アイショウ
何もする事のない退屈で幸せな休日。私はただ床に寝転がって雑誌を読みふけりながら、時々ベランダでガーデニングをしている彼氏の綺麗な横顔に見とれていたりした。
あー、幸せ。
けれど、機械的にページを繰っていた指はある所で仕事を放棄してしまう。
"セックスに適した身長差は22p!!"
それはなんて事ない、雑誌コラムの本当に一部分。普通なら見逃す所。というか実際、いつもの私なら目にも留めずに次のページのメイクトピックでも見ていた筈。
それがそうもいかなかったというならやっぱり、気にしてるのかも。
――――最近彼の顔が厳しい。
普段は優しいし紳士だし、いつも微笑んでいるのだけど、情事中の顔がやたらとにかく厳しい。
それは快感に打ち震えてるからとかじゃなく、割ともう序盤からずっと、こう…表現しづらいような厳しさで事にあたっているのだ。
そのうち私は、体の相性が悪いんじゃないかと疑い始めた。お互い初めて同士だったから、最初は気づかなかっただけで(私は今もよく解らないけど)彼はだんだん限界を感じているのかも、と。
そう心配している時にこれだ。理想が22p? 全然当てはまらないよ私達。身長差が合わないと相性も合わないのかな。そういう事だったのかな。
もちろん体の関係が全てだなんて思わないし、こんな日こそが幸せだとさっき思ったばかりだ。でも彼女である以上、なんだって彼に合う存在でありたいと思うのもまた人間の性だと解ってほしい。
長い事音も立てずに雑誌を睨みつけていたからだろうか、やがて彼が窓を開けて部屋の中に入ってきた。
「なまえ? 何か気になる事でもあった?」
「辰也……………身長、変えられる?」
「は?」
それから私は今まで考えてきた事を辰也にも聞かせた。
最初は不思議そうな顔をしていた辰也も、私があまりにも真剣らしいと解ってからは黙って聞いていてくれる。
「――――だから、私…あんまり理想の身長差から離れてるのも嫌だなって」
「…そんな事考えてたのか」
「あっ、でも最中は辰也の名前呼ぶので精一杯だし、いつもあんまり記憶ないから、本当にそれ思うのは序盤だけだよ」
慌てて弁解する私に辰也は目を細めて笑う。綺麗な笑顔。
「理想の身長差なんて一般論だよ。それが同じ身長でも40pの差があっても、一番しっくりくる相手ってのは様々なわけだから」
「じゃあ、原因は他に?」
「うん。俺だね」
「え、いや、これは私にもきっと問題が…」
「あぁ、強いて言えばそうかもしれない」
どうやら辰也には答えが解っているようなので、視線で続きを促した。
すると辰也は一瞬鋭く笑って私を引き寄せ、形の良い唇を重ねてきた。
辰也の香りと温度が鼻孔と肌をくすぐる。と、次の瞬間に肩を押される感覚がして、目には真っ白な天井と辰也の見下ろしてくる顔が映るだけとなった。
あれ、なんだろうこの急展開。
確かにそういう話はしてたかもしれないけどさ、
文句の1つでも言ってやろうかと口を開きかけた瞬間、またもや辰也の唇が押し当てられ、それは叶わなかった。熱い舌を舌で絡め取られ、息をする事も辛くなってくる。
「――――っは、」
名残惜しそうに離れていく唇。酸欠で視界が歪んだけれど、辰也の顔はよく見えた。
ほら、また苦しそう。
「た、つや」
小さく名前を呼ぶと、辰也の細くて固い指が私の体をゆっくり撫でた。
辰也にしかできない、いかにも私の体を知り尽くしたその動きに否が応でも鳥肌立つ。
「俺が厳しい顔をしてる理由が知りたいんだっけ?」
だんだんと焦らすような彼の手が、私の言葉なきおねだりに応え始める。それにしても今日はちょっと……強い……
「簡単な話だよ。自制してるんだ」
いけない所を執拗に攻めだした、辰也の目は自嘲気味に揺れていた。
既にもう結構な所まで追いやられている私が、断続的な呼吸運動の合間に聞き返すと、辰也は更に笑みを深めた。
「ほら、今だってそうだ。そんな涙目で、顔を赤くして、俺の下で俺の手によって淫らに咲いてるなまえ…。ただでさえ君の事がどうしようもなく好きなのに、こんな特別な顔を俺にだから見せているんだと思うと…」
それを聞きながら私は辰也の存在がだんだん膨れ上がってきているのを感じた。
「でも俺は男で君は女だ。俺には君がどこまで耐えられるか解らない。自制心を失って壊す真似だけはしたくなかった。…ちゃんと隠してきたつもりだったんだけど…不安にさせて、ごめんね」
朦朧とする意識の中、悩んでいた事への真摯な答えに私の体は深い悦びを覚えていた。
なんだ、相性が合わないんじゃなかったんだ。
むしろ逆で、相性が合ってたから…そう思うと自然と口の端に笑みが浮かぶ。
「なまえ、」
「辰也」
話しかけようとする辰也を遮って、一旦私を頂点へ誘う事をやめたその体をぎゅうと抱きしめた。
「……大、丈夫。…本当にやばかったら…ちゃんと言うから。…辰也にだけ厳しい顔…させたくない。一緒が良い…」
辰也は目を丸くしていた。それから、さっきまでの自嘲的な笑みはすっかり消え、代わりに大好きないつもの優しい顔が戻ってきた。
「命知らずなお姫様だね…なまえは」
抱きしめている私の体を抱き返すと、準備できている私の中にゆっくりと彼を沈めてくる。
甘い痺れが全身を支配して、もうここからは本能的な感覚だ。
自制する事をやめた彼は確かに激しく、強く私を揺さぶった。
ひどくリアルな音が空間を支配し、信じられない程の圧力に衝撃と興奮を一度に与えられる。
本当だ、身長差なんて関係ないじゃん。何も起こらない日常とはまた違うけど、こんなハードな瞬間もまた幸せなのかも。
体の受ける負担とは裏腹にそんな呑気な事を考えてみる。
「…ね、最中は…俺の名前っ…呼ぶので精一杯…なんじゃ、ないの…?」
しかし彼に邪念は全てお見通しらしい。
「たっ……たつ、や、」
だって仕方ないじゃない、
そんな顔の辰也を見るの、初めてだし
こっちに意識を引き戻したらもう、その意識ごと落っことされそうなんだもん。
「辰也………っ!」
「…なまえ…」
あ、もうだめだ
辰也の艶やかな私を呼ぶ声が聞こえた瞬間、絶頂の感覚と共に私はその意識を手放した―――――
アイショウ
(せっかくの辰也本気モードを見逃してしまった…)
(…あー、実は俺も気を失ってたんだよね)
(うそ、挿れたまま?)
(……Sorry)
身長差についてのソースはTwitter。九分九厘デマです。
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