しもべ妖精は、全く怖い生き物ではなかった。
ただ、あんまりマグルの世界にはないような見た目をしていたから…どっちかというと、御伽噺の世界では悪さをしている種族とかに似ている見た目をしていたから…私はちょっとだけ、まだその妖精との接し方を図りかねていた。

ただ、そんなことより、今は目の前にいるレギュラスに全神経が集中する。
レギュラスは暖炉の脇に座り、何人かのしもべ妖精を周りに置いて何か話しているようだった。そこに突然私が現れたものだから、急いで立ち上がり、杖こそ抜かないものの威嚇するような表情をしてみせてくる。

「…どうしてここに?」
「それはこっちのセリフだ」

2年前に会った時には、まだ慇懃無礼な敬語を使われていた。でも今は────はっきり敵意だとわかる、威圧感のある喋り方をしていた。きっと彼もこの2年余りで色々なことを聞いたんだろう。まあ…私がマグル生まれだとか、シリウスのプリンセス気取りとか…そういう、面白くない話を。

「なぜあなたがここにいる」
「いや、お夜食をもらいに来ただけで…あなたみたいにそんな…え、そっちこそなんで?」

年を重ねたことで、レギュラスの顔はますますシリウスに似てきていた。そのお陰で、敵意を向けられているとわかっていても、なんとなくこちらは力を抜いて話してしまう。

そうだ。私はただお使いでここに来ただけで、料理ができたらすぐにおいとまする予定だった。
でもレギュラスは、私が来る前からここにいて、しもべ妖精と何かを話している様子だった。

────それに、目が合った瞬間の衝撃が大きかったのでそこまで頭が回らなかったけど────彼は私を見つける直前、とても優しい顔をしてしもべ妖精とおしゃべりしていた。あれはシリウスが時折見せる、友情を示す時の裏のない笑顔だ。

どうしてレギュラスが、こんなところで…そんなことを?

彼が純血主義なのは言うまでもない。マグルやマグル生まれの魔法使いを差別し、純血の者────闇の帝王による支配を望んでいる者のことだ。私もこの再会を果たすまでの間に、レギュラスの噂は色々と聞いていた。そのうち死喰い人になるだとか、例のあの人の熱心なファンで、新聞の切り抜きを取ってあるとか────。

そんな彼が、人間ですらない生き物と、まるで対等の存在のように話している────それは、正直に言って異様としか思えなかった。
しもべ妖精を劣等な生き物と言いたいわけじゃない。まだ見た目には慣れていないけど、毎日おいしいご飯を作ってくれて、お掃除もしてくれる働き者の生き物を見下すなんて、そんなことはできない。ただ、"違う種族"と対等に接することのできる人が、"同じ種族"を厳しく差別しているという事実が、私にとっては少し理解しがたいものに思えたのだ。

「────興が削がれた。今日は帰る」
「レギュラス様、またいつでもいらしてくださいましね!」

立ち上がった勢いのままその場を離れようとする。しもべ妖精はキーキーとレギュラスを見送ろうとしていたけど────。

「待って」

────私は、その足を引き留めた。

「何か?」

レギュラスは兄譲りの傲慢な顔で振り向いた。

「ちょっと、あなたに訊きたいことがあって」

これは幸運な出会いだ。
スリザリン生と堂々と話していても怪しまれない環境。何を話しても他言されない環境(念の為、すぐ近くにいたしもべ妖精に「ここでの話って外に漏れない?」と訊くと、「もちろんでございます。しもべ妖精は、ホグワーツと先生方、そして学生の皆様の秘密をお守りしますから!」と元気な声が返ってきた)。

私はずっと、レギュラスともう一度話したいと思っていた。

「…訊きたいこと?」

レギュラスが不審そうな顔をする。

「覚えてる? 必要の部屋で会った日のこと」

私にはあの日から、ずっと気になっていたことがあった。
学内で一方的に"スリザリンは悪い魔法使いが入るところ"と決めつけられている、そんな価値観に疑問を持たせてくれた人。
魔法使いがマグルを排除したのではなく(もちろんその歴史もあったけど)、マグルが魔法使いを排除したという歴史を改めて思い出させてくれた人。

レギュラスは純血主義で、マグル差別をしている人だ。
本来ならそれは"私のライン"を越えることであり、関わりを持たないことにしているはずなんだけど────。

この人は、どこか違うと思った。
ただ風潮に流されて差別をしているだけじゃない。ただ面白がって呪いをかけているわけじゃない。
彼には彼の考えがあって、彼の思想に基づいて、マグルを"排除"するのではなく"支配"しようとしているのだと────あの日、私はそう思った。

もちろんそれはただの推測だ。
だからこそ、次に会った時にはそれを確かめたいと思っていた。

「あなたが"排他的なのはマグルの方だ"って言ったのが私、ずっと気になってて。調べてみたけど、国際魔法使い機密保持法は"魔法使いをマグルから守るため"に制定された法律だよね。ということは、あなたの意見はちょっと過激だけど、一理あるとも思ったの。だから私は、あなたの話を聞きたい。どうしてマグルは支配されるべきなのか、どうして純血こそが正義だと思っているのか、教えてほしい」

レギュラスはわかりやすく眉根を寄せた。
シリウスならきっとこういう時、「そんな昔の話、まだ覚えてるのか」とウンザリした顔で言いそうだ。

「…そんな昔の話をずっと引きずっていたのか、あなたは」
「うん」
「僕はあなたの目的の方がわからない。マグル生まれで、グリフィンドールに入り、兄の恋人にまでなって────」
「あ、それはデマカセ」

即座に訂正すると、レギュラスは「興味ない」とばかりに咳ばらいをした。

「とにかく、あなたは根っからのマグル支持者の立場のはず。それがなぜ、スリザリンにそこまで執着するんだ? まさかその身分でスリザリンに選ばれたいとでも思っていたのか?」
「いや、まさか」
「じゃあやっぱりあなたもスリザリンは闇の魔法使いの集まるところだろうと────蔑視されるべきところだろうと思っているんだろう。善良でない、公平でないと偽善者ぶって、古臭い騎士道を掲げているんだろう。それがどうして、僕の意見をそこまで────2年も経ってなお、聞きたがるんだ? 僕にとってあなたが敵であるのと同様、あなたにとって僕は敵、それで十分じゃないのか?」

十分じゃないんだよ。残念ながら。

「私は、スリザリンを蔑視されるべきところとは思ってない」
「ハッ、うちの寮生があなたをなんて呼んでいるか知らないとでも?」
「穢れた血、プリンセス気取り、頭でっかちの優等生────。わかってるよ、そんなこと。でもそれを言うのは、スリザリン生だけじゃない」

さすがに他の寮の子から"穢れた血"とまで呼ばれたことはなかったけど、何も私を敵視しているのはスリザリンだけじゃない。私のラインを越えてくるのは、スリザリンだけじゃない。

「スリザリンだからって悪だ敵だって決めつけるのは、グリフィンドールが正義を盾に振りかざしてるのと同じくらい古臭くて傲慢な考えだと思う。私はその考え方がどっちも嫌い」

自分の寮を悪く言う生徒なんて、あまりいないのはわかっている。
だからこそ、この場所でしか私は本音を言えなかった。レギュラスのお供をしていたしもべ妖精は、もうすっかりみんな別の持ち場でそれぞれの仕事をしているし、もはやここで私達の小さな対立を見咎める人なんて誰もいない。

「どの人のどんな思想にも、善良なところと害悪なところが等しくあると思う。私は純血主義を抱えてマグルいじめをする一方的な魔法使いが嫌い。でも、あなたの言葉は少し違ってた。ただ単にマグルを軽視しているんじゃなくて、マグルこそが魔法使いを排他した"悪"なのだと言った。そうしたら…そのマグルへの恨みにも、正当性があるのかもしれないと思えたの」

だから、知りたかった。
レギュラスがなぜ、純血の魔法使いこそ上に立つべき存在だと思っているのか。
レギュラスがなぜ、例のあの人のやり方に賛同しているのか。

彼は迷っているようだった。シリウス同様、この子は"よく目が利く"はず。クィディッチでのあのプレーを見ていれば、彼が常に周りを注意深く、そして静かに観察していることは明白だった(ジェームズを見ていて思ったけど、クィディッチのプレーの仕方はそのまま本人の性格を反映していると思う)。

「────魔法の"ま"の字も知らない家系の人間より、代々受け継がれてきた魔法使いの方が優れているのは、当然のことだろう」
「どうして? 私の友達はマグル生まれだけど、他のどの生徒より優秀だよ」
「じゃあ、こう言えばわかるか? "雑種の猫より、血統書付きの猫の方が高値で売れる"ことと同じだと。あなたが言ってるのは、"雑種にも可愛い猫はいるよ"ということだ。もちろんそういう考え方をする者がいることはわかっている。でも────人間は本来、ブランドを持った、歴史と伝統のある種にこそ正当な価値を見出している」

────言い返せなかった。
私個人の意見がどうという話じゃない。血統書付きのペットが人気であるという"社会の風潮"は、まさに彼の言う通りそのままだったからだ。

「それに、歴史と伝統があればあるほど、"家"そのものにも魔力が宿る。"家の名"は権威の象徴であり、そしてそんな権威ある者こそが世を統治するに相応しいと、僕は考えている」
「…そのやり方が、"雑種"を見境なく殺して笑っているような、自分に逆らうものを容赦なく拷問するような、そんな恐怖による統治だとしても?」
「統治は"遊び"じゃない。統治とは、正当な力の下で行われるべき"支配"だ。自分より強い者に従い、弱い者を従える。完璧な上下関係があってこそ、初めて政治とは、支配とは────成り立つものだ。人望や優しさのような脆い精神のつながりだけで生まれた集団に、一体何ができる?」

レギュラスの言っていることは真理だと、言わざるを得なかった。
人望や優しさ────彼はそんな言葉を使ったけど、確かにコネや癒着でのし上がった宰相が良い政治をした話なんて、聞いたことがない。

「でも、それじゃ魔法使いはいずれ滅びるんじゃないの? マグルやマグル生まれを排除して、純血の者だけを残すなんてことになったら────」
「闇の帝王は寛大な方だ」

レギュラスは私の言葉を強い口調で遮った。

「あの方は確かにマグルを良く思っていない。歴史も力もないくせに、魔法が持つ神秘を"ただ自らにないものだから"という理由だけで排他して、意味のない魔女狩りを行った。そしてそれだけで世界を一掃したと勘違いし、傲慢にも世を支配した気になっている。そんな奴らをあのお方は、きっとお許しにならないだろう。しかしあの方の"正しい統治"に心から賛同する者であれば、たとえ聖28族の────紛れもない純血のみの家系に生まれた者でなくとも────そこに"魔法の歴史"がある限り、あの方は配下に迎え入れてくださる」

まるでもう既に例のあの人の傘下に入ったような言い方だ、とゾッとした。

「────なら、さっきしもべ妖精と和やかに話してたのは────」
「あの生き物は、自らが仕えるべき主をよく弁えている。自らの置かれた立場を正しく認識しており、決して魔法使いより上に立とうとはしない。────僕だって、何も魔法が使えない者全てに生きる権利がないと言いたいわけじゃない。僕が嫌うのは、立場を弁えずに厚い面の皮を被って歩く穢れた血、血を裏切る者、そしてそれらを支持する愚かな魔法使いだけだ。そしてそういった傲慢な者達を真に正しく導いてくださる方は、闇の帝王の外にいない────そう思っているだけのことだ」

毅然とした態度だった。シリウスが「生まれやステータスだけで判断する人間にロクな奴がいない」と言っている時と、全く同じ顔をしていた。

────共感は、しない。

確かに魔法使いを恐れ、意味のない殺戮を繰り返した時代はあったのだろう。"その時代の者"であれば、たとえその行為に意味がなかったとしても、魔女を十字架にかけて火にかけたマグルを恨むことにも正当性があったといえるかもしれない。

しかし、今や世界は完全に隔絶されている。
魔法界と、非魔法界。悲しい歴史の上ではあるが、魔法界は自らを守るため、非魔法界から姿を隠すことを選んだ。そして、この神秘に目覚めた者だけを、こちら側に引き入れるという"新たな歴史"を生んだ。

だったら、魔法という神秘を知らない────恐れる対象がそこに"いる"ことを知らず、ただ身の回りの幸福だけに浸って生きている罪のない"現代の者"を、どうして害することができる? 隔絶された世界の"向こう側"の人を、"当たり前に存在する者"と受け入れた魔法使いを、どうして糾弾できる? 神秘の力を得てこちら側へ来た"向こう側"の人を、どうして────それこそ出自だけで、簡単に見下すことができる?

魔法使いは、"自らの神秘を隠す"ことを選んだ。それなら、ふたつの世界は明確に隔絶されるべきだ。魔法という力を得た、それだけで"世界"を支配する権利があると思い込むなんて、それこそ傲慢なんじゃないのか?
魔法を知らない者には関与しなければ良い。魔法を知らない世界から魔法を使える者が出てきたならば、その者は"同じ世界の者"として迎え入れれば良い。

確かにノラ猫と飼い猫は同じ世界には住めないだろう。
でもノラ猫が誰かに拾われたら、その猫はもうその時点で飼い猫になる資格を与えられるのだ。たとえそれが雑種であろうと、かつて捨てられた血統書付きの猫であろうと。

私とパトリシアが良い例だ。

私はマグル生まれの魔法使いだけど、この先は魔法使いとして生きていくことを選んだ。
パトリシアは純血の魔法使いだったけど、マグルと結婚し、魔法を使わない世界で生きていくことを選んだ。

秩序ある世界のためには統治が必要だということまでならわかる。
ただそのやり方が、たった1人の権威者の意向によって全て決まる世界────個人の自由がない世界だなんて、とても私には受け入れられなかった。

やっぱり話を聞いてみて良かった。
そのお陰で、"彼の言っていることは正しいかも"と闇の魔術に惹かれることも、"彼の言っていることは間違っている"と正義気取りをすることもせずに済んだのだから。

レギュラスの思想は間違っていない
ただ、その思想が私とは完全に異なっている。私が望むものを彼は望んでおらず、私が望まないものを彼は望んでいる。

これは簡単な"善"と"悪"の対立ではない。

…もちろん、人を殺すことが法に触れる罪であるという観点から言えば、例のあの人陣営は紛れもない犯罪者軍団なのだろう。法とは人間が秩序ある生活を送るために定められたもの。当然それを破るものは許されるべきでないし、対抗勢力を作ったというダンブルドアの判断は(噂が本当なら)それこそが法に────いや、人道に則った選択だ。
しかし、レギュラスの"思想"自体には、誰かがそれを"悪"と一方的に断ずる余地がなかった。

彼はただ、"力のある者が絶対的支配を敷く世界"を求めているだけだった。

「────どうした、黙り込んで。その優秀な頭で僕を論破する言葉を探しているところか?」

レギュラスは挑発するような口調でそう言った。

「論破? まさか」

思った以上に考える時間を長く取りすぎてしまったようだった。私が軽く挑発を笑い飛ばしたのを見て、彼は怪訝そうな顔を見せる。

「話を聞いてみて、私とあなたは相容れないってことがよくわかった。親切に話してもらったから私も自分の意見を言うけど、私はある1人の思想が"是"とされて、それ以外の思想を持った者を理由なく排除することが正しいとは思わない。最初に言ったよね、私はあらゆる人のあらゆる思想に善と悪が両生してると考えてるって。だったら、その思想は全て等しく受け入れられるべきだよ。そしてその多様性を調整されるために法があり、その法を正しく運用する肩書きを持った人が必要っていうだけ。世界に"支配"はいらない」
「綺麗事を」
「仕方ないじゃん、だってそれが私の"思想"なんだから」

私だって、私の考えていることが全ての人にとって正しいなんて思ってない。
私の意見はだいたい弱い。"誰からも受け入れられなければならない"という家の教えが、"誰のことも受け入れたい"という意思にちょっとシフトしただけ。家の教えを盲信したお母様に反発心を覚えてから、人の掲げる"善"があらゆる人の"善"に共通するわけではないことを、学んだだけ。

「────とりあえず、私とあなたの思想が重なることは絶対にないってことがわかった。話を聞かせてくれてありがとう」
「わかり合えないことなんて、始めから決まりきっていたのに。時間の無駄だった」
「そんなことないよ。あなたがもし何か"行動"を起こす時がきたら敵対することもあるかもしれないけど────あなたの意見にも正当な部分はあって、認められるべき部分が確実にあると思う。雰囲気に流されて、あるいは恐怖に囚われて残酷なことをする人よりずっとしっかりした"あなたの意見"を、私は否定しない」
「────そういう偽善者ぶったあなたのことが、僕は嫌────────ああ、次から次へと!

レギュラスは唾でも吐き出すんじゃないかという勢いで私への嫌悪感を露わにし────そして、途中で唐突に叫び出した。

「え?」

見ると、レギュラスは私の後方を睨みつけていた。「次から次へと」とは、私に向けて言った言葉じゃないらしい。
さっと、背筋を冷たいものが這い上がる。

まさか、後ろに人がいるの? 今の話、聞かれてた?
話してはならないことは言っていない。間違ったことを言ったとも思っていない。

ただ、グリフィンドール生とスリザリン生が厨房の奥でコソコソと会話し、あまつさえ私がそんなスリザリン生の思想を全面的に否定しないと明言してしまうのは、些か体裁が悪いことだと思った。

────こういうところが悪い癖でもあるんだけど────私はとにかく、うまくこの場を取り繕うためにも後ろにいる人が誰なのか確認しようと振り返った。

そして────。

「────どうして」

そこにいたのが、今一番この場にいてほしくない人だとわかった瞬間、体中から力が抜けてしまった。

「帰りが遅いから、ひと段落ついたところで僕が直接行くことにした。それより今のはどういう意味だ、イリス。レギュラスの思想を否定しないだと?

────シリウスは、とても怒った顔をして私とレギュラスを交互に見ていた。



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