皆が驚いた顔をしてピーターを見た。彼の顔は熟れたリンゴのように赤く(泥酔したスラグホーン先生によく似ていた)、挙げた手はぷるぷると震えている。
でも確かに今彼はハッキリ口にしたのだ。「なんとかできるかも」と。

その"なんとか"が何を指しているのか最初に気づいたのは、リーマスだった。

「そうか────君はネズミになれるんだ!

その言葉を聞いた瞬間、全員の脳内できっと同じシミュレーションが行われたことだろう。

@レギュラスが普段歩いている時、どこのポケットに鍵を入れているか予め調査しておく。
Aレギュラスの気を逸らす、あるいは手元と視界を塞ぐ。
Bピーターがその間にレギュラスのポケットから鍵を盗み出す。

行程としてはこんなところか。@とAについてはやりようをまた考えなければならないが、できないことはない、と思った。それこそ、いつか私が同じように計画立てて動いた時────スネイプがリーマスに抱いている"彼は人狼だ"という疑惑を晴らすためのあの計画よりは、ずっとシンプルで組み立てやすい計画だった。

「レギュラスが鍵を隠し持っているところを暴いて、気を逸らした隙にワームテールがそれを取るってことだな? 君ってほんと、閃きに関しては天才だよな」
「ああ、自分の使い方をうまく心得てる。これに関しては僕らの誰にもできないからな」

シリウスとジェームズが揃ってピーターを賞賛した。ヒーロー2人に心から褒めてもらえたことが嬉しかったのか、ピーターはますます赤くなって(まだ赤くなれたのか)縮こまっていく。

「レギュラスの鍵の隠し場所だが…イリス、あの時レギュラスがどこから鍵を取り出したか、見てたか?」
「ローブの内ポケットだったよ。多分左側だと思うけど…でも、毎回同じポケットに入れてるとは限らないんじゃない?」
「いや、あいつは基本的に几帳面なんだ。部屋も整然としてたし、物の置き場はいつも細かく決まってた。その時ローブの左側の内ポケットから鍵を出したのがイリスの見間違いじゃない限り、あいつはいつも鍵をそこに入れてるよ」

流石は兄。弟の性格から鋭い分析を行い、私達の捜索範囲を一気に絞ってくれた。

「兄貴の部屋は足の踏み場もないのにな」
「部屋を爆発させる奴には言われたくないな」
「あれはムーニーが悪い」
「ごめんって何回も言っただろ」

3人の言い争いを脇に置き、私達は二番目のタスクについてプランを練り始めることにした。

「レギュラスの気を逸らすのはどうする?」
「それはもう、稀代のカリスマ様のお手並み拝見ってところで良いんじゃないかしら?」

これに答えを出したのはリリー。シリウスとジェームズは喧嘩を止め、ニヤリとそっくりな笑顔を私達に向けた。

「なんだってやってやるさ」
「ワームテール、どういうタイプのが良い? 視線を逸らすだけなら3クヌート、手の動きを止めるなら3シックル、手と目を塞いで動きも止めるフルパックで1ガリオンだ」
「ええっ…お金取るの…!?」

明らかに冗談めいたそんな言葉にでさえ涙声になるピーター。早くも自分の任務の重要さに圧し潰されて冷静な判断ができなくなっているのかもしれない(まあ彼の場合は本当に騙されているだけかもしれないが)。

「フルパック、初回特別サービスで全部無料でお願い」
「オーケー。フォクシー、継続契約の場合は1ヶ月5ガリオンだ」
「それが世間にも需要があると良いね」

まあ、誰かの手を止めようが目を塞ごうが、とにかく人の邪魔をすることにかけてこの2人を超える人を見たことがない。この辺りは2人が請け負ってくれた、という事実がある時点で成功したも同然なので、私は詳細を聞かないまま話を進めることにした。

「それで、ピーターがその間にローブの内ポケットに入り込んで鍵を取るってところだけど────正直、目は確実に塞いでないと、"ちょっと気を逸らした"くらいじゃすぐにバレると思う。それにこの鍵────ちょっとピーター、今だけネズミになれる?」

首を傾げながらも、大人しくピーターはネズミに姿を変えた。その状態で彼にルビーの鍵を渡すと、まずその短い両腕が鍵の重みで地面にへばりついてしまった。次にその立派な前歯で鍵を噛み、口で持ち上げようとしたが、それでも数秒経つと顎の筋肉が鍵の重みに耐えきれず、ゴトンと取り落としてしまうのだった。

「────見てわかってもらえたと思うけど、この鍵って結構重いんだよね。うまくレギュラスの手と目を塞げても、ピーターにはあまり遠いところから持って来てもらうことができない。それにまず第一として、気を逸らされてる間に鍵がなくなっていることに気づいたら、レギュラスはまず私達の計画に気づいて何らかの報復手段を打ってくる可能性が高い」

人間の姿に戻ったピーターが―早速「なんとかなるかもなんて言わなきゃ良かった…」と昨日の方向を向きながらガタガタ震えていた。

「あ、それならこんな案はどう?」

するとリリーが何かを思いついたように、ルビーの鍵をピーターから受け取ってまた私に返す。

「イリス、試しにこれと全く同じ模倣品を作ってくれない?」
「模倣品? えーと、ジェミニオ────これで良いのかな」

対象とそっくり同じ形をしたものを作る魔法、ジェミニオ。私が唱えると、テーブルにもう一つ、今私が持っているものと同じルビーの鍵が現れた。

「やっぱりあなたの変身魔法って至高ね。鍵の錆び具合、この歪んで複雑になってる形が細部まで再現されてるわ。────よし、じゃあまずピーター、あなたはレギュラスから鍵を盗んだら、その場で床に落として。それでイリス、ピーターが鍵を落としたら、その瞬間今と同じ呪文をかけて模造品を作り、すり替えて返してあげて」
「えっ、私、レギュラスと接点を持つの?」
「ピーターが長く持ち運べない以上仕方ないじゃない?」

リリーは当然のようにそう言った…し、私も正直その方法が一番道理に適っているとは思う。そもそもピーターがあまり鍵を長く持っていられないと言い出したのが私である以上、その問題に対する責任を負う覚悟は持っていなければならなかった。それに考えれば考えるほど、ただ"盗む"だけでは意味がないと言った自分の言葉が真実味を帯びてくるのだ。レギュラスがそれだけ大事にしている"愛しいあの人"との唯一のコンタクトツールをなくしたと知ったら、彼はそれこそ手段を選ばずに捜索しに来る可能性だってある。
そう考えれば、"模造品ですり替えておく"というリリーの案は理論上で言えばベストであるといえる。

「でも…一瞬でなんてできるかなあ…」
「むしろあなた以外にできる人はいないでしょうね」

リリーからの信頼が嬉しいようで重い。
でも、やるしかないと言われるのなら────正直、やれるとは思った。
無言呪文も、高速詠唱も、変身術では学年トップとあのマクゴナガル先生に言わしめた経歴を、この時ばかりは謙遜せず、自分を鼓舞するために言い聞かせることにしよう。

「僕には何かできることがあるかな」
「そうだね…リリーとリーマスには、レギュラスを探してシリウスとジェームズが待機してるところに連れて行くミッションをお願いできたら嬉しいな。あとできれば、道中に何か大量の荷物を持たせられるとベターかも。その隙に鍵を落としたってことにすれば、すり替える時にも時間の猶予ができるし、何より不自然さもないから」
「うーん、やること自体は簡単だけどかなり難しいなあ…僕ら、相当警戒されてるだろうし…」

リーマスもこれには曖昧に苦笑するしかなかったようだ。かく言う私も、これこそ最も難しい課題と言って良いのではないかと思っていた。そもそも普段のレギュラスの行動スケジュールを知らないし、知ったところでリーマスとリリーが彼を呼び止められるとは思えない。去年度のゴタゴタがあって以来、彼がグループのリーダーであろうがなかろうが、私達が闇の陣営からマックス警戒レベルで敵意を向けられていることはよくわかっていた。

「────クィディッチの練習後なんてどうだ?」

行き詰まり掛けた計画に新たな風を吹き込んでくれたのはジェームズだった。

「スリザリンチームの練習日程なら把握してる。なんなら練習が終わる頃合いを見計らって、僕が呼び止めたって良い」

なるほど、そのタイミングならレギュラスがいることは確実だ。グリフィンドールチームのキャプテンが敵チームのシーカーに話しかけに行くという流れも自然だし(まああまり穏やかな話はできないだろうが)、その隙に何か爆発なりなんなりすれば────。

「────確実にその時点でジェームズが何か関与して悪巧みしてるってバレるね」

────そう、ジェームズがレギュラスの足止めをしている間にレギュラスの周りで不穏な動きが起きれば、まず疑われるのはジェームズだ。しかもその後に偶然鍵を落として私に拾ってもらう? もうそんなの、「僕達は君の鍵をいただきにきました」と言っているのも同然だ。

「わかったわ、じゃあこうしましょう」

結局場をまとめたのはリリーだった。

「私とイリスでクィディッチの練習後にレギュラスを呼び止めるの。私、スラグホーン先生から次のスラグ・クラブの招待状をもらってるから、それを渡しに来たって名目で良いわ。で、その間にジェームズとシリウスが一発ドカン。レギュラスの気が逸れている間にピーターが鍵を盗んで足元に落とし、イリスがそっくりの模造品とすり替えてレギュラスに返す。こういう算段でどう?」

なんだか至るところで失敗しそうな気がするのだが────まあ、一番不自然さがないのはそのプランしかないのか…。

「リーマスは何かあった時、フォローに回ってくれる? リリーの案はすごく良いと思う。だけど、例えばレギュラスが想像以上にシリウス達の悪戯に気を取られてくれない可能性もある。ピーターが鍵をうまく取り出せない可能性もある。私が模造品をうまく作れない可能性もある。この作戦はシナリオとしてはよくできてるけど、…ごめんね、リリー…正直、穴に落ちる確率も高いと思うんだ。だから一番曖昧で大変な役回りなんだけど…」
「いざという時の時間稼ぎ役だね? 良いよ、なんなら"去年僕らの仲間を襲撃したのは君だろ"なんて真っ当な冗談を言って呪いを吹っ掛けたって良い」
「うん…まあそうならないのが一番なんだけどね…」

今度は私が曖昧に笑う番だった。
1人で何かを進める時なら心行くまで考えれば良いだけなのだが、グループでひとつの計画を遂行させようとすると、こんなにも難易度が上がるものなのか。自分の失敗を自分で繕うこともできなければ、他人の失敗をフォローすることもできない。つくづく私にはグループをまとめるなんてできないなあ、と思うとともに、もしこれで本当にレギュラスがあのグループのリーダーなのだとしたら、よくもまああそこまで杜撰に見せかけた綿密な計画を遂行させたものだと、いよいよ尊敬せざるを得なくなる。

ジェームズ曰く、次のスリザリンの練習日は来週の金曜日の夜とのことだった。
決行はその日だ。それまでに、どこか補修できそうな穴が空いていやしないかじっくり考えておくことにしよう。



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