リリーは静かに、私とスネイプが衝突した話を聞いていた。
彼女には、思い出せる限りのことを話した。そもそも私がどうしてスネイプに声をかけたのかということ、内容に困ってついリリーの名前を出してしまったこと、スネイプが私に何を言ったのか、私は彼に何を言ったのか────。

「それで、そのまま『リリーとジェームズたちの間でまごまごしてろ』って言って、どっか行っちゃった…。ごめん、私…」

自分の傲慢さにも気づかず、スネイプを余計に怒らせるようなことを言ってしまった。
その怒りがリリーに及ぶことはないと思うけど、でもスネイプは確実に"グリフィンドールへの嫌悪"を募らせたはず。リリー自身を嫌うことはなくても、リリーの立場をより苦しいものにしてしまったはず。

────リリーは何を言うべきか迷っているようだった。

「そうね…。正直、申し訳ないけど…あなたがポッターたちと仲良くしてる限り、セブとはうまくいかないだろうって、私、わかってたわ」
「うん…」
「それで…あの、嫌な気持ちにさせてしまうとわかっていて言うんだけど…本当にごめんなさい。私…セブの言うことも、なんとなく理解できるの」

本当に申し訳なさそうな顔をして、スネイプの肩を持つリリー。
そりゃあそうだよね。私は自分の価値観を形成するために人の気持ちを引っかき回して、あげく"誰の価値観に賛成すべきか"っていう本末転倒な方向へ持って行こうとしてたんだから。何が"私という存在を確立させたい"、だ。その先に待っているのは、"誰かの価値観に染められた人形"でしかない。私があんなやり方でスネイプに取り入ろうとしたって、"私"が形成されるわけがなかったんだ。

「でもね、誤解しないで、イリス。私はあなたのこと、今の話を聞いても変わらず大好きなのよ。優しくて、公平で、友達想いな本当に良い人だと思ってる」
「でも…」
「うん、今回はそれが仇になっちゃったのよね、わかるわ。…あのね、イリス。私がセブの言ったことを理解できるっていうのは、何もあなたのことを傲慢だって言いたいわけじゃないのよ。ただ、あなたはせっかく優しい人なんだから、その優しさを"あなたらしさ"として認めてあげてほしいだけなの」

涙の通った跡が、頬でぱりぱりと張り付いている。私は口を開けて、リリーの言葉に間抜けな顔で返してしまった。

この優柔不断で中途半端な私を、私として受け入れる?
私なんてどこにもないのに────そんな"どこにもいない私"を"私"だと言えって?

「セブは…そうね、確かにあんまり簡単な性格じゃないから…。この際、もう無理に彼と仲良くなろうとしなくて良いわ。だってあなた、私と友達じゃなかったらセブと近づこうなんて思う?」
「……」

思わない。

「だからそれは良いの。あなたとポッターたちが仲良くしていても、私がポッターと仲良くしようとしないのと一緒。私とあなたの友情には嘘なんてないけど、"友達の友達だから"っていう理由で、仲良くしたくもない人と無理に付き合おうとする必要まではないと思うわ」
「でも、それじゃ…またこの間の時みたいにジェームズたちとスネイプが対立したら…」
「うーん…あなたは、ポッターの行動をどう思ってるの?」
「ところ構わず呪いはかけないでほしいなって」
「じゃあ、逆にセブの行動は正しいと思う?」
「……」

スネイプを否定するようなことになると、途端に答えを返せなくなる。間接的にリリーまで否定するような気持ちになってしまうからだ。
でもリリーは、私が黙り込んだのを見て笑った。まるで全部わかってくれているみたいに。

「だったら簡単よ。ポッターには"その辺にしておいて"ってお願いして、セブには"ジェームズを傷つけないで"って言えば良いの」
「…そんな、でもあの2人がそれを聞くなんて…」
「ううん。大事なのはね、イリス。"そこでどう動くべきか"じゃなくて"あなたがどう動きたいか"なの」

私が、どう動きたいか?
理解できない私を見て、リリーはこんこんと説明を続けてくれた。

「私、あなたの"全員の価値観をちゃんと聞いて、その上で自分の立場をハッキリさせる"って考えはとても大人っぽくて、素敵な在り方だと思うわ。でも、確かにセブみたいに"既に自分の立場がハッキリしてる人"からすれば、それは"価値観のただ乗り"だと思われてしまうのも…うーん…なんとなくわかるの。だからね、わかってくれない人に無理に合わせなくて良いと思う。"全員の価値観に合わせた行動を取る"なんて、きっとダンブルドア先生でも無理な話だわ。ねえ、イリス。あなたが本当に考えてることってなあに? あなたが本当に大事にしたい人って、だあれ?」

リリーの質問に、よく考えてから答える。

「私は…純血主義も、寮同士のいざこざも、小さなことだと思ってる。できれば、そんなことで争ってほしくない。それで、大事にしたい人は…リリーと、シリウスたち…。…でも、みんな対立しちゃってるから、私も…」
「あなたは誰とも対立してないわ」

私のふにゃふにゃとした言葉を、リリーがバシッと遮った。

「あなたは、堂々と"そんなことで争わないで"って言って良いの。それは立派な"あなたの意見"よ。そしてさっきも言ったけど、私はあなたがポッターたちと仲良くしてたって気にしないし、ポッターたちも私とあなたが仲良くしていることに何も言わないでしょう? 何も問題なんてないじゃない」

考えすぎなのよ、とリリーは優しく私の肩に手を乗せた。小さなリリーの手のぬくもりが、冷え切った心をあっためてくれるみたいだ。

「私がもしあなたに向かって怒る時があるとするなら────」
「…私まで一緒になって、スネイプを攻撃する時、とか?」
「そう。それさえなければ、あなたがどこで何をしてようと、私の友情は揺らがないわ。まあ…セブを庇う私の、ポッターに対する態度がムカつくって言われちゃうと、ちょっと悲しいけど…」
「ううん…私もあれはやりすぎだって思うから…」
「だったら、あなたはちゃんとそれを言って。ポッターにでもセブにでも良いわ。あなたは思ったことを、素直に言って。その結果誰がどう拗れるかなんて、あなたには関係ない、くらいの気持ちで良いのよ」

それは決して、「セブを守って」なんていう意味ではなかった。
リリーがさっき私に言ってくれた────「それは立派な"あなたの意見"よ」。それを、堂々と主張して良いのだと、そうさとしてくれている。

「私…でも…」
「────ねえ、私…ずっとこれ訊いて良いのか迷ってたんだけど…良かったら、あなたのお母さまの話、してくださらない?」
「私…え?」

突然出された"家の話題"に、つい戸惑ってしまった。

「あなた、せっかくいつも良い意見を持ってるのに、絶対言わないんだもの。ちょっとだけ話してくれたけど、おうちがとても厳しかったんでしょう? 今まであなたがどう育てられて、どうしてそんなに全部の問題をひとりで考えこもうとするのか────私、その理由をちゃんと知りたいわ」

それはずっと、ちゃんと話そうと思っていながら────タイミングを掴めずにいた話だった。
どうして唐突にリリーが私の家の話を聞きたがったのはわからなかったけど、私は言われるがまま、リヴィア家がどういう家なのかを話して聞かせた。

自分の思想を持つことは悪。リヴィア家に従うことのみが善。
成績は常にトップでいなさい。人から尊敬される人になりなさい。
誰からも最高評価を得て、上手に世間を渡りなさい。
時には自分を大きく見せても良いから、敵も味方も作らず、誰にとっても"良い人"でありなさい。

私があの小さな家で教え込まれた"常識"を語って聞かせると、リリーは「なるほどね」と小さくつぶやいた。

「そりゃあ…セブやポッターや私の間で板挟みになるのも、自分の意見を言えなくなるのも納得だわ」

同情している様子はない。ただ深く納得したように、リリーはうなずいている。
シリウスの時とは全然違う反応だ。

「そうね…その考え方をあなたが"良し"としてるなら、別に誰に迷惑をかけるわけでもないし、文句を言う筋合いはないと思うわ。でも、この1年を見てると────あなた、ちょっと家の考え方に反抗したがってるんじゃない?」

彼女の指摘はまったくもってその通りだった。
全てが間違っているとは思わないけど、私は────私は、もう少し"私"という人間を自覚したかった。人のために生きる自分じゃなくて、自分のために生きる自分でありたかった。

「なかなか刻み込まれた教えから逃げるのって難しいんだろうなって思うけど…でも、大丈夫。私が"私の意見"としてあなたに言うわ。あなたは間違ってない。厳しく育てられたせいで身に付いた優しさも、したたかさもそのままに────あとはただ、思ったことを言ってしまえば、それだけで良いの。それだけであなたは、すぐ"自分のために生きるあなた"になれると思うわ」

思ったことを言うだけ?
もちろんそれもすごく難しいんだけど…でも、良いの?
人の気持ちとか、関係性とか、その後想定される未来とかを全部考えて────そういうこと、しなくて良いの?
"新しい最善の価値観"を見つけてからそこに"自分を順応させる"んじゃなくて、良いの?

私は"今までの私"をまるっと変えなくて、良いの?

「所詮人の価値観に最善なんてないわ。誰かの悪は誰かの正義。対立が生まれることなんて当たり前なのよ」

リリーがあっけらかんと言うのを聞いて、私は自分が先日思ったことを思い出していた。

誰かの味方になるということは、誰かの敵になるということ。

「悪も正義も定めず、味方も敵も作らない────確かにそれは賢くて、一番上手な生き方なんでしょうね。でもあなたは、それが嫌なんでしょう? それをすると、自分が消えてしまうって思ったんでしょう?」
「うん…」
「だったら、そんなことしなくて良いわ。誰にも気を遣ったりしないで。あなたが今まで育んできた価値観を、私は間違ってるとは思わない。ただあなたは、反発したいと思った部分にだけ反発すれば良い。あなたの全てを否定しなくて良いのよ、イリス。自分のラインは、自分で決めなきゃ」

────シリウスと、同じことを言われた。
ラインを引けと。自分の価値観を、自分で決めろと。

「それは何も、"誰の味方になるかを選べ"って意味じゃないわ。あなたが思ったことを言う────それだけで、ちゃんと"ラインは引ける"の。あいまいな言葉だって良いし、言った後で意見をひっくり返したって良いと思う。そのせいで誰かから嫌われたり、敵扱いされるっていうんなら────あなたがどれだけ言葉を呑み込んだところで、結局その人とはうまくいかないんだから」

今回のセブみたいにね、と付け加えるリリー。

リリーの言葉は、シリウスの言葉よりずっとわかりやすかった。

シリウスも、そのつもりで言ったんだろうか? 誰の派閥に入るか決めておけ、じゃなくて、ただ自分の意見を発信しろと────。

だって彼は、リリーに話すよりずっと前から、私の葛藤を知っていたじゃないか。
私が何に悩んで、何にためらって言葉を選んでいるのか、ずっと前から気づいていたじゃないか。
シリウスはきっと、最初からわかっていたんだろう。
私がとっくに"大事にしたい人"を自覚してるのに、"関係ない人"のことまでムダに考えて自滅しようとしていることに。

「…私、まだまだ勉強しないとだね」

シリウスやリリーがとっくに持っている"答え"に辿り着くまでに、私は12年もかけてしまった。でも────誰かに配慮するんじゃなく、誰かの味方をするのでもなく、ただ"自分の意見を言う"ことそのものが、私が願った"私"という存在の確立につながる唯一の答えだって────ああ、そんなことなら、最初からわかってたはずなのに。どうしてそれをすぐに実行しようとしなかったんだろう。どうしてそんな単純なことに、もっと早く気づけなかったんだろう。
もちろん"自分の意見を言う"ことの難しさはよくわかってる。たぶん、答えに気づいたからってすぐに解決する問題じゃないんだろう。だからこそ、私は今日までずっと、答えを知っていながらも余計なことを考えてしまったのだから。

私は私の全てを否定して、いちから自分を作らなきゃって思ってた。
だから私の周りにいる人みんなと対話をして、価値観をアップデートして、どの意見が自分に一番合ってるか見極めなきゃって、勝手に思ってた。

でも────ああ、そういえば────。
去年、帰りのホグワーツ特急でシリウスが言ってくれてたじゃないか。

「それがイリスだから」って。表面的には優等生だけど、裏では面白いことを面白がりたいっていう気持ちを隠せない────そんなあいまいな私でも、"私"だって言ってくれてたじゃないか。

"私"とは、自分の手で無理に"作る"ものじゃない。
私が"自然"に、自由に生きて初めて、後からついてくるものなのだ。

そのことを────私は(きっと無意識のうちにはずっと気づいていたんだろう)────この時になって、ようやくきちんと理解した。

「で、でも、大丈夫かな。私…自分の意見を言って、あんまり人のこと傷つけたくないな…」
「大丈夫、大丈夫。あなたは悪い意味でとっても大事に育てられてきたから繊細になっちゃうのかもしれないけど、意外と私たち、タフよ」

傷ついてる暇があったら攻撃しちゃうんだもの。
だからあなたも、傷つけることを恐れるんじゃなくて、しっかり自分の身を守ることを考えてね。

リリーはそう言って笑ってくれた。

その笑顔を見ていたら────スッと、心のモヤが晴れたような気がした。
なんとなく、去年度末のことを思い出す。
初めて"自分がしたいことをした"日。上級生に杖を向けて、友達を守った日。
あの日、私はとても怖かった。でも────初めて感じた"自由"に、"私らしさ"に、今と同じような晴れやかさを抱いていた。

────もう少し、信じてみようか。
自分のことを。友達のことを。

「リリー…ひとつお願いしても良い?」
「ええ、なあに?」
「私のせいでスネイプがリリーにひどいことを言ったら教えてね…。私、言い返しに行くから…」

リリーはずっと笑っていた。

「やめてよ、あなたとセブまで呪い合戦を始めたら、今度は私がどっちの味方をしたら良いのかわかんなくなっちゃうわ」



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