教科書通りにこなせばうまくいく────というわたしのポリシーは間違っていなかった。
続く薬草学やら天文学やら、とにかくマニュアル通りに進めれば失敗しないようなものは、全て先生の気に入るよう模範的にこなす。小さい頃からお母さまに、目上の人への接し方は厳しく教わってきたので、先生からの評判もそんなに悪くないんじゃないかな、って思っていた。

ただそれでも、全てで一番になるってのは無理な話。最初の授業でさっそく闇の魔術に対する防衛術があんまり自分と合わないって気づいたし(呪いと聞くだけでなぜか体が強張ってしまった)、箒に乗るのも好きじゃなかった。だからせめてやる気があるってアピールだけはして、なんとか授業を乗り切る。今はまだ生活が落ち着いてないから忙しいけど、もう少ししたらひとりでこっそり練習しよう。

そして、1週間のうちの最後の授業がやってきた。変身術を受けるのはこれが初めてで、逆にこれさえ終わればだいたいの授業スタイルは頭に入るということ。まだ呪文学だけ来週に回されていて受けられていないけど、教科書の内容なら一通り目を通しているし、今はそれを心配するより、週末にきちんと宿題に取り組む時間を確保しよう。

「変身術って高度な魔力が必要とされるんですって。なんだか緊張するわ」

隣の席のリリーは確かにちょっとだけ表情が固かった。対してわたしは、それに関しては全く心配なんてしていない。

「リリーの魔力はじゅうぶん高度だよ。大丈夫」

この数日で、リリーがとても力のある魔女だって事はハッキリしていた。何をやらせてもカンペキにこなしちゃうのだ。
わたしだって、教科書を読んで優等生ぶりっこをして必死になれば、カンペキって言われるくらいの成果を出せる。でもリリーのはなんだか、もう根本的に違う気がした。

こういうのを、才能っていうんだ、きっと。

「ありがとう。一緒に頑張りましょう」
「うん」

それと同時にマクゴナガル先生が入ってきて、わたしたちの話も中断させられた。

その日の授業内容は、変身術という教科の説明と座学、そして最後にマッチ棒を針に変える課題が出された。

課題が出た時点で残り時間は約15分。この時間内にできなかった場合、次回までに完成させて持って来いと言われた。ズルして最初から針を持って行ってもすぐにバレますよ、と念押しされる。

わたしはマッチ棒をじっくり見つめた。この火薬の部分に糸穴を空けて、木の部分は少しずつ細くしていけば良いかな。呪文は教わったし、発音も先生のデモンストレーションを聞いていたからばっちり。

それに、イメージをすることなら大の得意だ。お母さまにあれこれ言われて胸が苦しくなった時、わたしはその頃まだ誰にも明かしていなかった"自分の不思議な力"が、わたしの気持ちをもっとワクワクさせてくれたらなって、いつも空想していた。何もないところに大きなケーキが現れたらどうする? 何度近づいても逃げられていた近所のノラ猫が、途端に大きな人懐こい犬になって飛びかかってきたらどうする?

今回も、きっとそんな感じで良い。
よく想像して…これが銀色で、鋭くきれいな針になるところを……。

はっきりと呪文を唱え、杖の先をマッチ棒に向ける。すると徐々に薄茶色と赤が銀に変わり、その火薬の部分に小さな穴が空いた。全体的なサイズも小さく細くなり、先が鋭くとがる。キラリと光ってすら見えるそれは、どこからどう見ても上質な針そのものだった。

「イリス!」

なぜか、かすれるような声でリリーがわたしの名前を呼んだ。リリーのマッチ棒も針になっていたけど、それはもうちょっと…綿棒くらい大きくて、先もとがってるんじゃなく、ちょっぴり四角いままだった。

マクゴナガル先生がこちらに寄ってくる。わたしの針を持ち上げてくるくると全方位から眺め、満足げに頷いた。

「初めて唱えた魔法ですか、ミス・リヴィア?」
「…はい」

するとマクゴナガル先生はにっこりと笑い(この先生笑うんだ)、針を返してくれた。

「一度でここまで見事に姿を変えた生徒は見たことがありません。あなたの変身魔法に期待をこめて、グリフィンドールへ10点差し上げましょう」

そして同時にチャイムが鳴った。










「すばらしかったわイリス! そこらに売ってる針よりもよっぽど繊細できれいだった!」

帰りがけにリリーがそう言って褒めてくれた。それは嬉しいんだけど、マクゴナガル先生がすぐに「ミス・エバンズ、あなたの針はまだ先端が角張っていますが、とても筋が良いです。きっと次回は美しい針に変えられるでしょう」と言っていたくらいだし、リリーとわたしの間にたいした差はないんだと思う。

「やあリヴィア、聞いたよ。変身術で最高評価を貰ったそうじゃないか」

なんて返事をしようか考えていたら、後ろからポッターに肩を叩かれた。

「あれ、ポッター……久しぶり?」

そういえば…さっきの授業でポッターを見なかった気がする。ポッターだけじゃなくて、今彼の後ろで眠そうにしているブラックも。

いちいち出席者全員の顔を覚えてるってわけじゃないけど、彼らのように目立つ知り合い(座学では居眠りをする、実技では騒ぐ、かと思えば先生の質問には正確に答える、などなど)がいなかったら、逆に今度は空いた席が悪目立ちするってもの。
案の定、わたしがそう言うとポッターはニヤリと笑った。

「わかった? 僕らがいないの」
「え、うん…まぁ」
「ちょっと授業より大事なことを見つけちゃってね、シリウスとエスケープしてたんだ」

わたしと話しながらも、道行く女の子に視線を配ることを忘れないポッターは(器用な人だ。目が6つくらいあるんじゃないだろうか)、実に楽しそうにサボりを自白する。ブラックはポッターとは対照的に、誰とも話さず眠たげな顔で歩いている。でも、サボったことを後悔してる感じではなかった。

「なんか課題とか出た?」
「ん、出たよ。えっと────」
マクゴナガル先生に直接聞いたらどう?

わたしが答えようとした瞬間、リリーのつっけんどんな声がそれを遮った。ポッターは最初ぱちぱちと瞬きをして、それから首を傾げる。

「なんか怒ってるの? えーと…」
「エバンズよ。ハッキリ言うけど、あなたたちの態度は真面目に授業に取り組んでいる人に対して失礼だわ。別に授業を休むこと自体は勝手だけど、課題や宿題だけはやる気ならちゃんと自分の足で先生に尋ねに行くべきよ」

わお、正論。
もちろんリリーがここまで牙をむいてるのはホグワーツ特急で友達を侮辱されたからだと思うけど、それにしたって今の意見は正しくて、そしてめちゃくちゃ怖かった。

何も言えなくなったらしいポッターに、その時初めてブラックが反応らしい反応を見せた。…まぁ、鼻を鳴らしただけなんだけど。

「恐ろしいまでに正論だぜ、ジェームズ。仕方ないから次の課題は未提出で行こう。せっかく優等生・ミス・リヴィアが稼いでくれたであろうグリフィンドールの加点を、ふいにしちまう事になるけどな」

そう言ってわたしたちどちらともに、さっきポッターが見せたようなニヤリ顔を見せて、さっさと行ってしまった。つん、とそっぽを向くリリー。わたしはといえば、ポッター同様何も言えずにおたおたするだけ。

あーあ、せっかく同じ寮になって、もしかしたら仲直りのチャンスもあるかも、って思ったのに。余計仲が悪くなっちゃった。

「彼女、すごい真面目だね?」

ポッターが面白がるようにリリーの後ろ姿を見ていた。その"真面目"という言い方に見下すような口調が含まれているのをなんとなく察して、ずんとまた胃が重くなる。

「リリーは真面目だよ」

だからわたしは逆に、見上げるように…尊敬の気持ちをこめて、ポッターの言葉を肯定し、そして否定した。

「あと、変身術の課題はマッチ棒を縫い針に変えること。教科書にやり方が載ってるよ。ズルして術をかけてない針を持っていっても無駄って言われてるから、それだけ気をつけてね」

友達がイヤな言い方をされたのはちょっと辛かったけど、でもここでこの2人が例えば────次の授業で減点されたり、罰則を食らうようなことがあったら、それはそれで困る。2人は同じ寮の人────つまり、わたしたちは一蓮托生なのだ。わたしが属している寮が"優秀"でないと、わたしは来年の夏、最悪帰る場所を失ってしまうかもしれない。

そんな自分勝手な理由で、リリーがいないのを良いことに、わたしはこっそり課題の内容を2人に教えた。2人は驚いたような顔をして、わたしの方を見ていた。

「あ────ありがとう。でもきみの友達はずいぶんと怒っていたみたいなのに、なんでまたきみはそう簡単に教えてくれたんだい?」
「え? いやあ…だって、せっかく同じ寮になったんだし…。怒られてるのをただ見てるより、助けられることがあるならそうした方が良いかなって…」

ああ、わたしってなんて偽善者なの。

そんなわたしの心中など知らない2人はまだ不思議そうに顔を見合わせていたけど、「助かるよ、優等生」「ありがとう、リヴィア!」と言って、リリーとは別方向────つまりこれからせっかく夕飯の時間だというのに、大広間とは逆方向へと行ってしまった。

「ただ、いろいろ面倒な校則があるらしい。それも卒業するまでにいくつ教えてもらえるか…楽しみだ」
「破った数でも勝負するかい?」


ふいに、ホグワーツ特急で2人が楽しそうに話していた言葉を思い出した。
……せっかく課題の内容を教えても、これじゃ無意味だったかな。



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