「え? シリウスが君のことを好きかどうか? 何今更なこと言ってるんだ?
「ジェームズ、シー! お願いだから声を落として!」
「そういうことならムーニー達も呼ぼうぜ。証人は多い方が良いからな。おーい、ムーニー! ワームテール!
静かにしてったら!

談話室にいる数人の視線がザッと集まった瞬間、自分の声が一番大きかったことに気づき、顔が熱くなった。

10月の下旬、シリウスにあまりに突然すぎる告白(?)をされて以来、私はリリーに言われた通り"ジェームズから話を聞ける機会"をずっと狙い続けていた。
ただ、ジェームズは常にシリウスと一緒にいた。そんなこと、入学した時からわかっていたのに────いざその2人を引き離そうとすると、これが本当に難しかったのだ。まるで見えない糸で2人の手と手を結び合わせているかのようだ、と何度も憤った。

当然、あの日以来、私はシリウスとまともに話すどころか目を合わせることすらできなくなっていた。
ジェームズ達もシリウスからあの日の話を聞いていたらしい。私の様子が明らかにおかしくなっても、ニマニマと生温かい視線を送ってくるだけだった。

そして当のシリウスはといえば────これが一番憎いのだけど────彼が、一番"普段通り"だった。

会えば挨拶をするし、私が1人でいるところに通りがかれば雑談を振ってくる。
ある時、あまりにも彼の様子が"普通"なので、「やっぱりあの日にあったことは全て冗談で、彼の中ではなかったことになっているんじゃないか」と思い、勇気を出して顔を上げたこともあった。しかし目が合った瞬間、彼は「お、あの日の返事をくれるのかい?」と言ってきたのだ。それ以来、私は彼に何を言われても顔を背けたまま、「うん」とか「うーん」とか「あー」とか、とにかく要領を得ないい、い加減な返事しかしないようになってしまった。

もうシリウスとジェームズを引き剥がすのは無理かもしれないと諦めかけていたところ────なんと驚き、クリスマス休暇の初日に、私はその"機会"を得ることとなった。
理由は簡単。1年生の時から欠かさずホグワーツに残っていたシリウスが、今年は「家に帰る」と言ったらしいのだ(ジェームズから聞いた)。なんでも帰省するのは「家の事情」とのことで、悪戯仕掛人でさえ詳しいことは知らないらしい(リーマスから聞いた)。

ここまで苦労すること約2ヶ月。
この間の問題は、何もシリウスのことだけじゃなかった。

この2ヶ月のうち、満月の晩が2度もあったのだ。もちろんリリーは2回ともスネイプを引き留めていてくれたけど、明らかにストレスが溜まっているのは目に見えてわかるようになっていたので、そろそろ別の手を打たないといけないかもしれないと思うようになっていた(リリーは「大丈夫」と言い張っていたけど、やっぱり威勢が良いのは初回だけだったらしい。累計3度目となるスネイプとの会合後、リリーが目に涙をいっぱい溜めながら戻って来ているのを見てしまった)。

だから今日はまずその話を聞いてもらってから、ついでにこの機会を利用して私の相談にも乗ってもらおうと、こうしてジェームズを談話室の隅に呼んだわけなんだけど────。

「ジェームズ、ちょっと話があって────」
「パッドフットのこと?」
「あ、まあそれもなんだけど、それよりまず────」
「早く返事してやりなよ。あいつ、君からの"イエス"を良い子にステイして待ってるんだぞ」
「いや、そもそもあの人が本当に私のことを好きかどうかもわからないし────」
「え? シリウスが君のことを好きかどうか? 何今更なこと言ってるんだ?

というわけで、冒頭に戻ることになる。

幸いだったのは、今が休暇中だったということ。ホグワーツに残っているのは、私と、シリウスを除いた悪戯仕掛人、リリー、そして2年生が2人と4年生が2人だけ。不幸だったのは、その全員がその時談話室にいたということなんだけど────まあ、人数が人数なので、私はこほんと咳払いをして、改めてジェームズに向き直る。その時にはもう、「話の内容ならわかっているよ」と言わんばかりに生温かい顔をしているリーマスと、あからさまに目をキラキラさせているピーターも、いつもの場所に集合していた。

「それも後で聞かせてほしいんだけど、私はまず"ムーニー"の件で相談があるの」

あえて私から"ムーニー"という単語を出すと、彼らは私の話したいことが仲間内だけの秘密────つまり"狼人間"に関わることだとようやく察したのか、表情を一気に引き締めた。心なしか、周りの温度も何度か下がったように感じる。
まったくもう、どうしてスイッチを入れるだけでこんなに体力を使わなければならないのか。

「そういうことなら、上に行くかい?」

ジェームズが誰にも聞こえないように言う。私達は静かに頷き合い、男子寮の5年生用の寝室へと上がって行った。
ひとまずここなら人目を気にせず話せる。本当なら必要の部屋が一番安心できる場所ではあるんだけど、時期や緊急性を考えればここでも十分だろうと判断し、私達は寝室の中央に輪になるように座った。

「────で、ムーニーがどうしたって?」
「リリーがそろそろ限界。そろそろ別の手を打たないとマズいかも」
「ああ…」

嘆息したのはジェームズだった。

「スネイプと話す度にあの2人、溝が深まってる。リリーは"必要な話し合いだ"って言ってるけど、正直もうあの2人は関係修復がもう不可能だと思うから────ジェームズ、嬉しそうな顔しないで」

スネイプと決裂しそうだと言うなりじんわり口の端が持ち上がっていたジェームズを叱り、私は話を続ける。

「どっちかっていうと、もうこれ以上自分達で傷口を広げさせたりしないで、そのまま自然消滅させたいの。というか単純に、リリーが泣きそうな顔をして帰ってくるのを私が見たくない。今後も引き続きスネイプの気は逸らさないといけないんだろうけど…そろそろ何か、代替案が欲しい」
「半分以上僕の責任だからな…。僕もあんまり、関係ないエバンズを巻き込みたくはない」

これにはリーマスも賛成のようだった。
とはいえ、問題はその代替案が見つからないところにある。

「ていうか、本当に毎月張り込みに来るなんて、本当にスネイプって気持ち悪いくらいに粘着質だよな。あいつの前世、ナメクジかなんかだったんじゃないか?」
「人格否定はそこまで。私は建設的な話し合いがしたいの」
「承知つかまつりました、監督生」
ジェームズ
「ごめんって。真剣に考えるよ」

とは言ってもなあ、と後ろに倒れ込むジェームズ。

「偽ムーニー作戦がダメ、エバンズ迎撃作戦も彼女を傷つけるからダメ…となると、一回本当に暴れ柳に近づけさせて、怪我の一つでも負わせた方が早いんじゃないか?」
「下手したら死ぬでしょ」
「自業自得だ」

確かに、と言いたいのをぐっと堪える。本当に"怪我の一つ"で終わるなら、私もいっそそうやって痛い目を見させてやりたいとは思っていた。
でも、死の危険があるものに近づけさせるのはやりすぎだ。どうにかして、スネイプ自身に諦めさせる方法を考えないといけない。

「それじゃ、やっぱり僕かパッドフットが校庭でランニングするのが一番良いんじゃないか?」
「うーん…まあ…2人に危険がないならそれが今は一番良いのかも…」

なんなら、リーマス役をまた私が引き受けても良い(本人は体調が悪くてきっと作戦どころじゃないだろうし)。とにかく満月の晩、リーマスが"森の動物"に餌をやるなりして戯れている場面を見せる。2人のうちどちらか────というかこの状況下だと、私が動くならジェームズとしか組めないが────は、その後禁じられた森に入って、あたかもそこの生き物であるかのように思わせる。計画はそんなところだ。
偽リーマス作戦自体は過去にも一度やっているが、あれは確かにちょっと突発的すぎたと言わざるを得なかった。スネイプだって魔法薬の申し子。"たった一回"リーマスの姿をした"元気な誰か"と出会ったところで、その後の満月の日に再び体調を崩しているのを見ていたら、それこそ的確にポリジュース薬の使用を疑われても仕方ない。

ただそれは逆に、"定期的に"リーマスが校庭に出ている理由があれば、言い訳が立つようになる。また"偽リーマスが満月の晩に出歩いている"というリスクを背負わなければならない"私にとっての問題"は生じるが、少なくともこれなら身内だけで完結できる作戦だった。

「じゃあ暫定的にその作戦で行くとして、この話題はパッドフットが帰ってきたら僕らからしておくよ」
「うん、お願い」
「それで、そのパッドフットとあんなに仲が良かったはずのフォクシーが、今一言も話せなくなってる状況についてだけど────」

真面目な話が一段落した途端これだ。ジェームズはムクッと起き上がり、ニヤニヤと私を見つめた。

「さっき、なんて言った? パッドフットが君を好きかどうかわからない? 本気で言ってるのか?

本気じゃなかったらそんな恥ずかしい話を、こんな歩く冗談製造機に言うものか。

「私、この話も結構真面目に相談したかったんだけど…」
「ジェームズ、ちゃんと聞いてあげよう」

リーマスがジェームズを宥めてくれたお陰で、まだ何かを言おうとしていた彼の口が一旦塞がった。

「それで? 話はシリウスから聞いてるよ、ホグズミードに2人で行った日、"デートのつもりで誘った"とか"君のことを好きって言ったらどうする?"とか突然言って、君を混乱させたんだろう? でも、それの何が疑問だったの?」

口調は優しかったけど、これではリーマスまでもが「どうしてそこで混乱するのか」と言っているみたいだ、と思った。

「…まずシリウスが私のことを本当に好きなのかどうかがわからない。好きだったとして、いつから? なんで?」

疑問を立て続けに発したところで、3人揃ってぽかんと口を開けて見てくるので、いい加減私の感覚がおかしいのかと自問せざるを得なくなってしまった。

「僕でさえ結構わかりやすいと思ってたんだけど…」
「あんなん一目惚れだよ、一目惚れ」
「ジェームズ、適当なことを言ったら余計にイリスを混乱させるだろう」

一目惚れだけは、絶対にない。あんな険悪な空気の中で恋心なんて生まれるものか。

「いや、でもパッドフットは割と最初の方からフォクシーのことを気にかけてたぞ」
「それは私が中身のないペラペラ人間だったからイライラしてたってだけだよ」

1年生の時に喧嘩したことを知らないわけがないのに、と苛立ちながら言うと、ここでも場を収めてくれたのはリーマスだった。

「まあ、確かにその時点ではまだ恋とかそういうのではなかっただろうね。でもイリス、僕、言わなかった? シリウスは"君と仲良くしたがってる"って」
「でも、それって友達として、でしょ?」
「まあね。でも────その時点で、もうジェームズとシリウス、それぞれの君に対する視線は違ってたんだと思うよ」

突然自分の名前が出てくるとは思っていなかったのか、ジェームズが「え?」と首を傾げた。

「ジェームズは、うーん…良く言えば、君をフラットに見てた」
「なるほど。確かに僕は────悪く言うと、君に関心がなかった。まあ普通に友達としては好意的に思ってたけど、正直それ以上でもそれ以下でもなかったな」

それは自分で言うことなんだろうか、ジェームズ。

「ところがシリウスは、そこで君を既に"特別視"してしまっていたんだ。僕らは今も君の家の事情をよく知らないけど…とりあえず知る限りだと、かなり厳しかったんだろう? シリウスの家の事情と似てると言えるくらいに」
「あー…似てるって言って良いのかはわからないけど…まあ、理解し合える部分はあったかも…」
「だから、きっかけをあえて作るなら、僕はその時点だったと思うな」

リーマスは、まるで小さな子にアルファベットを教えるような口調で言った。

「でも、本質的なところをつくと、"これ"っていうきっかけはなかったんだと思う」
「塵も積もれば山となる、って言葉、知ってる? フォクシー」

知らないわけがない。あえて黙っていると、ジェームズはまたニヤニヤと笑いながら開いた手の指を1本折った。

1年生の冬。君とパッドフットは大喧嘩した。理由は僕も知らないけど、とりあえず君達はそこで"本音"のぶつけ合いをし、そして仲直りをした。しかもそのやり方は、スリザリンの偉大なる監督生様に武装解除呪文をかけるという大変エキセントリックな方法だった────」

2本目が折りたたまれる。

2年生。君は"自分がない"と強く自分を責めた結果、憔悴して気絶するまで魔法界のあらゆる歴史、思想を調べきった。その結果、君はきちんと答えを見つけ出し────奇しくも、その思想は僕らと共通するものだった。闇の魔術を敵視し、友情を尊重し、そして何より狡猾に生きる────ってね。ここだけの話、メチャクチャ嫌がるから本人には言ったことないんだけど、あいつもスリザリンで十分やっていけるだけの狡猾さを持ってるからな。ああいうキツネみたいな賢さ、実は大好物なんだ。ああ、あとあえて言うなら君があいつの弟を気にかけてたのも部分点として組み込まれるかな。恋愛にはいつだってスパイスが必要だからね」

そして、3本目。

3年生。この辺をいちいち挙げてるともうキリがないんだけどさ────君はとにかく、どんどん"自分"を解放してったわけだよ。ズケズケ物は言うし、パッドフットも引くほどの嫌味も言うし。あいつはそれが楽しかったんだろうな。思うに────この辺りから、あいつの中で積もって行った塵が山を形成し始めたんだろうな」
「同感」
「えっ、そんなに早かったの!?」

素早く首肯するリーマスと、驚いているピーター。
一方私は、リリーが言っていた時期と同じだ、と思った。

「多分これは僕から聞かせた方が良いだろうな────ほら、必要の部屋でシリウスと杖を向け合った時のこと」

そう言われ、再び会話の主導権がリーマスに移る。

「ああ…」
「あの時から、シリウスの中で君の評価は大きく変わったと思うんだ。僕もあれにはかなり驚かされた。もちろん君とは良い友人だったとそれまでも思ってたよ。でもまさか、自分の身まで危険に晒して僕の…人としての尊厳を守ろうとしてくれるなんて…ごめん、正直そこまで僕達のことを考えてくれているとは、思ってなかった。僕達はみんな、君のことを"ちょっと仲の良い友達"くらいにしか思ってなかったんだ、あの時はね」

あの時のことについて、今でもリーマスには少し申し訳ないと思っている。
彼の意向も聞かず、冷静に話し合いをする暇もなく、私はなぜかシリウスと喧嘩をしてしまったのだから。

「でも、すごく嬉しかったんだ。僕の秘密を知っても、絶対に自分の中に留めようとしてくれていたこと。僕の秘密を知るまでに、その上で、僕達のことを深く理解し────その友情を、君自身も信じてくれたこと────」
「おい、ムーニー。いつの間にか君の告白になってるぞ」

あれ、と照れたように笑うリーマス。それでも、あの時少なからず大きなショックを与えてしまったはずのリーマスが、今こうしてあの時のことを眩しそうに振り返ってくれていることが、私は嬉しかった。

「ごめん、話が逸れたね。それで、一度は"秘密を守る"と決めた上で、それでも君は僕の危機を知った時に、迷わず僕達の元へ来てくれた────しかも、完璧な対抗策を持って。多分…僕と同じくらい"僕の問題"に真摯に向き合ってくれていたシリウスにとっても、それはとても衝撃的なことだったんだと思う。誇りと、頭脳と、友情。それらはシリウスが最も尊んでいるものだ。────きっと、それら全てを君が完璧に兼ね備えていることを身を以て知った時、シリウスの中で君という存在は"本当に特別"になったんじゃないかな」

────それで、あの「今度は僕達が君を守る」という言葉が出たのか。

「それで、4年目に入る。君が家を出たと知った時のパッドフットの顔、本当に面白かったなあ…」

当時を思い出したのか、ジェームズがクスクスと笑った。

「あいつの方がよっぽど長く家を出たいと願ってたはずなのに、なぜか3年前まではペラペラで中身がなかったはずの女の子が、軽やかにそんな自分を越えていったんだ。君、相当パッドフットにとって眩しく見えてたと思うよ。あの後君達、部屋でヒソヒソ何か話してたろ。僕は途中からしか聞いてないんだけど────パッドフットは多分、あの時には君に告白するつもりだったんだと思う

えっ、と声にならない声を発する私。

「じゃあまさか、ジェームズが入ってきた時にシリウスが言葉を切ったのは────」
「ああ、"君にその気があれば"の続き? 多分、"僕との交際を考えてくれないか"とでも言う気だったんじゃないかな」

まるでランチに誘う時と同じような軽い調子で、ジェームズはとんでもないことを言った。

「結局僕の偶然の邪魔が入ったせいで、パッドフットは告白のチャンスを逃した。まあ、それでも気持ちを伝える機会なんていくらでもあるって嵩を括ってたんだろうな。そうしたら君が、他ならない自分の弟と親しげに話して、あまつさえレギュラスの意見には一理ある、なんて言い出した。あいつは焦っただろうさ。このままじゃイリスが取られる、ってね」

ジェームズはそろそろ話すのに飽きてきたのか、自分のベッド脇に置いていたクィディッチ選手のミニチュアフィギュア(いつか私にクリスマスプレゼントとして贈ってくれたものとは違う選手だった)を弄び始めた。

「もちろん、君が闇の魔術に傾倒するなんてあいつは思ってなかったと思うよ。君のことがただ大事だっただけさ。フォクシー、僕は最初から嘘なんてひとつもついてない」
「じゃあ、あの時…シリウスがいない間にその話をしてくれた時、最後に言おうとしてたのは────」
「ああ、結局パッドフットが戻ってきたせいで最後まで言えなかったやつ? 単純な話だよ、あいつは嫉妬してたんだ。なんせ君のことが好きだったわけだからね。レギュラスとあまり親しくしないでくれ、邪悪な魔法を使う奴らが差し伸べる手を、どうか取らないでくれ、ってさ」

ようやくここまで来てピーターがうんうんと頷いた。
そういえば、あの時はピーターでさえ「どうして君がそこまで大事にされてるのかわからないの?」と言いたげな顔をしていたっけ。

「ところがどうだ、君はそんなパッドフットの"杞憂"を、一晩で吹き飛ばした。いや、マジであれはサイコーに格好良かった。オーブリーに教室中の備品を────」
「いや、もうそのくだりは良いです」

恥ずかしい話をそう何度も蒸し返されるのは嫌だったので、私はその話だけは遮ることにした。ジェームズは「そう?」と物足りなさそうに言ったけど、それ以上を続けようとはしなかった。

「だから、今年こそって思ってたんだろうな。笑えたよ、10月のホグズミード行きの掲示が出た時、あいつは僕らに"今度こそイリスに言うぞ"ってわざわざ宣言したんだ」
「"邪魔したら呪いをかけるからな"とまで言ってたな」
「あの時のシリウス、怖かったなあ…」
「そういうわけで、当日は僕らでさえ邪魔────あー…いや、見守ることもできず、君達のハッピーな報告を待ってたわけなんだけど────」

それが、これである。
私はシリウスと口を利けなくなり、目も合わせられなくなり、彼の好意に気づかないまま、こうしてジェームズ達の懇切丁寧な説明を聞いている。

「まさか君がここまで鈍かったとはねえ。悪意にはあんなに敏感なのに」
「だって、みんなもシリウスの女の子嫌いは知ってるでしょ?」

せめてもの反抗にと思って同意を求めるけど、頷いてくれる人は誰もいなかった。

「違うんだよ、フォクシー。あいつは最初から言ってたじゃないか。顔やステータスだけで好きだの嫌いだの言ってる奴が嫌いなだけだって」
「まあ、その本人がスリザリンっていうステータスで大部分の生徒を嫌ってるところも否めないんだけどね」
「しょうがないさ、スリザリンはスリザリンなんだから」

シリウスと同じようなことを言いながら、彼を正当化するジェームズ。

「あいつは"自分"を知らない人間から一方的に空っぽなラブを投げつけられるのが嫌いなだけで、女の子を好きにならないわけじゃないよ」
「11歳の時からずっと一緒にいて、その著しい成長を────エバンズを除けばだけど────僕らの誰よりも近くで見てきたシリウスなんだ。きっとそこには、僕らでさえ知らない心の動きが色々あったんじゃないかな」
「それにイリス、どんどん綺麗になってくし!」
「ワームテール、今のパッドフットに聞かれたら殺されるぞ」
「えっ、褒めちゃいけないの!?」
「パッドフットはああ見えて意外と独占欲が強い」

リリーと話の内容はほとんど同じだった。でも、シリウスにより近いこの3人の話は────確かに、リリーから聞いた時より(それとも単純に2回目だからだろうか?)説得力があるように思えた。

シリウスは────じゃあ、本当に、私のことが好き、なの?

「それで? 当の君はパッドフットのことをどう思ってるの?」

答えはわかりきっているといった顔でジェームズが尋ねてくるけど、私はそれにもまだ首を捻ることしかできなかった。

「うーん…リリーとも話して、シリウスが私にとってちょっと特別なのはわかったんだけど…それが好きなのかどうかはちょっとまだわかんない…」

実のところ、私の中にあるのは"違和感"だった。
特別であることには変わりはないのだろう。自分の中でも、徐々にシリウスに対する気持ちに変化が現れていることには気づいている。

ただ、その"変化"が…必ずしも良い方向のものだけではないことが問題だった。

恋をしたことがない私がどんな感情を恋と呼んだら良いのかわからない、というのもあるのかもしれない。ただ私は、例えばジェームズがリリーの話をしている時のような、あの高揚した口調で相手を語ることはできないと思っていた。例えばシリウスが時折私に見せるような、あの切なくなるほど優しい表情を浮かべることはできないと思っていた(もちろんこっちは、シリウスが私のことを好いているからこそ浮かべられた表情だと仮定した場合の話、だけど)。

砕いて言うなら、私はまだ、シリウスの全てを受け入れられていないのだ。

「その"特別"が"好き"なんじゃないの?」
「好き…なのかもしれないんだけど…。でも、ちょっと引っ掛かるんだよね」
「どこが?」
「うーん…例えば、スリザリンの人に対する一方的な敵意とか、無鉄砲で攻撃的な言動とか…そういうのを見ちゃうと、こう…なんて言ったら良いんだろう」
「せっかくドキドキしてても気持ちが冷める、みたいな?」
「そう」

リーマスが見事に私の"違和感"を言語化してくれた。
そうだ、そうなのだ。
私は確かにシリウスを特別に思っている。好きだし、尊敬もしているし、一緒にいて楽しい。
それに加えて、最近はなんだか心を強く揺さぶられることも増えてきた(と、2ヶ月前にリリーと話した時にそれを自覚した)。

それだけを考えるなら、私もシリウスのことを好きになったと言えるのだろう。

でも、リリーに言われた通り毎日自分に「シリウスのこと、好きだと思う?」と問うと、その度に「何か違う気がする」と冷静な答えが返ってくるのだ。
彼に声をかけられるとドキッとしてしまう。でも、彼がスリザリン生に喧嘩を売っているのを見ると、その気持ちは急速に冷え込み、「またそんな言いがかりをつけるの?」と苛立ちに近い気持ちが生まれる。

そんな状態を、"恋"と呼んで良いものなんだろうか。
もちろん、盲目になって相手のことを全て肯定的に捉えることだけが"恋"なのだとは流石に思わない。
人は誰しも欠点を持っているものだ。欠点までもを美化して褒め称えている状態になったら、それはもはや"恋"ではなく"崇拝"に近くなるのではないかとすら思っている。

だから、彼に欠点(というか、私と相容れない部分)があること自体が私の迷いを呼び起こしているわけではない。
私が迷っているのは、そんな彼の欠点が、よりによって私の数少ない"許容できないライン"に触れていることが原因だった。

一方的な差別。相手を攻撃することを楽しんですらいるようなスタンス。

シリウスが持っているそんな素質は、好きになるどころか────私の一番嫌いなもののはずだった。

私はそれを許容してまで彼を好きになれるのか、そこまでして彼を好きになりたいのか、まだわかっていなかった。

「────なんか難しいこと考えてるね、フォクシーは。頭で何を考えてようが、好きになる時はどうしたって好きになっちゃうものなのに
「そういえばジェームズも最初はエバンズのことを"うるさいコバエ"って呼んでたもんね」
「ムーニー、エバンズを侮辱することは許さないぞ」
「僕、今言わなかった? 君が彼女をそう呼んでたって」

────彼らの会話を頭上で聞き流しながら、考える。
今ではこんなにリリーを想っているジェームズですら、最初は彼女のことを面倒な存在だとしか思っていなかったのだとしたら────そして、時が経つにつれて頭で考える前に好きになってしまったのだとしたら────私も、いずれはシリウスの"嫌いな部分"を自覚しながら、「どうしたって好きだ」と思わざるを得ない時が来るのだろうか、と。

「まあ、ひとまずあいつが君のことを好きであることは信じてあげなよ。その上で君がどうするかは、ゆっくり考えれば良い。パッドフットも急ぐ気はないようだし」
「ジェームズ、それは自分がなかなかエバンズと良い雰囲気になれないからって、シリウスに先を越させないようにしてるのかい?」
「嫌だなあ、僕は純粋にフォクシーのことを気にかけてるのさ」



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