただ点を取って派手に動き回り、相手チームを攪乱させれば良い"という"自由"な立場にあった。もちろん私は2年生の時におけるリーマスの丁寧な指導のお陰で、彼のそんなプレーがあくまで"チームにとって最もありがたい行動"であることを理解して────つまり、最初からジェームズはちゃんと"チームに貢献"していることを理解していたが、事前情報が何もなければ彼のそんな行動は"ただ目立ちたいだけの派手好きなプレー"と見られてもおかしくない。
そんなジェームズがチームの頂点に立ってしまったら、即座にそんなワンマンなチームは崩壊していくのだろう、とリリーは考えたに違いない。
しかしジェームズは何も、ひとりよがりでチームを重んじないような人じゃない。
ただそういう風に見えてしまう行動が目立つというだけで、実際のところ彼は誰よりも和を重んじ、力のある者を対等以上に認めている(いや、誰よりもというのはあまりにも彼を擁護しすぎた)。
私達"親しい友人"であればよく知っているジェームズのそんな"わかりにくい賢さ"を初めて間近に見て、リリーは混乱しているのだろう、と思った。
ちょっと、良い傾向じゃない?
そんなわけで試合当日、私とリリーは早めのお昼ご飯(私は遅めの朝ご飯)を食べてから、競技場へと向かった。
今日は観客席にシリウス達の姿もある。少し離れたところから「おはよう、今日は安全日?」と尋ねると、シリウスが「ああ、今のところはな。プロングズがブラッジャーに腕を折られたら流石の僕も守ってやれないけど」と気楽な調子で言っていた。
やがて鮮やかな赤と緑のユニフォームを着た選手が入場し、固すぎる握手を交わした後で一斉に空へと飛び立った。
何度見ても、この光景を見ると一緒に私の心も空へと舞い上がるような気持ちになる。
それまで地にあったものが、一挙に重力から解放され、天井のない青い空を駆けて行く姿。箒をまるで自らの体の一部のように扱いながら、小さなボールを時にパスし合ったり、時に避けたり、時に追いかけたり────全員がバラバラの方向を見ながら、同じ"勝利"のために飛翔する。
『試合開始です。本日より実況はレイブンクローのメイリア・マゴットが務めます、よろしくお願いします』
その時、実況席から"よく馴染みのある声"が聞こえ、私は思わず試合から目を離してそちらの方を見てしまった。そこにいたのはメイリア────レイブンクローの監督生であり、去年までクィディッチの実況を務めていたマチルダ・マゴットの妹だ。そうか、マチルダは去年卒業してしまったから、新しい実況者が必要になったんだ。
姉と同じような機械的な声で試合を説明していくマチルダの声には、不思議な安心感があった。
『クァッフルはまずスリザリンサイドから。4年生のチェイサー、フリンは2年前からスリザリンチームの中でも名うてと言われている選手ですね。同じく2年生の時からチェイサーとして登用されていたポッターとよく比較されますが、奇想天外なプレーの目立つポッターに対し、フリンは質実剛健という言葉の似合う試合運びをする選手です』
その安心感の原因はもしかしたら、彼女達が徹底している"平等な解説"にあるのかもしれない、と思った。感情も贔屓もない、ただ事実だけを淡々と述べるだけのマチルダの実況を「面白くない」と言う人もかつてはいたようだったが、私は彼女達の実況スタイルが好きだった。
────ただ、きっとここでもそんな"平等な評価"を面白くないと思う人が、ひとり────。
『呼ばれて登場と言わんばかりにフリンにぶつかって行ったのは6年生のチェイサー、そしてグリフィンドールの新キャプテン、ポッターです。ポッターは先日の選抜試験で大胆なチーム再編を行ったと聞いていますが────そんな中でも生き残った、ポッターとはもう5年の付き合いになるビーターのマロウの力を借りながら────クァッフルを今、フリンから奪い取りました。一気にグリフィンドールの風が流れます』
グリフィンドールの風が流れる。
なんて的確な表現なんだろう、と思った。
ジェームズがボールを手にした瞬間────まるで本当に風向きが変わったかのように、その場の雰囲気が一瞬にして私達の背を押しているような気がしたのだ。
ポッターがクァッフルを取った。
ポッターにクァッフルを回せ。
ポッターにクァッフルを渡すな。
ポッターがクァッフルを手にすれば、向かうところ敵なしだ。
ジェームズは光のような速さでピッチを縦断した。隣でリリーがはっと息を呑む声が聞こえる。
途中で緑色の服を着た選手が棍棒を振り回しているのが見えたが、赤い選手だって負けていない。襲い来るブラッジャーを華麗に躱しながらジェームズは一直線にゴール目掛けてボールを放ち────フェイントも何もない、真っ向勝負で、キーパーの腕をかいくぐり、クァッフルをゴールに通してみせた。
『グリフィンドール、得点です。10-0。ポッターといえば奇抜なプレーで敵味方関係なく翻弄させる、とにかくテクニック面で優れた選手という印象が目立ちますが、今のプレーは完全に"古典的で正々堂々とした"ものでした。まるで新生・グリフィンドールのカシラから挨拶代わりのゴールをと言わんばかりのシュートですね』
メイリアの独特な言い回しにクスリと笑ってしまう。マチルダとよく似ている声音と口調だが、メイリアの実況はどこか個性的なところがあった。
グリフィンドールのカシラから挨拶、か────。
『さて、スリザリンチームが即座に動きます。先程クァッフルを奪われたフリンが挽回とばかりにボールを持って突っ込みますが────対峙するは、グリフィンドールの新ビーター、5年生のステップニーですね。ブラッジャーを容赦なくフリンへ叩きつけ────これは力のある一打です。フリン、なんとか躱しますが────驚きました、その向こう側にはまるでここに来ることがわかっていたかのようにもう1人のビーター、マロウが待ち構えていました。躱されたブラッジャーを再びフリンに向かって強打。今度は背後からの動きに、フリンもボールを手放さざるを得ません。7年生のチェイサー、メルボーンへパスしますが────あっ、これは────再びステップニーです。グリフィンドールのビーターが、もう1つのブラッジャーを最初から狙っていたかのような動きでメルボーンに放ちます』
────私はここで、ジェームズがなぜあの2人をビーターに選んだのかをようやく悟った。
元々ジェームズがチーム入りした時からここに所属していたマロウは、誰もが認める名ビーターだ。力、コントロール、どちらにおいても文句の付け所がない。
もう1人の新ビーター、ステップニーはそんなマロウと"呼吸を合わせる"ことがとても上手だった。マロウの動きを読んで、あくまで彼との間にチェイサーを挟みながらも、"マロウが次に打ちやすい位置"へとブラッジャーを放つ。そして自分はすぐに次のチェイサーを追い、もう1つあるブラッジャーをも自分の手中に収めに行く。
選抜試験の時、"動く人形"を敵チームの選手に見立ててブラッジャーを打たせていたのは、常に"試合当日"のことを想定して見極めるためだったんだ。もう1人とうまく連携が取れるか、2つのブラッジャーをよく使い分けられるか、そして前提として、きちんとチェイサーを狙えるか────。
あの日の私には選手候補の違いがよくわからなかったが、こうして見るとわかる。
グリフィンドールチームの動きは、6年間見てきた中で今年が最も洗練されていた。
そしてジェームズは、最初からこうなることがわかっていて、この7人をチームに選んだのだ。
「すごいのね…なんだか、ジグソーパズルのピースがどんどんハマッていくみたい…」
リリーの言葉は、言い得て妙だった。
時間が経つごとに、グリフィンドールチームの動きが良くなっているのがわかる。
チームの妨害役であるビーターにエンジンがかかると、敵のチェイサーが機能しなくなっていく。100%の力が出せないそんなチェイサーの攻撃は、選抜試験の時から抜群のブロックを見せていたキーパーが全て防ぐ。自分達が点を取られないから、こちらは安心して攻撃に専念できる。
────そして、そんな攻撃の要には、ジェームズという稀代のスターがいる。
そのことが、どれだけチームに安心感をもたらすか。
そのことが、どれだけチームに"楽しさ"をもたらすか。
「なんだか…愉快なチームなのね、グリフィンドールチームって」
「うん…私もこんなこと、初めて思ったけど…みんな、楽しそう…」
選手達が必死の攻防を楽しんでいること自体は、5年前から何も変わらない。
でも、今年のチームは────みんなが、笑っていた。
それは優勢であることへの余裕な笑みではない。ただただ練習の時と同じようにチームメイトを信頼し、自分達の勝利を渇望し、それぞれの目的に向かってひたむきに飛んでいるだけの、無邪気な笑顔だった────まるでそれは、クリスマスプレゼントをもらった小さな子供のように。
きっとそれは、ジェームズがキャプテンだからこそできたことなのだろう、と確信する。
『140-0。グリフィンドール、今日は殊更に調子が良いようですね。スリザリンチームも決して悪くない動きなのですが、グリフィンドールチームは個々の動きが光って見えるようです。言っている間にもグリフィンドールのチェイサー、ランスがポッターのミラクルシュートに比肩する見事なゴールを決めました。150-0』
150点差なんて、聞いたこともない。
驚いている間に、スリザリン側から試合が再開される。チェイサーの1人がクァッフルを取って、まっすぐグリフィンドール側のゴールに向かってくるが、その瞬間────。
なぜか、ジェームズが空に向かって急上昇してみせた。
「!?」
観客のどよめきが聞こえる。みんながジェームズの突然の奇行に目を奪われていた。
『どうしたのでしょう、ポッターがまるで何かを見つけたかのように空へと一直線に上がります』
メイリアの声を聞いた瞬間、地面からぬっと────こちらも相変わらずだ────まるで何の気配もなかった静かな湿地から蛇が首を伸ばすように、1人の緑色の選手がどこからともなく空へと箒を向けてジェームズについていった。
レギュラスだ。
スリザリンのシーカー、レギュラスは2年生の時にチームに登用されて以来、ずっとそのポジションを務めている。彼のプレーはとにかく静かで、急。それまで何もない、誰もいないところから突然現れては、同じように誰も見ていなかったはずのスニッチを颯爽と掴んでアッサリ試合を終わらせてしまう。
『ポッターについたのはスリザリンのシーカー、ブラックです。気配を消す天才とも言われ、彼の手がスニッチを掴む瞬間はまるで黄金の天使が突如として闇から現れた白い牙の中に呑まれていくようだとも評されていますが────そのブラックが動いたということは、スニッチが見つかったということでしょうか。いえ、ですがポッターはチェイサー、スニッチを見つけたところで、できることなど────』
────できることなどなくても、ジェームズならやりかねない。
きっと、この場にいた誰もがそう思っただろう。
少し考えれば、ジェームズがそんなチームの役割を忘れた行動をとるはずがないとわかるはずだ。
しかしこの試合の興奮状態を、彼はうまく利用してみせた。
ジェームズほどの目立ちたがりなら、シーカーの代わりにスニッチを取りに行くくらいのことはするかもしれないと、みんなに思い込ませたのだ。
そのことにレギュラスが気づいた瞬間には────もう、遅かった。
ジェームズが追った先には何もない。彼が見ているのはただの雲一つない晴れやかな空だけ。それをようやく理解したレギュラスが慌てて地上に戻った時には────。
『────そういうことですか。ポッターの急上昇は単独の陽動作戦だったようです。ブラックがそれに気を取られている間に、スニッチが地上に現れました。グリフィンドールの新シーカー、2年生のバギーが目敏く追います。3────2────1────』
掴んだ。
選抜試験の時にこれといって目立った動きをしていなかったはずのシーカー、ジェネット・バギーが、確かに黄金のスニッチを手に掴んだ。綺麗に着陸すると、震える腕を空に突き出して満面の笑みを浮かべている。
スタンドが爆発した。
グリフィンドール側から大歓声が沸き起こり、ジェームズやジェネットをはじめとする"チーム全員"の名前を賞賛する声が口々に響く。今までもMVPの選手やチーム全体を褒める声は聞いてきたが、こんな風に個々にスポットライトが当てられ、誰もがみんなヒーローのように扱われる歓声は初めて聞いた。
『試合終了です。300-0。グリフィンドールの圧勝でした』
メイリアの声だけが、冷静だった。
スリザリン側からは大ブーイング。観客は言わずもがな、選手も悔しそうに箒を地面に叩きつけている。
────いや、冷静なのは、メイリアだけではなかった。
暴れる緑色の生徒の中に紛れて、たった1人だけ────涼しげな顔をして、優雅に立っている選手がいたのだ。
それがレギュラスだということに気づいた時、私の背筋を寒いものが這い上がった。
なぜだろう。確かに彼にはシリウスと同じように、どこか感情の起伏に乏しいところはあったかもしれないけど────でも、あんな風に、試合で負けた後にでさえ顔色ひとつ変えなかったことなんて、今まであったっけ────?
しかし、その違和感の正体について考える前に、横から強烈なハグを食らった私の脳は全ての思考が吹っ飛んでしまった。
「すごいわ! ポッターったら、あそこにスニッチがあるとわかっていて、あえてあんな大胆なことをしたのね! 自分の目立ちたがりな性格まで利用して、あそこまで完璧な陽動作戦を組むなんて! しかもイリス、見てた!? まるであれじゃあ全員ポッターじゃないの! ああ、腹が立つわ、全員トリッキーで、自信家で、その歯車が全部噛み合うなんて────本当に信じられない!」
悪口のような誉め言葉が、興奮状態のリリーから矢継ぎ早に溢れ出す。
全員がポッター。
本当に、その通りだと思った。
1人、最後まで静かでどこか怯えた様子すら見せていたシーカーを除けば、今年のチームは全員がジェームズのようだったのだ。きっと彼は、そうなれる選手を選んだのだろう。そうなれる選手を選べるだけの、目を持っていたのだろう。
そして彼は、彼流の練習をした。全員が目立って、全員がヒーローになれる、そんな彼にとって最高に格好良いチームを作ったのだ────。
「リリー、どう?」
「今のポッターなら私、最高だと思うわ! ええ、今だけね!」
これだけ興奮しているのにここまで頑固でいられるのは、もはやそれこそリリーの頭に魔法にでもかけられているんじゃなかろうか。まあそれでも、今回の試合は確実に────彼女の(頭はともかく)心を溶かしたようだった。それだけでも何よりだ。
ちなみに、後日ジェームズに「どうしてジェネットをシーカーに選んだの?」と尋ねたところ、彼からはこんな答えが返ってきた。
「チームに1人は"僕の動きにつられないやつ"が必要だからね。僕はそいつこそがシーカーであるべきだと思ってたんだ。シーカーは、他の選手もボールも一切気にせず、ただただスニッチだけを追わなきゃいけない。試合を終わらせる大役を任されていながら"他の6人の僕"に攪乱されてるようじゃ、とてもシーカーなんて務まらないだろ。冷静に、それこそ怯えているくらいでちょうど良い────存在感もスピードも要らないから、僕はただ"何が起きてもスニッチを追える心構え"を持ってる選手が欲しかったんだ。だからあいつを選んだ」
────完璧だった。本当にこの人には敵わない。
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