必要の部屋でなぜか遭遇してしまった、シリウスの弟────レギュラス。
ひとまず相手の素性が知れたことで私は杖を下ろしたけど、彼は私に杖を向けたままでいた。

「────何をしているんですか」

それはこっちが訊きたいんだけどなあ…。

「本を、読みたくて…」
「それなら図書館に行けば良いのでは?」
「…図書館には書いていないことを知りたかったんだ」

ああ、この目。シリウスにそっくりだ。
私がウソか何かを言ってるんじゃないかって疑って、腹の底を探るような視線。彼がスリザリンだからそんな偏見を持ってしまうんだろうか────なんだか、蛇がお腹の中にいるような錯覚に陥ってしまった。

「そ、それより…あなたはどうしてここに…? 必要の部屋を開いたのはどうして…?」

実のところ、私はこの部屋の構造をよく知らない。ただシリウスたちの報告で「誰かが中にいる間、部屋の扉は消えてる」ことと「でも、中にいる人間が誰かわかっていれば"そいつに会う必要がある"って思えば入れるから、そこまで防御力は高くない」ということだけはわかっている。

だから、レギュラスがここに来た理由としては────2つ考えられる。

1つ、レギュラスも私と"まったく同じ理由"でこの部屋を必要としていたこと。
2つ、レギュラスが"私がここにいると知って"あえてこの部屋に入ったこと。

それはどちらも可能性としてはありえながら────それでも、どちらもとても考えにくい理由だった。
だってレギュラスが、「ホグワーツの中立的な歴史事実を知りたい」って思ってここに来る? ブラック家でしこたま純血主義思想を刷り込まれて、本人もそれを受け入れて、事実スリザリンに入ったんでしょう?
かといって、たった二度顔を合わせただけの私に、彼が会いに来る理由だってない。シリウスに用があるというのならまだわかるが、そうだというなら、それこそこんなところでわざわざ私を通さなくとも、廊下ででもどこでも呼び止めれば良い話だ。

「僕も同じです。図書館にないものを求めた」
「図書館に、ないもの…」

それって何、と尋ねようとしたところを、レギュラスの鋭い視線に遮られた。彼は私が持っている────サラザール・スリザリンの伝記をまっすぐに見つめていた。

「────あなたは、グリフィンドール生では?」
「あー…そうなんだけど…」
なぜスリザリンの伝記を?」

レギュラスはもう杖を下ろしていた。私に攻撃の意思がないことをようやく理解してくれたらしい。ただ、警戒されていることに変わりはなかった。

「スリザリンが何を考えていたのか、知りたくて…」

我ながら、これ以上間抜けな答えはなかったと思う。ウソではないんだけど、それにしても得体の知れないこの男の子に、一体何を言えば良いのか────あるいは何を言ってはならないのかがわからなかったので、そう言うことしか思いつけなかったのだ。

とりあえず、私がマグル生まれだっていうことだけは黙っていよう、と心に決めて、レギュラスが立ち去るなり、何か喋るなりしてくれる瞬間を待っていた。

「スリザリンの考えを知って、どうするつもりなんですか」

レギュラスは相変わらず挑戦的だった。私は無意識にその顔をシリウスに重ねる。シリウスよりちょっと暗い雰囲気だけど────でも、プライドが高そうなところも、初対面の相手にひとまず最大限の警戒を払っているところも、よく彼と似ていた。

────それが、私の緊張を少しだけ解いた。

「私は、"正しい歴史"を知りたいの。ホグワーツの歴史では、ここは4人の創設者が作った学校で、スリザリンがやがて離反したっていう簡単な事実しか書かれてない。スリザリンは闇の魔術を愛して、純血の者だけをここに招き入れるべきだと言って、マグルを支配しようとしたということしか、今の私にはわからないの」

私には、それだけの情報では到底足りなかった。
どうしてスリザリンがそんな考えに至ったのか。どうして魔法使いじゃないというそれだけで、虐げられなければならない人がいるのか。どうして闇の魔術をおもちゃのように扱う人を、英雄として崇める人がいるのか。

私の得た知識はきっと、断片的なものにすぎない。
これは自分自身がまさに今そうだからこそ思うことなんだけど────"思想"を育むのって、とても大変なことだ。先に敷かれたレールを通ることなら簡単だけど…じゃあそのレールを作った人は、一体どうしてそんなレールを敷くことを"考えた"んだろう?

「────それは、正しい歴史です」

レギュラスは私の断片的な知識を簡単に肯定した。何をそれ以上知る必要があるか、とでも言いたげな顔だ。

「どうして、スリザリンはそんな排他的な考えを?」

強くなりたかったから? 魔法使いの家系は、血を重ねれば魔力も濃くなるっていう逸話でもあるの?

この際だから、と思って尋ねた問いには、まず苛立ったような表情が返ってきた。
こんなところまでシリウスそっくりだ、と、レギュラスの苛立ちを見てもたいして感情が動かないままに思う。これがシリウスに似てなければ、私はもうとっくに部屋から逃げ出していたことだろう。
たぶん兄弟のどちらもそれを喜ばないだろうけど────私がこうして冷静にレギュラスと話せているのは、彼がひとえに"シリウスに似ているから"だった。

「スリザリンが排他的? 排他的なのは、マグルどもの方ですよ」

レギュラスは、1+1の解を訊かれているかのように淡々と、そしてイライラとしながら答えた。

マグルの方が…排他的?
それは全く考えてもみない意見だった。つい恐怖より興味の方が勝り、私は本を開いたままなおもレギュラスに問いを重ねる。

「どういう意味?」
「────今、あなたが僕からどう見えているかお教えしましょうか。あなたはグリフィンドールで、兄とつるんでいる"勇敢な正義の象徴"の寮生です。僕ら魔法使いを暗がりへ追いやり、魔法も使えない、存在すら知らないマグルが支配する世を喜んで受け入れる"偽善者"の味方です。そんな人に、僕が何か────尊敬するスリザリンの創設者の孤独で偉大なお考えを、懇切丁寧にご説明するとでも思いますか?」

懇切丁寧に、断られてしまった。でもシリウス、ありがとう、あなたのお陰でここでもあまり及び腰にならずに済みました。
まるで小さなシリウスに牙を剥かれているみたいだ。言葉遣いはとっても大人びているんだけど…要は「お前らグリフィンドール生に教えてやることなんか何もない」ってだけのこと。シリウス語にすっかり慣れた私には、レギュラスのもったいぶった皮肉もちゃんと単純な言葉として聞こえていた。

「そうだね、ごめん。色々訊いちゃって。やっぱり自分で調べるよ」

そう言って、私は再び手元の本に視線を落とした。レギュラスが立ち去るか、ここにとどまるかはわからなかった。でも────たぶん、呪いをかけられたりすることはないだろう。
もしそれほどまでに憎まれていたら、私はもう既に部屋の隅にたまるホコリにでもされていたことだろうから。
それに、先生への告げ口とかそういうのもきっと心配いらない。だって、彼はここにいる────ある意味"共犯者"だ。仮にここが立ち入り禁止区域だとして、私を先生に突き出そうとすれば、当然彼もなぜその場所にいたのかと責めを負うことになる。

冷静に判断して、私はせっかくの月一の機会を無駄にしないよう、知識を詰め込む。
レギュラスはしばらく私を睨んでいたけど────そのうち私が何も反応しないのを見て、別の棚へと移って行った。彼も彼で総合的に考えて、私に"ひとまず害がない"ことを察したんだろう。

彼の姿がいなくなってから────私はちらりと、さっきまでレギュラスがいた場所を見つめた。

「僕ら魔法使いを暗がりへ追いやり、魔法も使えない、存在すら知らないマグルが支配する世を喜んで受け入れる"偽善者"の味方です」

彼は、私を指してそう言った。
────排他的なのはマグルの方。魔法使いを暗がりへ追いやった。魔法の存在すら知らずに世を支配している。

彼にとって、マグルはそういう存在なのだそうだ。
私はてっきり、魔法界の人が自分の力を誇示して、力を持たない者をいたぶっているのかとばかり思っていたのだけど────。

その時、はっと思いついてすぐ上の棚にあった『魔法界法令全集』を手に取った。
急いで索引の年表から────1692年の項目を見る。

あった。"国際魔法使い機密保持法"

1689年の成立。魔法界をマグルから守り、全世界からその存在を隠すために国際魔法使い連盟により制定された法律。

"魔法界をマグルから守り、全世界からその存在を隠す"。

初めて読んだ時は、あまりの法律の多さに斜め読みしただけで終えてしまっていたけど…。
この法律は、魔法界の人間がマグルを虐げないようにするための法律じゃなかった。
これは、魔法界の人間"を"マグル"から"守るための法律だったんだ。

この年、何があった?

"マグルの世界"では────去年魔法史のテストに出たからよく覚えてる。アメリカで、セイレムの魔女裁判が行われた年だ。
魔女狩りが行われ(もっとも、こっちに来てから魔法使いに火あぶりなんてまったく無意味だったと知ることになったけど)、魔法使いが弾劾された年。

魔法使いは────身を守るために、その存在を隠さなければならなかった。
彼らには力があるのに。闇の魔術だけじゃない────人を幸せにできる、生活を便利にできる────そんな素敵な魔法だって、たくさんあるのに。

マグルの方が、"共存"を選ばなかった。
自分にない力を持つ魔法使いを恐れ、殺そうとした。

そんな扱いを受けて、魔法使いたちはどう思っただろう。

「仕方ない、未知のものを恐れるのは我々も同じだ」と受け入れた人もいたかもしれない。
「ひとまずは身を隠して、もう少し時が経ったらまた共存の道を探そう」と踏ん張った人もいたかもしれない。

あるいは────「そうしたいなら、そうすれば良い。いつか我々が再び陽の当たるところに出て、マグルを支配する"より善い世界"を実現させてみせよう」と────暗がりでそう画策した人も、いたのかもしれない。

私は────最後のその思想を、"悪"だと断言できなかった。
力のある者が統治する方が集団として機能しやすい────それは、これまた魔法史の授業のどこか…あー…どこかは覚えてないけど、とにかくどこかでそう言われたことだった。もちろん"力による支配"は良い意味にもなるし、悪い意味にもなる。

…今のスリザリン生が抱いている大半の"半マグル"精神は、正直あまり良い意味じゃないと思う。血が濃い方が偉いって何も根拠がないのにそう信じて、力のないマグルをおもちゃとしか思ってないような考え方は、あんまり好きじゃない。

でも、今のレギュラスの言葉は────納得できる余地がある、と思ってしまった。
虐げられていたのが、魔法使いの方だった────そんな歴史を、刻み込まれて育ってきたとしたら。力による統治を正しく掲げる者は、力のない者を導く使命がある────そんな言い方で、闇の魔術を正当化されてきたとしたら。

ノブレス・オブリージュ。
ふと、幼い頃にお母さまから教えられたそんな言葉が頭をよぎった。

力を持つ者の義務。
力を持つ者は、排他されるのではなく────その力を、力なき者のために行使しなければならないという、ヨーロッパの不文律。

当然、リヴィア家にそんな義務を行使できるほどの力はない。でもお母さまは、まるでそれが正義であるかのように「弱い人のことは助けなさい」と言ってきた。もちろん言葉の上だけなら確かにそれは素晴らしい行いだ。でもその裏には、"恩を売れ"、"格差を思い知らせろ"という意味がこめられていた。

────なんだか、今のレギュラスの話は、それと似てる気がする。

彼にとっては、純血主義とはまさに19世紀の貴族体制への尊敬を意味するのかもしれない。
"出自による差別"ではなく、"正しい統治"を求めているだけなのかもしれない。

魔法使いが、本当に魔法使いらしくあれる世界を────目指しているだけなのかもしれない。

…いや、今の会話だけじゃ何もわからないんだけどね。そんな一言でここまで推測が広げられた自分の想像力の方が素晴らしいと思うんだけどね。

でも────闇の魔術に傾倒する人の気持ちに少し理解できる部分があるとわかって、私は複雑な気持ちになっていた。
私はあまり…闇の魔術が好きじゃない。でもそんな私と対立する立場にある人にも、理解しうるだけの理由があることが、(予想とはいえ)わかってしまった。

"例のあの人"が一体どこまで考えてこの世を恐怖に陥れてるのかは知らない。私が教えられてきたあの人のやり方は、どう考えても"正しい統治"とは思えなかった。
ただ、それを正義と信じている人もいる。今の私の推測がどれだけ当たっているのか、はたまたはなはだ見当違いなのかはわからないけど────でも、私でさえそう考えてしまったということは、(たとえレギュラスがそうでなくとも)同じように考え、そして心から"例のあの人"を尊敬している人なんてきっと予想以上にいるのだろう。

サラザール・スリザリンの再来だと。我々の時代の、再来だと。

────本で読むより、ずっと大きな収穫があった。
やっぱり、人の価値観には絶対に理由があるんだ。複雑な気持ちにはなったけど────これが、私の求めていたものだった。

そして私は、無性にシリウスの意見を聞きたくなってしまった。
同じ境遇で育った彼は、レギュラスの言葉を聞いたらなんと言うだろう。それでもまだ、"愚弟の戯言"と一蹴するだろうか。

わからない…し、そもそもあまりここで彼と会った話を彼にしない方が良いような気がした。
ああ、全部自分で考えるって、本当に大変だ。

そして、これは寮に戻って何食わぬ顔で地図をジェームズに返した後で思ったんだけど────私、結局レギュラスがあそこに何を求めて来ていたのか、最後まで知らずじまいだった。



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