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「あけおめー」
「おーあけおめー!」
「おめでとう」
1月1日、13時。
初詣に向かうのであろう人混みの中で、私達3人は集まった。
大晦日たる昨日、高尾から電話でストバスに誘われた時は危うく本気で呆れるところだったけど、まぁ…気づけば心から2人に会えるのを楽しみに出かける支度をしていた私も結局人のことは言えないんだろう。
足を向けた先は大きな公園の隣の神社。ついでに言うとこの公園にバスケットコートもあるので、初詣を済ませたらそっちにすすすっとシフトする予定だ。
「てか聖花が青峰ファンとか昨日聞いて俺めっちゃ吹いたんだけど 。聖花は赤司派だと思ってた」
「え、なんで」
「物騒系で強引系なキャラが好きなのかなって」
「それお兄ちゃんじゃん!! お兄ちゃんでしかないじゃん!!」
「もーそのイメージ強すぎんだよなぁ。だから青峰って言われるとちょっと ん? ってなる」
歩きながらけらけら笑う高尾。新年から調子が良さそうで何よりだ。
「まぁ…今だから言うけど、青峰君派ですっていうのもそんな深く考えずに言ったことだから…」
素直に告白すると、高尾はもちろん緑間まで驚いたような顔をしてきた。こうなるのはわかってたから今まで言わなかったんだよ…。
「え、じゃあほんとはファンじゃないわけ?」
「いや嘘はついてないよ。ただ正確にはキセキの世代みんなのファンだったというか…。4月の時点で緑間にわざわざ青峰君の名前を出してみせたのは、ミーハーな緑間の顔ファンだって思われたくなかったからなんですヨ…」
高尾は吹き出した。緑間は眉を器用に持ち上げた。
「や、ごめん、でも今日誘ってもらえてめっちゃ嬉しかったのはほんと! てかそんな昔の言葉を覚えててくれた緑間ほんと神だなって思ってる!」
「うくく、真ちゃんの顔ウケるわー」
神社は人でごった返してるから、言い訳をする時間はたくさんある。私は入学した時からずっと緑間のことが(キセキの一人として)気になっていたこと、でもいざ話しかけようとしてもなかなかうまくいかなくて困っていたこと、ただのイケメン好きだと勘違いされるのだけは阻止したかったこと…などなど、去年の春に考えていたことを洗いざらい吐いた。
「まぁわかる。真ちゃんほんと無愛想だから反応読めないし、どう話せば打ち解けられんのかわかんねーよな」
「お前達はどちらもその配慮が欠片も見えなかったがな」
一応私の当時の心理状態は理解してもらえたらしい。緑間は相変わらず悪態をついていたものの、もう私のいい加減な発言を咎めるような空気は消えていた。
「んじゃさ、今改めて考えたら誰派なわけ?」
「キセキの中で?」
「うん」
高尾に言われた通り、改めてよーく考えてみる。キセキの箱推しっていうのは今もそうなんだけど、もしその中で一番きらきらして見える人を選べって言われたら…
「……いや…もう緑間を贔屓せずにはいられないでしょ…あの頃の何の偏見もないまっさらな私は消えたよ…」
としか言えなかった。
「まるでそれが悪いことのように言うな」
「不本意そうすぎわろた」
雑誌やテレビの中の有名人。私にとってキセキの世代はそういう存在。
対して緑間は、私にとても近いところにいる、大事な友達。何もできないながら、その努力はずっと見てきた。
もうそんなの、他の人と比べることすらできないじゃん。キセキの世代の人達を一気に思い浮かべた時、緑間が一番きらきらして見えるに決まってるじゃん。
「なんなら高尾もキセキより推してるし…キセキと高尾並べられたところで私は高尾の良いとこの方ばっかりたくさん挙げられる自信ある…」
「あ、うん、ありがとうお母さん」
「誰がお母さんだ」
そうこうしているうちに、目の前に垂れ下がる鈴緒が見えた。3人揃ってお賽銭を投げ込み、二礼二拍。
―――神様にお願いするのは、健康と安全。
大抵のことは自力で叶えろ、神頼みするのは自分の力じゃどうにもならないことだけだ、というのが宮地家の教えである。
…そうだな、そういう意味では…このままこれからもこの3人でずっと仲良くしたいって…付け加えても、良いのかなぁ…。
そんな小さな願いも秘めながら最後に一礼して、私達はその場を離れた。
「聖花何お願いした?」
「健康と安全」
「うわー、ぽいわー」
「高尾は?」
「なんだろ、可愛い彼女ができますようにとかどう?」
「なんで今頃考えてるの」
「真ちゃんの願い事は俺わかるよ、」
「願い事は口にすると叶わなくなるぞ」
「え、私の健康と安全は!?」
「やっべー、今年の聖花は危険なのかぁ」
どうでも良い話ばっかりしながら、隣の公園へ。やはり新年早々コートを占領してる人達なんていなくて、私達がそこに向かった時そこにいたのは長身の男子2人と、綺麗な女子が1人だけだった。
「あ、こっちこっちー!」
…あ、あの子、知ってる。帝光の元マネージャーの桃井さん。今は桐皇のマネージャーやってるって聞いたけど…生で見るといっそう綺麗な子だ。
「あけおめーミドリン、高尾君。ええと…そっちの方は?」
「なんだ、宮地も来たのかよ」
桃井さんの後ろにいた長身2人は、桐皇の青峰君と…それから、夏合宿ぶりに会う、火神君だった。私は最初青峰君の名前しか聞いてなかったけど、どうやら火神君や桃井さんも今日誘われて来ていたらしい。
桃井さんの言葉を受けて私の姿を見るなり、相変わらずのぶっきらぼうな口調でそう言う火神君。でも夏合宿の時に彼のそんな言い方には全然悪意がないと学んでいた私は、むしろ彼がいたことを嬉しく思いながら手を振った。
「この子、昨日話した宮地聖花」
青峰君と桃井さんに向かって、高尾が私を紹介してくれる。それに合わせて私も小さくお辞儀をした。
「はじめまして、青峰君、桃井さん。秀徳3年の宮地清志の妹です…っていえばなんとなく繋がりわかってもらえるかな。宮地聖花です。今日は見に来ただけだけど…よろしくね」
「わぁ可愛い、ていうか宮地さんに似てる〜! よろしくね、私桃井さつき!」
桃井さん、めっちゃ良い子。
「今お前の考えてること当ててやろっか」
「うるさいよ高尾」
別にお兄ちゃんに似てるって言われたから嬉しくなったわけじゃないもん。
バスケ好きな女の子の友達が今まであんまりいなかったからテンション上がってるんだもん。
そんな私の無言の怒りなど意に介さぬ様子で、高尾は「コート入ろうぜーい」と3人を連れて行ってしまった。
2on2なー! と言っては早速フルスロットルで超速な展開を見せ出す男子達。秀徳の2人を組ませるのは歩が悪いからと高尾と火神君、緑間と青峰君というペアでやってるらしいけど、誰とでも組めるサポーター高尾を除いた化け物3人があまりにも連携プレイに向いてなさすぎてこれ…もはや2対1対1の殴り合いだ。やばい、高尾の汎用性思ったより高かった。
「わー、中学の時から私達のこと知っててくれたんだー!」
「そりゃもう、帝光の試合なら何回も見に行ったよ!」
「そうなんだね、その時から聖花ちゃんと知り合ってたかったなぁ」
そんな男子達を視界の端で捉えながら、会話に花を咲かせるのが私達。見てるだけで楽しいからと思っていたのもほんとだけど、そこに同じ話題で楽しめる子がいるってだけでその楽しさは倍増。
加えてさつきちゃんは明るく賢く、そして優しい子だった。第一印象で感じてた"良い子"っていう表現は全く間違っておらず、初対面の私にもまるで昔からの友達みたいに屈託のない笑顔で笑ってくれるものだから、私達はすっかり仲良くなってしまった。
「ねえねえ、秀徳でミドリンってどんな感じなの? やっぱり仏頂面で冗談通じない?」
そうしてどんどん移っていく話題が次に着地したのは、共通の友人のことについて。
「全っ然通じない! でも変なとこで抜けてる!」
「あーその感じわかるー!」
「でもそこが可愛かったりするんだよねぇ」
「それもわかるなぁ、なんか憎めないっていうかさぁ」
そうそう、仏頂面で冗談通じなくて決して人当たりも良くないけど、それでも少しずつ心を開いてくれているのが伝わってきて、それがとっても嬉しくて。
「中学の時はミドリン、誰か特定の人と仲が良いっていうのがなくてね。強いて言えば赤司君とよく一緒にいたけど、それも仲良しっていうよりはチームの長と副長の関係って感じだったんだ。─────だからなんか、ミドリンが高尾君と聖花ちゃんといつも一緒にいるって聞いて、なんだか新鮮に思っちゃった」
そう言うさつきちゃんの視線はどこか遠い。中学の時のこと、思い出してるのかな。
「さっきミドリンのこと、相変わらずって笑ったけど…でも、やっぱりちょっと変わったと思う…かな」
「そうなの?」
「うん。表情が豊かになって…なんか、楽しそう。きっと高尾君と、聖花ちゃんの影響だよね」
「そう、なのかなぁ…」
「そうだと思うよ。だって2人ともとっても楽しい人だもん」
さつきちゃんはすごく嬉しそうに私を見つめた。昔の友達が楽しそうにしているのがきっと心から嬉しいんだろうな。
「ミドリンのこと、よろしくね」
「もう、高尾もまとめて面倒見たげるから安心してよ!」
「あはは、頼もしい〜!」
本当は、私の方が面倒見てもらってるんだけど。そんなわかりやすすぎる見栄にも、さつきちゃんは軽やかに笑ってくれる。
「そろそろ休憩にして、何か食べに行かない〜?」
彼女が声をかけると、大きな少年4人がわらわらと戻ってきた。
「あ、この後黒子も来るってよ」
「きゃあ、テツ君来るの!?」
「それよりまずは飯だろ、何食いに行くよ」
コートを後にし、近くのショッピングセンターに向けて歩く私達。道すがら、高尾がさりげなく一番後ろを歩いていた私の隣まで歩調を合わせ、そしてこっそりと耳打ちしてきた。
「どうよ、生青峰クン。やっぱ雑誌で見るより格好良い?」
「青峰君も格好良いけどそれ以上にさつきちゃん尊い」
「尊いて!!」
せっかく声を潜めて会話してたのに、高尾がツボにはまったせいで全員が振り返ってきた。「何が尊いのー?」と聞いてくるさつきちゃんはそれが自分のことだなんて露ほども思っていないんだろうな……。
そちら側には入れなくても、楽しそうに輪の中で笑っている友達を見るのが好き。友達が幸せでいてくれたら自分も嬉しくて、たまにこっちを振り返っておーいって手を振ってくれたらもっと嬉しくなる。
その説明しにくい感情はきっと、私とさつきちゃんが誰よりも互いにわかり合えるもの。
「今日誘ってくれてありがとね」
「おう、なんか思ったより得るもんあったみたいで良かったな!」
後でお兄ちゃんにも、とても素敵な友達ができたことを教えてあげなきゃ。
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