30



「真ちゃん泣いてたぜ」
「ダウト」
 
お昼休みの時間。今日私と机を合わせているメンバーは、いつもより一人足りない。
教室全体も今日はどことなく閑散としている―――ように見えるのは、松ちゃん達の女子グループが室内にいなかったから。朝から相変わらず無視はされていたけど、靴が隠されているとかテストがボロボロになっているとか、そういう被害はなかった。昨日、ちょっと脅迫じみたことを言ってしまったこともあるので(先生に言っちゃうぞ〜! 的なアレね)、多分もう、無視される以上のことはないと思う。
 
高尾は少しテンションが低くて、まるで私の様子を窺っているかのよう。私はできるだけいつも通りに振る舞おうとしてるけど、やっぱりどこか変なんだろうか。
 
「緑間、何か言ってた?」
「大したことは。ただ昨日戻ってきた時に俺がどうだった、って聞いたら"何の力にもなれなかった"って、それだけ」
「…………」
「ごめんな、真ちゃんが頼りにならないなんて思ってるわけないのはわかってっけど、昨日は余計なことしたな」
 
ぶんぶんと首を振って、高尾の謝罪を否定する。余計なことだなんて思ってないし、嬉しかったのは確かなことだもん。ただ、私がうまく気持ちを伝えられなかっただけで。
 
「ありがとう、気遣ってくれて。一応松ちゃんとは話した…というか、うん、まぁ話した…って言うのかな。とにかくもうああいうことは起きないと思うから大丈夫。……緑間にもちゃんと謝ってお礼言わなきゃとは思ってるんだ」
「…そっか」
「……高尾は訊かないんだね。何があったのか」
「訊いてほしけりゃ訊くけど?」
「…ううん、良い」

ここまで助けてもらっておきながら、何も言わないというのも不誠実な気がしていたんだけど。でも、まるでそこまで汲んだかのようなこの高尾の問い方に、私は更に救われた。素直に首を振ったら、高尾はにっこり笑って「うん、じゃあお前の大丈夫って言葉を信じる」と言ってくれた。
 
「あ、ただ一つ訊きたいことがある。良いか?」
「ん?」
「この件、納得…はしてなくても、聖花の中でちゃんと折り合いついたか?」
「………うん、それも大丈夫だよ」
 
解決したとはいえないかもしれない。でも、一つの区切りはついた。
私の中では昨日お兄ちゃんに導いてもらったことが答えだ。だから私は、大丈夫。
 
高尾はそれを聞くと、立てた指を丸めて再びにっこり笑った。
 
「ん、それなら良いんだ。もう終わったことなら俺も安心。今度は心置きなく真ちゃんと仲直りしよーぜ」
「……当の本人には避けられちゃってるけど…」
「あー…あいつ、生真面目だからなぁ…」
 
朝から話しかけようとは試みていたのだけど、緑間は私が声をかけようとするより早くすっとその場を離れてしまっていた。
 
「多分、まだ心の中でどうしたら良いのかわかってないんだよ。だから聖花と対面した時わけわかんないこと言って余計困らせるのが嫌なんだ」
「そんな…困らせてるのは私なのに」
「ま、それだけ聖花は大事な友達ってことだよ」
 
なんてことないように言う高尾を見ていると、沈んだ気持ちが少しだけ浮上するように感じる。
 
「高尾は大人だなぁ…」
「ははは、楽観的ってよく言われる」
 
その本質がどうであれ、今は高尾のそんな性格に救われてるのは紛れもない事実だ。
 
「でも、高尾がいてくれてすごく助かってる。ありがとう」
「俺も聖花のそういう素直なとこにいつも助けられてるよ」
 
私があんまり元気を出せないことがわかってるから、高尾もいつもみたいに茶化してはこない。
 
緑間にも高尾にも、与えてもらうばかり。
私はいつか受けた全ての恩を、2人に返せる時が来るのだろうか───―。
 
 

 
 
「じゃあHRを終了する、日直、号令を」
 
先生の言葉を最後に、その日が終了する。
逸る気持ちで礼の号令に合わせて小さく一礼。それから弾かれたように立ち上がって向かったのは、緑間の席。
 
「緑間!」
 
緑間は驚いた顔をしていた。唇を薄く開けて、ぱちくりと私を見ている。
 
「あーっと…話があります! 帰る前に少し時間をください!」
 
今日部活が休みなのは知っていた。だから、帰ってしまう前にと急いで声をかけたのだ。
 
「………わかった」
 
少し迷ったように視線を泳がせていたけど、最終的に承諾してもらえた。私は緑間をつれて、屋上に向かう。
 
「…って、さむっ」
 
3月とはいえ、まだ外は寒い。ましてこんな高い場所だと風もよく通るしそれがとにかく冷たい。緑間も何も言わなかったけど、それなりに寒がっているように見えた。
 
…端的に済まそう。
 
「あのさ、緑間…」
 
緑間は何も言わない。黙って、私の言葉を待っている。
 
「昨日は、せっかく気遣ってくれたのに…突き放すようなこと言って、ごめん。あの時事情を話せなかったのは、その…うまく言えないんだけど、松ちゃんの件は松ちゃんだけが悪いわけじゃないって思って……。私にも非があるのに私ばっかりが被害者面をしたくなかったし…緑間は優しいから私をフォローしてくれるような考え方を探してくれるだろうし…そうやって、どんどん松ちゃんを責めてしまうような状況を作っちゃうのが怖かったからなんだよね、なんだその理屈って思われるかもしれないけど……」
 
松ちゃんが嫌いなのは私だけ。そこで関係ないはずの、ただのクラスメイトのはずの緑間までこの関係に巻き込むようなことはしたくなかった。もちろん巻き込みたくないなんて今更だ、っていうのはわかってる。既に彼は私が松芝さんから無視されていることや、誰かに靴を隠されたことを知っているので、松ちゃんにあまり良いイメージを持ってない。
でもせめて、そんな認識をこれ以上深めることは、したくなかったのだ。

それに何より、あの時の私は今にも自分のことが嫌いになってしまいそうな状況にいた。緑間と友達でいる資格なんてないんじゃないか、そんな不安定な情緒のままで、自分の大切な部活を中断してまで来てくれた彼に話せることなんて、何もなかった。

「松ちゃんだけが悪いわけじゃなくて、私も悪かった。松ちゃんのやったことは確かに嫌なことだったけど、松ちゃんもきっとそれと同じくらい私のせいで嫌な思いをした。だから昨日の…ちょっと傷ついてた時に、その話はできなかったんだ。そのせいで…ごめん」
 
沈黙が降りる。緑間は私の言っている意味を深く考えているようだった。
 
冷静な今なら、昨日あったことを詳細に話したって良かった。
でも、お兄ちゃんの言葉が頭を過ぎる。
 
────お兄ちゃんの言葉は私に元気と力を与えてくれた。
でもそれは同時に、松芝さんを否定することでもあった。必要以上に私を擁護することのない(物理的には必要以上に擁護してるけど、こういう真面目な話の時はね)お兄ちゃんがああ言うってことは、きっとあれが客観論なんだろう。
 
私はもうお兄ちゃんのお陰で元気だ。
だからもう、松ちゃんを否定する言葉は要らない。まして私を庇ってくれる為にそんなことをされるくらいなら、私はやっぱり沈黙を貫く。
 
─────高尾なんかは恐ろしいことにそこまで察していたみたいだけど、さて、緑間は────。
 
「これは私の問題だから、というのはそういう意味だったのか」
「変な言い方だけど、緑間を味方につけて被害者面するみたいな真似はしたくなくて…。関係ないから引っ込んでて、とかそういうのではないです…」
「出過ぎた真似をしたとは思っていた。俺もこういう問題は自力で解決する性格だ、他者の手は煩わしいだけだと言うならその気持ちも理解できる」
「いやいやほんとに昨日来てくれたのは嬉しかったんだって!」
 
いつも高尾と緑間は一番傍にいてくれて、私を助けてくれる。そのことには本当に感謝している、と一生懸命に伝える。
 
「ある程度距離を取った方がお前の為になるかと思ったが、」
「なってない…今まで通り仲良くしたい………」
 
そう言うと、緑間はふうと小さな溜息をついた。
 
「最後に質問がある」
 
質問って、なんだろう。少し身構えて頷くと、緑間は至極真面目な顔でその問いを口にした。
 
「お前にも考えがあるようだから詳しくは聞かないが、松芝との件はお前の中で折り合いをつけられたのか?」
 
…それは、高尾と同じ質問だった。
私のことを心配してくれて、でも私の意思を尊重してくれてる、そんな友人としての精一杯の優しさがこめられた質問。

……友達でいる資格がないかもしれないって、なんて私はバカなことを考えていたんだろう。

思えば、この人達はいつもこうだった。

お兄ちゃんのファンにやっかまれた私を、すごく心配してくれた高尾。
私の星座のラッキーアイテムを、頼んでもいないのに持ってきてくれた緑間。
合宿で火神君に「なんでマネージャーでもない奴が」って言われた時は、2人とも庇ってくれたっけ。
夏休みの臨時バイトでチンピラに絡まれた時なんか、緑間はお店の備品のコテを1つダメにしてまでやつらを追い払ってくれた。
他にもそう、緑間がクリスマスにイルミネーションを見せてくれたのだって、高尾が年始からストバスに誘ってくれたのだって、どれも純粋な厚意で、私を大事な友達として考えてくれているが故の行動だった。

…だから今回の、私を気遣って――――そう、昨日あれだけ辛かったはずの"部活を中断させてしまった"という事実も、それだけ私を想ってくれていたのだと―――今なら、素直な感謝に替えられる。

「……大丈夫、私はもう元気だよ。松ちゃんといざこざが起きることも、もう多分…ないと思う」
 
そう言うと、緑間は優しい笑顔を見せてくれた。ほっとしたようなその表情を見て、情けないことに、私の目頭は昨日のようにどんどん熱くなってくる。
 
「なら良い。そういうことなら、これからも変わらず」
 
緑間はそう言って、その綺麗な手を差し出してきた。

「………ありがとう」

力の入らない手で握り返し、なんとかへらっと笑ってみせる。
 
「いやそこで握手って」
 
その時、後ろの…屋上の出入口の方から、呆れた声が聞こえた。ぱっと振り返ると、そこにいたのは高尾。
 
「高尾!?」
「尾けていたのか…」
「いやー真ちゃんが心配で」
「俺より宮地を心配していたと素直に言え」
「何言ってんの、聖花は大丈夫だってわかってたけど、真ちゃんが変な意地張らないかなとかテンパらないかなとかもう気が気じゃなくて」
「…………」
 
すっかりいつもの調子で軽口を叩く高尾と、若干苛立ってる緑間。たった1日ぶりのことなのに、なんだか久々のことのように思えた。
 
……お兄ちゃんのコネでバスケ部の人に取り入ってるなんて、そういえばそんなことも言われたっけな。
でも、これを見たら誰もそんなこと言えないと思う。
 
確かにきっかけはバスケだったかもしれない。お兄ちゃんがバスケをやってなかったら、私は緑間にも高尾にも話しかけることはなかっただろう。
 
でも、今2人が私をとても大事にしてくれていて、私も2人をとても大事に思っているのは、紛れもなく私達自身の意思だ。
改めてそんな友情を確認させられながら、私は無意識に頬を緩めていた。
 
「さて、じゃあせっかくのオフだし、ちょっと足伸ばして誠凛にでも行こうぜ」
「え、今から偵察?」
「聖花も来るっしょ?」
「リヤカーは確か部室の裏だったな。俺達は校門前で待っているのだよ」
「げ、2人乗りとか重そう…」
「高尾、私は羽のように軽いよ!!」
「うるせーよ!!」
 
────お前のことが嫌いな奴以上に、お前のことが好きな奴がいるから。
 
……うん、そうだね。
私、もう少しだけ自信を持とうと思うよ……。



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