結局、11月のクィディッチ・シーズンが来るまで、リリーとジェームズの関係は何も変わらなかった。
まあ、一度試合を観れば何かしら印象が変わるかもしれない。前日までは確かにそう期待していたのに────まさかのその前日に、とある事件が起こってしまった。
それは中央塔の3階の廊下で、生徒が相次いで転倒するというちょっとした事件だったんだけど────問題だったのが、その首謀者がいつもの…あー…シリウスとジェームズだった、ということだ。
バレるのは早かった。何せ彼らはホグワーツが誇る(?)悪戯仕掛人。
ステンステンと転ぶ下級生を廊下の隅から見て笑っていたところをマクゴナガル先生に見つかり、"直前呪文"────杖が直前に行使した呪文を暴く魔法によって、廊下をツルツル滑る仕様にしていたことが判明したのだ。
「ポッター、ブラック、一体どういうつもりですか!」
その廊下を通ろうとして、立ち上がっては転び、立ち上がっては転ぶ生徒達の困っている姿を前に立ち止まってしまった私とリリーの近くで、マクゴナガル先生の怒号が響く。
「マグルの世界にあるエスカペーターを再現しようとしたんです、先生」
「止まってるのに地面が勝手に動いて移動させてくれるなんて便利だなって思って」
2人は悪びれる様子もなく、悪戯の理由を白状する。
ちなみにジェームズ、エスカペーターじゃなくてそれ多分エスカレーターだよ。
「ここはホグワーツです! 校内にいる者は全員自分の足で地面を歩きます! マグルの生活様式に興味を持つことは結構ですが、関係のない他の生徒を巻き込んで怪我をさせてどうするんですか! グリフィンドールからそれぞれ5点減点!!」
それだけ言って、マクゴナガル先生は杖の一振りで廊下を元通りに直した。よろよろと立ち上がった生徒が、アザが出来たのなんのって文句を言いながら廊下を再び歩き出した。
「…あれが我が校が誇る歴代最高のチェイサーなのね?」
リリーの声はマクゴナガル先生以上に尖っていた。私はせめて彼女と2人が鉢合わせることのないよう、急ぎ足でその場を通り過ぎた。
────ジェームズには、その場面をリリーが見ていたことは黙っておくことにした。
翌朝、私は頑張っていつもより早起きし、大広間で悪戯仕掛人が朝食をとっているその隣の席についた。
聞いてはいたけど、試合前のジェームズの食事量は尋常じゃない多さだった。
トースト5枚、ベーコンエッグ、レタスサラダのボウルを一杯、はちみつ漬けビスケット、チキンソテー ────。見ているだけで胃がむかむかしてきそうだ。
「早いな」
スコーンとコーヒーだけを前にしたシリウスが私に気づいた。リーマスとピーターが「おはよう」と笑ってくれる中、ジェームズが口いっぱいに料理を頬張りながら「ほあおう!」とヒーローも形無しのあいさつをしてきた。
「…おはよう」
何も食べる気の起きなかった私は、アップルジュースだけ飲むことにした。
「イリスがこんな時間からいるなんて、珍しいね?」
「うん、ジェームズにひとつ良い報告をと思って」
リーマスの言葉に答えながら、ジェームズが口の中の食べ物を飲みこむまで待つ。
「んぐぐ────。報告?」
「そう。今日の試合、私、リリーと一緒に観に行くから」
途端、ジェームズの顔がぱあっと輝いた。
「本当か? ついこの間まではあんなに悲観的だったのに、一体どうして────」
「色々ラッキーが重なってね。だから張り切ってやってきて」
「わかったよ、観衆全員の目を奪ってみせるさ」
これは効果覿面だったらしい。リーマスがオレンジをひとつ食べている間にジェームズは朝食を全て綺麗に平らげ、「ちょっと飛んでくる!」と大広間を出て行ってしまった。
「恋の力は偉大だね」
頬杖を突きながら、まだ眠気のせいでぼやける視界の中、ジェームズの背中を見送る。
「ジェームズ、いつからあんな感じだったの?」
「僕らがあいつん家に行った時にはかなり悩んでたな。というか正確には、学期末から」
「スネイプが私に呪いをかけようとしたのをハッキリ悪いことだって言ってから?」
「うん。でもまあ、前から気にはなってはいたんだろうね。ほら…よく衝突してたから」
リーマスが笑いながら言う。
「衝突するってことは好意なり悪意なり、相手にそれだけ関心があるってことだからね」
「残念ながらエバンズは100%純度の悪意でジェームズとぶつかってるけどな」
「でも、ジェームズの場合はそれが"好意"だった。だからあの2人は衝突し続けられるのさ」
「おお、哀れなりや、わが友よ」
関心があるからこそ衝突する、ねえ。
そういえば1年生の時にシリウスと大喧嘩したのも、あれはお互いにあんまり良い感情を持っていなかったのが爆発したって感じだったな。
あの時リーマスは「シリウスは心から話せる仲良しになりたかったんだよ」なんて言ってたけど────。
「そういえばシリウスはさ」
結局、あれはどっちだったんだろう。
シリウス本人が「あの時は良くない意味で君のことが気になってた」と言ってた以上、リーマスの言葉をまるっと信じるわけにはいかない。かといって、シリウスに本気で私と仲良くなる気がないのなら、あそこでリーマスが私達の間を取り持つようなことを言う必要もないはず。少しくらいは、私と仲良くなりたいって思っててくれたり…したんだろうか?
もう相当時間も経ったし、本人に確認してみても良いだろうと思った私は、食後のコーヒーを飲んでいるシリウスに視線を移した。
「1年生の時私に突っかかってきたのは、私のことが嫌いだったからってだけ? それとも今のジェームズみたいに、仲良くなりたかったって気持ちもちょっとはあったの?」
ゴホッゴホッ!!
訊いた瞬間、シリウスが咽せた。口の中にコーヒーは含んでいなかったみたいだけど、唇についたカップの縁からコーヒーがビシャリと零れる。
「あ…ごめん、タイミング悪かったね。スコージファイ」
ひとまず洗浄魔法でコーヒーの染みを取り除いて謝罪する。シリウスには思い切り睨まれてしまった。
「嫌い…ではなかったけど、仲良くなりたいとも別に思ってなかったよ。リーマスから聞いたんだろ、僕が、僕と君は"似てるから"悪い意味で気になってたって」
「ああ…」
やっぱりそっちの気持ちが第一だったのか。
シリウスと、そしてレギュラスとも似ている境遇の私。
その兄弟のどちらかにあえて寄せるなら、私は間違いなく家の教えに純粋に従ったレギュラスに似ていたのだろう。
今思えば、シリウスはそれが気に入らなかったに違いない。
でも私は闇の魔術を好いていない。マグル生まれだし、シリウス達とも決して馬が合わないわけではなかった(もっとも、当時は私が顔色を窺いながらうまく溶け込んでいただけっていうのもあるんだけど)。言ってしまえば、私は"レギュラス寄りのシリウス"みたいなものだったわけだ。彼ら以上に、半端な存在だった。
だから、わざわざ踏み込んでまで暴こうとしたんだろう。
私の"本音"を。私が本当はシリウスとレギュラス、どっちの素質を持っているのかを。
まあ、その結果が、これ。
────大広間の向こう側では、スリザリンのクィディッチ・チームの選手達が仲良く朝食を取りに来ていた。その中に、レギュラスの姿を見かける。
彼は今、スリザリン・チームのシーカーを務めていた。非常に目が良く(シリウスに似ている)、飛びっぷりもうまいので、かなりの強敵と噂されている。
レギュラスは楽しそうに笑っていた。チームメイトと話しながら、普通の量の朝食をとっている。
レギュラスは結局"あっち側"を選んだ。どんな教育かは知らないけど、彼が家の教えを自らの意思で肯定し、支持しているのは2年生の時に確認している。
対して私は、"こっち側"を選んだ。闇の魔術も、力による統治も望まない。魔法界が隠された存在なのは確かだけど、私達はこうして隠れた場所でも独自の文化を営みながら歴史を紡いでいる。それで充分だと思っていた。このままの均衡を保ち、魔法界と非魔法界が共存できれば良い。そこに支配や拷問や殺人は、いらない。
なるほど、シリウスの考えていたことはなんとなくわかった。
要はあの時点では全く仲良くなる気なんてなかったけど、その喧嘩を経て、少しだけ考え方が変わった、というところだろう。リーマスは私達が衝突した瞬間からその微細な変化を汲んでくれて、私とシリウスが歩み寄れる可能性に賭け、あんなことを言ってくれたんだ(今の私がリリーとジェームズの間に立っているように)。
その結果、私はこうして最高の友人を4人も作れてしまったのだから、ありがたい限りだ。
「じゃあ私、時間になるまでもう一回寝てくるから先に行くね」
「あの報告でジェームズは相当やる気になったと思うよ、ありがとう」
「いえいえ。今日はリリーと一緒だから、多分いつもの席とはちょっと離れたところに行くと思うけど、応援頑張ろうね」
そんなことを言いながら大広間を出ようとした時だった。
「うわ、ポッターとブラックの腰巾着」
スリザリン生とすれ違った時、あからさまに聞こえる悪口を吐かれた。知らない人だったけど顔つきが大人っぽいので、きっと上級生だ。
「去年のバレンタイン、見た? これ見よがしにブラックと校内でイチャイチャしてたの」
「マグル生まれのくせにブラック家に取り入って、お姫様気取りしてたよな」
「スリザリンの裏切り者とマグル生まれでお似合いなんじゃないか?」
「はは、それもそうだな」
────無視、無視。
ラインを越えた人には絶対関わらない。
去年度のバレンタイン以来、私はあちこちで"プリンセス気取り"と陰口を叩かれていた。酷い時は、シルヴィアでさえ「あのお姫様が」と侮蔑の意味を込めて言っていたのを聞いたこともある。
でも、これは仕方ないことなのだと────全て折り合いのつかないことなのだと、諦めるようにしていた。本当は全くそんな関係じゃないのに、あの地獄の1日のせいで未だに私とシリウスが恋人だと勘違いしている生徒もいるらしい(特にシリウスのファンからそう思われているのが厄介だった)。
シリウスのことは好きだ。他の友達よりずっとごたついたけど、その分今では互いにちゃんと信頼しあえていると思う。
でも、その好きは、みんなが期待しているような熱烈な"好き"じゃない。
綺麗な顔はしているし、背も毎年伸びているし、年々"青年"らしくなっていく彼を眩しく思うことはあるけど、それだって結局外側のステータスだけを見て、客観的に"格好良い"と思ってるだけ。
それだけで盲目的になれるほど、私は愚かじゃないと思っていた。
だから私は、"第一印象は最悪だったはずなのに、内面を知るにつれどんどんそんなイメージを剥がして相手に惹かれていった"ジェームズのことを、心から応援している。
恋とか愛とかって私にはまだ難しいけど、きっと本来そういうのって、彼のようにあるべきだと思うから。
そして、その日の10時半。
私とリリーはコートとマフラーを着込んで、グリフィンドールの談話室を出た。
「なんだか緊張するわ…。ブラッジャーがこっちに飛んできたりとか、ない?」
「ないとはいえないけど…うちのビーターは優秀だから、そんなことにはさせないと思うな」
「スニッチって観客席からでも見えるの?」
「太陽の光次第でキラッと見えることはあるけど、基本的にはわかんないよ」
リリーは思ったよりクィディッチに興味を持っていたみたいで、競技場についてからもずっとそんな質問を繰り返していた。
────ただ、チェイサーの話題にだけは触れなかった。
「今までイリスが見た試合で一番ミラクルだった瞬間って、どんな時?」
「初めて観に行った時。この広いコートを…何キロ出てるんだろう、とにかく猛スピードで選手が入り乱れて、ボールを渡したりぶつけたりするんだけど…その一瞬で心の読み合いまでしててね。もう視線をどこに向けたら良いのかわからなくて、目が回ったんだよ」
「ふふ、今になってあの試合後にあなたが泣きそうになってた理由がわかったわ。そんなに興奮したのに、"自由奔放なスポーツ"を"お母様"がお許しにならないって、自分を責めたのね」
今でも、あの時のリリーの気遣いには感謝している。
談話室の喧騒からの逃げ場所を確保して、シャワーを浴びてお昼寝しようと誘ってくれたリリー。決して深いところまでは聞かず、嘘にまみれた「クィディッチが嫌い」という私にも「そう」と簡単に返しただけだった。
あの時はまだ家の────お母様の話をしていなかったから、リリーもよく事情を呑み込めなかったはず。でもあの後、私がどう育てられたかを話して聞かせ────彼女も、私の葛藤を自分のことのように苦しそうな顔をして理解してくれた。
「あなたが好きなものを好きだって言えるようになって良かった────ワァー!」
優しいリリーの言葉は、直後の歓声に呑み込まれた。
選手が入場してきたのだ。
深紅と新緑のユニフォームを着た選手達。中にはもちろん、ジェームズとレギュラスの姿もある。
選手はセンターラインに対峙して並んだ。うちのシーカーのハービーと、相手チームのキャプテンが挨拶を交わす(スリザリンとの試合の時、いつもここでドキリとしてしまうのはなぜだろう)。
程なくして、フーチ先生のホイッスルで選手が一気に空へと飛びあがった。
「わっ…!」
隣のリリーがまたも声を上げる。飛行訓練以外で人が飛んでいるのを見たことがないリリーは、いわば3年前に初めてここへ来た私と同じ状態だ。きっと気持ちも、あの時の私と同じに違いない。
『さて、試合開始です。実況は本日もレイブンクローのマチルダ・マゴットが務めます、よろしくお願いします。クァッフルはまずグリフィンドールチームへ。グリフィンドールは全体的にバランスの良いチームですね。特に目立つのが────ああ、今クァッフルが渡りました、4年生のポッターです。彼はとにかく人目を惹く天才といえましょう』
マチルダの機械的な声を聞きながら、ジェームズの動きを追う────いや、追わされる。
ジェームズはクァッフルを手にした瞬間、なぜか自分のチームのゴールの方へ向かった。まさか、自殺点を入れるつもりなのか────!? と会場が戦慄したところで、思い切り腕を振ってコートの反対側にいた同じチェイサーのジャクリーン・ランスに剛速球のロングパスを放つ。
「────!」
リリーが息を呑む。
スリザリンチームはわけがわからないままジェームズを追っていた。つまり────ジャクリーンは今、フリーだ。
『素晴らしいロングパスです、ポッター。クァッフルはランスの手に。スリザリンのビーター、サンズがすぐさまブラッジャーを放ちますが────ランス、ゴールを決めてブラッジャーを躱しました。グリフィンドール得点、10-0です』
今のは最高のプレイだった。自分を一番目立たせた上でチームの勝利に貢献する動き。
そうなのだ。ジェームズは、自分で点を入れなくても一番目を奪う選手なのだ。
思わず隣のリリーをちらりと見る。この時ばかりはジェームズへの恨みも忘れたのか、リリーは目をキラキラと輝かせながらコートのあちこちをぐるぐると見ている。
『さて、スリザリンの反撃です。スリザリンチームには今年から2年生チェイサーのフリンが新たに投入されたとの情報が入っておりますが、実力は────ああ、グリフィンドールのビーター、マロウがブラッジャーをフリンに────ブラッジャーを避けた衝動でクァッフルをポッターに奪われます。ポッター、今度はスリザリン側のゴールへと一直線に飛びます。速いですね』
まるで機械みたいなマチルダの実況に、思わずクスリと笑いが漏れる。実際に話してみるととても気さくで明るいお姉さんだけど、そこはさすがレイブンクロー生というべきなのだろうか、どんな珍プレーが起きても冷静に淡々と実況を続けている。
そんな調子で、30分ほど両チームの攻防が続いた。
「今、どうなってる?」
掠れ声でリリーが尋ねてきた。息をするのもやっとという感じだ。
「140-40。うちの圧倒的リードだよ」
そう、今やグリフィンドールはスリザリンに100点の点差をつけていた。
うちのチェイサーが全員巧いことは知っている。でもやっぱり、立役者として目立っているのはジェームズだった。
序盤からド派手なパフォーマンス────謎のオウンゴールを匂わせて相手チームを引きつけておきながらの、ロングパスによるゴールアシストを見せたジェームズ。その後も自らゴールにまで一直線に飛んだかと思ったら、ゴールリングの手前で急旋回をしフェイントをかけてシュート。
今日も、会場中がジェームズに注目していた。
ジェームズが空高く飛ぶだけで、観客と選手の目が釣られて上を向く。
クァッフルを手に取り、ゴールを決めるのかと思いきや直前で味方チェイサーにパスを出し、フリーにさせた状態でシュートさせる。
「…なんてとんでもないことをするの、あの人」
「ジェームズはすごい人だよ。本当に」
みんながジェームズを見ていた。
ジェームズが動くだけで、「また何かしてくるんじゃないか」と思わせた。
クァッフルがジェームズに集まる。
キーパーがジェームズを警戒する。
ビーターがジェームズを狙う。
そして────────────その時、シーカーのハービーはフリーになる。
突如、ハービーの動きが変わった。それまでグルグルとピッチを旋回していた彼は、ある時動きをピタリと止め、確実に何かを狙う動きで一方向を目指し始めた。
「あっ!」
「スニッチを見つけたんだ!」
ハービーはスニッチ目掛けてまっすぐに飛んだ。
このまま行けば、彼の手の中にスニッチが収まる。
────ただ、状況は"このまま行かせてくれなかった。"
一瞬、誰もがハービーの動きに囚われたように思った。
しかし、彼らは誰も気づかなかった────蛇のように、静かに逆方向から猛スピードで箒を飛ばす、もう1人のシーカーに。
今までジェームズが目立ちすぎていたということもあるのかもしれない。
レギュラスは────それまで全く存在感を見せていなかったのに、その瞬間まるではじめからそこにいたかのような"錯覚を抱かせるような現れ方をした。
その様はまるで────暗闇から突如飛び出した"影"のようだ、と思った。
彼がどこから現れたのか、誰にもわからなかった。誰もが、ハービーが先にスニッチを見つけたと思っていた。
しかし────フーチ先生がホイッスルを鳴らした時、スニッチを持っていたのはハービーではなかった。
『ここで試合終了のホイッスルが鳴りました。先程までは誰もがウェルプスがスニッチを見つけたものと思い込んでいたでしょう。いえ、ここで下手に距離があったことが仇となったのでしょうか。それまでまるで暗闇に身を潜めていたかのような動きで突如ブラックが日のもとに現れ、颯爽とスニッチを手にしました。140-190。スリザリンの勝利です』
マチルダの機械的な声が、試合結果を告げる。
────レギュラス・ブラックが、金色に羽ばたくスニッチを手に持って、誇らしげに天高く掲げていた。
「え────!?」
逆サイドの観客席から爆発したような歓声が上がる。グリフィンドールチームは項垂れていた。スリザリンチームがそれぞれ地面に降り立ち、レギュラスの頭をわしゃわしゃと撫でている。
「あ、あれ、ブラックの弟よね…!?」
「うん…。すごいな、あそこまで徹底して存在を隠していたなんて…だって誰も、レギュラスがそこにいたことに気づいてなかったよ」
「偶然ってこと? たまたまハービーがこっちに向かってきてるのを見て、近くにスニッチがあると思って見回したら本当にあったから掴んだ、とか?」
「わかんないけど────多分、レギュラスは狙って"そこにいた"んじゃないかな」
それはサバンナで獲物を狩るような、ダイナミックな生存競争などではなく。
例えるなら、湿地に生える草葉の陰から獲物を狙い、敵が気づく前に腹の中に収めてしまう捕獲者のような────。
「偶然っていうこともあるけど、偶然だけに頼ってるシーカーなんていないと思う」
レギュラスは3年生にしてシーカーという大役を任された大物ルーキーだ(これをジェームズに言うとまた3時間くらいクィディッチ論を聞かされる羽目になるんだけど)。要は彼が、それだけの目と頭、そして飛行技術を持っているということ。
ぶるりと、背筋が震えた。
グリフィンドール側のスタンドは敗北したせいでみんなどことなく覇気がない。
だから誰も、私が静かに興奮していることに気を止めていなかった。
そう、グリフィンドール生として、グリフィンドールのチームを応援していたわたしが"他寮の生徒のプレーに惹かれた"なんて、口が裂けてもいない。
でも────クィディッチファンとして、あの狡猾なプレーはあまりに鮮やかだった。敵ながらあっぱれ、というのはこういうことを指すんだろう。
「負けちゃったの、残念だったわね」
寮に戻る道すがら、リリーが残念そうに言う。ただ、その表情を見るに、彼女がクィディッチの魅力にすっかり囚われたことは間違いないようだった。
「どうだった? ジェームズ、格好良かったよね」
「ええ…まあ、そうね。ちょっと調子に乗った態度はやっぱり気に入らないけど…ううん、でも実力がピカイチなのは事実ね。"観客だけでなく選手まで全員僕に注目するんだ"なんて傲慢な言葉が決して誇張じゃないことは、よくわかったわ」
一瞬、いつものリリーの悪い癖が出た────と思ったけど、彼女はすぐに"客観的な評価"でジェームズのことを褒めた。
良かった。2人の溝がこれで埋まるなんて簡単なことは考えてないけど、これでも今までに比べたら大きな前進だと思う。
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