「必要の部屋!?」
予想通りの反応に、私は声を上げて笑ってしまった。
年明け、クリスマス休暇が終わった後、私は悪戯仕掛人たちが戻ってくるのをそわそわと待ち構えていた。
「イリス、プレゼントをありがとう」
4人はみんな、私が贈ったそれぞれへのプレゼントを喜んでくれていたみたいだった。
「シリウス、あのブレスレット…」
「ああ、きれいだったろ?」
「シリウスの反骨精神を私が代わりに見せびらかす必要はないと思うんだけどな」
「ちゃんと意味を汲み取ってくれて嬉しいよ、イリス」
シリウスとそんな会話をした後、私たちは揃って談話室の隅────内緒話をするのに最適ないつものスペースに集まって座り込んだ。珍しく私が「私も混ざって良い?」とお伺いを立てたことで4人は少しだけ驚いたみたいだったけど、クリスマス休暇中に見つけた"秘密"の話をすると、4人はそんな最初の驚きなんて吹っ飛ぶほどの勢いでこの話に食いついた。
悪戯仕掛人の知らなかった"悪戯部屋"を自分が知っていたことに、ちょっとだけ得意になる私。
「8階の"バカのバーナバス"か…壁掛け自体はいじってみたけど、その反対側に隠し部屋があるとは思わなかったな」
「イリス、どうしてそんな部屋を見つけたの?」
「ピーブズに追い回されて、メチャクチャに校内を走り回ってたら見つけた」
「それはそれは…今度ピーブズには何かお礼をしないといけないな」
「ふくろうの糞の掃きだめとかどうだ? スリザリンのやつらがいる前で渡してやれば、あいつ、絶対すぐに────」
「校内が臭くなるからやめて」
ぴしゃりと言うと、シリウスとジェームズがそろって不満げな顔をした。私は今絶賛"自分の思ったことを言おうキャンペーン"中。本当は今も何か言われたらどうしようってドキドキしてたけど────2人とも、「じゃあチョークの粉とかにしておこう」と言っただけだった。最初から人の話なんて聞く気がないらしい。リーマスとピーターはクスクス笑っていた。
案外、はっきりものを言っても大丈夫だったみたいだ。リリーの「私たち、意外とタフよ」という声が蘇る。
うん、本当にその通りみたい────。
「とにかく、その部屋の情報は本当に貴重だ。僕ら、ちょうど誰の目にもつかないところで好き勝手やれる部屋を探してたんだ」
ジェームズがこともなげに言う。リーマスが一瞬咎めるような目を向けていたけど、私は「どうせいつもの悪だくみでしょ」くらいにしか思わなかった。
「でも、そこが立ち入って良い場所なのかはわかんないから、慎重にね────」
「おいおい、僕らが慎重じゃなかったことなんて、あったか?」
「休暇帰り早々に、持ち込み禁止のグッズを持って校内に入ろうとして、マクゴナガル先生の雷を落とさせた話、私が知らないと思った?」
「いやー、あれはしくじったな」
「だから言ったんだ、魔法をかけて無難なアイテムに偽装して、後から郵送させようって…」
「さすがに母さんもそこまでは許しちゃくれないよ。僕らは校外で魔法を使えないんだし」
どうやらクリスマスは相当楽しかったらしい。みんなでロンドンに行った話、家の庭で箒に乗ってキャッチボールをした話、ジェームズのお母さんの料理がとてもおいしいという話────彼らは、これでもかというほど思い出話を聞かせてくれた。
「次の夏休みも、僕の家に集まる予定になってるんだ。良かったらその時こそ、君も来ると良いよ」
「ありがとう、そうだね…うん、行ってみたいな」
お母さまが許してくれるかだけが問題だけど、私もポッター家には一度行ってみたいと思った。夏休みに入るまで、一番うまい言い訳を考えておこう。
あれから、私は月に一度のペースで"必要の部屋"に通うことにした。
タイミングは、リリーがスラグ・クラブの会合に呼ばれている時。
リリーには必要の部屋のことを話すかどうか、かなり迷ったところもある。でもきっと、彼女は私がそんなわけもわからない部屋に通うことを嫌がる…というか、すごく心配してくるだろうと思ったので、尋ねられるまでは話さないことにしておいた。
スラグホーン先生は私のことも度々誘いたがっているように見えたけど、私はもうあの息苦しい空間に────もっと言えば"マルフォイのいる空間"にあまりいたいと思えなくなっていた。後からリリーに聞いた話だと、グリフィンドール生が大半を占めていたのは本当に参加したあの1回目の時だけだったらしく、それ以来スリザリン生の数がどんどん増えているらしい。
スリザリンが嫌いなわけじゃない、と自分に言い聞かせる。
でも、スリザリン生から向けられるあの嫌悪の目────学年が近い生徒は、私がマグル出身であることも知っているから、余計に軽蔑されていることがありありとわかってしまう────あの視線には、どうにも耐えられる気がしなかった。そういう意味では、リリーは本当に強いと思う。彼女も進んで純血主義者と仲良くなろうとしてるわけじゃないらしいけど、レイブンクローやハッフルパフの優秀な生徒と交流を深めることで、自分の勉強にもなるんだと言っていた。
月に一度とはいえ、中央塔の8階に行くことにはやはり大きなリスクがつきものだった。
何しろその上にある天文学塔は、授業以外では立ち入り禁止になっているのだ。
その付近をウロウロしているところを見つかった時、うまく逃げられる言い訳を、私はまだ思いつけていなかった。
シリウスたちは頻繁にあの部屋に出入りしているらしい。
「どうやって先生の目をかいくぐってるの?」と訊くと、ジェームズが自慢げに"忍びの地図"を見せてくれた。まだ完成度は半分以下。でも、急いで書き込まれたらしい中央塔の地図には、忙しなく動き回るプリングルの足跡が3階付近をうろついているのが見えた。
「わ、もう人の位置がわかるようになったんだ」
「うん、まだ中央塔だけだけどね。最初僕らは地図を完成させてから人の足跡をたどる魔法をかけようと思ったんだ。だけど────」
「必要の部屋は思った以上に使える。だから作成の順番を順番を入れ替えて、この付近だけは先に人の有無を確認できるようにしといたのさ」
なるほど、これがあれば、人がいないタイミングを狙って必要の部屋へ行けるのか────。
私はその時、"とあるお願い"をするかどうか────節制心と好奇心の間で激しく揺れていた。
「完成したらまた見せてあげるよ。必要になったらいつだって貸し出すし。なんたってイリスは僕たちの恩人なんだから」
「いや…わたしはちょっと…」
「あ、そうか。イリスは本当は"こっち側"だけど、表向きは"完璧で模範的な優等生"だもんな。人目につくところで"イタズラ"なんてできないか」
それは、去年度末、ホグワーツ特急で帰る道中の話。
初めて忍びの地図を見せてくれた時、ジェームズはそれを私に「いつだって貸し出す」と言ってくれた。
────正直、今の私はあの部屋を"必要"としている。頻度はおさえながらも、あそこに"定期的に"通いたいと思っていた。
去年はまさか、そんな風に規則破りのリスクを冒してまで何かしようと思う時が来るなんて考えてもいなかったから断ったけど────でも────。
「────あ、あのさ…ジェームズたちが使わない日で良いんだけど…その、それ…」
おずおずと切り出した私を見て、ジェームズの顔がパッと輝いた。
「使いたい!? 良いよ、僕らが使わない時だけになるけど、イリスにならいつだって快く貸すさ! なんてったって必要の部屋を教えてくれたのは君なんだから!」
待って、待って。圧が強い。私がこんなに勇気を出して言いかけた言葉を、こんなにキラキラ太陽のような光で跳ね返してくるとは思わなかった。
「何に使うんだい? また新しい場所を探すの? 僕らも行こうか?」
「い、いや、そうじゃなくて…私も必要の部屋にちょっと用があって…」
「へえ、イリスは何を"必要"としてるんだ?」
シリウスの質問が鋭く飛んでくる。最近なくなっていた、あの探るような視線が私の頭の中を見透かすように向けられる。
「…ホグワーツの歴史…」
嘘をつけなかったし、つく必要もないと思ったので、正直に答える。
4人はそろってポカンとした顔で私を見ていた。
「ホグワーツの歴史? それなら図書館にも…」
「ううん、ただ歴史を知りたいってわけじゃないんだ。寮同士の確執とか、ホグワーツが生まれた時の世情とか、あと…その、差別思想についてとか…」
そう、私は"全て"を知りたかった。
どうしてこんなにも、彼らは────光と闇の魔法使いは、子どもの時から対立させられているのか。どうして優しいシリウスたちが、スリザリンの人たちにはあんなに意地悪になるのか。どうしてリリーとスネイプが、みんなの前で堂々と"友人だ"と言えないのか────。
私には、まだ知らないことが多すぎる。
自分という存在を作るために、リリーは「ただ自分の思ったことを言えば良い」と言ってくれた。誰の意見に流されることも、誰の価値観に染められることもないと。
それに救われたのは事実だ。
でも、それだけじゃやっぱりいけないと思う。
私は知る必要がある。客観的に記された、魔法界の歴史を。客観的に語られる、魔法界のあつれきを。
自分の意見を持つのはそれからだ。"誰かの偏った思想"にとらわれるんじゃなくて、私は"私の思想"を持たなきゃいけない。そのためには、"意見"じゃなくて"事実"が必要だ。
そして、その情報を集めるために────公認の図書館は、あまりに広すぎた。そして広い割に、情報が少なかった。
おそらく生徒に特定の思想を植え付けたくなかったんだろう。特にスリザリンの目線から見た歴史書が少なすぎると、私はクリスマス休暇中に既にそんな判断をしていた。
でもあの場所に────必要の部屋に行けば、きっと私の求めている"事実"が全て詰まっている。図書館でマダム・ピンスの不審そうな視線をよけながら永遠にウロついていなくても、望むだけで望んだ本が手に入る。そしてそれを、時間を気にせず────いや、門限は気にしないといけないけど────とにかく好きなだけ読める。
だから私には"必要の部屋"が必要だった。
「────どこまでいっても真面目だな」
「よくそんな難しいことを勉強しようって思えるね…すごいや…」
「ああ、イリスの着眼点は素晴らしいと思うよ」
「思ったより面白くなかったけど…うん、でも構わないよ。この地図が役に立てる時はいつでも言って」
4人は快く、私のお願いを承諾してくれた。
────そんなこんなで、3月の終わり頃。
私は3回目になる、必要の部屋へのお忍び旅行をしていた。
シリウスたちから借りた地図で、人のいない瞬間を見計らいながら中央塔の8階へと向かう。これがなかなか難しかった。なにしろ中央塔はとにかく人の通りが多い。4階くらいまでならそれに紛れて素知らぬ顔をして歩けるんだけど、"普段は用のない部屋"ばかりになってくる5階より上に上がると、"そこへ向かう"だけで人の目が集まりやすく、またプリングルやピーブズみたいに(目的は違えど)生徒の姿をやっきになって探している人の警戒レベルも上がる。
時折空き教室に身を隠したり、銅像の陰に隠れたりしながら、私はいつも通り8階の"バカのバーナバス"の壁掛けの前へと辿りついた。
────それにしても、シリウスたちはいつもどうやってこれだけの人の目をかいくぐっているんだろう。地図に書き込まれているのは、何もホグワーツの正規の間取りだけじゃない。抜け道や立ち入り禁止の区域についてまで、詳細に書き込まれている。
こんなところ、そう何度も通れるとは思えないんだけど。そりゃ何度か先生に見つかったとも言ってたけど、それでも彼らは未だにこうして地図の作成を進めている。
何度か思ったことがあった。彼らは本当に透明になることができるのではないかと。ホグワーツ内でそんなことができるものか、と毎回すぐにそんなバカバカしい予想は捨てていたけど────天才2人と秀才1人、それからすばしこくてここぞという時の機転が利く子が揃ったあの集団のことだ。私が知らない、"他人の視線をあざむく魔術"を知っていたって、もう驚きはしない。
壁掛けの前の廊下を、三度往復する。
────ホグワーツの歴史を知りたい。魔法界の差別思想について知りたい。図書館にないような本を読みたい。色んな人の視点から書かれた、中立な歴史書を読みたい────。
現れたピカピカの扉を開け、中に入る。
3度目ともなれば慣れたものだ。入ってすぐ右側の棚をあさり、今日は────そうだな、サラザール・スリザリンについての本でも読もう。
ホグワーツ創設者の伝記シリーズから、スリザリンについて書かれた巻を手に取る。
『サラザール・スリザリンは10世紀に生を受けた、純血の魔法使いである。ホグワーツの創設者のうちの1人として、歴史にその名を残し────』
はじまりは、こんな感じ。
詳しい生い立ちはこの後だろうか。この人が何を考えて、何をしてきたのか、分厚い500ページほどにわたる本の中でどれだけ理解できるだろう。
胸を弾ませながらページをめくった、その時だった。
ガチャ。
「っ!」
────扉の、開く音がした。
私は本を抱えたまま、とっさに杖を構えた。
誰だ。先生か、生徒か。どこの人間だ。何をしに来た。私がここにいることは、今シリウスたちしか知らないはず。彼らなら良いけど────いや、そもそも知らない人間が何も知らずにこんなところへ入ってくるわけがない。この部屋は、誰かが既に中にいる時、違う目的をもって入ってくる人間を通さないのだ(悪戯仕掛人調べ)。まさか偶然にも同じ目的でここを訪ねて来た人がいるっていうなら別だけど、でも、そんな確率────。
バクバクと心臓を鳴らしながら、私は息をひそめて"誰か"が中へ入ってくるのを待った。その間にも、頭の中では色々な考えが巡っていた。
どうしてここがわかった。どうしてここに私がいることがわかった────いや、そもそも"訪問者"は私がいることに気づいているのか? 誰かが告げ口した? いや、でもここに来るまで徹底的に人はよけてきたはず。シリウスたちが先生に言いつけるはずがない。
ここは来てはいけない場所だったんだろうか。私と"訪問者"、どっちの方が正しい立場なんだろうか。
一体、誰が────。
そして、"訪問者"はこつこつと、まっすぐ部屋に入り────右側の、私のいる棚へと向かってきた。
「!」
あたたかいオレンジ色のランプの下で、"私たち"は顔を合わせた。
そして、お互いに────"知り合い"の顔を見て、愕然とした顔をした。
「あなた────」
「イリス・リヴィア────」
そこにいたのは────────────。
「レギュラス・ブラック…!」
シリウスの、弟だった。
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