「ねえ、校長室に直行しなくて良いの?」
「うん、後で報告する。でもまずはこの両腕いっぱいのお菓子をどこかに置きたいのと────それから、リーマス達の意見が聞きたい

ハッフルパフ生が談話室に入って行くのを見届けた後で、私達はグリフィンドール寮へと向かっていた。校長室を通り過ぎたところでリリーが一度そんな疑問を挟んできたが、私が「リーマスにこの話をしたい」と言うと、納得したようにそのままついてきてくれた。

「"例のあの人"についていく意思のある生徒が寮内にいないかどうか訊け、と…」

ヴォルデモートの狙いはそれだったのか。

クリスマス前、レイブンクローとスリザリンにそれぞれ変装してまで忍び入り、こっそり"調査"しようとしていたスネイプ達。
何かの情報をヴォルデモートに提供しようと暗躍しているのではないか、ということなら推測していたが────そこにその新しい情報が加わることで、私達の推測がより確たるものになった。

"何かの情報"とは、つまり"例のあの人の賛同者が校内にどれだけいるか"ということを指していた。

例のあの人の賛同者。それは当然────"未来の死喰い人"のことを指している。

噂は本当だったんだ。
ホグワーツの生徒から死喰い人を生もうとしている、そんな動きが本当にあったんだ。

なぜか?
シリウスはこう言っていた────。

「ヴォルデモートがホグワーツの内情を、というかダンブルドアの弱点を暴こうとしてるのは誰でも知ってることだろ。本当は先生を操れたらそれが一番良いんだろうけど、先生の採用や雇用管理にはダンブルドアが絡んでるから難しいだろうし。その点、生徒は魔力も信仰心も薄いから操りにくい反面、なんせ数が多いからダンブルドアの目を掻い潜りやすい」

もし、生徒のいくらかでも闇の陣営につかせることができれば、ホグワーツを内部から掌握していくことができる。ダンブルドア先生の隙をついて、ヴォルデモートが掲げているという"正しい統治"の下に、より多くの未成年の魔法使いを傅かせることができる。

シリウス達の言葉で聞くヴォルデモート像から察するに、あまり未成年のような力のない者に何か大きな仕事を任せるつもりはないのだろう。だからスネイプ達や、さっきのスリザリン生のように計画の進め方が多少杜撰であったとしても、"例のあの人についていく者を増やす"、あるいは"例のあの人の手が確実にホグワーツに及んでいる"ことを知らしめるという大きな目的の前には支障ない。

むしろ、失敗するくらいでちょうど良かったのかもしれない。
失敗して、ダンブルドア先生の耳にこの騒動を入れて、「自分の力はホグワーツにも影響を与えている」という確実なメッセージを届けることができれば、否が応でもダンブルドア先生の警戒心は上がるはず。ヴォルデモートがダンブルドア先生を最も恐れているというのなら、その先生の喉元を常に狙っているぞ、というその警告は最もらしい宣戦布告になる。

でも、そうすると1つ疑問が残る。
あのスリザリン生は、「もう既に他の寮には偵察が入ってる」と、過去形で言っていた。

それなのに、私はグリフィンドールにスリザリンの密偵が入り込んでいるという情報を知らなかった。

まさか、敵は内部にいるのだろうか?
いつかのメイリアの言葉が頭に蘇る。

「────もしハリエットに変化していた人間がグリフィンドールの人間だったとしても、あなたは下手にその生徒を庇い立てすることなく、本当に然るべきところに通告すると、約束してくれる?」

レイブンクローに入り込もうとしていたシモンズ。あのいい加減さからして、グリフィンドールに同じような場当たり的な偵察が入ろうものなら、私がそれを見抜けないわけがない。いくらなんでも、自分の寮で起きた問題ならちゃんと把握してる────はず。

可能性としては2つ。
1に、私の監督不行き届きで、スリザリン生の侵入を許している。
もう1つが────何も死喰い人候補はスリザリンだけに限ったことではなく────グリフィンドール生が、自ら闇の魔法に関わろうとしている。

残念なことだが、後者の可能性も頭に入れておかなければならないだろう。
だってこれはずっと私自身が言っていたことなのだから────何も闇の魔術に取り憑かれるのはスリザリンに限ったことではない、どこの寮の生徒だろうと、敵になる時はいつでもなりうるのだと────。

「リーマス!」

談話室のいつものスペースには、悪戯仕掛人の4人がいてくれた。休日だからまた外をほっつき歩いているかもしれない、と思っていただけに、ほっと胸を撫でおろす。
彼らは私とリリーが血相を変えて談話室に戻ってきたことと、それに似つかわしくない可愛らしいお菓子の山を見て、そのどちらにも驚いたようだった。

「ど、どうした?」
「なんだそのお菓子」
「いや、これはちょっと────関係ない。ちょっと、相談したいことがある。寝室借りられる?」
「ああ、それはもちろん良いけど────エバンズも?」
「そう。リリーも

今までこの手の内緒話にリリーが加わったことはなかった。彼らはいよいよ私が何にそんなに慌てているのかわからなくなったのだろう。いつも通り私達を寝室に通してくれながらも、戸惑いの声が上がっていた。
そしてそれはリリーも同様だったらしい。私がこんな風に慣れた様子で「寝室へ連れて行け」と言い、悪戯仕掛人も当たり前のように私を彼らの陣地へ通す。私達にとってはよくあることだったが、こうして彼らの中にリリーを招き入れることが初めてだったことで、彼女のことも多少困惑させているようだった。

寝室の真ん中に、どすんと腰を落ち着ける。
動きを止めたことで、いくらか私の気持ちも落ち着いた。そしてその上で────なんだか奇妙な光景だな、と今更みんなが思っていたであろうことにようやく私も思い至った。

シリウス、ジェームズ、リーマス、ピーター、リリー。
この"4人"と"1人"とは、それぞれ色々な秘密を共有してきた。彼らにしか言えないこと、彼女にしか言えないこと、何か起こる度に私達はそれぞれ集まって、こうして話し合いをしてきたっけ。
それが今、ホグワーツの危機を前に、全員集合している。この件については────リリーは多少不満に思うかもしれないが、私はハッキリと悪戯仕掛人の協力が必要だ、と思っていた。具体的に何かしてもらう、というより、彼らの意見を聞きたかった。だからこうして6人で集まることは必須だと思っていたのだが────。

あー…改めてこの5人が一緒にいるところを前にしてしまうと…ほら、いかんせんこの4人とリリーは向き合って喧嘩してるところしか見てないから…。

「で、どうしたんだ?」

急にまごついてしまった私になど構わず、シリウスが冷静に呼び出した理由を話すよう促してくれた。リリーがいることについても何も言及なし。まるでいつも通り、4人と私が顔を突き合わせている時と全く同じだというようなその態度に、私も改めて落ち着きを取り戻す。

「────結論から言うと、さっきリリーと厨房にいたんだけど、その帰りにスリザリンの7年生がハッフルパフの5年生を脅してる場面を見た」

4人の顔色がさっと変わる。おそらく、みんな私の考えていることを察してくれたのだろうと思い、私も話を続けることにした。

「内容は…簡潔にまとめると、"ヴォルデモートの支持者を集めろ"って話。ハッフルパフの子は"私達は闇の魔術に興味はない"って言ってたけど、スリザリンの人は"他の寮はもう調査済みで、あとはハッフルパフを残すだけだ"って言ってた」
「おい、それって」
「つまり────クリスマス前にレイブンクローとスリザリンの内情調査をしようとしてたのが、まだ続いてたってこと?」

リーマスが、的確に私の恐れていた仮説を口にした。

「…多分、そういうことだと思う。私とリリーが割って入ったから特に寮に潜り込まれるってことはなかったはずだけど」
「参ったな。そりゃヴォルデモートに何か有益な情報を持って来させようとしてるとは思ってたけど────まさかそれが、死喰い人リストの作成だったなんて」
「で、でも、他の寮に入ってるってことは、グリフィンドールにも…!?」

ジェームズはやはり冷静なままだったが、ピーターがすっかり怖がって辺りを見回した。まるで私達のうちの誰かが偽物だというかのように。
そう。私もそこがずっと引っ掛かっている。

「────そういうことになるよね。誰か、最近グリフィンドールに変な寮生がいるのを見なかった?」

私の問いには、しばし沈黙しか返ってこなかった。
みんなが考えている────が、誰もその答えに辿り着いていないようだった。

どういうことなのだろう。
グリフィンドールには一体誰が送り込まれているのだろう。

「────待てよ」

最初に声を発したのは、シリウスだった。隣に居るリーマスの肩を叩き、「思い出せ、ムーニー」といささか興奮したように言う。

「え?」
「9月、クィディッチの選抜戦があった時のことだよ。僕ら、グリフィンドールの選手候補を失神させたスリザリンの奴らを罰してる
「ああ、そのことなら覚えてるよ。でも────まさか…あっ」
「思い当たることが?」

その日のことなら、私とリリーも見ていた。もっとも私達が見た場面は、もう既に攻撃されたグリフィンドール生と、攻撃を加えたスリザリン生にリーマスが"監督生としての処罰"を下している最後の場面だけだったけど。

「あの時、僕らが出て行く前に、あいつらがグリフィンドールの選手候補に何か言ってるのが聞こえたんだ。"悔しくないか"とか、"ポッターが憎くないか"とか、"僕らと手を組まないか"とか────。当然、うちの寮の奴らはノーと答えた。それで失神させられたんだ。僕はあの時、ただ単にその後戻ってくるジェームズ達本メンバーに呪いをかける手助けでもさせようかと思ってたから気に留めてなかったんだけど────」

なんてこった。
今の話を繋ぎ合わせれば、その時点でグリフィンドールには真っ先に手が及んでいることになる。

僕らと手を組まないか────。

それは何も、突発的なジェームズへの報復なんかじゃない。
もっと根深い────ヴォルデモートへの加担を意味していたんだ。

「チッ…どうしてもっと早くこのことを思い出さなかったんだ」

シリウスが悔しそうに舌打ちする。
リーマスは神妙な顔をしていた。シリウスの言っていることには辻褄が合っているが、まだどこか納得いっていないような顔だ。

「────でも、本気で死喰い人を募ろうとしてるには…ちょっとやり方があまりにもいい加減過ぎないか? ヴォルデモートはそんな場当たり的なやり方で、魔力も信仰心も完成されてない生徒を無闇に引き入れるようなリスクの高いことをやるような軽率な人物じゃないと思うんだけど。そうでなければ、これだけ短期間で世界中を恐怖に陥れるような、綿密で完璧な"悪のカリスマ"にはなれないんじゃないか?」

リーマスの指摘は最もだった。
だからこそ、私はなおもここに辿り着くまでに抱いていた仮説を、彼らに打ち明ける。

「いや…いい加減で杜撰な生徒の暴走を、あえて容認していたのかも」
「あんなお粗末なやり方を、ヴォルデモートが許すのか? 聞いた話じゃ、あいつは自分の思い通りに事を運べない無能は、たとえどれだけ厚い信仰心を持ってる仲間でも容赦なく手に掛けるって噂だぞ」

シリウスの言うことは最もだ。でも私は、何もヴォルデモートが"本気で今すぐ生徒から死喰い人を集めるつもりはない"のではないか、と考えていた。

「────ホグワーツの中で、未成年の魔法使いに恐怖心を与えること…それから、先生方に"ホグワーツにも闇の魔法は着実に浸透していると伝えること"を本当の狙いとして据えていたのなら、むしろすぐ明るみにでる馬鹿な生徒のやらかす失態は、ヴォルデモートにとって必ずしも"失敗"とはならないのかもしれない」

全てを語る必要はなかった。完全に震えているピーターを除いた全員が、私の言いたいことを理解してくれていると、確信する。

「なるほどな。ホグワーツはダンブルドアが守る唯一の安全地帯だった。でもそれが今や内部から崩壊されようとしてる────その事実を、他でもないダンブルドアに突き付けることが奴の本当の狙いだったとしたのなら、その過程でどれだけ生徒が学校内で糾弾されようが関係ないってことか。生徒はあくまで"駒"でしかない。ただヴォルデモートは、"自分の力は着実にダンブルドアの目の前に迫っている"とわからせれば良い、と」
「そう考える余地はあると思う」

シリウス達は、今度こそ真剣にこの問題を考えてくれているようだった。
何せ、死喰い人候補の計画が勧められていたのは9月────もう半年近くも前からのことになるのだ。レイブンクローとスリザリンの件を収めたのは、ある意味"その場で突然起きたハプニングを阻止できた"という、いわば私達にとってもその場凌ぎの幸運なことだった。

でも、事はそう簡単ではなかった。
彼らは、今学期が始まった時からずっと、こうしてヴォルデモートについて行こうとしている人間を探していたのだ。

そのことの恐ろしさを、噛み締める。
闇の魔術とは、それまでに魅力的なものなのだろうか。ヴォルデモートのやり方は、それほどまでに────まだ思想も成熟しきっていないであろう未成年の生徒を簡単に利用できてしまうほど、"正当性のある思想"なのだろうか。

「ひとまず、ダンブルドア先生には後でこの話を報告しに行く。でも、彼らが先生の目を盗んでこれからも私達の中から積極的に死喰い人を発掘することはやめないと思うんだ。だから────」
「ああ、流石にそこまで言われちゃ、笑ってばかりもいられないな」

ジェームズが真剣な顔をして頷いた。
彼にとってレイブンクローとスリザリンにおける騒動は、それこそ"その場で収束した笑い話にできる"ことだったのかもしれない。でもそれが今、あらゆる生徒に同じように危険が迫っているとわかって、いい加減ことの重大さを理解してくれたようだ。

「でも、私達に何ができるの? 先生の力を借りることは正しいと思うわ。でも同じ生徒である立場の私達が、例のあの人の企みを阻止するなんて────」

対して、今までジェームズ達がどれだけ彼ら闇の魔術を弄んでいる奴らと戦ってきていたか知らないのであろうリリーは、不安そうな声を上げる。普通に考えればリリーの言っていることが正しいのだろう。ただの生徒が世界を恐怖の権化に敵うわけがない、それはわかっている。
わかっているからこそ────私は、他でもない"彼ら"に、助けを頼んだのだ。彼らは、決して"ただの生徒"ではないから。

「大丈夫だよ。僕らはホグワーツのことを誰よりも知ってる。闇の魔術に傾倒しそうな愚かな人間のことも、粗方把握してる。あいつらなんかよりよっぽど"情報取集能力"は高いはずさ」

そんなリリーを励ますように、ジェームズが言う。
その声は、今まで聞いたことのない優しい響きを持っていた。好きな子に安心してほしいという、彼なりの切なる想いがこめられているのかもしれない。

「ポッター…」

リリーがか細くジェームズの名前を呼んだ。彼女もまさか、ジェームズがいつの間にこんなに大人になっているなんて、予想していなかったのだろう。

「────ただ、事実は粗方わかったところで、僕としてはもう1つ疑問が残る」

しかし、落ち着いた口調のシリウスが一瞬温まった部屋を急速に冷やす。

「この1年、ヴォルデモートの計画に加担してきていたのは────前にも言ったかもしれないけど、別に"グリフィンドールをあからさまに敵視してる"人間だけじゃない。期初にグリフィンドールのクィディッチ選手を狙った下級生3人、メルボーン、シモンズ、スネイプ、そしてその謎の7年生────スネイプはともかく、今年になって急に暴れ出したのは、それまで闇の魔術に特に固執してる様子もないただのスリザリン生だった。そんな奴らが急にヴォルデモートに与そうと積極的に動いてることに────どうしても違和感が残るんだ」

どういう意味だろう。私達は揃ってシリウスの結論を待っていた。

「────僕はこの一連の事件には、それを統率する指導者がいるんじゃないかって、思ってる」
「指導者?」
「そう。ヴォルデモートを心から崇拝していて、それこそ心から死喰い人に加わることを望んでいる首謀者がいるんじゃないだろうか。っていうのも、一連の事件に関わった人間のステータスはあまりにバラバラだ。ヴォルデモートが個々に指示を与えてるというよりは、誰かひとりホグワーツに内通者がいて、そいつが今まで積極的に闇の魔術に対して明確な立場を示してこなかった生徒を一気に引き入れて、自分の手を汚さないまま杜撰な計画を進めさせたって考えた方が妥当じゃないか?」

────考えてみれば、それはもっともな推測だった。

今年に入ってから、突然名前も知らないような生徒が急に闇の陣営に与し、暴れ始めた。そのこと自体には、私自身も疑問を持っていたから。

例えばスネイプや…もう卒業してしまったが、マルフォイ、エイブリー、マルシベール、ウィルクス、ロジエール────彼らのように、私達マグル生まれを完全に蔑視し、どう見ても"死喰い人に加わるのが待ち遠しい"と言いたげな生徒がこの騒動を起こしているのならまだわかる。

でも、これまで聞いてきた厄介な生徒────シモンズやメルボーンなんかは────これまで積極的に私達を攻撃してはこなかった。
確かにおかしい。自分の信念が固まっていないとすらいえる状態で無差別に生徒達を恐喝して回っているようなこんな状況は、ハッキリ言って異常だ。私は毎回その騒動に立ち会っていながら、その誰の名前もすぐに思い出せなかったことを、ずっと不思議に思っていた。

でも、シリウスの言う通り、そこに"首謀者"がいるというのなら話は変わる。
誰か1人────心からヴォルデモートに傾倒している生徒がいて、その人が彼の命令を実行するために、そこまで反マグル精神を拗らせていなかったはずの生徒を操っているとしたら。

そりゃあ、敵の狙いもわかりにくくなるはずだ。
だって、実行犯には元々そこまで無理に"生徒を闇の陣営に引き込もう"という意思が感じられていないのだから、その狙いがどこにあって、何のために、誰のためにそんなことをしているのかはどうしても見透かしにくくなる。

────でもそれって、相当その"首謀者"は狡猾な人間なのではないだろうか。

確実に周りの生徒を従わせ、それでいて本当の狙いに気づかせないよう巧妙に────あえて杜撰な計画を実行させている。
そんなに賢い人間が、そしてそんなにもヴォルデモートに心酔している人間がホグワーツに1人でもいるという事実は────これはもはや、何人もの"頭の足りない死喰い人候補"が無闇かつ無差別に他寮の生徒に詰め寄っているという混乱状況を招いていることより、ずっと厄介な事態を示している。

その杜撰な生徒達を先生に突き出すことなら簡単だ。
でも、その首謀者を突き止めて、ヴォルデモートの狙いを挫くとなると────事はそう、うまく進まなくなる。何せ私達は、その"首謀者"が誰であるのか、ヒントすら掴めていないのだから。

「────わかった、ひとまず校内で不審な出来事が起きていないか、もっとよく見ておくことにしよう。…ジェームズ、シリウス」
「わかってるよ。抜け道や隠し部屋で"学外の人間"が何か内部の人間に手引きしてる痕跡がないか、僕らも見回ってみよう」
「ピーター、君はさりげなく他の寮も含めた生徒の中で既に死喰い人に関わろうとしてる奴がどれだけいるか、逆に探れるか? それこそ聞き耳を立てるだけでも良いし、なんならあいつらと同じようにいい加減なポリジュース薬の服用で他の生徒に成りすましたって良いぞ」
「えっ、あっ、そ、それは困るけど…うん、聞き耳を立てたり噂話を集めるくらいなら、僕が一番警戒されずに探れると思う。ぼ、ぼぼぼくが例のあの人の手下と同じようなことをするなんて、か、考えただけでも怖いけど…」
「バーカ、やってることは同じでも目的は真逆だ。お前のやってることはちゃんと"正しい"んだから、自信持てって」
「うええ…わかったよう…」
「それなら僕はせっかくの"監督生"って肩書きを生かして、他の監督生や主席に注意喚起をしておこう。イリス、手伝ってくれる?」
「もちろん、そのつもりだよ」

てきぱきと"自分にできること"を確認していく悪戯仕掛人の4人。私はその様子を見て、ほっと一息ついた。やっぱり先にこの人達に話しておいて良かった。

「────じゃあ私は今から校長室に行ってくるから、あとのことはよろしくね」
「わかった」
「任せろ」
「頑張る!」
「君も気をつけて」

それで今日の話し合いは解散となった。まだどこか呆然としているリリーに「リリー、戻ろう。私は校長室に行くけど、一緒に来る?」と尋ねると、ようやく視線を私に戻して「え、ええ。行くわ」と立ち上がった。

「ねえ、ところでそのお菓子って────」

寝室から降りて行く私達に、"真剣モード"から解放されたジェームズが興味深そうに声をかけた。

「明日のお楽しみ」

きっともう、私達が何のためのお菓子を持っているのか、わかっているんだろう。にんまりとした顔を隠し切れない彼に、私も悪戯っぽく笑ってみせた。

一度両腕いっぱいのお菓子を自分達の寝室に置いてから、私とリリーは談話室を出る。

「リリー、大丈夫? ごめん、突然あの人達と一緒に作戦会議に加わらせたりして」

リリーは足取りこそしっかりしていながらも、まるで自分の考え事にすっかり気を取られているようにふわふわとした口調で「良いの、気にしないわ」と言っている。

彼女がようやく言葉らしい言葉を発したのは、東塔から中央塔へ移り、ダンブルドア先生の校長室へ向かう道すがらのことだった。

「────あの人達って、いつもああなの?」
「"ああ"って?」
「その…あなたから話を聞いてると、いつもどんなことにでもおちゃらけてみせないと気が済まないんだろうなって思ってたから…あんな風に…」
「ああ…あんな風に真剣な顔をするなんて、考えてもみなかった?」

迷うように頷くリリー。私も彼らの真面目な顔なんてなかなか見られないから、あれがごく稀なことであるのは確かだ。

ただ、彼らにも"ライン"はある。

「────邪悪なものに対して、彼らや彼らの守りたいものが明らかに危険に脅かされてる時は、あの人達もちゃんと真面目に考えるよ。それで、その時のあの人達は────何よりも強いよ」

リーマスが人狼であるという秘密を守る時。
シリウスが誰かから謎の呪いをかけられた時。

他にもたくさん、ここでは語りきれないけど────彼らはいつだって、冗談の中にほんの少しの"本気"を混ぜていた。
もちろんその本気が覗くことなんてほんの一瞬で、しかも相当な緊急事態にならない限り発動しないから、私だって何度も「もっと真剣に考えて」ってやきもきさせられてきたけど。

「あー…合言葉変わってないと良いなあ…えーと、"ガトー・ショコラ"」

ガーゴイル像はぴょんと飛びのき、私達の前に無事螺旋階段の姿を現してくれた。

「────あなたがいつも彼らを頼る理由が、ようやくわかったわ」
「頼もしいでしょ。私の最高の友達第2弾。第1弾はもちろんリリーだけど」

リリーは笑って私についてきた。
────またここでもひとつ、彼女の頑固な心が溶けて行く瞬間を見たようだった。

校長室には運良くダンブルドア先生がいてくれて、ドアをノックするといつも通りの穏やかな声で「お入り」と言ってくれた。

「君の方からわしを訪ねてくるのは初めてじゃのう、イリス。それに…今回はリリーも一緒かね。心なしか顔色が悪いようじゃ、温かい飲み物でも飲むと良い、体が温まるから」

先生は背の高い椅子に座っていた。気のせいだろうか、今一瞬だけ先生の座っている奥にある暖炉が緑色の炎をぼうっと上げた気がするのだが────私はひとまず、「突然訪ねてしまい申し訳ありません」とアポイントもなく突撃した非礼を詫びることにした。
先生はそんな些細なこと、とでも言いたげに私達に座るよう促すと、ホットミルクをぽんと目の前のテーブルに出してくれた。

「さて、それで今日はどうしたのかね?」
「はい。実は先程────」
「ジェイコブ・バナマンがキール・キングトンを脅迫していた場面を見た話かのう?」

────やっぱり、ダンブルドア先生は既に知っていたんだ。
話そうとしていた内容を先取りされ、しかもこちらの知らなかった当事者2名の名前すら簡単に言い当てられてしまったことに一瞬驚いたが、すぐに私は気を取り直して「そうです」と頷いた。

「先日、私がシモンズを、そしてリーマスがスネイプ、メルボーンを校長室へ連れて行った時にお話ししたことがありましたね」
「死喰い人をホグワーツから排出しようとしているのではないか、といった噂話じゃな」
「はい。あの話を聞く限り、私はまだその作戦が続行中なのではないかと考えています。傍目に見ればわざわざ校長先生のお時間を割いていただくような話ではないのですが────」
「警告をしに来てくれてありがとう、イリス。その件については奇しくもすぐにわしの耳にも入ってのう、バナマンとはこの後おしゃべりする予定になっておるよ。だから君はあまり心配しすぎずにいておくれ」

────おしゃべり、か。
またバナマンからある程度の話を聞いた後、減点なり罰則なり────まるで"生徒がただちょっとした悪戯をやらかした"程度の話で済ませるつもりなのだろうか。

「ダンブルドア先生、あの────」

先生は一体どこまでこの事態を危惧していて、どこまで動いているんだろう。
私の考えが及ばないようなことをしているはずだ、というのはわかっていた。
ジェームズがこの間言っていたように、私達生徒なんかに構っていないで、ダンブルドア先生こそ本丸のヴォルデモートを倒すために、より頼りになる騎士団のメンバーに働きかけてるんじゃないか、という推測に納得もしている。

でも、今危険に晒されているのは私達だ。
ヴォルデモートやダンブルドア先生は生徒をあまり重視しておらず、互いの戦いとして杖を向け合っているかもしれないが────そうやってあまりバナマンのような生徒を野放しにしていたら、またあのハッフルパフ生…キールと言ったっけ、あの子のように罪もなく怯えさせられる生徒が増えるような気がする。

ホグワーツに死喰い人がいるんじゃないか、という恐怖が、ホグワーツに蔓延してしまう
。そうなったら、いくらダンブルドア先生がいるホグワーツが安全だといったって、いやだからこそ、先生が"ホグワーツを守っている"と確信できない限り、生徒の不信感は募っていくのではないだろうか。
そしてその"不信感"こそが、ホグワーツ内の不和を生み、"外の世界"の話だと思っていた戦争状態を"内部"でも引き起こしてしまうのではないのだろうか。────それこそが、ヴォルデモートの望んでいることなのではないだろうか。

だから私は聞かせてほしかった。
ダンブルドア先生が、その誰にも深淵を見通せない深い皺の刻まれた脳で、何を考えているのか。
ダンブルドア先生は、ちゃんと私達を守ってくれるのだろうか────と。

「先生はその、この問題を────あの、私達なんかよりずっと正しく把握していらっしゃるのはもちろん存じています。ただ────」

リリーは私がまさか校長先生に意見を物申そうとするなんて、思いもしなかったのだろう。それまでもダンブルドア先生が、私が何を言うより先に内容を言い当てたことにも驚いた顔を見せていたが、今度こそ信じられないといったように私のことを横目に見ているのがわかる。

「君達が考えていることと同じくらい、わしもこの一連の騒ぎを危険な兆候として捉えているかと、そう尋ねたいのかね?」

正直に言うと、そうだった。
でも────これは取り方によっては、校長先生ほどの人に「まさか"自分が考えてる程度のことすら考えていないのか"」と喧嘩を売ってしまうようなことになりかねない。
うまく肯定も否定もできずに「えーっと…そういうわけでは…」と言葉を濁らせる私に、先生はただにっこりと笑いかける。

「君は本当に賢い魔女じゃ。礼節を弁えていながら、必要とあらばどんな相手にでもしっかりと自分の考えを言える。────成長したのう、イリス」

思いがけず褒められてしまい、私の耳が熱くなった。
これだけ失礼なことを言っているのに、ダンブルドア先生はまるで私が宿題で満点をとって来たかのような口調で優しく語り掛けてくれている。

「しかし、心配には及ばぬ。少し自惚れた言い方になってしまうことを許しておくれ、しかしわしはのう、ホグワーツの教師として就任して以来、一度も生徒の安全対策を疎かにしたことはない。これまでどんな闇の魔術が近づこうとも、どんな闇の魔法使いが我が校に手を伸ばそうとも、わしは決してこの学校から目を離しはしなかった」

威厳がありながらも、幼子に諭すような声。
ダンブルドア先生が一体どれだけ長く"偉大な魔法使い"としてその名を馳せ、そしてこの魔法学校の校長の席に座り続けてきたのか────今更ながらにそれを悟り、やはり私の考えなど浅はか極まりなかったのだ、と恥ずかしくなってしまった。

ジェームズみたいに「自分でこの城を守る」なんて、私に言えるわけがない。
あまつさえ自分でなんとかしようとしているくせにダンブルドア先生には「守ってくれないのか」と訊いてしまうなんて、私はなんて愚かだったんだろう。

「しかしのう…流石にこの神秘の城をわしひとりで守りきるのには、やはり限界があるのじゃ」

あまりの自分の傲慢さに耐えられず俯いてしまう私に、ダンブルドア先生はなおも語り掛ける。

「悲しきかな、どれだけ目を見張っていようとも、目が2つしかついていない限り、その間をかいくぐって闇の手が入り込んでしまうことも、認めねばなるまい」
「は、はい…」

何を言いたいんだろう。私のような子供が口を出すな、とそれだけを言えば済む話なのに。

「確かにわしはわしでこの事態を憂慮すべき事項と捉えており、自分にできる手は既に打っておる。しかしわしとて、常にこの老いた両腕のみでここにいる全員を守れるとは流石に言えまい。だからイリス、またわしの居ぬ間に生徒を怯えさせるような何かを発見したら、すぐにわしに知らせてはくれぬか。君達には、わしと共に、ホグワーツを守ってほしいのじゃ
「はい…えっ?」

反射で頷きかけた私は、ダンブルドア先生の言葉をすぐ呑み込めず、お行儀悪くも先生の言ったことを訊き返してしまった。

わしと共にホグワーツを守ってほしい?
私が?

「左様。君や────君の友人達はこの半年近くの間、わしの目の届かないところで起きかけた不幸な事故をいずれも最悪の事態からは未然に防ぎ、そしてわしにきちんと報告してくれた。そのお陰でのう、君達には少しばかりわかりにくいじゃろうが…然るべき対処を然るべき時にきちんとできておるのじゃよ。わしは他の生徒同様、君達のことも同じ"大切な生徒"として守らねばならぬ。だから君達は自分達に"戦いのために必要な情報"が不足していることを不満に思うかもしれぬが、そこはぐっと堪えて────"戦いにならず済むよう"わしを助けてほしい。…ちょっと虫が良すぎるかのう?」

私達も、守られるべき存在。
戦いにならず済むよう、助ける。

────出過ぎた真似をしたとは、思った。

生徒の分際でできることなんてたかが知れている。
そんなこと、考えるまでもないことだ。
きっと私達がわざわざ校長室に行かなくたって、ダンブルドア先生は今年ホグワーツで何が起きているのか、正確に把握していただろう(そうでもなきゃ、入室するなり私の言いたいことを先に言えるはずがない)。

でもダンブルドア先生は────おそらくそんな私の羞恥心でさえ軽く見抜いた上で、私の自尊心を最大限に高めるそんな提案をしてくれたのだ。

ダンブルドアには敵わないと────いつかジェームズが言っていたことを思い出す。

そして、その本当の意味を私自身の体で感じた今────私は、再び最初にダンブルドア先生と会った時の畏怖の念を、あの日以上にまざまざと思い知らされた。

そうだ。私はまだ、この箱庭で庇護されるべき未熟な存在なのだ。
であるならば、それ"相応"の振舞いが求められるのは当然のこと。
むしろ私達が足手まといにならない範囲で────"私達にできること"を示してくれたこの人に、私はこれまで以上に恩と感謝の念を抱いて接しなければならないだろう。

ジェームズの言葉は分不相応だったと思った自分の考えを、即刻改める。
私達には、私達にできることを。

「────わかりました。必ずや」

私は深々と一礼し、同じように「君にもぜひお願いできるかな、リリー」と言われたリリーが慌てて「はい、もちろんです」と言うのを聞いてから、2人で校長室を出た。

「────ダンブルドア先生って、想像以上に圧が強いのね」

校長室を出た後、リリーがふうと一息つく。落ち着いているように見えていたが、もしかしたら緊張のあまり息さえろくにしていなかったのかもしれない。

「うん…ちょっと流石に今回は言い過ぎた…」
「そんなことないわ、先生はあなたに期待してらっしゃるのよ」
「いやあ…どうだろう…」

いくら私の尊厳を守ってくれたとはいえ、「これは子供の出る幕じゃない」と言われたことは確かだ。
もっと私が大人で、ホグワーツも卒業していて、力のある魔法使いだったら…きっと、もっとできることが他にあったんだろう。

ダンブルドア先生の心遣いには感謝している。必ず報いようとも、思った。
でも────本物の魔法使いの前に、私のような見習いなど────いてもいなくても同じなんだ、と恥じ入ったことに変わりはない。きっと悪戯仕掛人と組めば、彼らの言う通り本当に校内の内情調査くらいはできるのだろう。でもその後の────待ち構えているであろう本物の戦争において、私達ができることなどもはやない。

「あー…、早く大人になりたいなあ」
「何よ、もう私達だって成人するじゃない」
「そうなんだけどさ…結局私達生徒じゃ、何もできないんだなって」
「まあ、気持ちはわかるわ…。先生の知らないことを報告しに行ったつもりなのに、先生はその当事者の名前まで把握してたんだから。そりゃ自分達の無力さが嘆かわしくもなるってものよ」
「そうそう。7年生と5年生ってところまではわかってたんだけどなあ…。バナマンとキングトンか…」

バナマンと、キングトン…。

「あれ?」
「どうしたの?」

再びグリフィンドール寮へと戻りながら、つい足を止めた私にリリーは不審そうな顔を向けた。

「私…その名前、どっちも知ってる気がする…」
「え?」



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