01



私は世界一の美少女。
街を歩けば誰もが振り返り、羨望と憧憬の眼差しを一身に集める。
勉強も運動もピカ一で、非の付け所がない私は、更に極めつけとして、超絶お金持ちだった。

欲しいものはなんでも手に入る、そんな私にあと足りないものといったら…やっぱり、白馬に乗った王子様かな。

毒リンゴも錘に刺されるのも嫌だけど、それでも王子様の愛のキスというのは女の子の永遠の憧れなんだ。
だから私は今日も死んだように天蓋付きのふかふかベッドで眠りにつく。もちろん、窓は開けたまま。

そうやって目を瞑っていると、視界の暗さの代わりに研ぎ澄まされた感覚が、どこか遠くで嘶いた馬の声をとらえたような気がした。途端に全身が目覚め、どきどきと待ち焦がれた瞬間への期待に胸が高鳴る。

王子様、来てくれたんだ!!

死んだような寝たふりはもうプロ並みの技術だと自負している。やがて扉の開く音がし(窓じゃないんだ)、遠慮のない足音がこちらへ近づき―――ドキドキ―――今、その唇が―――――!!

「いつまで寝てんだコラ、起きろ」

近づく事なんてなく、その代わり。

ばふっ、と。
布団に手刀が叩き込まれたのでした。

「……………」

ぱちくりと、まばたきをする。

天蓋つきのベッドも、大きくてキラキラした窓も、白馬もそこにはなかった。
あるのはごく普通のシングルベッドに、ちゃんと鍵もかけられたごく普通の窓。そして、

私の布団に朝から暴行を働いた、お兄ちゃんだった。

「………夢オチ?」

思わず落胆の呟きが漏れる。右手にあるクロゼットの傍の全身鏡には、ぼんやりした顔の―――至って平凡極まりない―――私が映っている。誰だ、こんなのを世界一可愛いなんて言ったのは。いや、さっきまでは確かにもうちょっと可愛かったんだけどな…。

仕方ない、どうやらさっきまでのお姫様な暮らしは全て夢だったようだ。そういえば私の家は全然お金持ちなんかじゃないし、勉強も運動も苦手とは言わないまでもそんなに誇れる程じゃないし…あぁあ、なんて完璧さと縁遠い人間なんだろう現実の私ってば。

もっと早く、夢の中でもこれは夢だと気づくべきだったんだ。大きく体を上に向かって伸ばしながら、これまた大きな欠伸をする。そうして、くてんと力なく首を傾いだ。

「なんか落ち込んでる所悪いけど、入学早々遅刻とかやらかしたら刺すからな」

朝から深々と反省している私なんてお構いなしに、お兄ちゃんはバッサリ物騒な事を言い捨てる。

時計を見ると、朝の7時。
おかしいな、春休み中はいつも9時頃まで寝てたのに、どうして今日に限って……って、入…学…?

さっき見つめたクロゼットにもう一度視線を戻す。そこには平凡極まりない私を映す鏡と、

憧れの…そして念願の、秀徳高校の制服があった。

「……やっばー」





「……着られてんな、制服に」
「うるさい!!」

2階の自室からリビングに降りてくるなり、お兄ちゃんのこの感想である。噛みつくように返してしまったのは、自分でも薄々…というかハッキリとそう感じていたからに他ならない。

まだカタさの残る制服は、ぶかぶかでこそないものの全然体に馴染んでない。おまけに中学の時はブレザーだったから、秀徳のセーラー服はまず着方からよく解っていなかった。

「しかもなんだそのスカーフ、曲がってんじゃねーか」
「もー、文句ばっかり。じゃあお兄ちゃんやってよ」
「俺は学ランだ」

そう言うお兄ちゃんの制服姿は何よりも格好良い。様になってる。

くそう、これが埋められない2年の差か…なんて思っていると、上機嫌な母さんが私の分の朝食を持って来てくれた。

「でもこれで2人とも晴れて秀徳生ね。名門高校に揃って通わせられて母さんは鼻が高いわ」

母さんはそれから、入学式に自分は何を着て行こうかとこれまた上機嫌で悩み出した。

私が秀徳に固執していたのは母さんを喜ばせる為ではないが(名門と呼ばれる高校なら他にもあるし)、これで少しは親孝行にもなったのかなと思えば、もちろん悪い気はしない。先生に太鼓判を貰っていたとはいっても不安でいっぱいだった受験期を思えば、この慣れない制服も喜びになる。

「いつまでも自分の世界に浸ってんなよ、準備遅かったら置いてくからな」
「あ、それ早く準備したら一緒に行ってくれるって事?」
「朝練のない日だけだ」

―――それに何よりお兄ちゃんがいるし。

私が進学先を秀徳に狙い澄ましていたのもひとえにその為…お兄ちゃんと同じ高校に行く為だったのだ。
これで高校生活に期待しないなんて事があろうか!!
(まぁ、そうは言ってもちゃんとカリキュラムや施設についてよく調べ、納得してから受験したよ。やっぱり自分の人生だしね。)

急いで朝ご飯を詰め、歯を磨いて髪をいじり、イライラと玄関に立つお兄ちゃんの元へ行く。なんだかんだ行って待っていてくれるお兄ちゃんはやっぱりお兄ちゃんだ。

「遅い」
「ふふー、ごめんごめん」
「何笑ってんだよ、気持ち悪いな」
「なんか、あながち夢オチでもないかもなって思って」
「……は?」

私の今朝の思考も夢も知らないお兄ちゃんは、いつもの不機嫌そうな顔で片眉を上げていた。対して私は緩みきっているのを自覚しながら玄関の扉を勢い良く開ける。

「おー、快晴! 絶好の入学式日和!!」

お金も美貌も天賦の才能もない私だけど。

「高校生にもなって転ぶんじゃねーぞー」
「だーいじょーうぶー」

もしかしたら私の所に白馬の王子様が来ないのは、既にガラの悪い王子様が我が家にいるからなのかもしれないな、なんて思った。

そうしたらどっちが良いか?
そんなの、決まりきってる。

「白馬より軽トラだよねー」
「…?」



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