「5人、とか…?」
「いや、現実的に考えたら15人くらいじゃないかな?」
「じゃあ僕はその倍ベットする」
────頼むから、私に届く呪いをそんなに楽しそうに予想し合わないでもらえないだろうか。
────ことが起きたのは、2月13日の夜だった。
リリーと一緒に夕食を食べて談話室に戻った時、私はいつもの4人組にいつものスペースへちょいちょいと呼ばれた。
「明日だけ、1日中僕の隣にずっと一緒にいてほしい」
そう言い出したのはシリウス。
「は?」
一瞬"対シリウス"の最上級に冷たい言葉が出た(一度誤ってその顔を向けてしまったことのあるピーターは、ここでそれを思い出したのか「ヒッ」と小さな声を上げた)。
思い当たる理由を、考える。
今日は2月13日。明日は14日で────バレンタインデーだ。ふと、シルヴィアのベッドに乗っていたチョコレートを思い出す。彼女はあれから、私のことをあからさまに敵視するような目線を向けてきた。どうやらあの日の夜にシリウスと仲睦まじく(これは皮肉です)、2人きりで談話室まで戻ってきたのを見られたのが、決定打になったらしい。
当然、このイベントを狙ってシリウスに告白しようとしている女子生徒はさぞや多いことだろう。去年も一昨年も相当な数が集まっていて、4人で分けておいしくいただかれていた様を見ていた。
それでもまだ彼は当時、11、2歳の"子供"と言える年だった。だからホグワーツでも、そこまでめちゃくちゃにモテているような雰囲気はなかった────そう、去年までは。
それが今年、13歳になって…身長も伸び、声も低くなってきたシリウス。だんだんと"少年"から"青年"へと変わろうとしている彼の魅力は、今年に入ってからいよいよ学校中に知れ渡ることとなってしまった。これ、15歳とかになったらいよいよ寝室がチョコにまみれるんじゃないだろうか。
そんな彼が、バレンタイン当日に特定の女子を隣に置きたがる理由────。
「女除けに私を利用しないでいただけますか」
告白するならもちろん一対一が良いに決まってる。でもそこにいつも隙なく特定の女子がついていたら、なかなか声がかけられない。…おおかた、そんな末路を狙って言い出したんだろう。
でもそんな"危険な任務"、私は背負いたくなかった。女の子達のシリウスへの愛情が、憎しみになって私に降りかかることは容易に想像できるというもの。
それに、いくら迷惑になるほどの数の愛を"受けた"としても、"与える"側はひとりひとり違うのだ。勇気を出して告白しようとしている女の子達に対する仕打ちが、"恋愛感情のこれっぽっちもないいい加減なガールフレンド代わり"の私を見せつけることだなんて、それじゃあ彼女達だって報われない。
────だから私はすぐに嫌がったけど、きっと同じ末路を想像したのであろうシリウスを除いた3人が、きっと嫉妬から生まれた"呪いの贈り物"が私に届くはずだと予想し、そのの数をこぞって賭け始めたので、早速収拾がつかなくなってしまった。まったく、この人達は本当に奔放すぎる。
「困ってる友達には全力で手を貸すのがイリスの信条だろ?」
「それが"本当に困ってる"ことならね。でも別に女の子からチョコもらうくらい良いじゃん。ちょっと立ち止まってありがとうって言えば良いんだから」
「バカ、これは命が懸かってるんだよ」
シリウスの言葉を受けて、私はまた大袈裟な、と笑ってしまった。でも意外や意外、そこで笑ったのは私だけだった。何が問題なんだろうと首を傾げる私に、リーマスが説明を添えてくれる。
「惚れ薬が大量に仕込まれてるケースが多いんだ」
「去年は大変だったんだよ。うっかりピーターが愛の妙薬入りのチョコを食べちゃって、レイブンクローの名前も知らない上級生に猛アタックを始めたんだ」
ピーターの顔が真っ赤になる。本人の意思など関係なく恋愛感情を抱かせる惚れ薬は、かなり強い効果を持っていたらしい。そういえば一時期、ピーターがやたらと浮かれているような時期があったような…気がする、かも?
「…無理やり惚れさせたところで虚しいだけなのにね」
「それだけシリウスが難攻不落だと思われてるんだろ」
「じゃあ路線変更しようよ。贈られるチョコも告白も、全部ちゃんと断るの」
「煩わしいんだ」
シリウスは相変わらずの切れ味で私の文句をぶった切る。
「授業の合間にやれチョコだ、やれ飲み物だってあちこちから女が湧いてきて、それが夜まで続くんだぞ」
「一回言ってみたいなぁ、そのセリフ」
「僕も」
「羨ましいよね」
心底面倒くさそうなシリウスに対し、残りの3人は楽しそうだった。たぶん私に協力を仰いでるのも、「そうなったらどうなるのかな」って面白半分で言ってるだけに過ぎない。
「もう体調悪いことにして一日中医務室にいれば?」
「医務室がチョコで埋もれる」
本当にひどいんだなぁ…この人のモテようは。なんでも過ぎたるは及ばざるがごとしって言うけど、目の前のシリウスの表情は、まさにそれを体現したような疲れ切った色を浮かべていた。
「────それで、私のメリットは?」
「友の安寧」
「愛の妙薬の被害防止」
「学校のプリンスの1日プリンセス体験ができる」
上からリーマス、ピーター、ジェームズの順に、"全く魅力的でないメリット"が提示された。────自分でもわかる。今私、すごく嫌そうな顔してるって。
「もちろん君にシフトした呪いは全部僕が検閲して排除する。1日だけで良いんだ、協力してくれないか」
…そういう意味では、シリウスが言った"本心からの殊勝なお願い"が一番心に刺さった。だって普段の彼なら、絶対にこんな下手に出るようなことは言わないんだもの。
うーん…女の子達の気持ちを考えたい気持ちはやまやまだけど、この様子のシリウスを見てなおアタックしようとする"ちょっと空気の読めない"子に、果たしてそこまで肩入れする必要があるんだろうか…。
私の気持ちが少しずつ得体の知れない乙女心を守る気持ちから、大事な友人を守る気持ちへとシフトしていく。
「…次のホグズミードでハニーデュークスの新作スナックボックス食べたい」
「…わかった」
「…あと、古代ルーン文字のこと教えて。シリウス、実は得意でしょ」
「…まあ、うちは長く続いてた家系だから、古代の魔術にもある程度なら理解はあるけど…」
「…それから、」
「要求多くないか?」
何を言う。"ただの友達"のために学校の半分の女子生徒から呪いをかけられるリスクを考えたら、このくらい安いものだ。
それにこの要求を受け入れられないくらい、シリウスにとって明日のイベントが"軽いストレス"で済むというのなら、やっぱりこちからその話は断るべきだ。
「────わかった、わかった。言い値で呑むよ」
そんな気持ちの込められた私の表情を見たシリウスが、やけっぱちになって両手を挙げた。3つ目のお願いは本当のところまだ思いついていなかったので、早めに降参してもらえて良かった(なんならそこで辞退してくれても良かったんだけど)。
────そんなこんなで、明日は私にとっても厄日となることが決定してしまった。
まあ、人選としては仕方ないんだろうと思う。シリウスにとって一番"好かれる面倒"を考えなくて良いのは、近しいところで言えば私かリリーくらいのもの。リリーがシリウスのために動くなんてケンタウルスが人間に懐くくらいありえない話なので、残る頼みの綱は私しかいなかったというわけだ。
色々と調子に乗って要求してみたけど、それで友達が救われるなら…はい、頑張ります。
翌朝。
「私、朝はほとんど食べれないんだけど…」
「隣にいるだけで良いって。水でも飲んどけ」
早速私は寝ぼけまなこのまま大広間に駆り出されていた。
寮を出た瞬間、そこかしこの陰から女の子の視線を感じる。うへえ、これは辟易するわけだ…。
ただ、やはりそこに"別の女"がいることで、かなり牽制の効果はあったらしい。ざっと見て10人くらいいるように思えたけど、それでも声をかけてきたのはグリフィンドールの(つまりシリウスと私の関係が単なる友情以外の何者でもないことを知っている)寮生が2人だけだった。
早速両手に2つのチョコレート。シリウスはポケットに無理やり押し込み、食欲の全くない私を席に着かせ、悠々と朝ごはんを食べていた。
────感じる、他寮の女子からの視線を。シリウスに告白する機を伺ってるのは間違いないんだけど────いかんせん、私とシリウスの距離がいつもより近いので(もちろん演技だ)、間に割って入るタイミングはなかなか訪れていないようだった。
「これでまだ朝一なの…」
「僕の気持ちがわかったか?」
「羨望の眼差しと憎悪の眼差しは疲労感が全く違うんです」
「ハニーデュークスでなんでも好きなもの奢るから」
「うん…頑張る…」
結局その日、シリウスの言葉が全く誇張ではないことを思い知らされた。授業の合間に柱の陰に隠れて、明らかにシリウスに熱っぽい視線を送るる女子。大胆な子なんて、授業中にでさえ「ちょっと疲れない? フレーバーウォーター作ってみたの、良かったら飲んでみて」なんて言う始末。
「…私がいる意味、ある?」
「あるある。君がいなかったら僕は今頃柱の影から襲われてた」
それが誇張じゃないんだから恐ろしい。
それにしても、シリウスってそんなにモテるの? いや、顔は確かに学校内で一、二を誇れるほど格好良いとは思うんだけど…この怠惰で冷たい性格を見て好きになれる女子の気が知れなかった。
それとも、それこそそういうシリウスの"本音"を知らないからこそ、彼女らは何も考えずにアタックしてくるのだろうか。ああ、可哀想な人達。シリウスが最も煩わしく思っているのが、そういう"何も知らずに抱く好意"だというのに。
昼になって、ようやく私も一息ついた。昼食後、午後の授業までは一旦談話室でシリウスと距離を取る。
ここまでで、断り切れなかったプレゼントが20個。断った(おそらく魔術の混入している)プレゼントが10個。どこからか私に向けて呪いが発射された回数が17回。
シリウスは言葉通り、私に降り注ぐ害を可能な限り除外しようとしてくれていた。
大抵の場合なら、恨みのこもった目も見えてるし、詠唱を始めた瞬間に察知もできるから自分で自衛できるんだけど、2人がかりで反対方向から足縛りの呪いをかけられた時には本当に助かった。シリウスが私と同時に武装解除呪文を唱えてくれていなかったら、私は廊下の隅で惨めったらしく倒れてしまっていただろう。
「調子はどう? プリンセス」
疲労困憊し、どちらからともなく「ちょっとこの時間はお互い離れよう」と言って遠くのソファにそれぞれぐったり腰掛けた直後。
ジェームズがひょっこり現れて、背もたれにだらしなく体を預けて天井を眺めていた私の頭上から顔を覗き込んできた。
「それやめて、ジェームズ。廊下でも平気で私のこと"プリンセス"って呼んでるでしょ」
レイブンクローの上級生が「プリンセス気取りして」という陰口を言っているのを聞いた時、私はまずジェームズの顔を思い浮かべた。どう考えても一番面白がっている彼が、昨日の夜の段階で私を「プリンセス」呼ばわりしていたことを、決して忘れてはいない。
「良いあだ名だと思うんだよなあ。シリウスが"プリンス"っていうのがまた笑えるだろ」
「ジェームズなら自分がプリンスになりたがるかと思った」
「僕がプリンス? はは、そんなヒヨった称号はごめんだね」
「英国王子に謝った方が良いと思う」
「マグルの世界にはまだプリンスがいるの? おとぎ話や昔話じゃなくて?」
「…ジェームズはマグル学を取るべきだったね」
そうこうしている間に、昼休み終了のベルが鳴る。私は溜息をついて「シリウス、授業行くよ」と声を掛けた。シリウスもだるそうに腰を上げ、私の後ろをついてくる。
「…なんか王子と姫っていうよりは、飼い主と忠犬って感じだなあ」
それについては、私達2人ともが無視をした。
「あ、あの、イリス・リヴィア?」
すると、談話室を出ようとしたところで、おそらく1年生と思われる女の子が────シリウスではなく、私を呼んだ。
「私? うん、そうだよ」
「はい。えっと、さっきスリザリンの3年生から、イリスに渡すようにって、これを────」
差し出されたのは、小さな立方体の箱。
「スリザリンから!?」
「シリウス、下級生が怖がるからおさえて。────ありがとう、嫌なことは言われてない?」
「はい、大丈夫です」
「うん、良かった。授業に遅れないようにね」
1年生はぽっと顔を赤らめてこくんと頷き、談話室を出て行った。
「君、まさか開けるなんて────」
「そのまさかですけど?」
私は受け取った箱を一旦床に置き、杖先でコンコンと叩いた。
音はしない。どうやら、触ったら即爆発するものだったり、何かの動物だったりする線はなさそうだ。
「スペシアリス・レベリオ」
化けの皮を剥がす呪文(もしその小包に、愛情という嘘に包まれた憎悪が隠されているのなら、この呪文を唱えることでそれが明らかになるはずだった)も効果なし。それなら、箱自体に呪いはかかっていないのだろう。
ひとまず外形に害がないことを確認してから、私は箱にかかっているリボンを解いた。
「やめとけ、スリザリンから君への贈り物なんて────」
「スリザリンがどうのっていうより、単にシリウス絡みで嫉妬してきた人からの贈り物だと思うけどね」
「スリザリンの奴が僕を? はっ、ありえない!」
「だからこうして私を経由したんじゃない? あ、なんだ、ただの毒じゃん。あんなに警戒しなくても良かった」
中身は、小瓶に入った毒。毒といってもこの色と臭いから察するに────この間授業で扱った混乱薬だろうな。つまりその名前も知らないスリザリンの3年生は、授業で習ったものをわざわざ私に見せびらかしてくれたわけだ。提出先を間違ってるよ、スラグホーン先生に渡してあげようか。
「でもこれ、あからさますぎないか? 誰が見たって混乱薬だってわかるぞ。こんなもん飲むバカがどこにいる?」
「そんなバカだと思われてるか、今回は単なる警告かのどっちかだろうね」
ただでさえグリフィンドールはシリウスを奪ってしまったのに、そんな最も敵視すべき寮の、よりによって"穢れた血が"彼をたぶらかすなんて────まあ、客観的にスリザリンの一部の生徒の立場に立てば、その状況に怒りを覚えても仕方ないかもしれない。
ただ、スリザリン生がグリフィンドール生に惚れたなんて話が広まったらまあ、それはそれでそこそこのニュースになるだろう。残念だけど、彼女(もしくは彼?)はこうやってまだるっこしいやり方をしながらでないと、シリウスの気を惹けないのだ。自分がどれだけ本気かということを示し、私を排除し、それからでないと────相手の子は、シリウスに素直に告白することさえできない。
今はこんなにも簡単な呪いで済んでいるが、このまま放っておいたらいつか実害を及ぼされるかもしれない。そしてきっとそれは、シリウスと離れるその時まで続くのだろう────。
「…健気だねえ」
「イリス、君ってば意外と呑気なもんなんだな」
「まあ正直、授業で習った一番新しい薬が"その人にとって一番強い薬"なんだったら、そこまでの脅威にはならないと思うんだ」
私が怖いのは"自分よりちょっぴり強い"上級生だ。
さすがにまだ6年生以上はシリウスのことを"おこちゃま"って思ってくれてるみたいだけど(無言呪文を使える上級生から狙われたら私の命は本当に危なかった)、例えば1学年上の生徒からかけられるわけのわからない呪いを、できるだけ相手を傷つけないように防ぐというのは本当に大変なことだった。
「ああ、どうしよう…今のところ去年リーマスに教えてもらった"プロテゴ"────盾の呪文で全部防げてるけど…あれ、威力間違えたら十分攻撃魔法になっちゃうよね?」
「向こうが攻撃する気で来てるんだから自業自得」
「やだよ、敵作りたくない」
午後の授業も女子達は元気いっぱいだった。結局夕食はジェームズが談話室に運んできてくれると言っていたので、授業が終わるなり私達はダッシュで寮へと帰る。
「で、結局結果は?」
サンドイッチを食べながら、リーマスがわくわくした様子でシリウスに尋ねる。
「魔法入りが15個。何も害のないのが30個。呪いは25個」
「僕が一番近かったな! リーマスの倍、30回の呪いが来るって賭けてたんだから!」
「だ、大丈夫…? イリス、怪我とか…」
「あーうん、大丈夫…ありがと…」
肉体的には大丈夫。呪いも全部防いだし、私宛の不審なプレゼントは申し訳ないと思いつつ、校舎裏で全て爆破した。
ただ、精神的にはものすごくキツい1日だった。ホグワーツに来て一番キツかったかもしれない。
「モテたってろくなことがない…!」
本当は一番それを言うべきシリウスが、私の我慢しきれない文句にプッと吹き出した。
私達5人の前には、今やチョコやら何やらよくわからない包みが大量に置かれている。シリウス1人分に宛てられたものだけじゃない。ジェームズはクィディッチのヒーローだし、リーマスは隠れファンが多いし、ピーターはなぜか小動物が好きな女子からの義理チョコを大量にもらっている。
夕食を食べた後だと、尚更その小山は胸やけがするようだった。
「ど、どうしようか、これ…?」
「なんか寄付とかできないのか?」
「なあ、これ全部混ぜてさ、新しい何かを作らない?」
「毒性はちゃんと除いてね…」
もはや彼らのアイデア大会に参加する気力も湧かない。
まさかこんなに大変な1日になるなんて思っていなかった。安請負いした昨日の自分が恨めしい。
バレンタインデーって、こんなに殺伐としたイベントだったの? そこかしこから女の子の殺気が漂い(この時点でおかしくない?)、好意なのか悪意なのかもはやわからないレベルの薬が混入しているプレゼントを渡される。断っても次の女の子がやってくるし、その混乱に乗じて、シリウス嫌いな男子が呪いをかけようとするし────。
「悪かったよ、イリス」
何度目か知れない溜息をつくと、シリウスがそう言った。
珍しい、笑顔のない真剣な謝罪だ。
「君がこういう形で目立つことを望んだことがないっていうのは知ってたんだけど、君のことしか頼れなくてさ」
「まあ、あれを1人で捌くのは限界があるよね」
私がいたお陰で撤退した女子生徒も何人かいたのを見た。
これでシリウスがいつも通り、学校の人気者4人組と一緒に過ごしていたら────きっと今日、私は彼らを見つけるために"一番女子の人口密集度が高い場所"を探さないといけなかっただろう。
「怪我人は出てない?」
「出てない。マダム・ポンフリーに確認した」
「うん、それなら良かった。────あ、じゃあこれ、もう要らないと思うけど…せっかくだから渡しちゃうね」
言いながら、小さなチョコレートを渡す。
シリウスだけじゃない、ジェームズとリーマスとピーターにも。
これはこの間、ふくろう通信で購入した、ハニーデュークスで一番人気のミニチョコレートだ。掌サイズの四角いチョコレートにロマンなんてものはないけど、個人的にこのグリフィンドールカラーの包み紙は気に入っていた。
「まさかここまでの大暴動になるなんて思ってなかったから、私からも用意した方が良いかなって思ってたんだ。いつもありがとうの気持ち」
こんな小山を前にチョコレートなんて、と私は笑いながら言ってしまったけど、4人の反応は予想と全く違っていた。
「わあい、ストロベリーミルク! 一番好きな味だ! 僕なんかにまで、ありがとう!」
「僕のはホワイトチョコレートだ。よく好みを覚えててくれたね、ありがとう」
「ほんとだ。僕のはミルクチョコレート! ああ、この甘みがちょうど良いんだよなあ…」
「……カカオ70%…」
これは、それぞれの甘い物に対する好みをなんとなく覚えていて、ちょうどそれに合うようなチョコレートがあったから買っただけのこと。
これは何の深い意味もない、ただの友達への義理チョコレートだった。
なのに、4人はどの女の子と対峙していた時よりも嬉しそうに笑ってくれた(ジェームズに関してだけ言うと全員に対して有頂天になっていたので比べられないけど)。
「本当にありがとう、イリス!」
「これはみんなも安心して食べられそうだね」
「うん! ホワイトデーにはでっかい花火で返すから、楽しみにしてて!」
いや、花火はちょっと良いかな…。
ジェームズ、リーマス、ピーターは私に何度もお礼を言いながら、一口サイズのチョコレートを早速ぽいと口に放り込んで、おいしそうな顔をしてくれた。
────そんな中で、空間の一部がどうしても異様な雰囲気を纏っていたことに、私達の全員が気づいた。
シリウスだけ、カカオ70%と呟いたきり黙り込んでしまったのだ。
「シリウス? 毒とか入れてないよ?」
また怪しまれているのだろうかと思って念押しすると、ジェームズがクックッと笑う。
「違う違う。シリウスは初めて"欲しいもの"がもらえて嬉しいんだよ」
「欲しいもの?」
「シリウスは甘すぎるものよりちょっと苦めなものが好きなんだ。でもほら、女子達はシリウスの"顔"しか見てないから────シリウスに何をあげたら喜ぶかまで、考えてなかったんだね」
リーマスも笑いながら、説明を付け加えてくれた。
「────イリス、これ、今日もらったやつのなかで一番嬉しいよ」
ようやくシリウスが言葉を発した。どこか呆然としたような顔で私を見ている。
世の女子達よ、躍起になって愛の妙薬を作らなくても、シリウスは10クヌートのチョコレートで簡単に落とせますぞ────と冗談を言いかけたけど、やめておくことにした。
今日はお互いに疲れる日だった。そんな日の最後にちょっとでも裏表のない友情を感じて喜んでくれたのなら、もうそのまま喜ばせておこうと思ったのだ。
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