2ヶ月後、6月。
私達は遂にOWL試験を迎えることとなった。
「ねえ、本当に大丈夫? あなた、日に日に顔色が悪くなってるわ────」
朝からリリーが心配そうに私の顔を覗き込む。そう言うリリーも決して健康そうには見えなかったが、きっとそれは単純に試験勉強の反動が来ているからだろうと思った。
対して私の顔色が悪いのは、ひとえにシリウスのせいだ(最初はそうやって人のせいにすることにも抵抗があったものの、だんだんその状況に腹が立ってきたので今では当てつけのようにこう思うことにしていた)。
────現状を簡単に整理すると、あれから状況は悪くなる一方だった。
ホグワーツ内における悪戯仕掛人と一部のスリザリン生の対立が激化していたのだ。おそらく、メイソンとスターキーがシリウスに"攻撃"らしい攻撃を仕掛けたことで溝が余計に深まったのだろう。あるいは、暴れ柳での一件が広まったせいでジェームズがよりヒーロー扱いをされるようになったことも…もしかすると、スリザリンの(スネイプを始めとする)悪戯仕掛人を良く思っていなかった連中に火をつけたのかもしれない。
激化するとは言っても、彼らにも一応、先生達の目を盗むという頭はあったらしい。人気のないところで飛び交う呪い。深夜にこっそり出歩いては仕掛け合う翌朝のためのトラップ。その諍いはもっぱら水面下で行われることがほとんどだった。
透明マントや校内のあらゆる抜け道を知る悪戯仕掛人に対し、スリザリン生の方は杖以外ほぼ丸腰。そんな状態でよく張り合っているとは思う。それでも彼らは、悪戯仕掛人に対する度を越した"悪戯"を決してやめなかった。
ある時、夜遅くまで談話室に残って勉強していた時(リリーはその日あまり体調が優れないからと言って早めに寝室へ上がっていた)、日付を越えた頃にシリウスとジェームズがなぜかローブに草葉をたくさんくっつけて帰って来た日があった。満月の晩でもないのに髪はぼさぼさで、顔にはところどころ泥がついている。
「おかえり…どうしたの?」
談話室にはその時、もう私しか残っていなかった。安心したように2人は汚れた姿のままソファにどっかりと座り込み、揃って大きな溜息をつく。
「いつものだよ。ちょっと夜の散歩をしてたら暗闇から突然ウィルクスとロジエールがバーン! だ。パッドフットが鼻を利かせてなかったら、僕達は朝まで失神してたろうな」
門限を過ぎて校外をうろついている時点でどっちもどっちだ。
「そもそも危ないことがわかってるんなら外に出なきゃ良いのに」
「何言ってるんだよ、夜が一番自由なんだから、そのタイミングで外に出なきゃ意味がないだろ。それに加えて、散歩してる間にスリザリンの奴らと出会えるんなら、それは僕らにとってラッキーってもんさ」
相変わらず彼らの理屈は本当に理解ができない。どうやら最近彼らは忍びの地図の完成を間近に、もう一度校内の巡回をしているらしい。その合間でスリザリン生とエンカウントすれば即呪いの応酬。最初こそいちいち大仰に心配していた私も、あまりに軽やかなこの様子にだんだんと毒気を抜かれていき、今では呆れ半分でいい加減に話を聞くようになっていた。彼らと一緒にいると、本来ならもっと緊迫しているはずの場面でさえ、まるでダンジョン探検のゲームをしているような気分になるのだ。
まったく、大事な試験前だというのによくやる、と思う(これも彼らにしてみれば、「試験前だからこそ周りの目が僕らから逸れるんだろ」とのことらしい。目立ちたいのか隠れたいのかよくわからない)。
そして、それと同時にいつも湧く疑問がひとつ。
「あなた達はスリザリンの人達と好んで争ってるの?」
────そう、まるでジェームズの口ぶりからすると、彼らは進んでスリザリンの生徒と戦いに行っているように見えて仕方ないのだ。
今日はあいつにあんな魔法をかけた、今日はそいつにそんな呪いをかけられた、こういった話を聞く度、私はそう尋ねていた。そして決まって、このくだりになるとシリウスは重い表情で押し黙るのだった。
確かに1月の満月の晩、私達は「敵が私達を狙うのならばこちらも容赦はしない」と決断した。でもそれは、あくまで"向かってくる敵を迎撃する"という意味だったはずだ。
こんな、"こちらから標的を狙いに行ってわざわざ喧嘩を吹っ掛ける"やり方を是認したつもりは(少なくとも私には)なかった。
「もちろんそんなわけないだろ」
そして、ジェームズの答えはいつだってこう。
「僕らはあくまで学校の秘密を探しに行ってるだけなんだ。敵を探しにわざわざ徘徊しているのは僕らじゃない、あいつらの方だよ。フォクシー、君が何を嫌がってるのかはわかってるつもりだし、僕らもそこは弁えてるつもりだ」
頭に着いた葉っぱを床に捨てながら、ジェームズはいい加減な口調で言う。ただ、それの一体どこまでが真実なのか、私にはわからなかった。
シリウスが一体私に何を言われ、何を考えているのか、きっとジェームズは知っている。だから"私が嫌がるようなことをシリウスがしている"とは、彼は絶対に言わないはずだった。
「それで、怪我は?」
「ああ、パッドフットが腕をちょっとね」
「ちょっと切っただけだ、マートラップの触手液に浸けておけばすぐ治る」
「まったく…。来週から試験だっていう自覚、ある?」
「ある、ある。ちゃんと教科書は全部暗記した」
談話室の隅の方からガサゴソとマートラップの触手液が入ったボウルを持って来たジェームズは(まさか、談話室に常備してるなんて…)、シリウスにそれを渡すと「先にシャワーを浴びてくるよ。僕が戻る頃には傷も癒えてるだろうし、そこで待ってて」と言って勝手に男子寮の方へと行ってしまった。後に残される私とシリウス。
────シリウスと2人きりになるのは随分と久々のことのように感じた。
それこそ1月ぶりだろうか。4人、あるいは今日のように彼がジェームズと2人でいる時にはいつも通り接していたが、こうして"何も繕う必要のない状態"になるのは実に半年ぶりのことだった。
一瞬、彼を置いて私も寝室に上がってしまおうか────と思ったものの、なんだかボロボロになったシリウスを放っておけなかったことと、私は別に彼を避けたいと思っているわけではなかったのとで、なんとなく私はその場に留まることにした。
「────疑ってるだろ」
しばしの沈黙の後、おもむろにシリウスが口を開く。
「何を?」
なんとなく言いたいことはわかっていたが、私はあえて尋ねた。
「…僕らが、わざとスリザリンの奴らと喧嘩しに行ってるんじゃないかって」
シリウスの推測は正しかった。私はいつも、彼らの無謀な行動の目的がどこにあるかと疑っていたのだから。
ある時は「ただ歩いていただけ」と言うし、ある時は今日のように「学校を散歩してただけ」と言う。言葉の上でなら彼らはいつも"被害者"だったが、それを語る時のジェームズの顔はむしろまるで悪を成敗する正義のヒーローのように見えて────正直、あまり良い気分にはならなかった。何もないはずのところから悪をほじくり返して摘み取り、正義の味方気取りをするヒーローがいてたまるかと、そう思わされるのだ。
でも、事実として彼らが対峙しているのはいつだって彼らを恨んでいる生徒…つまり彼らが"攻撃をしても仕方ないと言える相手"だったので、"自分のライン"と照合させても何ら問題はないことになってしまう。
私は、そんな矛盾を自分の中に抱えることに対して抵抗感を持っていた。
要らない争いをしてほしくない。でも、彼らのしていることは別に何も間違っていない。
私はずっとずっと、迷い続けていた。思想と、倫理観と、現実の狭間で。
「…疑ってるよ」
シリウスの問いには、素直に答えることにした。
「わざわざスリザリン生のいるところを狙って徘徊して、襲わせて、"正当防衛"をかざしながら攻撃してるんじゃないかって、本当はそう思ってる」
「…そしてそれは、"死喰い人のマグル狩り"と同じことだって、今度はそう思ってるのか?」
感情の読み取りづらい口調だった。そんな野蛮な比喩を肯定した上で自分を正当化させたがっているのか、それとも私がそう思うことを恐れているだけなのか、よくわからない。
「…うーん、そうとは思わないよ。"罪のない無力な人"で遊ぶのと、"邪悪な魔法で他の生徒を怯えさせる人"を返り討ちにするのは、根本的に行動原理が違うと思う」
ただ、彼がどう思っていようがこの点については"彼の行動が少なくとも不当なものではないと思っていること"と、"私がそもそもそういう風には思っていないこと"のどちらも事実だったので、今度も素直な答えを口にする。
先程名前が挙がったウィルクスとロジエール、その2人は校内でも密かに恐れられている存在だった。いつか噂に上っているとジェームズが言った"ホグワーツ内からも死喰い人をスカウトしようとしている"話が事実だと信じている生徒は、彼らはきっとスカウトされるメンバーになるだろうとしきりに囁き合っていた。
そんな生徒からしてみれば、なるほどシリウスとジェームズは英雄のように映ることだろう。恐怖の対象に全く怯むことなく戦いを持ち掛け、決して敗北は喫さない。ヴォルデモートが恐れる唯一の人がダンブルドア先生だと言うのなら、闇に染まったスリザリン生が恐れているのは紛れもなくシリウスとジェームズだ。
だから────だから、これは間違っていることではないんだと思う。
私の価値観で否定できることではないんだと思う。
なのに、なぜか心がモヤモヤしてしまう。
最初は1月、スネイプを一方的に痛めつけるシリウスを"悪"だと断じた。
その時は、大切な人とわかりあえないかもしれないという苦痛を味わった。
次は3月、そんなシリウスの行動は本当に"悪"だったのかと自問した。
その時は、自分の価値観が再び揺らぐのを感じ、答えが出ないもどかしさに憤った。
そして今────今度こそ彼らの行動は"悪"ではないとわかっていながら、名前も理由もつけられない負の感情が自分の中に生まれていることを感じ────心が激しく疲弊していた。
どうしてだろう。攻撃されるのを悠長に待っていろ、防御だけに徹しろ、なんてそんな甘いことを言っていたら即座にこちらが傷つけられるだけだと、わかっているはずなのに。
それを思えば、たとえジェームズが嘘をついていて、彼らが本当は"わざわざスリザリン生を探し出して攻撃している"のだとしても、それはいずれ来る対立の時を早めているだけに過ぎず、決して責められるようなものではないと…わかっているはずなのに。
あれ以来、少なくともシリウスの口から"スリザリン"を罵倒する言葉は聞かなかった。
彼らが対峙しているのは、いつだって彼らに呪いをかけるチャンスを待っている"敵"だった。
だったら、もっと簡単に許せるはずなのではないのか?
もっと晴れやかな気持ちで、「大きな怪我を負わされなくて良かった」と言えるはずではないのか?
「…イリス」
どうしてこんなにも心が揺れてしまうのだろうと悩んでいると、シリウスが私の名を呼んだ。
「何?」
「────先に、弁解しておく」
彼は慎重に声を発した。何かまた"私のライン"を踏みつけるようなことを言うのかと、思わず身構える。
「僕達は、近いうちにスネイプに復讐する」
「…暴れ柳の件のこと?」
「そうだ」
1月の満月の晩。リーマスを追って愚かにも暴れ柳の中に侵入しようとしたスネイプを逃がしたジェームズは、その後で苦々しげにこう言った。
「僕は正直、スネイプの問題をあれでチャラにする気はないんだけど、どう思う? あれはいつもの僕らの"私闘"じゃない。これはスネイプの、リーマスへの一方的な加害行為だ」
そしてシリウスも、"セクタムセンプラ"の呪いがスネイプ考案のオリジナル魔法であることを明らかにした上で、彼らが"徒党を組んで"私達を害そうとしているのではないかと口にした。
「僕はこれはリーマスへの一方的な加害行為であると同時に、僕ら全員への宣戦布告だと思っているんだ」
そしてその時に、私達は再度自分の立場を確認した。
そこに敵がいるのなら、容赦はしないと。
敵が既に私達を攻撃してきているのなら、私達も必ず復讐すると。
「この情報収集をする中で、ある程度僕も奴らが使う"新しい呪文"を覚えた。セクタムセンプラは確実に邪悪な魔法に分類されるが────身体的にそこまで害のない魔法も、いくつかあった。それこそ、単に逆さ吊りにするだけのやつとか」
「じゃあひとまずこの件については僕らも臨戦態勢をとっていくってことで良いかい、パッドフット?」
「ああ。決行はいつでも」
「そうだな。あいつらが自分のしたことは愚かなことだったと、一番思い知らせてやれるタイミングを狙おう」
そんな会話を最後に────私達は、闇の力に屈しないことを約束した。
近いうちにスネイプに復讐をする。
きっとそれは、あの時の約束の続きだ。
「タイミングはその時にならないとわからないけど…OWLが粗方終わって、生徒がストレスから解放され出した時──── 一番生徒が"娯楽"を求めている時に、僕らはスネイプに、"スネイプの魔法"で復讐をする」
「……」
それは一見、とても卑怯なやり方のように思えた。
娯楽で誰かを呪う。私が何度もやめてほしいと訴えていたことを、彼はあえて「やる」と口にした。
だから「弁解する」と言ったのだろう。そこに、正当性を見出すために。
「────きっと君は、それを良しとしないと思う。まるでショーみたいにあいつに呪いをかけることを、否定するだろう。それはわかってる。でも、これだけは譲れないんだ」
「……それは、シリウスの根本的な価値観なの?」
「そうじゃない。誰にもかれにも呪いをかけて、人前で嘲笑うつもりなんて、そんな死喰い人のやるようなことは絶対にしない。ただ、スネイプだけは別なんだ。もうどっちが悪いのか、どっちの方が酷いのか、僕にもわからない。ただ────あいつだけは、どうしても許せない。今までの5年間、あいつが僕達を憎み続けてきたように、僕達もずっとあいつを憎んできた。僕はまだ忘れてない、あいつが君やリーマスや、他の生徒に向かって吐いた言葉の数々を。あいつがしてきたことの全てを許さない。だから、この復讐だけはもう────取り消せない」
悲しいことだ、と思った。
最初は些細な意見の対立だったはずなのに。
今でも覚えてる。ホグワーツ特急で、互いに失礼なことを言い合っていたあの数分間。あの頃はまだ、"馬が合わない"程度の関係で済んでいたのに。
憎しみが憎しみを生んで、ここまで成長してしまった。
シリウスがここまで苦しそうな顔をして「復讐を取り消せない」と言わせるまで、あまりにも長い時間、彼らはすれ違い続けてしまった。
もし────と、ありえないことを考える。
もしスネイプがグリフィンドールにいたら、何か変わったのだろうか。
あるいはもしリリーがスリザリンにいたら、何か変わったのだろうか。
他の何だって良い。ジェームズがクィディッチの有名人にならなければ、シリウスがグリフィンドールに入っていなければ、悪戯仕掛人が揃っていなければ、スネイプに闇の魔術の手が伸びていなければ────。
とにかく何かひとつでも現状と違うところがあれば、ここまでには至らなかったのではないかと、考えざるを得なかった。
ただ、そんなことを考えてももはや全てが無駄だ。現実、こうして彼はひとりで苦しんで、それでも消えない憎しみを晴らそうとしている。
「────私が見ていないところだったら、知らないふりをする。私が見ているところだったら、"もう十分"と思った時にまたあなたの杖を取り上げる。それで良い?」
だからもう、私にはそれしか言えなかった。
これがシリウスの根本的な価値観で、それこそ「死喰い人のやるようなことをする」とでも言おうものなら、悲しいがここで私は別れを告げなければならなかっただろう。
でも、スネイプのことに関しては────いつかリリーと話したように、私にも正解がわからないのだ。わからない以上、私にはもう口出しができない。
シリウスは腕をボウルに漬けながら、項垂れるように上体を屈めた姿勢のまま私を見上げた。
久々に、その灰色の瞳を間近で見た。いつ見ても綺麗で、まっすぐで、吸い込まれてしまいそうな瞳。いつもこの目を見ていると、胸が苦しくなる。
「…わかった」
ああ、でも、これでまた彼らが要らない傷を負ってしまったら。要らない敵を増やして、要らない戦いを増やしてしまったら。
私の目の届くところでやってほしい気持ちと、私に絶対その姿を見せてほしくないという気持ちの狭間で、また心が揺れ動く。
怪我をしてほしくない。あまり彼が危ない目に遭うところを見たくない。
彼に、戦うための杖を上げてほしくない────。
────その瞬間、唐突に私の抱えていた"違和感"の正体に気づいてしまった。
どうして彼らの直近の行動が"悪"ではないとわかっていながら、釈然としない思いを抱えていたのか。
どうして私は、自分のラインがどこに引かれていて、どうしてそれを引いたのかまでもちゃんと理解しているのに、それでも迷い続けていたのか。
それは全て、何もかも、シリウスが心配だったからなのだ。
3年生の時、レギュラスと話していた私に「あいつと関わるな」と言ったシリウスの声を思い出した。
きっと今の私は、あの時のシリウスと同じなんだ。
闇の魔術と関わってほしくない。憎しみを育てるだけの相手と関わってほしくない。
もちろんそこには「私のラインを越えないで」という元々の意味もあるが、それ以上に、(仮に彼の行動が全て正当だったとしても、)彼が誰かと戦っている姿を見たくなかった。
だって、戦えばそれだけ彼が傷つくから。
戦えばそれだけ敵が増えて、憎しみも生まれて、いつかまたこうして、取り返せない復讐を────今度は別の誰かに、しなくてはならなくなるかもしれないから。
シリウスにはいつも笑っていてほしい。
呪いをかける時のあんな暗い笑みじゃなくて。家の話をする時のあんな皮肉に満ちた笑みじゃなくて。
悪戯仕掛人と遊んでいる時の笑顔を見ていたかった。
何もないところから"笑い"を引き出し、周りの皆を巻き込んで笑顔にしてくれる彼の眩しさに、目を細めていたかった。
私は────私は、シリウスにずっと笑っていてほしかったのだ。笑顔で「楽しい」と
、「幸せだ」と、そう言ってほしかったのだ。
「頭で何を考えてようが、好きになる時はどうしたって好きになっちゃうものなのに」
「どうせ好きになる時なんて頭で考えるより先に好きになっちゃうものなんだから」
頭の中で、似たような男女の声が2つ聞こえてきた。
────ようやく私にも、その意味がわかったような気がした。
…と、そんなことがあったお陰で、あれから私の気苦労はピークをとっくに超えて、2年生の終わりの試験時のように、いつ倒れてしまってもおかしくない状況に追いやられていた。
この際、私のシリウスへの気持ちは脇へ置いても良い。
困るのは、この期間のどこかで、シリウス達はスネイプを確実に攻撃しに行くという事実を知ってしまったことだった。
いつ来る。どう来る。何をする。
呪いのショーなんて見たくはないが、知った以上はストッパーが絶対に必要になる。
彼らはスネイプに対しては絶対に加減をしないだろう。
口出しはしない、干渉はしないと散々言ってきたが、ああして前もって"弁解"をされた以上、私はシリウスが「時が来たら止めてくれ」と言っているのではないか、という気にもなってしまっていたのだ。
────いつか怒りに我を忘れた私が、ジェームズに止めてもらったように。
どうしても拭えない憎しみがあるというのなら、どうしても復讐を果たさなければ気が済まないというのなら、誰かがそれを終わらせなければならない。
理想論を掲げて正義面をしてきたが、振り返れば私だって同じように度を越した攻撃をした経験があるのだ。そして、それを止めてくれたのはいつだって大切な友達だった。
だから、今度は私が止めに行かないといけない。
それが必要なのかはわからないが────とにかく私は、そんな使命感を背負って試験に臨んでいた。
当然、そんな精神状態で試験がうまくいくはずもなく────。
もちろん教科書の内容はちゃんと叩き込んである。実技も"そつがない"程度には仕上げてある。試験官が学外の人と聞いた時には随分と緊張してしまったが、実際に目の前にしてみると皆優しい人ばかりだったので、"勉強面"においてはリラックスして受験することができたと思う。
それでも、ベストは出せなかった。きっと全科目で"O"を取るような、そんな奇跡は起きないだろう。
毎年全科目満点を取ってきた私にしてみれば、それは由々しき事態────のはずだった。
しかし、今の私は試験の結果など大して気にならなかった。
そんなことより、今はいつ来るとも知れない"復讐"の方が気になって仕方なかった。
まさか私がこんなことを思う日が来るとは思っていなかったのだが────。
3年生でポリジュース薬を作っていた時とは比べ物にもならない。
世の中には、試験なんかよりずっと大事なものがあったのだ。
そんな思いを胸に、試験の最終日、闇の魔術に対する防衛術の筆記試験までをなんとか終わらせた。
残りは1科目、変身術の筆記試験だ。
昼休憩を挟んで行われることになるので、終了は午後15時頃。
ここまで何の動きもなかった。シリウス達は、おそらく本当に"生徒がストレスから解放される瞬間"を待っているのかもしれない。
事が起こるとしたら、変身術が終わった直後か────そんなことを考えながら、一旦外の空気を吸おうとリリーと共に校舎の外へ出た。湖のほとりを歩きながら、新鮮な空気を吸って体内の淀んだ気持ちを少しでも入れ替えようと努める。
「とにかく、あと1科目だからなんとか頑張って。もし本当に辛かったら、私、医務室まで一緒に行くわ」
「ううん、大丈夫。ありがとう…。試験が終わって、ご飯をたくさん食べて、お風呂にゆっくり浸かってたくさん寝たら元気になれると思うから…」
自分の試験も大変だろうに、リリーはしきりに私の心配をしてくれていた。
それをありがたく思いながら、私は心から「今日さえ終われば解放される」と思っていた。
できれば、変身術の試験が終わった後はリリーと別行動を取りたいな。
私がスネイプへの復讐を止めに行くのなら、きっとその場にリリーはいない方が良いから────。
そう、思った瞬間だった。
バーン!!!
背後のブナの木の方から、爆音が轟いた。
「!?」
反射で振り返ると、そこには────。
「ああ……」
思わず、口から絶望の溜息が漏れる。
そこには、地面に這いつくばるスネイプに杖を向けている、シリウスとジェームズの姿があった。
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