「またブラックと喧嘩したの?」
「ちょっとイラッとしちゃって突き放しちゃいました…」

今日は門限ギリギリになるって言っていたのに、30分も早く帰ってきたものだったから、リリーは大層驚いたようだった。しかも私の顔が相当酷いことになっていたらしく、何があったのと訊かれたので「シリウスと揉めました」と白状し、冒頭に戻る。

「あなたもまあまあトラブルを引き起こすわね…。私とポッターとはまた別なんだけど…なんて言うの? 年一ペースで大きい波が来るっていうか」
「まさにそんな感じ、返す言葉もありません」
「今度は何で喧嘩したの?」
「レギュラスに会って会話してたら、私がレギュラスの味方なんじゃないかって誤解されて、それで言い争いになった」

リリーは大きな溜息をついた。

「ブラックって、頭が良いのに敵が絡むと本当に短絡的よね。あなたがレギュラス・ブラックの味方をするわけないって、考えるまでもなくわかるでしょうに」
「でも、リリー」

リリーは、私のあの時感じた思いをどう受け止めるだろう。

私、レギュラスは間違ったことを言ってないと思うんだ
「…え?」

ぽかんと口を開けるリリー。まさか私から闇の魔術に傾倒する者を擁護する言葉が出るなんて思っていなかったんだろう、「どういうこと?」と困ったような声で訊かれてしまった。

「あー…待って、間違ってないっていうのは語弊がある、ごめん。でも私、完全にあの子の言ってることを否定することはできなかった」
「どうして?」
「思想が違う"だけ"だから。レギュラスは人を傷つけてない。ただ、"力による支配"が正しいと思ってるだけ。純血主義なのも、雑種の猫より血統書付きの猫の方が高く売れるのと同じ理論だって言ってた。要は魔法使いにとって、"家の名"もそのまま魔力になるんだって。家の名が古ければ古いほど、力があればあるほど権威を増して、上に立つに相応しいものとみなされるんだって。私、それは違うって否定できなかった。そう考える人もいるのは事実だって…悲しいけど、そのくらいのことなら知ってた。だって上に立てるほどの権威を持っている人は、紛れもなく歴史のどこかで偉業を為してるはずなんだもん」

リリーは少しの間私の言葉を考えていた。
そして、真面目な顔をして「────あなたがレギュラス・ブラックを一方的に敵と決めつけられなかったのは、彼の言ってるそれがただの"思想"の域を出なかったから?」と尋ねてきた。

その質問が来た時、ドッと安心感が痛んでいた胃を癒してくれたような気がした。
リリーはわかってくれている。

「うん」
「じゃあ、もしレギュラス・ブラックが死喰い人になって、マグルを殺したら、あなたはどうするつもり?」
「もちろんその"行動"を否定して、私も杖を向けるつもりだよ。できることなら、そんな悲しい事件が起きる前に。そこまでの覚悟があるのかは…まだわからないけど、どうにも私は友達が危ない目に遭った時、考えなしに魔法を使っちゃうみたいだし」
「ふふ…それなら、少なくとも私とあなたが対立することはなさそうね」

そう。
私がレギュラスを否定しなかったのは、"思想は自由であるべき"という思いが根幹にあるからだ。思想が対立しているだけなら、そこに"力"の介入はいらない。ただ思想が違う者として、すれ違うだけで良い。

私がもし誰かに杖を向けるとするなら、敵意を向けるとするなら、そこに"力"が伴った時だ。差別的な言葉、一方的な弱い者いじめ、そして────悪意に満ちた呪い。これらが出てきた時には、私は絶対にその"行為"を許さない。

「やっぱりリリーが一番私のことわかってくれてるなあ…」
「あら、ブラックに負けるつもりなんて最初からないわ」

勝ち誇ったように言うリリーのツンとした顔が面白くて、つい笑ってしまう。
冷え切った手足が、温まっていくようだった。

「────でもね、イリス」

しかしリリーはすぐに冗談めいた表情をまた真面目なものに戻し、私と向き合う。

「私…ブラックの言いたいことも、なんとなくわかるの」
「…え?」
「私達はマグル生まれだからある程度リベラルな物の見方ができるけど、ブラックは魔法使いの、しかも7世紀も続いたスリザリンの家系の長男でしょう? 私も最初は、そんな家系の子がどうしてスリザリンに反抗するのかわからなかったけど…この3年余りで、薬も過剰投与すれば毒になるってことがようやくわかったわ。きっと彼は、スリザリンこそ至高っていう"薬"を投与され続けたせいで、誰よりも闇の魔術に抵抗感を持っているのよね。それなら、何より嫌った家の教えを体現したような弟に、あなたっていう大事な存在が近づいていくことが怖くなるのは…もう、仕方ないことだと思うわ」

シリウスが、そんなことを"怖い"と思うの?
あからさまにわかっていない顔をしていたらしい私を見て、リリーは根気強く説明を続けてくれた。

「あなたがこの3年ちょっとの中で大きく変わったことは、多分彼もわかってると思うの。そしてその"変わったあなた"が、より自分に似た姿に成長したことも、わかってるはず。彼はそれがきっと嬉しくて────ほら、ルーピンもいつか言ってたんでしょう? ブラックはあなたと仲良くしたがってたんだって。私もそう思うわ。ブラックは…最初の頃こそわからないけど、少なくとも今はどう見ても、あなたのことをとても大事にしてる。なのにそのあなたが、よりによって自分が一番嫌った家の人と一緒にいるところなんて、きっとチラリとでも見たくもなかったのよ」

本当にそこまで考えてるのかな、あの人。
そこそこ仲が良いとは思ってるけど、私はリリーが強調するほど「とても大事に」されているとは、あまり思っていなかった。それに、レギュラスと一緒にいるところを見ることすら嫌がるなんて、それじゃまるで子供の嫉妬みたいじゃないか。

「これは推測に過ぎないけど、あなたが闇の手に落ちることをブラックが本気で懸念してるとは思わないわ。ただ、"自分の知らないあなた"がそこにいるのが嫌だったんじゃないかしら」
「何それ、稚拙な独占欲だね。でも確かにあの人、"自分の正義により多くの人が賛同してくれるように声を上げる"って言ってた。そういう意味でなら、友達の私が最初に彼に反対するのにも良い顔はしないかも。…全く、どこまで人を従わせれば気が済むんだろう」

なぜわかってくれないの、と嘆いていた私は一体どこへ行ってしまったんだろう。
今はなぜか、「私の全部を知ってないと落ち着かないなんて傲慢」という反発心が起きてしまっている。

リリーは笑っていた。

「そんなものなのよ、きっと」

何がそんなものなのかは、さっぱりわからなかった。










2週間後、私は散々迷った挙句、必要の部屋へと向かうことにした。
本当はもう二度と行きたくないと思っていたんだけど────今日は、満月の日だったのだ。

シリウスと喧嘩して以来、私は彼と口を利いていない。
どうせ話し合おうとしたところでまた堂々巡りになるだけだと思ったから、時間が経ってもう少し私の頭が冷めるまでは放っておこうと思ったのだ。

奇しくもそれについてだけは同じ意見だったらしく、シリウスの方も話しかけてこようとはしなかった。だから尚更、私は今日そこへ行くかどうか迷っていた。

でも、"シリウス"と"リーマス"は別だ。シリウスにはまだ釈然としない思いを抱えているけど、リーマスはそれと何の関係もない。
満月の晩、つまりリーマスがいない日となると、1人分の穴が空くことで一気に彼らの作業量が増えてしまう。

2、3年生の頃は、まだ作業もそこまで複雑ではなかったのでなんとか3人でもやれていたらしいが(一時期なんて、ジェームズがあまりにもクィディッチの練習に駆り出されるものだから、シリウスがほとんど1人でやっていた時期すらあった)、4年生に上がる頃には向こうの方から「今晩だけは何があっても助けて!」と一月に一度、必ず呼び出されていた。

────流石に、こんな個人的な確執のせいで別の友達を蔑ろにするわけにはいかない。

仕方なく、私は必要の部屋の扉を開いた。

「イリス! 今日は来てくれないかと思ったよ…」

既にシリウスから事の顛末を聞いているのでろうジェームズは、あからさまにホッとした顔をしていた。それ以上に安堵が顔に出ていたのはピーター。私が入室しただけで泣きそうな顔になっていた。

「まあ、リーマスのことは放っておけないしね」

当のシリウスは、こちらを一瞥したきり何も言わず大鍋の中身を確認し始めた。
オーケー、会話はなしね。

リーマスが栞を挟んでいてくれた部分から、魔導書を開く。目の前の大鍋はイラストの説明通り、透き通るような透明の色に変わっていた。
淡々と、まるで授業中に当てられた時のように、私は一切の感情も私的なコメントも挟まずに魔導書を読み上げる。鍋が十分温まったのを確認してから、ジェームズが真っ赤な混合液を投入すると…血の臭いが充満し、思わず咽せている間に鍋の中身が赤く変わった。

魔導書によると、この血のような液体を一度分子レベルにまで分解しないといけないらしい。さっき混合液を作ったばかりなのに、また分解させるの? 今鍋に入っている薬と混ぜてから分解させないといけない決まりでもあるんだろうか。お菓子作りみたいだ。

私はシリウスに確認しないまま杖を大鍋に向けた。シリウスも特に何も言う様子がなかったので、そのまま本に書いてある魔法を唱える。
赤い血の色はだんだんと薄まり、そして元の透明な液体へと戻っていった。しかしシリウスの手の動きが若干鈍る────液体は、水のようにさらさらしたものからどろりとした泥のような質感に変わっていたのだ。

「イリス、次の薬草って何の名前が書いてある?」
「んーと、食中薔薇の茎だって。ピーター、棚にある?」
「待って、探してみる…」

こんな感じで、ジェームズやピーターとはいつも通りコミュニケーションを取りながら、それでもシリウスとだけは互いに無視をし合いながら、私達は作業を進めた。

やがて、1時間経った頃。

「ちょっとトイレ行ってくる。ジェームズ、鍋見といてくれ」

そう言って、シリウスは一旦必要の部屋を出て行った。

「トイレなら、必要の部屋にもあるのに」
「でっかい方なんじゃないか?」
「私と一緒にいたくないから気分転換しに行ったんじゃない?」

ピーターとジェームズが冗談を交わしていた中に、半ば確信を持った自虐を挟みこむと、揃って2人は溜息をついた。

「なあ、君達はいつ仲直りしてくれるんだい?」
「シリウスが、私は闇の魔術なんかに手を染めないって信じてくれたら」
「そんなの、あいつは最初からわかってるよ」
「でも言われたんだもん。"闇の魔法使いはあらゆる手を使って仲間を増やそうとするから、私の優しさが仇にならないか心配だ、そっち側には行かないでくれ"って」

私って、そんなにグラついて見える?
例のあの人の信者とちょっとお話してただけで簡単に乗り換えるほど、意志薄弱に見える?

…まあ、1年生の時の私を見てたら、そうもなるか…。

昔の自分を思い出して、改めて嫌になる。ただのお母様専用のお人形さんだった私。蓋を開けてみれば解放されることなんてあんなに簡単だったのに、私は一体何に怯えていたんだろう?

落ち込んだ気持ちでジェームズ達の反応を見ると、彼らはなぜか不思議そうに顔を見合わせているところだった。

「それ、本当にシリウスが言ったのか? 君が心配だ、そっちへ行くなって?」
「そうだよ。そんなことするわけないのに。きっとまだシリウスの中の私は、ゴースト以下の存在だった1年生の姿のままで、ちょっとしたことですぐ闇の魔術にハマるって思われてるんだ…」
「おっどろいたなー…。シリウスもバカだとは思ってたけど、君も大概だね」

まさかこんなタイミングでジェームズに馬鹿にされるとは思っていなかったので、私は本能のままキッと彼を睨みつけた。「まあまあ」と笑いながら私を宥め、ジェームズは言葉を続ける。

「どうせシリウスは君が闇の魔術に傾倒するなんて思ってないよ。ただ本当に心配だっただけなんだろうな。そっちに行くなっていうのも、"イリス自らの意志でそっちに行ってほしくない"から言ったわけじゃないはずさ。さっきも言ったろ、シリウスは別に君が自分から闇の魔術に傾倒するとは思ってないって。あいつが心配してるのは、"そっち側の奴らがイリスに近づかないように最大限警戒して"って意味だと思うよ」

ジェームズの言っていることがよくわからない。
本当に心配してるってなに?
そっち側の奴らが私に近づかないようにって、なに?

「とにかく、シリウスが冗談でなくそう言ったんなら、それは相当マジだったってことだよ。シリウスは君が進んで死喰い人になるなんてこれっぽっちも思ってない────これはあいつの片割れの僕が保証する。ただシリウスは君のことが大事で、この争いに巻き込まれてほしくないって思ってるだけなんだ」

食中薔薇の茎をみじん切りにしながら、ジェームズは歌うように言った。

「…それ、リリーにも言われた」

私のことが大事なんだって。

「ほんと? やっぱりエバンズと僕って相性良いんだね」
「そうだね!」

ピーターがウキウキと賛同したので私は無視することにしたけど────…私って、そんなにシリウスに大事にされてるの? 全然わかんない。いつも皮肉しか言わないし、自己主張が激しすぎて人のことなんて全然気にしないし、すぐ怒るし。

「大事にするってなに?」

何をもって、みんなそう言ってるの?

素朴な疑問を投げかけると、キャッキャッと笑っていた2人がこれまた揃ってこちらに不思議そうな目を向けてきた。まるで未知の生物を眺めているかのような視線に、逆にこちらがたじろいでしまう。

「まさか、気づいてないの?」
「シリウスは────」

ジェームズが答えを出してくれようとした瞬間、部屋の扉がバンと開き、シリウスが戻ってきた。

「────最高のバカなのさ」
「何の話だ?」
「ピーターの話。今日の授業、薬草学のアレ見てたろ?」

……シリウスが最悪なタイミングで戻ってきてしまったせいで、見事にはぐらかされてしまった。ジェームズが本当にそう言おうとしたわけではないとわかっていつつ、私は心の中で「本当にバカだよ、シリウスは」と悪態をついていた。



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