まず、この"作戦"においてもっとも大事なことはスピード感だと思っていた。

「おかえりなさい、イリス。成績はどうだった?」
「去年と同じ全科目100点、加えて去年120点を取った試験では150点を取りました」

2年生の最終日、キングズクロス駅で、迎えに来てくれていたお母さまを喜ばせる報告をする。

「ミセス・リヴィア。今年も大変お世話になりました」
「僕たち、夏休みには集まって勉強会をする予定なんです。後でイリスからお話がちゃんとあるかと思いますが、ぜひ来ていただけたら両親も喜びます」

そしてすれ違いざま、シリウスとジェームズには"あらかじめ頼んでおいたセリフ"をかけてもらう。

お母さまは「まあ、それは素敵ね!」と喜んでいた。去年の夏、シリウスとジェームズの演技は見事にお母さまの心を掴んでいた。

────さて、ここで改めて実家に帰り────私はここでも、自分のミッションを確認する。

まず、ジェームズの家へ"勉強会"と称して遊びに行く計画。これはシリウスたちの演技のお陰でほぼ100%成功するだろう。
次に────3年生になると許される"ホグズミード"という村の訪問許可証。魔法にあふれた村にはそれはそれは楽しいお店がたくさんあるんだそうだ(1年生の時、監督生だったミラが世話焼きついでに教えてくれた)。私はこの村へ遊びに行く口実を、どうにか"勉学に役に立つ"という名目で作らないといけない。許可証が有効になるのは保護者のサインだけ。お母さまの機嫌が良いうちに済ませよう。
────それから、最後にひとつ。

これは、もしかすると実現までには時間がすごくかかることかもしれない────それでも、今から動いておかなければならないことがひとつだけあった。

私が、私として生きていくために。

「あの、お母さま?」

夕食後、ソファでくつろいでいるお母さまに私は改めて成績表を持って話しかけた。

「どうしたの、イリス?」
「こちらが成績表です。変身術は100点ですが────」
「まあ、今年は"尊敬すべき"って添えられてるのね。素晴らしいわ」
「はい。シリウスやジェームズ…あの、先程お母さまにごあいさつした友人も、みんな全科目満点だったんです」
「さすがね。やっぱりあなたの目はとても良いわ、イリス。お友達が優秀であればあるほど、あなたの質も上がっていくというものでしょう?」

よし、よし。お母さまはとても機嫌が良さそうだ。まずミッション1を進めよう。

「はい、私もそう思います。そこで、夏休みの勉強会にもぜひ行きたいと思っているんです。7月20日から、少し長い期間になるんですが────この機会に、来年度勉強する予定の範囲の予習を全部済ませようって約束していて。ジェームズのお母さま…ミセス・ポッターが、特に私のことを歓迎してくれていました」

お母さまはにっこりと笑った。
男子の多い環境の中でも、母親の目が光っている中なら大丈夫と判断されたのだろう。

「ええ、良いわよ。あなたがいないのはとっても寂しいけど、夏休みの間に1年間の勉強を終わらせてしまうなんて、きっと他の生徒は誰もしないでしょうね」
「はい、そうだと思います」
「ポッターさんに失礼のないようにね。前日にはパトリシアと一緒に手土産を買っていらっしゃい」
「ありがとうございます」

よし、まずこの夏休みの安寧は確保された。
次はホグズミードだ。

「それからお母さま、もう1つよろしいでしょうか?」
「今度はどうしたの?」
「私たちは3年生になると、ホグズミードという魔法使いの村へ定期的に社会見学へ行くことになっているんです。基本的には全員参加する行事であり、危険が伴うものではないのですが、校外に出る以上、きちんと子どもの安全を守るため、保護者のサインが必要とされています。私としても魔法界への見聞を広めたいと思っているので、サインをいただけますか?」

まずは、ホグズミード行きを"社会見学"といういかにも学問の一環であるかのような言い方にすりかえる。
自由参加だけど、あくまで"強制参加"であるかのような空気を出す。
最後に、ホグワーツが"規則と格式を重んじる場所"であることを再認識させる。

完璧だ、と思った。今の理由は全部、お母さまの尊厳を高める言い訳になっていた。
予想通り、お母さまはまたにっこりと笑った。

「そうね、外の世界を見て学ぶというのはとても大切なことだわ。それにホグワーツって本当にしっかりしてるのね。ただの校外学習でも親に許可を要求するなんて…ああ、安心したわ」

そう言って、快く私の許可証にサインしてくれた。

…今まで"逆らう"ことばかり考えていたせいで委縮していたけど、お母さまって案外単純だな。"逆らわずに丸め込もう"とすると、すぐに丸まってくれる。
お母さまの求めるものならわかってる。あとはそれに沿うだけの"理由"を用意してあげれば、こっちの都合良く進めることなんて容易いことだった。

私は一体あの11年間、何に対して怯えていたんだろう。
シリウス、家に反抗するって別にわかりやすくマグルのグラビアポスターを貼ったりバイクを買ったりしなくたって簡単にできるんだよ。うん、今度会ったら教えてあげよう(すごく嫌な顔をされそう)。

そして────最後の話。

これはまだ、核心に触れなくて良い。

「お母さま、私はホグワーツでも勉強を重ね、先生方からも高い評価をいただけております」
「素晴らしいことだわ」
「はい。そして、卒業後はぜひ魔法省…これは魔法界を統括する政府組織なのですが…そこへの就職を勧められています。これはホグワーツの卒業生の中でもほんの一握りしか叶えられない狭き門です」
「まあ、そうなの」

────まあ、これも嘘ではない。実際スラグホーン先生から「君なら魔法省でも十分出世できるだろう!」と言われたことがあるし。誰が言っているかさえ気にしなければ、「魔法省行きを勧められた」こと自体は事実だ。

「でも…あなた、卒業後もそっちの世界に残るつもりなの?」

そう、問題はそこだった。
卒業後、私がどちらの世界を選ぶかということ。

当然、リヴィア家の長女が卒業後"何をしているのかわからない"なんていう状況は、お母さまやお父さまから見れば到底看過できない話だ。何も私と離れるのが寂しいなんていう理由じゃない────両親は、リヴィア家の跡取りが行方をくらます(という認識が知り合いに広まる)ことを避けたがっていた。

「まだ決めかねています」
「ええ、でも…あなたなら、卒業後にこっちに戻って来ても…大学を出て、それこそ立派にこちらの政府に務めることだってできるでしょう?」

そりゃあ、お母さまからしたらそっちの方がありがたいんでしょうけども。

「はい、いずれにせよ変わらず努力はするつもりです。お母さま、私は来年度────リヴィア家にとって最善の選択をするために、よく考えながら過ごそうと思っています」
「そうね、よくよく慎重に考えて」

私は神妙な顔を作って頷き、「ではおやすみなさい、お母さま」と居間を後にした。

────今はまだ、これで良い。
この話はまた来年しよう。その時こそが────私の本当の勝負の時だ。

玄関を通る時、ちょうどパトリシアが帰ろうとしているところに遭遇した。今ちょうど礼儀作法を教えられている途中の妹が、「今日もありがとうございました」とたどたどしく彼女を見送っている声が聞こえる。

「お嬢様」
「お姉さま」

2人は揃って私を見た。幸い、妹は私に懐いてくれているようで、お母様の目がないことを良いことに、ぎゅっと私の膝に一瞬だけ抱き着いて、すぐぱっと離れた。

「パトリシア、今日もありがとう」
「いえいえ、1年間お疲れ様でございました。皆様お変わりありませんでしたか?」
「うん。シリウスとジェームズが罰則最高記録を更新したよ。ホグワーツ史上最多なんてすごいってはしゃいでた」
「大抵の生徒はある程度のところで退校になりますからね。そこまでの処分を免れるラインを弁えていらっしゃるのが…本当に賢くいらっしゃるようで」

真剣な顔をしているパトリシアを見て、思わず笑いがこみ上げる。

「それから、ダンブルドア先生から伝言が」
「まあ、ダンブルドア先生が!?」
「私の入学前には色々世話を焼いてくれてありがとう、助かった、って」
「そんな…もったいないお言葉ですわ…まさかダンブルドア先生が私のような目立たない生徒のことを覚えていてくださったなんて…」
「ハッフルパフのとても優しい子だった、よく覚えてるって言ってたよ」

これにはパトリシアが泣き出すんじゃないかとヒヤヒヤさせられた。ダンブルドア先生の言葉はやっぱり偉大らしい。パトリシアは何度も「ダンブルドア先生によろしくお伝えくださいませ、いつまでもお元気でいらっしゃることを心よりお祈りしておりますと…」と言いながら家を出て行った。

「今のはなんのおはなしですか?」
「私の学校の話だよ」

会話のほとんどを理解できなかったらしい妹だったが、この子はそれでも3歳という年に似合わず分別のついた子だ。理解できないものはまだ理解すべきことではないということを察し、「わたしもはやくがっこうにいきたいです」とたどたどしい発音で言って、お母様のいる居間へと戻って行った。

子供の成長は早いな、なんてすっかり老いたことを考えながら私は自室へ戻ると、1通の手紙を書き、ジェームズからのふくろうを待つことにした。
家に戻ったらふくろうを飛ばすよ、そこに来れるかどうか返事を書いて持たせてくれ────そう言われていたので、そろそろ着くかと思うんだけど────。

案の定、月夜の明かりを背にして、ほどなく一羽のふくろうがスーッと静かに部屋の窓から中に入って来た。「ホ」と小さく鳴いて、私の指先を甘噛みする。

「ジェームズの家の子だね?」

ふくろうがじっとこちらを見つめる。頭の良さそうな子だ。白い毛並みの美しい、雪のようなふくろうだった。

「お母さまがね、喜んで遊びに行くことを許してくださったよ。ジェームズによろしくね。あ、ネズミ食べていく?」

「ふくろうが訪ねてくるなら」とパトリシアがこっそり持たせてくれたネズミの死骸。私はそれを見た瞬間思わず「うわっ」と声を上げてしまったけど、幸い妹の世話で忙しくしていたお母さまには見られずに済んでいた。

ジェームズのふくろうは嬉しそうにひょこひょこと上下に揺れた。器用にネズミと手紙の両方を加え、再び窓から音もなく静かに去っていく。

…私の手紙、ネズミの臭いと体液ですごいことになりそうだな…。

とにかく、これで私は来週にはここを離れることができるんだ。
夏休みの課題なんて、もう8割クリアしたようなものだ。

────とはいえ、私はジェームズの家で"勉強会"なんてするつもりはなかったので、そのまま教科書を開き、休暇中の課題に取り掛かることにした。
残り1週間で全部終わらせて、思いっきり遊ぼうっと。



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