成績は、全科目100点だった。
唯一の例外が呪文学で、120点。変身術は100点のすぐそばに"Perfect"と書き添えられてあった。

リリーは魔法薬学で230点とかいうわけのわからない数字を出されていた。スラグホーン先生が嬉しそうに「ほっほう!」とはねているのを想像すると、笑ってしまう。

シリウス、ジェームズも全科目満点。リーマスはところどころ90点台のものもあったけど、全科目余裕で高得点をとっていた。ピーターだけ、全部落第スレスレだったけど…それでも、取り落とした科目はひとつもなかった。

リリーは相変わらずシリウスたちと関わろうとしなかったけど、わたしとシリウスが仲直りしたことには拍手をして喜んでくれた。
マルフォイを相手にしたことを話したら怒られるだろうと思いきや…意外なことにリリーは、最後まで黙って聞いてくれた。

「スリザリンの監督生に武装解除するなんて…本当に危ないことしたわね」
「マルフォイが自分のメンツを守ろうとしてなかったら、今頃グリフィンドールの点数は半分くらいになってたかもね。ごめん」
「そんなことよりわたしは、今後あなたがマルフォイに目をつけられないかが心配よ。よりによってスリザリンの監督生だなんて厄介な肩書きを持ってる人に…」

リリーは寮対抗戦のことなんかより、まずわたしの安全のことを心配してくれた。
変わらない友情に、そっと心が温まる。

「まあ、ひとまず夏休みの間は安心でしょうけど、来年になったら盾の呪文とか一緒に練習する?」
「あーうん、そうする。ありがとう」

夏休みも別に安心ってわけではないんだけどね…。
見ると、リリーも荷造りをしながら何度も溜息をついていた。

今日は学期末最終日。大広間で宴会が行われた後、ホグワーツ特急に乗って各自実家に帰る。

クリスマス休暇でお姉さんと仲直りできていなかったみたいだから、リリーも家に帰るのが憂うつなんだろう。

「────リリー、わたし、休暇中はたくさん手紙を書くね。わたしたちならマグル同士だから、時間はかかるけど郵便配達で届けられるし…そしたら、お姉さんともあんまりぶつからずに済むよね? 家の中で窮屈な思いをする苦しさはよくわかるから、お互いに発散しあおうよ」

トランクをパタンと閉めて、最後の大きな溜息をついたリリーに頑張って明るい声をかけてみた。
リリーは黙ってこちらを見上げていた。みるみるうちにその明るい緑のきれいな目に涙がたまり、ぽろぽろとこぼれ落ちる。

「リ、リリー!?」

どうしよう、泣かせちゃった! なんで!?

「ああ、イリス…本当にありがとう……。あなたもあんまりおうちが好きじゃないって言ってたのに、そんなにわたしのこと気にかけてくれるなんて…」

────聞けば、この間(テスト最終日に)スネイプと話した時、相変わらず「リリーだけが特別で、姉は凡庸なマグルだ」って一方的なことを言われてしまったらしい。スネイプはスネイプでリリーをすごく大事にしてるみたいなんだけど、ちょっとその気持ちが行きすぎっていうか…リリーのことしか見てないあまり、ちょっと周りの人を傷つけちゃう傾向にあるなっていうのは、なんとなく感じてた。

だから、リリーの"立場"を思いやったわたしの言葉が、余計に響いたんだそうだ。
予想してなかったけど、少しでもリリーが家に帰る前に救われてくれてたなら、わたしも嬉しい。

そうしてわたしたちは、大広間へ向かった。
空から吊り下げられているのは、深紅と金色の垂れ幕。主にクィディッチ・チームの活躍により寮杯を手にしたわたしたちは、四分の三の拍手に迎えられながら席に着いた。一番端っこのスリザリンのテーブルから、マルフォイがこちらをギラギラとにらんでいるのが見えたので、あわてて目を逸らす。

たらふく料理を食べて、ダンブルドア先生に見送られ、ホグワーツ特急へと乗るわたしたち。
リリーと一緒に、比較的すいているコンパートメントを探してると────。

「あ、エバンズ。すまないんだけどちょっとの間だけイリスを借りても良い?」

前方のコンパートメントから、リーマスがひょいと顔を出した。中にいるのはシリウス、ジェームズ、ピーター。いつもの4人組だ。
…たぶんリーマスが声をかけるのが一番リリーの機嫌を損ねないって判断したんだろうなあ…。相変わらずリリーとジェームズ、シリウスの(ほぼ一方的な)対立が続く中、そのどちらとも仲良くしていたわたしは複雑な立場にいたんだけど…。

「ええ、構わないわ。イリス、先に空いてるところ探しておくから、終わったら覗きに来てね」

リリーは優しくて賢い魔女なので、そんな幼稚なことで怒ったりはしない。去年はまだちょっとぎこちなかったけど、今は快くわたしをその場に残してくれた。

「やっぱ対エバンズにはリーマスを差し向けるのが一番だな」
「ていうかなんでエバンズは僕らのことをそんなに嫌ってるんだ?」
「そりゃ、ジェームズおまえ、エバンズはあのスネイプとヌルヌルつるんでるんだぞ。僕たちなんて"ものもらい"みたいにうっとうしい存在なんだろうさ」
「もったいない、せっかく可愛いのに」

呼んでおいて、マイペースに会話を続けているシリウスとジェームズ。ピーターは2人の会話に参加こそできていないものの、これから何かが始まるとでもいうようにワクワクと身を乗り出していた。

「ごめんね、突然呼び止めて」

収拾がつかない中で、リーマスがわたしに微笑みかける。

「良いけど、何かあったの?」
「ああ、ジェームズとシリウスがきみに見せたいものがあるって言っててね」

改めて2人を見ると、2人もわたしを見ていた。ニヤリ、とお揃いの笑顔を向けてくる。

「あー、きみは覚えてるだろうか? 12月、きみが僕らを勇敢にもプリングルの魔の手から守り通してくれたあの記念すべき日を────」

ジェームズがもったいぶって、演劇口調で語り出す。

「うん」

乗るのも面倒だったので、わたしは簡単に答えた。

「あの夜、僕らが何をしていたか、きみはきっと────そう、ずっと知りたかったんじゃないか、って思ってね」

それは12月のこと。箒小屋で飛行術の自主練習をしようとしたわたしは、そこでばったりジェームズとシリウスに出くわした。

「どうやらリヴィアのお勉強の前に、僕たちの"パトロール"は邪魔になるだけらしい」

わたしが自分の目的を明かした時、ジェームズはそう言ってシリウスにいたずらっぽく笑っていたんだっけ。結局あの日は最後までその"パトロール"の意味を教えてもらえなくて────友達でも、まだそこまでの深い関係ではなかったんだな、って思ったんだ。

「それで────我々は審議した。我々の壮大な目的を、果たして我々4人以外の者に告げてしまっても良いものだろうか? とね」

シリウスが、ジェームズの口調を真似ながら引き継ぐ。

「まだ達成もされていない、そしてきっと達成されたあかつきには────これは、僕たちにとっては最高の宝となり、そして諸先生方にとっては大いなる魔物となりうるであろう、そんな秘密を────ただ同じ寮ってだけの、"優等生さま"に教えてさしあげる必要はあるのだろうか? 友よ」
「いや、いや。いくら彼女がすんばらしい人格者であったとしても、いやだからこそ、我々の秘密を明かすにはあまりに"道徳的"すぎるだろう。────あの日の僕らはそう語り合った」

うん。つまりなんかまた無茶なことをやらかそうとしてて、それをわたしにチクられるのが嫌だったんだよね。

「────ただ、先日の────あー…尊敬すべき偉大なるスリザリンの監督生さまに、無謀にも呪いをかけた1年生を見た時、彼女を"英雄"と呼ばずしてなんと言おうかと、我々は再審議に入らざるを得なくなった」
「つまり、あそこで肩を持ってくれたイリスは僕らにとって十分"信頼できる友達"だって思い知ったんだって。そうしたら逆に、僕たちの"秘密"を打ち明けたくてウズウズしちゃったらしい」

いつまでも何かになりきっている様子のジェームズとシリウスに代わって、リーマスが簡単に話してくれた。ジェームズとシリウスはもったいぶった"告白劇"を止められて少し不満そうだったけど、わたしは"パトロール"の話なんてすっかり忘れていたものだったから、ちょっとだけ驚いた。

「え、良いの?」
「良いんだ。イリスなら、きっと喜んでくれると思ってね」

あっさり演劇口調をやめたシリウスが、ポケットから一枚の羊皮紙を取り出した。

われ、ここに誓う。われ、よからぬことをたくらむ者なり

それは何も書いていない、新品の羊皮紙。それに向かって杖をこつこつと叩きながら、シリウスはおごそかに唱えた。

すると────どういうことだろう、シリウスが触れた杖先から、細いインクの線がクモの巣のように広がり始めた。インクが伸びたのは、羊皮紙の四分の一まで。でも、それだけでもそのインクの意味するところは十分にわかった。

────ホグワーツの間取り図だ。

「わっ…」
「すごい! やっぱりかっこいい!」

小さく声をもらしたわたしと、歓声を上げるピーター。わたしたちの反応を見て、シリウスとジェームズはおおいに満足したようだった。

「これ、何?」
地図だよ、見ての通り」
「ああ。まだ1年じゃさすがに全部は網羅できなかったけど、校内の抜け道も含めて僕たちが足で通った部分を全て記してある」
「これ、あなたたちが作ったの…!?」

なるほど、"パトロール"とはこういうことだったのか。
校内を"巡回"して、全体図を把握する…だけでなく、抜け道や隠し部屋まで発見する。そうしてこの地図を作り、────おおかた、ろくでもないことに使う予定なんだろう。見ただけでもたくさんの隠し通路や部屋があって…ひとつ、校外の暴れ柳の真下に続く通路まで書き込まれていた。こんな場所まで調査していたのか…。

「素晴らしいだろ。11歳のガキがあの魔法と神秘に満ちた要塞を全て解き明かそうとしてるなんて、きっと誰も予想してないぜ」
「僕たちはこれを、卒業までに完成させる予定なんだ。いや、卒業と同時じゃ遅いな…5年生までには全部完成させる予定なんだ。いずれ全ての抜け道を見つけて、さらに校内のどこに誰がいるかまで把握できるようにするつもりさ」

すごい、そんなことまでできるんだ。
そんな魔法があることももちろんだけど、それを「やる」と言っているこの人たちの自信と実力が計り知れない。

「完成したらまた見せてあげるよ。必要になったらいつだって貸し出すし。なんたってイリスは僕たちの恩人なんだから」
「いや…わたしはちょっと…」
「あ、そうか。イリスは本当は"こっち側"だけど、表向きは"完璧で模範的な優等生"だもんな。人目につくところで"イタズラ"なんてできないか」

皮肉を言いながら、ジェームズがおかしそうに笑っていた。
でもそれを聞いても、わたしは落ち込むどころか────ちょっとだけ、嬉しくなってしまっていた。

「なら仕方ない。それが"イリス"だからな。こうして物陰に隠れたところでだけ、そのパン職人の腕前を見せてもらうことにしよう。ああ、わかってると思うけど、このことは────」
「言わないから安心して」

それが"わたし"だから。

薄められてしまったわたしに色をつけてくれた人たちは、わたしの言葉に揃ってにっこりと笑ってくれた。そう、だから"優等生"という悲しいレッテルも、この人たちの前ではただの楽しい冗談なのだ。
まだわたしはなりたい"わたし"になれたわけじゃない。いつでも自由にものを言えるようになったわけじゃないし、「お母さまに知られたら」という呪いの言葉はまだ毎日のように聞こえてくる。

でも、そんな半端なわたしの存在もきちんと認識してくれる人がいる。
どんなわたしでも"わたし"だと見ていてくれる人がいる。

今はまだ、それで良い。
勇気なんて全然ないけど、いつかもっと大人になった時には────この4人の方を驚かせてしまえるくらい、わたしの好きな"わたし"に成長してみたい。

「そういうことだから、また徘徊して捕まった時には助けてくれ」
「いつでも助けられるわけじゃないからね…」
「さ、これで我らは運命共同体だ。本来ならここで一緒に祝杯をあげたいところだが────彼女には先約があるからね、ここは惜しみながら9月の再会の時を待とう」
「ここにあんまり長居すると、エバンズにさみしい思いをさせちゃうだろうしね」
「…あるいは、スニベルスがヌルッと入り込んでるかもな」
「シリウス、イリスの前でその呼び方はやめよう」

シリウスが「いたずら完了!」と唱えると、羊皮紙はまた何も書かれていない新品同然の状態に戻った。4人に笑顔で見送られながら、リリーのコンパートメントを探す。

「あ、イリス。こっちよ」
「リリー、ありがとう」

リリーは既にお菓子を広げていて、すっかりくつろいだ様子だった。

「あの人たちと何を話してたの?」
「マルフォイ対策のこと。リリーがわたしを心配してくれたみたいに、あの人たちもわたしのこと心配してくれてた」

リリーに嘘をつくのは心苦しかったけど、約束してしまった以上本当のことは言えなかった。これは"うまく人間関係を保つ"リヴィア家の教え。
リヴィア家の教えには嫌なところもたくさんあるけど、生かせる部分と殺す部分を自分で選んで、わたしはこれから"わたし"を作っていこうと思う。

それこそ、彼らのようにひっそりと。

「────そう、あの人たち、やっぱり"仲間"には優しいのね」
「そうだね」

リリーともできるなら仲良くしたがってるみたいだよ、と言うべきか迷ったけど、やめておくことにした。第一にリリーが嫌がっていそうだし、向こうも向こうで"スネイプと絡んでる女の子"にあまり良い印象を持っていないみたいだったから(主にシリウスが)。

それからは、リリーと楽しくおしゃべりしながらロンドンに着く時を────永遠に来なければ良いのにと思ったけど────待っていた。
ホグワーツでの楽しかった話、夏休みをどう乗り切るかという話、2年生になったら何をしようかという話────魔法史の5分はあんなに長いのに、ロンドンに着くまでの時間は本当にあっという間だった。誰か知らないところで高速魔法でもかけたんじゃないかと思ってしまった。

名残惜しく思いながら、電車を降りる。

「イリス!」

さっそく、お母さまの声が聞こえてきた。横にはパトリシアもいる。
わたしの胃がズン、と重たくなった。
お母さまはとても嬉しそうだ。試験の結果を見せたらきっと、もっと大喜びするだろう(これでも学年トップじゃないことは黙っておこう)。

ああ、たった2ヶ月とはいえ、わたしはまたこの鳥籠に逆戻りしなきゃいけないのか。
この1年で学んだ"自分らしさ"を失わないよう、でもそれが外に漏れてしまわないよう────自由でいるために、わたしは精一杯の苦労をしよう。

「じゃあ、またすぐに会いましょうね、イリス!」
「9月を待ってるよ、イリス!」
「うっかり魔法を使ったりするなよ」
「元気でね」
「またね!」

リリーと4人組が、わたしを追い越しながらそれぞれ声をかけてくれた。「またね」とそれぞれに返しながら、わたしはお母さまの前にお行儀よく戻る。

「ただいま戻りました、お母さま。ご無沙汰しております」
「あの子たちが、あなたのお友達なの?」
「はい。学年トップクラスの成績をおさめた子や、何代も続く名家の出身の子たちです」

嘘は言ってない。うん、ほぼ嘘ではない。

「まあ…本当に素晴らしいわ、イリス。確かにみんな賢そうな子たちだったものね。それで────試験の結果はどうだった?」
「はい、お母さま。全て満点です。1科目、100点満点中120点をいただきました」
「まあ! さすがリヴィア家の子だわ、今日はおかえりなさいパーティーをしましょうね。パトリシア、準備はよろしくて?」
「ええ、ええ、もちろんですとも。クリスマスにホグワーツに残ったかいがあったというものですね、奥様」
「そうね、寂しかったけれど、結果を出してくるなら大満足だわ。さ、帰りましょう、"私達の家"に」

ちゃっかり来年のクリスマスもホグワーツに残してくれる道を作りながら、パトリシアがわたしにこっそりウィンクしてみせた。
パトリシアはきっと、わかってる。ホグワーツで起きる出来事がどれだけ"お母さまの求めているもの"とかけ離れているか。あの人たちが成績優秀だからといって、決して"お母さまの望むお友達"ではないということが。

それに────あそこは、"わたしたちの家"じゃない。
わたしの居場所は、もう遠いところになってしまったあのお城だ。

「はい、お母さま」

そんな小さな"反逆心"は胸に秘めて、わたしはにっこりと上品に笑ってみせた。



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