9月の3週目、クィディッチの選抜試験が行われるという告知が寮に張り出された時、一番喜んだのはジェームズだった。

「当日はイリスも見に来いよ! 僕が"授業"じゃないところで飛んでるところを見たら、きっとあっと驚くぞ!」
「イリスはきみに関わる時はまずエバンズのお許しを請わないといけないから、行けるかどうかわからないぞ」

皮肉っぽく言うシリウスに、ムッとして言い返す。

「リリーはそんなことでダメとか言ったりしないよ。当日は一番良い席で観に行くから」

これにはシリウスもジェームズもちょっとばかり驚いたような顔をしてみせた。今まで"反抗的に言い返す"ことをしてこなかった私がキッパリと意見を言ったから、ちょっと面食らったんだろう。実際2人とも、今までそれを散々ネタにして私をからかってきたくらいだし。

でも、私だって1年ここで過ごしてちょっとは成長したんだ。夏休みでちょっとまた…気持ちが落ち込んでたけど…でも、私をからかうためだけに「友達の心が狭い」なんて言い方をされた時、ちゃんと言い返すくらいの勢いは戻って来ていた(ちょっと勢いよく言いすぎた、と後悔した)。

「じゃあ当日は僕らと一緒に早めに行こう。ただの選抜試験でも意外と人が集まるんだ」

ひとりだけ、私をからかうことも言い争いに参加することもなかったリーマスが穏やかにそう言った。「土曜日の13時だよね。昼食を早めにとっておこう」と、場を丸くおさめてくれる。

「そうだ、土曜日といや────」

リーマスの言葉を受けて、シリウスがぽんと何か思いついたように手を叩いた。その顔がいつもの悪戯っぽい顔になっているのは────ろくでもないことを考えている時の癖だ。

「スラグホーンの呼び出し食らったやつ、いるか?」

"スラグホーンの呼び出し"。呼び出し────かはわからないけど、私は先週、魔法薬学の授業後にリリーと一緒にスラグホーン先生に呼び止められた。

「ああイリス、リリー。ちょっと良いかな」
「はい」

2人揃って課題の小瓶を提出したところで、スラグホーン先生の元に並んで立つ。

「実は来週の土曜日の夜、私の部屋でちょっとしたパーティーを開こうと思っているんだがね。ああ、いや、パーティーとはいってもそんなに大層なものではない! 各寮から何人か呼んで、ディナーを兼ねた交流会をする予定なんだ。良ければ、2人にもぜひ来てほしいと思っている」

私たちは一度顔を見合わせた。私はともかく、スリザリンに偏見を持っていないリリーでさえ、スリザリンの寮監が主催する"パーティー"に行っても大丈夫だろうか、という迷いがチラついたのがわかった。要はそれだけ、私たちグリフィンドール生はスリザリンから嫌われているのだ。

「もちろん全ての寮の生徒に声をかけているよ。今のところ参加者は5名程度なんだがね…この時ばかりは寮の垣根を超えて仲良くしようじゃないか!」

スラグホーン先生の笑顔に裏表がないことは、この1年でよくわかっていた。ただ…たぶん、先生は明言してないけど…"交流会"を開きたいというよりは、お気に入りの生徒を"コレクション"したがっているんだろう、とは思う。
先生はとても平等で、そして不平等な先生だった。才能を持っている生徒や大きなコネを持っている生徒であればどこの生まれのどの寮の生徒でも等しく持ち上げる。才能もコネもなければ…まあ、理不尽に虐げるようなことはしない、というくらい。

だから私とリリーが呼ばれたのは、きっと"才能"によるものなんだと思う。私に才能はないけど、リリーには魔法薬学の神様がついてる。私はせいぜいリリーのおまけ程度かな。一応テストは100点だったし、ギリギリ"お気に入り"枠に滑り込んだんだろう。

それなら、それを利用しない手はない。先生に気に入られておけば、一度や二度ミスをしても見逃してもらえる。
(そう思った直後、また無意識にリヴィア家の悪癖が出てしまった、とひとり落ち込んだ。)

「はい、喜んでうかがいます」

だから、先に承諾したのは私の方だった。後からリリーも「私も参加させていただきます」と続く。
スラグホーン先生はとても嬉しそうだった。「良かった、良かった! 来週の土曜日の18時からだからね、楽しみにしているよ!」と言って送り出してくれた。

────改めて、目の前のシリウスに意識を戻す。
シリウスは才能もコネもある、スラグホーン先生がいかにも気に入りそうな生徒だ。良い方は"呼び出し"なんてまるで罰則のように言ってるけど、内容は間違いなく週末のディナーに違いない。

そっと手を挙げると、ジェームズもひょいと手を挙げているのが見えた。

「やっぱりイリスとジェームズか。てことは、エバンズも呼ばれてるな」
「うん。2人一緒に誘われた」

リーマスとピーターは呼ばれていないらしい。ピーターが"お気に入り"でないことは全員知ってたけど、リーマスは…ああ、でも確か、魔法薬学のテストは90点だったとか言ってたっけ。十分優秀であることに違いはないけど、ホグワーツにたくさんいる生徒の中の"ほんの一握り"に入る水準ではなかったんだろう。

「ていうか、シリウスとジェームズも行くの? そういうの好きじゃないと思ってた」

この2人も声をかけられているであろうことは、なんとなく察していた。でもこの2人が、そんな堅苦しそうな行事に参加するなんて思っていなかったのだ。

「もちろん、好きなわけがないだろ」
「僕とシリウスはこの1回しか参加しないって決めてるんだ。スラグ・クラブなんてお断りだからね」
「じゃあなんで今回は参加するの?」
「スリザリンの懐に入れるチャンスだろう?」
「ああ。スラッギーじいさんがちょいと酔ってくれれば、あいつの"お気に入り"の弱点をうっかりポロリするかもしれないからな」

ああ、そういうこと…。
またリリーが怒りそうなことを喜んでやるなあ…当日は何も見ないふりをしておこう。

「そういうわけでイリス」
「はい?」
「当日はエバンズの気を最後まで逸らし続けてくれ」
「そうくると思ったよ…」

言われなくても、そうするしかないと思ってる。私だって、スリザリンの寮監の前でグリフィンドール生同士の揉め事なんて見せたくないに決まってるんだから。

「期待してるぞ、パン職人」

スラグホーン先生にスリザリンの弱みを聞き出そうとしてることがバレたら大戦争になる、ってわかってるんだから、2人ももう少し自重してくれたら良いのに。私が口八丁なのはひとえに"平穏無事に生きたい"からなのであって、"危険で不穏な出来事を乗り越える"ために育てたスキルじゃないんだ。










土曜日、お昼の13時。
私はシリウス、リーマス、ピーターと一緒にクィディッチ競技場へと向かった。
観客席にはそこそこの数のグリフィンドール生と、偵察だろうか…他寮の生徒もチラホラと見受けられる。

私は去年、初めてクィディッチを観戦した日から、二度と試合を観に行かなかった。あの日の私の異様さはリーマスが伝えてくれていたんだろう、4人組の誰も、あれ以来私に声をかけてくることはなかった。

だから改めて、クィディッチというスポーツがいかに皆の心を動かすものなのか、ここに来て再度実感した。ただの選抜試験ですら、こんなにも人を集めてしまうんだ。

「正直言うと、イリスは来ないと思ったよ」

リーマスが、去年と同じように私の横で静かに言った。

「試合中は楽しそうにしてたけど、終わった後の様子が変だったから…何か気に入らなかったのかなって、ちょっと気になってたんだ」
「ああ…ごめんね。スポーツ観戦をしたのが初めてだったから、ちょっと慣れなくて」
「もう慣れたのかい?」
「…うん、たぶん」

もちろん、今日ここに来ることに対して迷いがなかったわけじゃない。あの日はシリウスが挑発するようなことを言ってきたから、つい売り言葉に買い言葉で「行く」と言ってしまっただけなのだ。
これはきっと、お母さまが私に期待してることじゃない。お母さまにクィディッチの話を聞かせたら────きっと、そんな"野蛮な競技"に関わるなってすぐさまお叱りの手紙が届くことだろう。

でも、去年ひとつだけ確信したことがある。

私は、"ホグワーツにいる間は自由"だ。

まだ全く家のことを考えずに済むほど振り切れたわけじゃないけど、お母さまにバレない程度にだったら、私も自分のしたいように行動してみたい。好きなものを、好きって言ってみたい。"嫌い"は不和の原因になるから言いにくいけど、"好き"なら許されるはず。

やっぱりどこか中途半端さが残る気持ちで、結局私は"クィディッチと関わる"ことを選んだ。

何より友達が公式チームのメンバーになるかもしれないのだ。私は去年、ルールも選手もわからず見たあの試合の感動を、まだ忘れてない。それが今度はルールも理解して、友達がそこにいて飛んでいる────なんてことになったら、きっと感情が大爆発を起こすだろう。
それが、正直に言ってとても楽しみだった。

選抜試験は、志望ポジションごとに行われた。チェイサーは3人一組で、メンバーを度々入れ替えながら模擬対戦を行う。キーパーがいないのでゴールは決まりやすそうだったけど、どんな選手とも連携を取れるか、ブラッジャーの攻撃をかわせるか、ゴールへの狙いを的確に定められるか────基本的な素質をまんべんなく見られているみたいだ。

30分ほど飛んだ後、新キャプテンの「やめ!」という声が響いた。選手候補たちはみんな地上に降り、キャプテンの結果発表を待つ。
ここからじゃキャプテンの声は聞こえなかったけど────ある瞬間、ジェームズがぴょんと飛び跳ねてこちらに大きなブイサインを送ってきた。

「やった! ジェームズが選ばれた!」
「そりゃ、一番目立ってたからな。いろんな意味で」

2つ離れた席から、シリウスが満足そうに笑っていた。
ジェームズはシリウスの言葉通り、"いろんな意味で"目立っていた。飛ぶのがうまいのはもちろん、さっき挙げたような素養を全て備えていて────その上で、パフォーマンスがとにかく目立っていた。ゴールを狙う直前、よくわからない空中一回転をしてみせたり、ブラッジャーをよける時にも派手なジグザグ運転をしたり────それが良いことなのか悪いことなのかはわからないけど、見ている分には面白かった。

「きっと敵を攪乱させるのに役立つと思ったんじゃないかな」

リーマスの推測を聞いて、なるほどと納得する。派手で目立つ選手は狙われやすい。それは一歩間違えると味方にも迷惑をかけてしまうことになるけど…珍プレーも敵の攻撃もちゃんと"1人で処理できる"才能を持っているなら、それは十分敵にとって恐ろしい"おとり"になるわけだ。おまけにジェームズは目立ちたがりで自慢屋だけど、決してひとりよがりな人ではなかった。どの選手と組ませても上手に連携を取ってるのは私でもよくわかったから、きっとどんなチームになってもうまくやっていけると判断されたんだろう。

続いて、ビーター、キーパー、シーカーが決まっていき、グリフィンドール・チームの新体制が整った。
私たちは競技場の端で、ジェームズが戻ってくるのを待った。数分後、いつも以上にふんぞり返って空しか見えていないんじゃないだろうかと思うほど自慢げなジェームズが現れた。

「ジェームズ、おめでとう!」
「ありがとう、ありがとう。いやあ、我ながら良い飛びっぷりだったね、うん。今日は天気も良かったし、風も味方をしてくれた。運が良かったんだろう」
「謙遜してるつもりか? 僕は運にさえ愛される実力者だって言いたいのがミエミエだぞ」
「ははっ、まあそう言っても良いかな」

2年生でチームのメンバーになったのはジェームズだけだった。それは、それだけ彼の飛行技術が優れているということ。きっとジェームズもこの結果には大満足なことだろう。

「さて、あとは夜のスラグ・クラブだけだな」
「盛大に祝ってもらえそうだね、ジェームズ」
「もちろんさ。スリザリンの弱みをこれでもかってくらい抱えて帰って来るよ」
「そういう意味で言ったんじゃないんだけど…」

校舎に戻ったところで、一旦私はシリウスたちと別れた。これから週末の課題をこなして、ディナーの準備をしなければ。
リリーは談話室にいた。私の顔を見て、ジェームズが選抜に合格したことを悟ったんだろう。私が嬉しそうにしているのを喜んでくれながらも、大嫌いなジェームズが大人気チームの主力選手になったことが悔しい…そんな難しい顔をしている。

「ポッターは受かったのね?」
「うん、すごかったよ」

リリーの表情筋がおかしなことになってしまわないよう、私もコメントを最大限控えておくことにした。本当は手を取って「わーい!」って言いたかったけど、リリーが吐きたいのを我慢してくれてるんだから、私も我慢しよう。

「それは良かったわ」

全く良くなさそうな口調で、リリーは魔法史のレポートを仕上げていた。

「さあ…18時までに、課題を終わらせてしまわなきゃ」
「うん。リリーはあとどのくらい残ってる?」
「あとは天文学のレポートだけよ」
「わ、頑張らなきゃ。私まだ魔法史も変身術も残ってるよ」
「変身術なら3秒で終わるわ」
「そんなに簡単だった?」
「ふふ、あなたがそれだけ優秀ってことじゃない」

ちょっと顔が熱くなったのを感じながら、それからたっぷり2時間私は宿題と格闘した(ちなみに変身術のレポートは、3秒…は無理だったけど本当に15分くらいで終わった)。

時間は17時45分。

「さて、じゃあそろそろ行きましょうか?」
「うん、そうだね」

玄関ホールを通り、大理石の階段を上がって、スラグホーン先生の部屋へ。扉は開け放たれているのか、既に何人かの楽しそうな声が聞こえている。

「こんばんは」
「お邪魔します」

2人揃って扉口であいさつすると、スラグホーン先生はすぐにこちらに駆け寄ってきた。

「ああ、2人とも! よく来たね、待ってたよ! さあ、さあ、中へお入り。今日は結局7人集まってくれてね。せっかく第1回目のパーティーだから今日はたっぷりみんなを紹介していこう!」

えーと…事前情報で私、リリー、シリウス、ジェームズが参加することはわかってるから…ほとんどもう身内だな…。スリザリンの寮監だからと偏見を持っていたのは私の方だった。スリザリンばかりで固めてくるかと思っていたのに、まさかのグリフィンドールが過半数を占めるなんて。

「君たちには最初から期待していたんだよ…本当は去年からこのディナー会に呼びたかったんだが、何しろ君たちの代には天才的な素養を持った生徒があまりにも多い。急にグリフィンドールの新入生を4人も招き入れたら贔屓されてると思われてしまうのでね。ただ…1年経ってもう私も目を逸らせなくなった。君たちの頭脳とセンスは本物だ、私の素晴らしい他の生徒たちと会わせないなんてそんなひどいことはできない、と!」

「4人?」とリリーが眉を寄せた。同じ代の天才があと2人いる、と聞いて、すぐにその正体を掴んだのだろう。私はシリウスとの約束を守れるかどうか、早くも心配になってきた。

室内にはシリウス、ジェームズを除いた残りの3人がもう到着しているようだった。1人のレイブンクロー生…多分上級生だ。それからスリザリン生が2人────。

「うわ」

思わず口を開いてしまった。

まさかのまさか、そこにいるスリザリン生は"どちらも"私の知っている人だった。

片方は────忘れもしない、スリザリンの監督生、ルシウス・マルフォイ。
そしてもう1人は、シリウスの弟、レギュラス・ブラック。

マルフォイはすぐに私に気づいた。百味ビーンズのゲロ味を食べたような顔をしている。

「ルシウス、紹介しよう! こちらはグリフィンドールの期待すべき天才、リリー・エバンズとイリス・リヴィアだ! リリー、イリス、こちらはスリザリンの監督生のルシウス・マルフォイ。伝統あるマルフォイ家の長男であり、我がスリザリンの監督生も務める優秀な生徒だ!」
「は…はじめまして」
「お久しぶりです」

おずおずと握手の手を差し出すリリーに、マルフォイはまるで穢れたものに触れるような手つきで応えた。わかる。先生の手前だから良いように繕ってるけど、これはリリーのことを侮辱しているんだ。彼女がマグル生まれであることを知ってるかはわからないけど、どちらにしろ私と一緒にいる時点で軽蔑される対象になってるのは明らか。

対して私はまた手が震えてしまうのを悟られないよう、背中に隠したまま声だけ頑張って出した。マルフォイは眉をぴくりと上げ、「変わらないようで何よりだ、ミス・リヴィア」とあの冷たい声で言う。

「なんと、なんと、2人はもう既に知り合いだったのかね! やはり才能ある者は才能ある者と惹かれ合う運命なのか!」

スラグホーン先生は嬉しそうに言ってたけど、私とマルフォイが憎しみを込め合って(私の視線なんて所詮ヘビに睨まれたカエルだけど)いるのに気づかないんだろうか。

「そしてこちらがレギュラス・ブラック。まだ1年生なんだが、授業で意気投合してね。ああ、でもだからといって、君らを去年呼ばなかったのにも関わらず彼を今年呼んだことに他意があるわけじゃないんだ! ただ彼のご実家はこちらでもよく知られている────なんたって7世紀以上続くブラック家の次男だからね」

そうは言っても先生、去年同じブラック家の長男がいたことはスルーしていたよね。
…まあ仕方ない、シリウスは"ブラック家の子"として付き合うには────あー…ちょっと異質すぎるから。

「レギュラス・ブラックです」

レギュラスは感情のない声で言い、少なくとも好意的ではないものの────そこまでの嫌悪も見せず、握手の手を差し出してくれた。ホグワーツ特急に一緒に乗ってたから、そこまでの抵抗がなかったんだろうか。

「イリス・リヴィアです。よろしく」
「リリー・エバンズよ」

私たちもとりあえず笑顔で応じる。スラグホーン先生は微笑ましげに私たちの微妙な距離感を見つめていた。

「そしてこちらがレイブンクローが誇る屈指の才媛、4年生のマチルダ・マゴット嬢! お父上が魔法省に務めていらっしゃってね…毎年私にホリデーカードを送ってくれるんだ…」

マチルダは4年生にしては大人びた顔をした美人だった。いかにも才媛、という言葉がよく似合うキリッとした顔をして、私たちに笑いかける。

「マチルダよ、よろしく」
「よろしく」

深い青の目を細め、ブロンドの髪をなびかせている。表情はキツいけど、モデルさんと言われても通用しそうな顔とスタイルだ。私とリリーはきれいな上級生の顔にそれぞれ5秒くらいぽーっと見惚れてしまった。

それから5分後────開始ギリギリになって、シリウスとジェームズが到着した(リリーが「ウワ」と嫌そうな声を上げた)。彼らもマルフォイを見て顔をしかめ、そしてレギュラスを見て────複雑そうな顔をしていた。百味ビーンズでたとえるなら、今度はゴムの味でも食べたんだろうかと言いたくなるような顔だ。

「ほうほう、さすがグリフィンドールの新たなカリスマは登場まで劇的だ! 最後までソワソワさせられたよ、よく来てくれた!」

スラグホーン先生は2人をヒーローのように見ているらしかった。私たちの時と同じように全員を紹介し────そして、それが済んだら自分を囲んで座らせた。

「さて、じゃあ今年度最初のディナーということで…みんな、大いに飲んで食べると良い! ルールはたったひとつ、今日ばかりは寮のいざこざも全て忘れること! ここにいるのは対立する寮の生徒同士じゃない、みんな私の大事な、将来を嘱望された生徒たちだからね!」

そんな乾杯の合図に、パーティーは始まった。早速シリウスとジェームズがスラグホーン先生に何やら話しかけている。まだそこまで問題になるような発言はしていないはずだけど…どうにもリリーがあの2人の動向を気にしているらしいので、私は彼女を連れてマチルダの方へと向かった。

「マチルダ、良かったらお話しない? ホグワーツのこと、色々教えてほしいんだ」
「もちろん。私もまだ4年生だから知らないことも多いけど、なんでも訊いて」

とてもマルフォイやレギュラスの方に行く気にはなれなかったので(その2人はその2人で何やら話し込んでいるようだった)、最後の頼みの綱が話しやすい人で良かったと心から安心した。
リリーもマチルダには好感を持ったらしい。15分も経つ頃には、シリウスやジェームズのことなんて忘れて、マチルダの得意科目らしい"古代ルーン語"の話を熱心に聞いていた。

「3年生になったら取れるようになるのね、私、来年になったらぜひ授業を受けてみたいわ!」
「それは良い。ルーン文字は現代の魔術に応用されている部分が非常に多いから、魔法という現象そのものの理解を大きく助けてくれるよ」

リリーとマチルダの会話に適当に相槌を打ちながら、私は注意深く周囲を観察する。
スラグホーン先生はほろ酔いになっていた。シリウスとジェームズが…こちらをチラリと見て、ニヤリと笑う。
いたずら開始だ。

変なことを悟られないかと、スリザリンの2人にも視線を走らせる。マルフォイが何やら一方的にレギュラスに話しかけているみたいだ。レギュラスは、お兄さんの方を見もしない。機械的に料理を口に運びながら、マルフォイの話を丁寧に聞いていた。
────今のところ、大丈夫そう。

2時間後、20時になったところでマルフォイが「先生、そろそろ────」と声をかけた。1年生のレギュラスがいる以上、夜に廊下を歩かせるのは賢くないと判断したのだろう。あるいは、ベロベロに酔っている先生の様子を見るに、こうして時間を知らせる役をいつも常連の誰かが担っているのかもしれない。

「おお、なんと、もうそんな時間か! いやはや、楽しい時間が経つのは本当にあっという間だね、え? それじゃあみんな、気を付けて寮へお帰り! また近いうちに開く予定だから、今度はもっと多くの生徒を紹介できるよう私も精力的に声をかけよう!」

────思った以上に疲れる2時間だった。シリウスとジェームズが何かやらかさないか、それをスリザリン生が咎めないか見張っていないといけないし、かといってそちらに気を散らしていることがリリーにバレるとマズい。何もしていないはずなのに、その"何もしない"ことがどっと疲れになって体を重たくした。
…次回は断ろうかな…。

「落としましたよ」

スラグホーン先生の部屋を出る時、ふいに後ろから声をかけられた。振り返ると、レギュラスが私のハンカチを持って差し出してくれている。

「ええと…ありがとう、レギュラス」

ためらいながら、受け取った。私も特にスリザリンを敵視しているつもりはなかったけど、それでも日頃スリザリンの生徒から向けられる嫌悪の目に慣れていた私には、緑色の生徒が深紅の生徒に無感情で接するということに少し驚いてしまったのだ。

…でも、この子はシリウスの弟。シリウスもいつも無表情で何もかも面倒くさがっているような顔をしているけど、頭の中では色々と"楽しいこと"を考えてる人だ。この子もきっと、顔に出さないだけであれこれと考えてることだろう────って、これも偏見による対立を生む原因になるのかな?

「イリス・リヴィア…兄さんと親しくしてくださってるんですよね」

もしかしたら、夏休み中にシリウスの口から私の名前が出たのかもしれない。あるいはマルフォイから。とにかく、彼は私の顔と名前を"兄の友人"というカテゴリーで一致させたらしい。相変わらずその表情からは、何も読めない。

「ああ…うん、シリウスには良くしてもらってるよ」
「そうですか。これからも兄をよろしくお願いします

それは、なんてことない…ううん、むしろ言葉だけで判断するなら親しみさえ込められたあいさつだった。兄をよろしく、弟としても兄に気の置けない友人がいることは嬉しいです────そんな風に捉えるのが普通の言葉。
"レギュラスのことをよく知らない"私は、「うん。ハンカチ、ありがとう」と無難な返事をして部屋を出た。

────でも残念なことに────私は、"兄のシリウス"のことをよく知っていた。

どうして真逆の思想を持ってるのに、そういうところは似るんだろうね。
今の言い方────シリウスが相手に気取られないくらいの弱さで、でも腹の中はインクより真っ黒な皮肉に満ちた言葉を発する時と全く同じだった。添えられた小さな微笑みですら、何も知らない人から見ればきれいな顔の男の子から向けられた素敵な笑顔だったかもしれないけど────シリウスがそういう顔をする時は、たいてい相手を小バカにしている時の"演技"なのだ。

「兄をよろしく」という言葉。

それは、「同じ家の者として、在学中は兄を頼みます」なんていう好意的なものじゃない。「もう僕らブラック家に兄は必要ないので、そちらで良いように扱ってください」という意味だ。ある種言葉通り────放任され、"よろしく"されてしまったのだろう。

さすがに、うがちすぎかな。
偏見、持ちすぎかな。

理性はまだ戸惑っていたけど、本能がそれはきっと真実だと告げていた。この子がシリウスの弟であるというなら尚更だ。

「シリウス」

だから私は、シリウスに確かめに行くことにした。

本当だったら、こんなセンシティブな話をして良いものか迷うべきところであるはず。
でも、シリウスに対して私はその辺りの警戒はもうとっくに解いていた。
私たちは同類であり、互いに互いの無価値さを笑い飛ばす仲。

ジェームズは"シリウスだけを呼び止めた私"を見て、何かしら察してくれたらしい。こういうところが、本当に彼の賢さを表していると思う。…ただ、手持ち無沙汰になったからってリリーの方に行こうとするのはバカでしかないと思うけど。

「どうした?」
「さっき、レギュラスに言われたんだけど────」

レギュラスの名前が出ると、シリウスの顔が少しだけ強張った。スラグホーン先生の部屋ではなんてことない────仲の良い兄弟のようにあいさつしていたけど、一歩出てしまうとやはり苦手意識が漏れ出るらしい。

「兄をよろしくって…。その意味、わかる?」
「ああ────そりゃ、"もうブラック家に兄さんは要らないからお前らで料理しろ"っていう意味だよ」

…やっぱり、間違ってなかったらしい。

「────レギュラスってどんな子?」
「この間説明した通りだよ。純血主義で、闇の帝王の大ファン。グリフィンドールは血を裏切る者が多いから敵視してるし、真っ向からその意見に反対してた僕は目の上のたんこぶだったのさ、昔っからね」
「夏休み中、私の話、した?」
「いや、我が家に温かい団らんなんてないよ」

じゃあ私とシリウスが仲良しだっていう話は、マルフォイから何かしら聞いてたのか…。

「あいつ、何かきみに失礼になるようなことでも言ったか?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど。私とシリウスが友達だって知った上で話しかけてきてたから」
「あー…そりゃ、気をつけた方が良いな。おおかた情報筋はマルフォイだろ。あいつがきみのことをどこまで知ってるかわからないけど、マグル生まれだって知ったらどう扱われるかわかったもんじゃない」
「呪いとかかけられる?」
「さあ? そこまで愚かじゃないと願ってるけどね」

シリウスは肩をすくめるだけだった。

「イリス、やけにレギュラスを気にしてるな。あんまり良い友達になれるとは思わないぞ」
「いや…ほら、私ってリヴィア家に来るまで自分の家の教えを疑おうともしなかったじゃん? そういう意味では、むしろレギュラスと似てるところもあるのかなぁって…。良い友達にはなれなくても、理解しあえるところとかあったら…」
「それはない」

シリウスの言葉は厳しかった。思わずしゃんと背筋を伸ばしてしまう。

「あいつが洗脳されてるだけなのか自分の意思で純血主義を掲げてるのかは僕も知らない。でもきみはグリフィンドール生で、あいつはスリザリン生だ。たとえ育ちに似ているところがあったところで、あいつがきみを受け入れるわけがないんだ」

こういう時の彼は、ちょっとだけ怖い。家の教えに反発してきた彼のことは素直に尊敬してるけど…反発してきたからこそ、彼は自分の考えに絶対の自信と誇りを持っていた。

「誰とでも仲良くして空気を乱さないようにする心構えはご立派だけどな、自分の中でラインは決めておかないと自分自身を滅ぼすことになるぞ、イリス」
「うーん………そうだね」

それはいつも通り皮肉に満ちた言葉だったけど、どこかそこに────私を心配してくれてるような気もして────私はつい、うなずいてしまった。

"君はグリフィンドール生"
"自分自身を滅ぼすことになるぞ"

シリウスの警告は、ずっと頭の中で鳴っていた。
もう少しグリフィンドール生としての自覚を持て、ってことなんだろうけど…。

スリザリンを軽蔑することがグリフィンドールの証になるっていうんだったら、ちょっとそれは嫌だなあ…。



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