学期末最終日、私達はトランクに荷物を詰めながら、忘れ物がないか最終チェックをしていた。

「じゃあまたね、メリー、リリー!」

シルヴィアは同室の"私以外の"全員に挨拶をして出て行った。

「…シルヴィアと何かあったの?」
「この間言ったじゃん、シリウスのファンにやっかまれたって。あれがシルヴィア」
「あー…」

リリーが納得したように溜息をつく。
あれ以来、シルヴィアとは更に険悪な仲になってしまった。表立った嫌がらせはないけど、私を見る度にまるで汚物を見るような目で見てくるのだ。大きい声で悪口を言っているのも聞こえた。

「大丈夫?」

リリーが心配そうに尋ねてくる。
まあ、あれから更にシリウスと一緒にいる機会が増えてしまったし、仕方のないことなのだろう。

全員に好かれようなんて、思うことはやめた。
誰にでも良いところがあって、悪いところがある。
その悪いところでどうしても折り合いがつけられないのなら、もうその人と近づくのはやめようと思う。
誰にでもあるその"良いところ"がうまく噛み合った人とだけ、楽しく過ごせれば良い。
別に利害関係が絡むわけでもなし、友達ってそういうもので良いんだよね?

「大丈夫」

だから私は、にっこりと笑って答えた。リリーは私が人から嫌われることを恐れていると知っていたからだろう、少し意外そうな顔をしていたけど、「そう」と安心したように言ってくれた。

「────そういえばね」

ベッドの下から2年生の時にもらったかくれん防止器が出てきたことに驚いていると(ピーター、ごめん。なくなったことにすら気づいてなかった)、リリーが何の気もなしに話し出した。

「これはほとんど独り言みたいなものだから、無視してもらって良いんだけど────」

なんだろう。わざと乾いた声を出しているのが、ちょっと気になる。

「この間、セブとポッター達がちょっとしたいざこざを起こしたって話、したでしょ。あの満月の晩

ぎくりと身をすくませてしまったけど、こちらに背を向けているリリーには見えていないみたいだった。リリーは屈んで教科書類をしまいながら、言葉を続ける。

「私ね、あの後セブにすごく怒ったの。背中を向けてる人に魔法をかけるなんて卑怯だわって。それでこうも言ったの────"もしあなたが自分のことを棚にあげて被害者面して先生の所へ行くようなら、今度は私があなたに呪いをかけてしまうかもしれないわよ"って」
「えっ」

独り言みたいなもの、と言われていたのに、思いがけない言葉につい声を上げてしまった。慌てて"私はその場にいないはずだった"ことを思い出し、それっぽい反応を取り繕う。

「で、でもそんな、リリーが逆に手を汚すようなことしたら────」
「あら、もちろん冗談よ。でもそのくらい、本当に怒ってたの。特に今回はポッターと…まあ、いつもに比べればだけど…そこまで激しく言い争ってないのに、ここぞとばかりに杖を出したりしたじゃない? しかもルーピンの体調の話にまで無遠慮に突っ込んだりして…。私、今回はルーピンの方がよっぽど紳士的だと思ったわ」

"私はその場にいなかった"。
もう一度そう言い聞かせてから、私は「そうなんだ」と知らないふりをして相槌を打つ。

「相手を傷つけるんじゃなくて、ただ呪いを防ぐための呪文────あそこで咄嗟に"シレンシオ"を唱えたのは、ルーピンの頭の良さがあったが故ね。…まあどっちかというと、あの行動はイリスの考えそうなことだな、なんて思っちゃったんだけど

ドキリと、心臓が跳ねる。
まさか、まさか────。

「防衛術を教え合ってるからかしら? そういう時の考えが似るのかしらね」

リリーはそう言って、「うん。それだけ。ちょっと思い出したから、話してみたの」と言葉を締めた。

─────リリーは、知ってるんだ。

あの時いたリーマスが、本当は誰だったのか

リリーはきっと、本当のリーマスが今どうしているかも知らず、どうしてそんなことになっているかも知らず、それでもとにかく"私が今リーマスの姿を模していることに気づいた"んだと思う。
彼女はとてつもない慧眼の持ち主だ。
ちょっとした仕草や言葉遣い、そして"最後に選んだ呪文"を見て────そこにいるのが"私"だと確信したんだ。

そして、それがバレると誰にとって問題になるのか即座に考え、スネイプに釘を刺してくれたんだ────。

だってそうでもなきゃ、こんな学期末にわざわざ昔の話を掘り起こす意味なんてない。
ただ"その話をリリーから聞いただけの私"に、そこまで言う必要なんてない。

「…リリー?」
「うん?」
「…多分、"リーマス"も喜んでると思う。リリーがそう言ってくれて」
「そうかしら。それなら良いんだけど。…何しろ、ルーピンがどうして体調が悪いのかって私も知らないし、こればっかりは直接言えないから…"あなたから"、あの夜の"ルーピン"は勇敢だったって伝えておいてもらえる?」

もしかしたらリリーは、リーマスが本当は何者なのかも知っているのかもしれない。

「イリス、最近談話室でも図書館でも見かけないけど、どこで勉強してるの?」
「……ごめん、それは言えないんだ」
「────わかったわ。じゃあ、この話はなかったことにする」
「ごめんね、話せなくて」
「ううん、良いの。私だってセブの秘密をあなたに話せなかったりすること、あるもの」


知っていたとして、どういう経緯でその結論に至ったのかはわからない。。
スネイプと同じように、満月の晩に姿を消すというそれだけで、簡単な推測をしただけなのかもしれない。

でも彼女は、"秘密は秘密のまま"に────私のことを、救ってくれていた。

決して深入りしなかった。決してひとつの根拠だけで決めつけて、校庭で待ち伏せて暴くような真似はしなかった。
その上で、私達全員のことを助けてくれたのだ。

「────必ず伝えるよ」

私の周りは、どうしてこうも素晴らしい人ばかりなんだろう。

そのまま私達は、帰りのホグワーツ特急へと乗り込んだ。
リリーが「独り言」と言ったので、お互いこの話には触れないままでいることにした。

「リリーは夏休み、どうするの?」
「家にいるわ。チュニーともう一回話し合ってみようと思って」
「わあ、タフだなあ」
「ふふ、うまくいったらすぐに手紙を送るわ。イリスは? またポッターの家?」
「うーん、保留中」

実際、ジェームズには既に誘ってもらっていた。

「今年も来るだろ?」
「行きたいんだけど、ちょっと返事は待ってもらっても良い?」
「なんで? 母さんが最近イリスの話しかしなくて困ってるんだけど」
「あはは、一回は顔を見せに行くよ。でも────ちょっと、今年はやっておきたいことがあって」
「何それ?」
「次会った時に話すね。ひとまずいつ行けるかわかったら連絡するよ」

そんな会話をして、私はいつも通りリリーの待つコンパートメントへ向かっていたのだ。

「保留…?」

案の定、リリーも不思議そうな顔をしている。

「うん。ちょっとね、計画があって」
「計画?」

リリーの顔はジェームズとよく似ていた。
せっかくだからこの2人が仲良くなってくれたら嬉しいんだけどな、と思う。
でも彼らの関係は、さっき私がシルヴィアに抱いた"悪いところで折り合いがつけられないなら仕方ない"ケースそのままなので、あまり無理に近づけようとは思っていない。

ジェームズがリリーを好きだって言うんなら、勝手に向こうの方から行動を変えていくだろう。
その時リリーがどう思うかは知らない。個人的には、うまくいってくれたら嬉しい。

「────次会った時に話すよ」

だから私は、リリーにもジェームズと同じ言葉を返した。
だってまだ、うまくいくかわからないから。

トランクの中には、最新の成績表が入っている。
呪文学は180点。変身術の100点の横には"Miracle"と書かれていた。
他の科目もほとんど100点満点。唯一の例外は、魔法薬学で110点をもらえていたことだったんだけど────これはきっと、『最も強力な魔法薬』を借りに行った時の会話が効いたんだろう。私にとっては思いがけないラッキーだった。校則破りで二度も加点されるなんて(一度目はその話をした時、寮に10点もらったあれだ)、シリウス達に自慢してやったらどんな顔をするかな。

さあ、でもまだ私の戦いは終わってないんだから、気を引き締めないと。
この武器と────ああ、それからマクゴナガル先生にいただいた"あれ"も使って、私は今から"戦地に帰る"。

「良い話が聞けるのを楽しみにしてるわ」

リリーは最後の糖蜜パイを食べ、私服に着替え始めた。

────ホグワーツ特急が、キングズクロス駅に着く。

「じゃあまた、9月にね」

リリーと別れ、

「できるだけ早めに頼むよ、母さんのために」
「僕はまた8月中旬に帰っちゃうから、その前に一度会えると嬉しいな」
「宿題…手伝ってください……」
「落ち着いたらすぐ来いよ」

悪戯仕掛人と別れ、

「おかえりなさい、イリス」
「はい、ただいま戻りました。お母様」

────私は、お母さまの前に戻った。



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