翌日、私とシリウスはロンドンの中心に出ていた。
私は「ピーターがもし私達を裏切ったのなら、すぐヴォルデモートの元に戻って身を隠すんじゃない?」と言ったのだが、私より彼のことをよく知っているシリウスがそれを否定した。

「いや────あいつは多分、"人通りの多い場所"に現れるはずだ」
「人通りの多い場所…?」

なぜだろう。ピーターのような怖がり屋だったら、わざわざ人の往来に顔など出さず、それこそ今までのように隠れ家のようなところでひっそりと暮らしていると考えた方が理に適っているような気がするのだが。

「あいつにとっての懸念事項は2つ。"プロングズ達に忠誠の術がかけられていることを騎士団の奴らは知っている"こと。それから、"図らずしてヴォルデモートが力を失い、死んだかそれに近い状態になっていること"
「…あっ」

少し考えてから、私はシリウスの意図するところにようやく気付いた。

まず一つ目、リリー達に忠誠の術がかけられていることを騎士団のメンバーが知っているということ。
忠誠の術がかけられていたということは、当然それに伴って"秘密の守人"が存在することになる。当然、騎士団のメンバーは私、シリウス、リーマス、そしてピーターのうちの誰かがそれに該当すると目星をつけていることだろう。そして、私やシリウスのように"真実を知る者"がひとたび「秘密の守人はピーターだった」と言ってしまえば、彼が"私達を裏切った"ことが明るみに出てしまう。
リリーとジェームズは当然、高潔な騎士団の一員として組織の中でも慕われていた。そんな彼らが殺されるために闇の魔法使いに手を貸したとあっては、ピーターは仲間だったはずの人達を敵に回してしまうことになる。

そして二つ目、理由は知らないが、ピーターはヴォルデモートのために秘密を暴いたのに、そのヴォルデモート自身が今力を失っているということ。
これは彼にとってみれば、新たな後ろ盾がなくなるということに繋がる。騎士団を敵に回してしまった以上、同じ組織にいるのに仲間意識より敵対意識の方が強い死喰い人の中で、ピーターが強く生き残れるとは思えない。最悪、ヴォルデモートが力を失ったのはピーターのせいだと思った死喰い人から、その命を狙われる可能性だってある。一度闇の陣営に足を突っ込んだが最後、その末に待つものは"闇の帝王への一生の忠誠"か"死"しかないのだと、レギュラスから私は身を以て教わっていた。

その2つを回避するために、ピーターはどうするべきか。

「────秘密の守人が"私かあなた"だったと"多くの人々"に思い込ませ、自分は死んだふりなりなんなりして、ヴォルデモートが復活…するのかは知らないけど、その手がかりが見つかるまでどこかに隠れ住むつもり、ってこと?」

「その通り」とシリウスは至極真面目な顔をして言う。
確かに、それをやり遂げるなら"人通りの多い場所"に一度姿を現す必要がある。何も騎士団のメンバーに直接「僕は秘密の守人じゃなかった」と直訴するなんて"不自然極まりない行動"を取らずとも、人の往来で「お前のせいでジェームズ達が死んだんだ!」と一声上げ、私達と杖でも交えようものなら、人々の認識は勝手に"守人は私とシリウスだった"ということになるのだから。そちらの方がずっと自然で、そして周囲の認識も"ピーター・ペティグリューは友のために立ち上がった勇敢な人物だった"という胸焼けのする評価になることだろう。

「つまり、あいつが人里離れたところで隠れてやりすごすだろうっていう君の想像は当たってると思う────が、僕はその前に、あいつは"人通りの多い場所"で一発やらかすんじゃないかと思ってる」
「リリー達を殺すために手を貸すだけじゃなくて、私達に濡れ衣を着せようとするなんて…」
「堕ちたもんだな、あいつも」

────そう言うシリウスの声は、どこか寂しげだった。

私達はロンドンの中でも魔法使いやマグルが混在して多く住む、ウェストエンド周辺を歩いていた。ポリジュース薬で姿を変えることもなく、目くらまし術で姿を消すこともなく、堂々と街の大通りを歩く。

「良いか、僕らが先にあいつを見つけたら、国際機密保持法なんて気にせずすぐに縛り上げるぞ」
「その辺りの揉み消しなら私ができると思うから、任せて」
「頼もしい限りだ。で、あいつの方が僕らを先に見つけたら────」
「シリウスの推測が合ってるなら、いきなり攻撃はしてこない、よね?」
「そう思う。おそらく"お前達のせいで"とかなんとか喚き出すだろうな」
「でも、そうしたらどうする? そんな状態でこっちから攻撃したら、ピーターの言ってることを肯定してるも同然にならない?」

シリウスはそこで一度ううむと唸った。それがどんな行動であろうと、ピーターに先手を打たれてしまえばこちらが不利になるのは目に見えている。

「────その時もやっぱり、攻撃はせずにただ縛り上げるだけだな。必要以上の攻撃はせず、動きだけ封じてダンブルドアの前に引きずり出そう」
「……」

その案を聞いた私は、ある最悪のケースに思い至ってしまい、すぐに首肯することができなかった。

「どうした、何か不安なことでも?」
「…ピーターのいざという時の思い切りの良さは知ってるよね」
「ああ、もちろん」
「…あのさ、ちょっと思ったんだけど…。ピーターが何の策もなく、私達をただ糾弾するためだけに姿を現すかな? って思って…」
「どういうことだ?」
「つまりその…さっき私、自分でも言ったんだけど…"死んだふりなんなりする"んじゃないかって…だから、それと同時に…」

うまく説明ができずにいる私の言いたいことを、シリウスは途中で察したようだった。

「…あいつ、自爆するつもりか?」

私は小さく頷いた。できることなら、そんなことになどなりませんようにと祈りながら。

私が彼のシナリオに疑問を持ったのは、"私達がピーターを捕まえたら確実にダンブルドア先生のところへ連れて行く"ことが明確になった時だった。当然、ピーターもそれは予測していることだろう────つまり、彼は"私達に捕まらない計画"を練った上で姿を現すはず。

その計画とは何か?
リリー達を殺した罪を私達になすりつけ、その上で完全に騎士団や死喰い人両者の追っ手を撒き、たったひとりでヴォルデモートが復活する(のかどうかは知らないが)のを待つ方法────。

私達に"ポッター家殺しの罪"をなすりつけた上で、哀れにも敵討ちと称して私達に戦いを挑み、わざと死んだふりをすることが、最も効果的なのではないだろうか。

そうなると、私達はポッター家殺しの罪を被せられるだけでなく、その仇討ちに来た"勇敢なピーター・ペティグリュー"をも殺した罪を着せられることになる。良いところアズカバン送り、最悪のケースとしては即刻吸魂鬼のキスの罰を受けることもあるだろう。

「慎重に行かないとまずいな────。向こうが先に僕らを見つけた場合、まず武器を取り上げよう。話はそれからだ。どれだけ大声でプロングズ達のことを喚き散らそうと、その場で僕達が悪人になろうと、武器を取り上げて動きを封じてダンブルドアの前に突き出せば、後からなんとでもなるだろ」
「…そうだね、それが一番良さそう」

冷静に計画を立てながらも、私の心はズキズキと痛んでいた。
まだリリー達の死から立ち直れていないのに、私達は今、昨日まで最も仲の良い友人だった1人からの裏切りに遭い、その仇を取りに行こうとしている。混乱せずに立っていられることが奇跡のようだった。

本当は、何かの間違いであってほしいと思っている。例えば、ピーターが実はリリー達の家の住所を紙にメモ書きしていて、彼が眠っている間にヴォルデモートが家に忍び込んでそのメモを見たとか────常識的に考えてありえない上に、だからといってピーターを許せるわけでもないが、自分の意思でピーターがヴォルデモート側についたとは思いたくなかった。脅されて、拷問を受け、いっそ喋った方が楽になれると思ったから喋った、とさえ言ってほしいほどだった。ピーターが拷問されることだって本当は想像したくないが、もはや彼を許せる唯一の真実を、そのくらいしか思いつけなかったのだ。

「…どうしてピーターは秘密を話したんだろう」
「あいつは自分より強い者の懐で安心していたい腰巾着気質だ。ホグワーツでは僕らがいたから良かったが、卒業して僕らやダンブルドアの庇護がなくなり、勢いだけで騎士団に入ったことを後悔したんだろう。世界はあいつの知らない恐怖に満ちていて、パニックを起こしたあいつはどうせもう闇の陣営につくしか生き残る術がないと思ったんだろうさ。諦めたんだよ、あいつは。現実を」
「そんな言い方────」
「僕だってこんな言い方はしたくないさ。でも────あいつのことをわかってるからこそ、そんな言い方になるんだ」

そう言われてしまうと、私もそれ以上は何も言えなかった。
それにシリウスの横顔を見ていればわかる。今、ピーターに秘密の守人を任せたことで一番責任を感じているのはシリウス自身だ。だって彼が、ピーターを守人に推薦したのだから。彼はむしろきっと、ピーターがそのくらい潔い悪人になってくれでもしないとやりきれないのだろう。

「…理想を語れば語るほど、現実と乖離していた時の失望感は大きい…」
「ああ、そうだな」

シリウスは簡単に私の言葉を流したが、私の脳裏にはレギュラスの姿が浮かんでいた。彼はピーターとは全く逆の道を歩んだ人間だった。当初はヴォルデモートを妄信し、それこそ勢い良く死喰い人に加わったが、自分の知らなかった世界の真実に失望した末、ヴォルデモートと滅ぼすことを決意した。

彼が私に残した傷痕は大きかった。こんなところでさえ、彼の言葉が声と一緒に思い出されるのだ。そんなことを言えばシリウスがまた余計な心配をしそうだったので言わなかったが────彼は確かに、最初から最後まで自分の信念を貫いた人だった。その信念の内容を脇に置くとするなら、間違いなく私は彼のことを尊敬している。

だからこそ────ピーターの行動には、失望せざるを得なかった。どのような経緯があったにしろ、彼には最初から最後まで自分の"信念"がなかった。ホグワーツにいた頃はシリウスやジェームズのやっていることを尊敬し、面白いと思ってついていくその姿を見て、それだけで良いのだと納得していたが────。

大人になればなるほど、人に依存していくことが危険になる。
信じるべき指標がなくなってしまったその瞬間、最も力の強いものに有無を言わさず取り込まれ────ピーターの場合、それが"ヴォルデモート"という存在だったのだろう────"自分"を瞬く間に失ってしまう。

ピーターのしたことは許されないことだと思っているし、シリウスとは努めて冷静に打ち合わせをしたつもりだが、実際彼の顔を見た瞬間自分が怒りを制御できるかどうか、自信はあまりなかった。ただ────それと同時に、私はどうしようもない悲しみも抱えていた。

ホグワーツにいた頃、いつも一緒にいたピーター。シリウス達の悪戯を見ては目を輝かせ、彼らが困った時の活路を拓いてくれていたピーター。
私は昨夜のあの惨状を見るまで、ピーターが心から信頼できる友人だと信じて疑ったことがなかった。いくら彼が闇に呑まれそうになっているところを見ても、"本当に闇に呑まれる"とまでは思っていなかったのだ。────今思えば、それが甘かったのだろうと、自分を責めたい気持ちにすらなる。

自分が憶病だから…憶病なのに、今こうして自分の信念をなんとか保って戦えてしまっていたから、麻痺していた。本物の臆病者の、追い詰められた末に取る行動の浅はかさを。

リリーとジェームズは死んだ。ピーターは裏切った。
────6人で過ごしたあの綺麗な思い出に、皹を入れられたような気持ちだった。

「皆、いなくなってっちゃうね…」

街を歩きながら、ぽつりと呟いてしまう。
シリウスは何も言わなかった。聞こえないふりをすることにしたらしい。
おそらく、彼にももう言えるこどなど何もなかったのだろう。

私達は、変わってしまった。
ホグワーツという箱庭を離れて、広い世界に放り出されて、皆が皆変わっていってしまった。

私やシリウス、リーマスのように翻弄されながらも前を向いた者もいた。
リリーやジェームズのように"新しい世界"を自力で作った者もいた。
ピーターのように、厳しい現実に耐え切れず流れてしまった者もいた。

変わり方そのものは良いも悪いもないのだろう────しかし、その結果に待っていたものを想う度、私は悲しくてたまらなくなるのだ。2人が死に、1人が決別してしまったという、その結果を受け入れるには、まだ私はちゃんと現実と手を取り合えていない。

いつか────いつかこの戦争が終わったら、彼らのことも思い出にできるのだろうか。化膿して体中を蝕んでいくこの痛みから、解放される時は来るのだろうか。

何もわからないまま、私はひたすら目の前の────ピーターを探し出すという"今"すべきことに注力することにした。何を考えるにも、まずその問題を片づけないことには始まらない。

シリウスと2人でただ散歩をしている体を装いながら、街のあちこちに目を凝らす。
すると────"それ"は、唐突に起きた。

見つけたぞ!!! シリウス、イリス!!!

その声が誰のものであるか考えるより先に、私とシリウスは同時に杖を抜き振り返った。

人々がその大声を聞いてにわかにざわつく。足を止める者もいた。
そんな、人の往来の中に、"彼"は立っていた。

「ピーター…」

"裏切り者"は、声を震わせて私達の名を呼んでいた。その手には、杖が握られている。

リリーとジェームズが! シリウス、イリス! よくもそんなことを!!!
お前にだけは────言われたく────ない!!!!

シリウスの悲痛な叫び声を聞いた瞬間、私は彼も決して冷静だったわけではなかったのだと悟った。何を言わせるより先に武装解除する、なんて真面目な顔をして話しておきながら、彼の中にも怒りと悲しみと憎しみが募っていたのだ。

今にも杖を放り出して掴み掛かってしまいそうなシリウスを制するため、私は杖をピーターに向けた。
心臓の音がうるさい。体中の血が逆流しているかのように、あるいは体の内側を何か気持ちの悪い生き物が這いずり回っているかのように、熱さと痛みが私を襲う。

それでも。
それでも、今は。

エクスペリア────

ドーン!!!!

私が武装解除呪文を唱えている、その最中。
鼓膜を破るほどの爆音が轟いた。

レンガが敷かれた地面はごっそりと抉れ、粉塵が巻き起こっている。辺りがよく見えない中でピーターの姿を探そうと一歩踏み出した時、私の左手を強く掴むものがあった。

「イリス!」

シリウスだ。人々の悲鳴が溢れ、視界の悪い中でも、すぐ近くにいるシリウスの顔と声はハッキリと認識できた。

「ネズミになって逃げた可能性がある、追ってくれ!!!」
「でも、シリウスは!?」
「僕はあいつが人間のまま僕と杖を交える可能性に賭けてここに留まる!!!」
「それじゃ────」

これだけの大爆発が起きているのだ。死人が出ている可能性もある。もしピーターが既にネズミに変化して逃げていた場合、そこにシリウスが残っていたらその犯行は彼がしたことになってしまうのではないか────。

「僕なら大丈夫だ! あいつは────あいつには、必ず一発くれてやらなきゃ気が済まない!!」

シリウスの目には怒りの炎が宿っていた。繋がった左手から、彼の熱が直に伝わる。

「────…」
「イリス、頼む。君の役割をヘッジにしてしまうのは申し訳ないが────」
「────わかった。その代わり、必ず帰ってきて

シリウスは一瞬押し黙った。私が考えていたリスクに、彼もここになってようやく思い至ったのだろう。しかしすぐに彼はニヤリと笑った。その顔に────ふと、学生時代の面影を見る。

「君への愛に誓って、必ず帰ると約束する」

彼は最後に、私の左手の薬指にキスをした。そこにはめられたシルバー製のリングが、一瞬だけ熱を帯びる。
私はシリウスの顔をもう一度網膜に焼き付けると、ひとつ頷いて走り出した。

ピーターがネズミの姿になって逃げるなら、人の足では踏み入れられないところに行くはずだ。下水道か、それとも人ひとりが通る隙間すらない建物の間か────。

私は走りながら、ネズミというネズミを炙り出してはそれがピーターではないかどうか確認して回った。いくら素早いとはいえ、ネズミの足と人間の駆け足では1秒で動ける距離はそう変わらないだろう。川沿いを中心に、私は何度も呼び寄せ呪文をかけ、ピーターが引っかからないものかと走り続けた。

どこまでも、どこまでも走った。逆方向に行った可能性も考え、ある程度のところまで走った後は一度引き返して元の場所から再スタートさせた。

────そして、ピーターが大爆発を起こしたその場所まで戻ってきた時。

私は、信じられないものを見た。

シリウスが、魔法省の役人に取り押さえられていたのだ。

道の真ん中に深く抉れたクレーター。底にある下水管には亀裂が入っており、周りにはざっと10人ほどの死体が転がっている。その真ん中に立っているシリウスを────あのバッジは知っている────魔法警察部隊の特殊部隊が、捕えていた。

シリ────

叫びかけた私に目敏く気づいたシリウスが、私に「喋るな」と目で威圧してきた。

『君には君のやるべきことがある。僕は必ず戻るから────あいつを探し出せ』

唇の動きだけで、彼の言葉を読み取った。その顔には悔しさが滲んでいたが────決意に満ちた眼差しで、私を見ている。
彼は、賭けに負けたのだ。ピーターはやはり、ネズミになって────おそらくその亀裂が入った下水管から逃げてしまった。

大爆発の後、残された死体とシリウス。誰がどう見たって、彼がその犯行を起こした犯人であることを疑いはしないだろう。だって────彼らが"動物もどき"であることは、誰も知らないのだから。

私はシリウスを追いたい衝動に駆られていた。本能はもう足を今にも前へ進ませようとしている。あと5歩、たったの5歩大きく踏み出せば、彼を連行しようとしている特殊部隊の1人を引き留めることができる。

でも────。

いつも本能に唆されて鳴りを潜めていたはずの"理性"が、この時初めてずっと私の味方をしてきた"本能"に明確に反抗した。

────このままシリウスを追えば、私も彼も一緒にアズカバン行きだよ。ピーターを追える者も、真実を知る者もいなくなる。それで良いの? 本当に、それが彼のためになると思うの?

「酷い事件だな、イリス。君は大丈夫だったか? なんだかやけに顔色が悪いけど────まさか、事件の瞬間を見ていたのかい?」

事後処理部隊────人々に忘却呪文をかけたり、道路を修復したりする魔法省の役人が、私に声をかけてきた。何度か挨拶をしたことがあるからわかる、ビンガムという男だ。

ビンガムは、まるで私までもが被害者であるかのような口調で話しかけてきている。彼は知らないのだ。この凄惨な事件を起こした者が本当は別にいることを。この事件を引き起こすきっかけとなった、とある幸せな一家の殺害事件でさえも手引きしている者が未だ世に放たれたままであることを。

それを思った瞬間、私の腹は決まった。飛び出しそうになっていた足を踏みとどまらせ、シリウスを最後に一目だけ────その後ろ姿を今度こそ目に焼き付けて、私はビンガムに向き合った。

「ううん、私は自分の仕事でちょっと外出してただけなんだけど…。物凄い音がしたから慌てて駆けつけたらこの有様だったから…。私、こんなに酷いことをする人がいるなんて信じられなくて…
「ああ、俺もそう思うよ。でも君、本当に顔色が悪いぞ。相当ショックだったんだな、今日は早めに仕事を終わらせると良い」
「うん…。うん、そうするよ、ありがとう」

そう言って、私はビンガムに別れを告げ────彼の姿が見えなくなったところで、マグルが運営している下水道管理会社を探して中に入った。
オフィスには、中の社員を呼び出すための受付用電話と、会社案内のパンフレット、それから────街の下水道を書き起こした地図が置かれていた。

私は地図を1部手に取ると、それを開き、爆発が起きた地点から下水管がどこへどう繋がっているのかを全て頭に叩き込んだ。
地図の中身を覚えきる頃には、地図を握る手に力をこめすぎたせいで持っている部分の紙がぐしゃぐしゃに破れてしまっていた。

「────必ず、見つけ出してやる」

リリーやジェームズだけでなく、シリウスまで奪うなんて。

私は左手の薬指にある、シリウスとペアのリングに視線を遣った。

「君への愛に誓って、必ず帰ると約束する」

忘れてはならない。これは私とシリウス、2人の復讐なのだと。
彼は必ず私のところに帰ってくる。

衝動に任せて彼の傍にいるだけでは意味がない。「隣にいられたらそれだけで幸せ」だなんていう世迷い事を言う段階は、とっくに過ぎていたのだ。

彼が拘束されている間、私は────彼の"帰る場所"を用意しなければ。
本当の意味で彼と一緒にいるためには、私はただ彼について行くだけではいけない。彼に従っているだけだなんて、そんなのは"お荷物で頭が空っぽな人間"のやることだ。

まだだ。まだ私とシリウスの人生は、終わっていない。
リリーとジェームズのお墓にお花を持っていかなければならないし、彼との結婚だって、数日後に控えていたはずだったのだから。

「改めて約束するよ、イリス。僕はこの先、どれだけの危険に晒されようとも、どれだけ過酷な真実を知ろうとも、最後には必ず君の元に帰ると」
「────うん。私も、約束する。必ずあなたの帰りを待ってる。どれだけ長い時間がかかっても、どれだけ遠くへ行ってしまったとしても、私のいるところがあなたの帰る場所だから」


ピーターを探し出し、然るべきところへ連れて行く。あるいは────状況によっては、殺すことも厭わない。そしてその上で、シリウスが無実である証拠を集め、彼の釈放を1日でも早める。

さあ、顔を上げて、イリス。
私に立ち止まっている暇なんてない。

"優等生"である私は────どんなことだって、全て完璧にやってきたんだから。
大丈夫。これだって、絶対にうまくいく。

だからシリウス────早く帰ってきて。
そして、その時こそ──── 一生一緒にいると約束して、愛を誓い────結婚しようね。

今度こそ、一緒に幸せになろうね。



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