それならいっそ



※互いにヤンデレ
※監禁(軟禁)あり




気がついたら夜の11時。
なかなか帰らない恋人を待っているうちに、いつの間にかうつらうつらしていたみたいだ。

机の上の冷めた夕飯を見ながら、重い溜息をついて鍵の開く音を待つ。
最近、1人でいる時に気分があまり優れないという日が続いてるのだ。

早く帰って来ないかなぁ…

モデル業に加え俳優やタレントとしても活躍している彼はいつだって多忙で、こんな時間になっても帰らない事なんてままある。
だから全然、時間の事は気にはしてない。
…唯一の心配事といえば女のファンの数だけど、それだってまぁ、当分は問題ない、はず。

なぜなら――――

「ただいまーっす!!!」
「! おかえりなさい!」

ぱたぱたと出迎えに行くと、外用の綺麗な表情をしてた涼太と目が合った。
しかしその瞬間、彼の目尻はだらんと下がり、口角はにへらと上がる。これがいわゆる"家用の顔"。

私が笑って立っていると、涼太は靴を脱ぐのもままならない様子で駆け寄って来る。
それを抱き留めながら、やっと色をつけた室内にやっぱり安堵してる自分に気がついた。

「あー、もー、なまえっち不足で死ぬっス俺ー!!!」

そう、なぜなら―――

「ねぇなまえっち、愛してるって10回言って? じゃないともう今すぐ死ぬー…」
「はいはい、えーと…愛してる、愛してる……」

――――彼は私に依存しているから。





「ねぇ、なんで今日返信くれなかったんスか? 休憩時間なんて電話もしたのに」
「ごめん、寝ちゃってたみたいで…っていうか涼太、どっちにしろ仕事中じゃない?」

冷めた夕飯を一緒に食べる。
空腹感も味覚もあまり関係なかった。こうして2人でいかにも文化的生活を営んでいるというのが何よりも大切な訳で。

よし、ちゃんと2人きりの世界は今日も平和だ。
…なのに、この憂鬱はなんだろう。

「仕事なんて生活の為にイヤイヤやってる事っス。なまえっちと連絡取れない方がよっぽど困るっス!」

私の考えをよそに涼太はそう言ってからカタンとフォークを落とし、
「……まさか家から出たんじゃないっスよね……?」
と空虚な目で尋ねて来た。

手を震わせる彼の様子を見ながら、私は一旦考え事を中断し、足を涼太の前に差し出した。
――――そこにはジャラリと、長い鎖がついてる。

「繋いだのは自分だよ? 私だって1人で外出するつもりはないし。寝てただけ」
「そう…そうっスよね。なまえっちが俺を裏切る訳ないっスよね…」
「…疑ったの?」
「そんな事……」
「そうだよね。涼太は私の事好きだもんね。疑ったりしないよね」

これでもうお解りだと思うけど、私は涼太に"軟禁"されている。
それが軟禁で済んでいる理由は簡単、私からも涼太を求めているから。

互いが好きだけど互いに不安になりやすい、互いの歪んだ感情。
壊れそうな声で"なまえっちを閉じ込めたいっス"と言った涼太の手を、私から取ったのはもうかれこれ3年前だった。

その時の条件はたった1つ
"ちゃんと仕事はすること"

監禁なんて度を逸した行為は、確かな経済力がないと続けてはいけないでしょ。
私を鎖で繋いでおけば安心だよ、そう言って提案したら意外とアッサリ呑んでくれた。

「寝てても電話くらいは出てほしいっス。今日も不安で何度も撮り直しになったんスから…」
「これからは出るね。私も涼太が連絡してくれたら嬉しい」

顔を覗き込んで謝ると、涼太は笑ってまた味の解らないご飯を口に運び始める。
話す事は次の休日どこへ遊びに行くかとか、いかに私が素晴らしいかという事ばかり。
涼太と一緒の時にだけ外出を許されている私だけど、そんなに外界に興味はないんだよね。

要は涼太がいればどこでも良い。おうちが一番安心するし。

「なまえっち、聞いてるんスか?」
「聞いてるよ? 聞いてる」

……なんだろう、今日は本当にモヤモヤする。
昼間だって気分の悪さの原因を考えていたら、いつの間にか寝ちゃってたし…。

「…何か悩み事っスか?」
「うーん……そうなのかなぁ…」

肯定したつもりはなかったけど、否定しなかった事が涼太の不安を煽ったみたいだった。
今度こそフォークを床に落とし、私の目を見つめた。

「ど、どうしたんスか? 何か欲しいもの? それとも…」

立ち上がって私の肩を抱く涼太。そのぬくもりに触れた瞬間、さっきまでの気持ち悪さが嘘のように、私の心まで温かくなる。

「……あ、あれ?」

試しに手を涼太の頬に置いてみる。とくん、と心臓の音が体を震わせた。

「………なまえっち?」
「もしかして……寂しかった、のかな?」
「え?」

言葉にすると途端にそんな気がしてくる。
毎日何も変わらない中、ひとりで夜を待つ生活。
自由に暮らす為に涼太を送り出し、私を見て脱力する瞬間を侘びる生活。

それに不満はなかったけど、平行していく日常を物足りなく思うのは、進化していく生物の避けきれない性だとも思う。

「涼太が………お仕事行くの…いや…なのかも……」

気づいたら涙が出ていた。

「わたしがお願いしたけど…やっぱり寂しいから…」

出るままに言葉を並べ、無責任に涼太の胸に寄りかかる。
知らない間に経済的な問題とか、文化的な生活とか、もうどうでも良くなっていた。

涼太が私を閉じ込めたいって思ってる以上に、私も涼太を閉じ込めてしまいたいんだよ。
仕事中に美人のモデルが色目使ってきたらどうすんの?
可愛いファンが近づいてきたらどうすんの?

働けって言ったのは私なのに、なんで今更そんな我儘言ってるんだろ。
でも、止められないや。

「なまえっち………」
「涼太、私を殺して………」

さすがに一緒に死んで、とは言えなかった。
こんな不安と寂しさに挟まれたまま生きていたくない。

涼太に愛されてるって全身で感じてる、今のうちに
せめて私だけでも死んでしまいたいよ――――。

「…………なまえっちは生きるんス」
「いや! ずっと我慢して1人で待ってたけど、もう待ってばっかりはいや! 生きていく為に涼太を送り出さなきゃいけないなら、私は死にた――――」

死にたいと、2度目に口にするのは叶わなかった。
涼太が私を押し潰すくらいに抱きしめている。

「――――なら、2人で死のう?」

震える声で耳元に吹き込まれる、涼太の言葉。

「俺もね、生きる為に…なまえっちと幸せに生きる為に、仕方なく外に出てたんスよ。さっきも言ったでしょ? でもそれがなまえっちを幸せにしないんなら、俺は喜んで君の隣で死ぬっス」
「涼……」
「だからほら、泣かないで」

にっこり笑って私の涙を指先ですくいとる涼太。
突然泣き出して死にたいって喚きだした私にも、動じる事なくこんな表情を見せてくるなんて。

「嬉しかったっス。俺ばっかりなまえっちに依存してんのかなって思ってたから。実は俺ね、なまえっちに言われるよりずっと前から心中する予定立ててたんスよ。へへっ」

その目に光は一切映っていない。
けれど、大好きな輝きがそこには宿っていた。

「君1人、逝かせやしないっス。だからほら、ちゃんと言って」

いつの間にか心の靄は綺麗に晴れていて。

「一緒に……死のう?」

涼太の笑顔が、滲む視界に最期の輝きを与えてくれた。

「喜んで」




((共に壊れてしまいましょう))









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