03
「緑間君てさ」
「……」
「いつも誰と一緒にいるの?」
「……」
「まぁ見るからに一匹狼っぽい感じではあるけど」
「……」
「お昼もなんか1人だよね」
「……宮地」
「うん?」
「やかましいのだよ」
緑間君のふてくされた声に、私の箸が止まった。そのままばっちり3秒くらい見つめ合ってから、ぼてっと首を重力に任せて傾ける。
「あれ、なんで私怒られてるの?」
「というか何故お前がここにいる」
「え…………」
まさかの質問に、ぎくりと身を竦ませてしまった。あぁやだなー、そんな事は聞かれないと思ってたのに。
気まずい沈黙にそわそわと指を絡ませる。緑間君を見ると、じとりとした半目の顔が私を探るように睨んでいた。
「………あー、緑間君がぼっちだから!」
きらりーん、星が飛び散るような笑顔で答えたのに、緑間君は冷たく目線を下に向けてしまった。まぁ多分、輝く笑顔だと思ってるのは私だけで、実際はそんなに輝いちゃいないのが原因なんだろう。あくまで多分。恐るべきDNAの所為で。
…………うん、気まずい。
そもそもどうして私達がこんな険悪な空気の中にいるのかというと、私が今一生懸命緑間君にお近づきになろうとしているからに他ならないのである。
入学してから早2週間、既にクラスの仲は温厚なものができあがっており、昼食時などは特に賑やかな団欒が繰り広げられていた。私はどこのグループにも所属せず、あちらこちらのグループにふらふらとお邪魔していたのだが、ある日教室の隅でひとりお弁当をつつく緑間君を発見してしまって。
かねてからキセキのバスケが好きだった私は、憧れの有名人に近づかない手はないと思い、
本日、こうして机を無理やりくっつけてインタビューしている訳だが………。
まぁ、これもまた当然か。
二言三言、儀礼的な会話を交わしたに過ぎない女子からいきなりお昼をご一緒されたら…そりゃあどん引きっすよねー。
だから単に「孤高の男 緑間君とお友達になりたいんです☆」というフレンドリー系女子を装っていたというのに、それも無駄になってしまったらしい。
仕方なく、白状。
「……実はキセキの世代に興味がありまして」
「だろうな」
……ばれてたらしい。
だってそんなミーハーな理由で近づかれるのになんて、彼らは慣れているんだろう。…そしてもう、うんざりしているんだろう。
せっかく仲良くなりたいと思っていたって、イケメン目当ての女の子と一緒になっちゃあ嫌われておしまいだ。いや、確かに私も表面的なキセキのレッテルだけで判断してるんだけど、なんかこう…違うんだよねぇ。
「いやあのね、私はただ単に最強"キセキの世代"のバスケに興味があるだけなんであって、緑間君自身には全く興味ないっていうか、強いてファンを名乗るなら青峰君が一番タイプだし、だからその……」
緑間君に興味ない、を何度も強調して言う事がむしろ失礼だと気づいた時には、もう結構喋ってしまっていた。
これじゃ逆効果じゃんと思って緑間君を窺うと、―――あれ、なんか表情が…柔らかくなってません?
「えぇと、あのー…だから、…」
「別に何も言ってないだろう」
「………は?」
「中学の頃のギャラリーは、何故かバスケに興味がないのにキセキにだけ近づきたがる生徒が多かった。だから確かに迷惑を被った事もあったし、そういう意味では警戒をしていない訳ではない。だが…そうとは言っても俺は"キセキ"である自分に近寄って来る奴を片端から追い払っている訳でもないのだよ。バスケに通じている奴が俺達のバスケをどう評するのかは、逆に興味があるところだ」
出会ってから2週間、今のが一番雄弁だった瞬間。
前言撤回――――、緑間君には"興味があるのは君じゃなくキセキのバスケ"という言い方は悪印象を与えなかったらしい。私としてはこちらの方が本音だったので良かったが……さすが変人だなぁ。
「………キセキのバスケはね」
「あぁ」
「パフォーマンスとしては最高だけどスポーツとしてはいまいち」
「…………」
「…あ、また言い過ぎた。ごめん」
慌てて口元を押さえるも、もう意味はなかった。緑間君のメガネが心なしか白く光ってしまっている気がする。怖い。
「…いや、忌憚のない意見として真摯に受け止めよう」
まぁ、確かに憚ってはいないけどもさ………うん、だからごめんってば。
「あっれー、真ちゃんてば早速ナンパかよー」
どうにも彼との距離を測りかねている所為で再び生まれた気まずい空気。それを打破してくれたのは、廊下から緑間君を呼ぶ軽やかな男の子の声だった。
なんだ、緑間君友達いるんじゃん。
「ナンパじゃない」
「真ちゃんって本当に変人で大変だろ」
「おい……!」
男の子は、まったく初対面の私にも隔てのない笑顔でそう言った。つられて笑いながら「ほんとにねー」なんて答えると、反論しようとしていた緑間君の表情が更に固まる。なんでそこは当たり前のように手を組んでいるんだ、という言外の主張が聞こえてきそうだ。
「―――何をしに来たんだ、高尾」
「ん? あぁ、大坪さんにさっき会ってさ。そろそろレギュラー決めのテストがあるから放課後は視聴覚室で一旦ミーティングだってよ」
「解った」
高尾君、だったか。どうやら彼の突然の乱入は緑間君への事務連絡があったかららしい。この会話からして彼もバスケ部なんだろうなと推測をつける。
それにしても高尾か……どこかで聞いた気が…………。
「あ、あなたもしかして高尾和成君?」
思い当たったひとつの名前を出してみる。すると高尾君は少しだけ驚いた顔をしてから、緑間君をチラ見して、私に向き直り頷いた。
「よく知ってんな。…えーと、ごめん、でも俺君の事…」
「あぁ良いの、知らなくて当然だよ。―――私、宮地聖花。えーと…なんで高尾君の事を一方的に知ってるかっていうと、私がバスケ好きで、中高バスケは特に色々調べてたりしてたの。だから高尾君の名前もちょくちょく見てたからなんだ」
「あぁ、そういう事ね。嬉しいなー、俺結構有名だったワケ?」
「うん。鷲の目から逃げられる者はいない! 正確無比の天才PG!! ……とかいうアオリがいつかの月バスにあった気がする」
「あーあれかー!! 俺も見たけどなんかだいぶ盛られてたんだよなー」
わざとらしく顔に手を当てて首を振る高尾君。
面白い人だなぁと思ってにこにこ見ていると、緑間君が不機嫌そうにがたんと立ち上がった。
「あれ、緑間君おでかけ?」
「うるさいのが増えて不快だ」
何かを言う間もなく、退場。その場には照れ笑いから呆れたような笑顔に転換した高尾君と、呆然とする私だけが取り残された。
っていうかこれ、うちら初対面なのに。
「…素直じゃないねぇ」
「え?」
「多分だけどあれ、友達ができたのが嬉しいだけなんだよ」
「えー……友達って、私の事?」
「そうそう。まぁ俺もまだ会って間もないからあんま言えねーけどさ。真ちゃんの事よろしくな」
あとついでに俺ともよろしくしてよ、と付け足す高尾君。もちろんそれは構わない…というかむしろこちらこそお願いします、である。
戸惑いながらではあったけど、とりあえず新しい友達ができたという認識は間違いじゃないらしい。
「−−−そういやちょっと思ったんだけど、宮地ってもしかして兄さんとかいる?」
再びにこにことお弁当を持ち上げると、高尾君のそんな質問が耳に入ってきた。
あぁそっか、高尾君もバスケ部に入ったんなら、私と同じ名字の先輩くらい見かけたよね。宮地って(いる事はいるけど)あんまり聞かない名字だから、もしかしてって思ったのか。ご名答だよ。
……って、答えるつもりだったんだけど。
「いるいる! 超イケメンで超バイオレンスな兄さん!! 宮地清志!」
いつの間にか興奮していたらしい私は早口でまくし立てていた。案の定高尾君はちょっと気圧された様子である。
「や、やっぱりな。バスケ部3年の宮地さん、お前と同じ名字だしなんかちょっと顔似てるから、そうかなって思ったんだ」
「えーうっそー、似てる? ふふー、嬉しいなー。高尾君それ今日一番のファインプレーだよ」
しかし私は全く反省せず、感情のままに適当な事を言う。するとみるみるうちに高尾君の表情も愉快そうなものになっていった。
「っくく……兄さん大好きなんだなー、宮地は」
「そりゃあもう!! 世紀末のブラザーコンプレックサーとお呼び!」
「ぎゃははは!! なんだよその名前!! 21世紀始まったばっかなんだけど!!」
ぎゃーぎゃーと喚き散らす私達が相当みんなの迷惑になっていたと知らされたのは、もう昼休みが終わった後の事だった。
「うるさかったのだよ」
「早く言ってよ」
「"なんかやかましい人達"と他クラスの生徒にまで噂されていたぞ」
「だから早く言ってってば」
古豪秀徳でいきなりスタメンになるくらいなんだから、高尾だって相当中学バスケ界では名を馳せていた筈。という予想もとい願望。
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