「んー…そうね、私が"あれ?"って思ったのは…3年生の終わり頃だった気がする」
再び機能停止した私に、リリーが一方的に語り掛ける。
「最初から確かに、あなたとブラックはよく衝突するなあって思ってたのよ。でもまあ、そのくらいなら普通の友達とでも、なんなら友達とじゃなくてもよくあることだから、そんなに気にしてなかったの」
言っていることの意味はちゃんと理解できている。
できているのに、まるで言葉がぶんぶんと頭の上を飛び回っているようだった。
「でも…なんでかしら。あ、そういえば3年生の時の試験前、私がちょっと不安をあなたにぶつけちゃったこと、覚えてる? あなたが毎日のようにどこかへ出かけていて…どこへ行ってるの? って訊いた時」
もちろん覚えてる。あの時は、スネイプの目を欺くためにポリジュース薬を必死で作っていたから、リリーと一緒にいる時間が極端に減っていたんだ。
「あの辺りで私、ちょっとあなたと一緒にいる時間が減って、代わりにポッター達といるあなたを客観的に見る時間が増えたのね。そうしたら、"あれ?"って思ったの。具体的にその違和感を説明しろって言われると難しいんだけど…なんだか、ブラックのあなたを見る目が変わったっていういか…なんか、優しくなった? そんな気がしたの」
あの頃、何か私達の関係が変わるようなことがあっただろうか、と思いながら、ひとつひとつの思い出を思い返す。
リーマスの秘密を暴いた時────は、杖を向けられてるし、あんなタイミングで好意なんてとても生まれないだろう。
その後は…薬を作って、リーマスをみんなで守って────。
────その時、ひとつのことに思い当たった。
そういえばひとつだけ、あった。
シリウスらしくない、と違和感を覚えた時が。
リーマスに成り代わって一晩過ごし、スネイプに呪文をかけてしまった後のこと。
リーマスが無事であったことを喜ぶべきだったのに、どうしても保身的な考えを消し去れなかった身勝手な私に、シリウスはこう言ってくれたんだ。
「万が一の確率で本当に"偽リーマス"の存在が露わになったら、その時は僕達が全力で守るから、安心して良い」
私の弱腰な姿勢を嫌っていたはずのシリウスが、初めて私のそんな生き方を"賢い"と言い、"その生き方を守る"と言ってくれた日。
彼はあの時、確かに私を認めてくれていた。自分のレッテルを捨てる覚悟を決め、何を犠牲にしてでも友人の尊厳を守ろうとした、私の行動を。
あの時に、彼の気持ちが変わったっていうんだろうか?
あの日に至るまでの一連の流れで、私という人間に何か特別なものを見出してくれたんだろうか?
「それで、その疑問が"やっぱり"って確信に変わったのは4年生に上がった時ね。気づいてた? ブラックったら、いつもあなたのことを見てたのよ」
全く気づかなかった。
でも、その頃にも確かに"彼らしくない"と思った時があった。
「だんだん君は変わっていった。色んな奴の話を聞いて、ご丁寧にホグワーツの歴史まで調べ上げて、君だけの意見を、信条を創り上げていった。正直、君が変わったことそのものより、変わろうと必死になっている君の姿が眩しかったんだ。だから今は尊敬してる」
それは、実家を出て、一人暮らしをすることが決まった後のこと。
シリウスはわざわざ私の部屋を訪ねて、"2人で話せる空間"で改めて私の勇気を讃えてくれた。入学したばかりの頃の薄っぺらかった私がどんどん変わっていくのを見て、尊敬しているとさえ言ってくれた。
そういえば、あの後、彼が何かを言いかけていたような気がするんだけど────結局彼は、何を言いたかったんだろう。途中でジェームズが邪魔しに来たので、結局聞けず終いになっていた。
「それに、ブラックの弟さんと話していたところを見られて喧嘩になったって言ったこともあったでしょう。あの時言った私の意見に嘘はひとつもないけど、今だから言えることがあるとするなら、私はあの時彼が感情を乱した理由には"嫉妬"もあったんじゃないかって思うの」
レギュラスの思想に染められることを心配したシリウス。私のことを大事に思っているからこそああ言ったのだと、リリーもジェームズも言ってたな。
そういえば、あの後色々と事件が起きて(言うまでもなく、オーブリーのセクタムセンプラ事件だ)、結局医務室で仲直りした日────。
「あの日は、悪かった。…怖かったんだ。君とレギュラスが一緒にいるのを見た瞬間────」
「嫉妬した?」
素直に謝ってくれたシリウスに、その時一緒にお見舞いに行ってたジェームズが空気を読まない茶々を入れてきたんだっけ。そうそう、それで結局彼は、リーマスによって強制退場させられたんだった。
あの時はろくに取り合うつもりなんてなかったけど、今リリーがジェームズと全く同じことを言ったことによって、その言葉が急に重たく私にのしかかってきたような気がした。
もちろんあのタイミングでのジェームズの言葉が冗談だったことくらい、わかってる。
でも、もしその冗談が、タイミングが悪かったというだけで、内容自体は本当のことだったとしたら────?
そういえばリーマスの代わりに必要の部屋に行っていた時、ちょうどシリウスが一旦退室したタイミングで、ジェームズが何かを知っているようなことを言ってきたこともあった。
「シリウスがまるで"私が闇の魔術に惹かれる可能性がある"と思っているようだ」と言った私に、「それだけ君のことが大事なんだよ」と諭してきたジェームズ。
リリーもジェームズもそう言ってたけど、「じゃあその"大事にする"って何?」って思った時、彼は「シリウスは────」と言いかけて────結局本人が戻ってきたせいで、これもまた、続きを聞けなかったんだ。
ああもう、あの2人は本当にいつも私の邪魔ばかりする!
「だからね、私はずっといつあなた達が付き合うかなって思ってたの。だって、あなたもブラックのことが好きだったみたいだし────」
「私が!?」
久々に声を出したせいで、すっかりボリューム調節機能がイカれたようだった。自分でもびっくりするほどの大声を出してしまったので、すぐ「ごめん」と謝る。
リリーは笑って「自分の気持ちさえわかってなかったのなら、ブラックの気持ちに気づかないのも当然ね」と言った。
「こっちは確信を持ったのはつい最近なの。でも、当然ね。あなた自身が気づいてなかったんだから────。でもひとつ言わせてもらうなら、去年のクリスマスにブラックからのプレゼントを開けたあなたの顔、まるで恋する乙女そのものだったわよ」
プリザーブドフラワーを貰った時のことだ。よく覚えてる。
プレゼントの主旨は2年生の時と同じだったのに、あの時よりずっと"私のことを想って"選ばれた、宝石のような花。私が喜ぶようにと、私に好意が伝わるようにと、心を込めて贈ってもらったそれを受け取って────確かに私は、舞い上がるほど嬉しかった。
「まあ…違和感レベルで良いなら、ずーっと前からあなたの中でブラックは"きっと特別なところにいたんだろうな"、とは思ってたんだけど…。それが"きっと恋なんだろうな"っていう推測に変わったのは、実は4年生の終わり…本当に最近なの。オーブリーにあなたが復讐をしたって話を聞いた時よ。今までも仲間が危険に晒されそうになって反射的に防御した、って話は聞いてたけど、わざわざ呪いをかけてきた相手を追いかけて精神的に追い詰めたなんて、まさかあなたの口から出てくるとは思わなかったわ。それにブラックが医務室から戻ってきた後のあなた達ったら! もうこっちが恥ずかしくなるくらい、既に恋人みたいな雰囲気ができあがってたのよ!」
その時のことを思い出すと今でも顔が熱くなる。
「本当にありがとう」と優しく囁いて、私の髪を撫でたシリウス。
ああ────そういえば、どうしてそんな思わせぶりなことをするんだろうと思った時、リリーはこう言ってたっけ。
「────…意外とお似合いね、あなた達」
「今のはあんな思わせぶりなことする方が悪いよ。…なんか最近、シリウスと接してると心拍数が乱れるんだよね」
「向こうが"思わせたい"んだから、仕方ないわよ」
リリーはわかっていたんだ。
シリウスは私のことが好きだってことを。
私も、シリウスのことが好きだってことを。
確かに言われてみれば、彼は最初から私にとって特別な人だった。
自分を持っている人だからと、憧れていた。尊敬していた。
1年生の時に派手に衝突するまではむしろ苦手だと思っていたけど、仲直りしてからは(4年生の時にもう一度派手に喧嘩した期間を除いて)友達としてなら大好きだとも思っていた。
その気持ちに違和感を持ち始めたのは────。
そうだな、リリーに言われた通り、つい最近なのかもしれない。
だって、よく覚えてる。
この間の夏、ポッター家でシリウスと会った時。
2人で話していた時、やけに彼の顔が大人びて見えた瞬間があった。
あの時はそう、月のない夜空を照らす一等星のようだと喩えたんだっけ。
どうして突然そんなことを思ったのかはわからない。
何がきっかけでその違和感が生まれたのかも、わからない。
だって、今の今まで私がシリウスに恋をしているなんて、考えたこともなかったから。
「…私、シリウスのことが本当に好きなのかな」
「さあ? 少なくとも私から見たら明らかだけど、自分の気持ちは確かに自分にしかわからないわよね」
「好きだとして…いつからだったんだろう」
「それもわからないわ。もしかしたら、いつからとか、そんな明確な日付はなかったのかもよ? ブラックの時にも言ったけど、私、あなたもブラックを特別視してるな、ってずっと思ってたもの」
「じゃあ…どうして好きになったんだろう」
「うーん…そうね、これについては、大きな理由なんてなかったんじゃない? だってその理由がわかってたら、あなたは今自信を持って"ブラックのことが好きだ"って言ってるはずよ」
落ち着いて、リリーの言葉を反芻する。
もし本当に私がシリウスのことを好きだとして。
いつから、なんてハッキリとわかるタイミングはなかったのかもしれない。
きっかけなんて、何もなかったのかもしれない。
彼は私にとって、最初から"ちょっと特別"で。
そんな"特別な日常"が少しずつ、少しずつ前に進んで行って。
そうして行き着いた先が、この"明らかに特別"な感情だったとしたら。
なんでもないような日々の積み重ねの中で、なんでもないような気持ちが積み重なって、今の私がいるのだとしたら────。
不意に、この間ヘンリーに告白された時のことを思い出した。
あの時私は────目の前にヘンリーがいるのに、なぜかシリウスのことを考えてしまった。
それが、そういうこと?
誰かを好きになるとか、誰かと付き合うとか、そういうこと前にしてシリウスの顔を思い出してしまうっていうのは────私が、シリウスのことを好きだから?
「────なんか、まだ信じられない…」
「まあ、自覚がなかったものをすぐに呑み込めっていう方が無茶な話だわ。そういう意味では確かにブラックは今日、やらかしたわね」
リリーが苦々しげに笑った。
「…私、どうしたら良いのかな」
困り果ててしまった私は、まだ自分の気持ちもわからないまま、リリーに答えを求めようとする。
「そうね、とりあえずあなた自身がちゃんと胸を張って"ブラックのことが好き"って言えるようになるまで、今まで通りに接してみたら?」
「そんな、できるかなぁ…」
明日シリウスに会って、いつも通りにできる?
これはリーマスの秘密を知った時とは比べ物にならない。
あれは友達の尊厳を守るためだった。そのための覚悟なら、簡単にできた。
でも今度は自分の問題だ。自分の気持ちもわからない、何を覚悟すれば良いのかもわからない、そんなふにゃふにゃした状態で、同じように顔を合わせられるなんてとても思えない。
「できなくても、そうするつもりでいなきゃ」
リリーの言葉は厳しい。
「それで、もう一回告白させるのよ。今度はちゃんと」
「うぇ?」
思わず喉から変な声が出てしまった。
もう一回、告白、させる?
「そう。多分あなたはしばらくブラックと普通に接することができないと思うの。でも、毎日"ブラックのことが好きだと思う?"って自分に問いかけてみて。いつかそれで"好き"か"好きじゃない"か、どっちかのハッキリした答えが返ってきたら、あなたのブラックへの態度は自然なものに戻ると思うわ。当然、鋭いブラックがそれに気づかないわけがないから────大丈夫、あなたの気持ちが固まったら、向こうは勝手にまた告白してくるわよ」
簡単なことのように言うけど、そんなにとんとん拍子に進むものなの?
「まだ信じられないようなら、ポッターとかにも訊いてみれば? あの人ならきっと私の100倍喋るわよ」
リリーはまるでお天気の話をするみたいな軽い口調で、最後にそう言った。
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