17



「み………宮地」

メイド服から制服に着替え、そろそろ店じまいの準備をしようかというクラスメイトを手伝っている時。やけに緊張した面持ちの八ツ橋君に声を掛けられた。

「どしたの、顔 青いよ」
「や……あの……大丈夫、なんだけど」
「うん」
「よ、良かったら」
「うん」
「お………俺と明日、回らない?」

八ツ橋君から出てきたのは、文化祭を一緒に楽しもうというお誘い。思いがけない提案に私は一瞬 返事に詰まってしまった。

「あ、や、あの、無理にってんじゃないんだ。ただ…」
「うっ、ううん、突然でびっくりしただけ。もちろん良いよ!! 別に誰とも約束してなかったし…」
「ほ……本当に?」
「うん、楽しみにしてるね」

八ツ橋君の顔は真っ赤だった。同時に私はその時、意図せずしてさっきの高尾の言葉を思い出してしまう。

"八ツ橋に何か言われた?"

まるで高尾には、八ツ橋君がこう言うと解っていたかのような。

…………まさか、ね。

残念ながら私はここで「どうしたの? 顔が赤いけど……熱あるのかな?」なんて言っておでこをこっつんしてあげるような可愛い女の子じゃない。じゃない、が……
これはこれで、信じられないのも事実であった。せめていつもの爽やか笑顔で「衣装組で回ろう!!」とでも言ってくれれば良かったものを。





八ツ橋君の今日の仕事は10時から12時。私の仕事は12時から14時。という訳で私達は14時半に待ち合わせ、それから終了の16時まで行動を共にする事となった。

さて、午前中は暇を持て余してしまう私だが…お兄ちゃんのクラスにでも行ってみようか。それならば。

準備を調え、あとは客の入りを待つだけとなった喫茶スリーポイント。覗いてみると案の定、目当ての人物が友達と談笑していた。

「委員長!」

会話が終わるのを待ってから声を掛けると、委員長はすぐにこっちまで駆け寄ってきた。

「聖花ちゃん、どうかした?」
「委員長の今日のシフト、何時から? 良かったら午前中、一緒に回らない?」
「ほんと!? 私ね、お昼の1時からなの。一緒に行ける?」
「行ける行ける。私の仕事、12時からだから…10分前くらいに教室に戻らせてもらっても良いかな」
「うん解った、ありがとう! 鞄持って来るね」

委員長にはお兄ちゃんのクラスへ行く事を告げずにいよう。ポケットの中の携帯を確認しながら、緩む頬を意識的に引き締め直した。

「お待たせ、どこから行く?」
「ええと…そだ、ラスク! ラスク食べに行こう!」

校舎案内図で指し示したのはお兄ちゃんの隣のクラス(何故かお兄ちゃんのクラスは視聴覚室を占領していた)。どうしても偶然を装って出くわしたかった私は、あえて狙いから微妙に逸れてみせたのだ。当然、お兄ちゃんが何組か知らない委員長は「良いね! ラスクおいしそう!」と乗り気になっている。

ううん、適度なドキドキ感!!

階段を昇って、3年の階へ。やっぱり2年同じ事を経験しているからか、運営側の風格は私達とは比べ物にならない。

「お化け屋敷、どうですかー!!」
「第3回公演、間もなく始まります!!」

華やかで明るいお姉さん方の間をかいくぐり、私達はなんとか、視聴覚室の隣に位置したラスクを売る模擬店に辿り着いた。

「いちごとチョコとメープルの3種類ですが、どれにしますか?」

いちごと委員長が言うので私はメープルにし、名前も顔も知らない先輩が準備してくれている合間にお兄ちゃんの影を探す。私と同じように何を催すのか教えてくれなかったお兄ちゃんは、今ひょっとして仕事中なんだろうか。

パンフレットにはエンタメ要素を求めてか、あまり出し物に詳しい説明を書かないのが我が校の暗黙の了解。だからお兄ちゃんも高尾から聞くまでは喫茶スリーポイントがメイド執事喫茶だなんて知らなかった訳だし、私もお兄ちゃんのクラスの"迷ひ込んだジユリヱツト"がどんなイベントなんだかさっぱり解らない。ここに来るまでに見えたのは、何やら仰々しい暗幕と、派手に着飾った男装の令嬢。まるで劇や映画でしか見ない、ような……−−−

「いっ、委員長!!」
「は、はいっ!!」
「大変だ、こっち早く!!」

委員長がラスクを受け取ったのを確認するなり、その手を取って教室を飛び出した。
第3回公演、間もなく始まります−−−−

キャストの数によっては、1回の公演ごとに役者がチェンジしているかもしれない。それかあるいは、ただの裏方かもしれない。
でも、たかが40人程度のクラスで毎度キャストを入れ換えるのは至難だ。そして裏方ならお兄ちゃんは別に何も隠さず宣伝してくるだろう。加えて、昨日は自由だったあの身の上を思えば……

「あのっ、2人まだ…入れますか!?」

受付の男性先輩は驚いたように私を見た。それから物凄く優しい顔になり、頷いてくれる。

「実はもう1分前に始まっちゃってるんだ。静かに入ってね」
「え、始まったのに…大丈夫なんですか?」
「大丈夫。君、目当ての女優がいるんだろ?」

……先輩のウインクは、この上なく決まっていた。

「ね、ねえ聖花ちゃん、どうしたの? いきなり劇のクラスに来たりして……見たかったの?」
「うん」

あの先輩の態度で確信を持った。迷い込んだジユリヱツトは劇の題名。そしてその劇は、男女逆転の物語。更に、我が兄はその劇に−−−−

「ああ、なんて事なの……こんな姿ではロミオ様にお会いする事なんて−−−−」

「……あっ、あれって…聖花ちゃん、まさか……」

結構な大役で出演している、と。

「…う、うん。……おにいちゃん…」

………や、まさか主役だとは思わなかったんだけどね。
完全にどう反応したら良いのか解らなくなっている委員長(いや私もだ!)。劇のコンセプトとしては、朝起きたら女性は男性の体に、男性は女性の体になっていたという設定の下、文字通り迷走していくギャグロマンスといった感じ。静かに入って、と言われた割に 観客は自由に笑い声を上げていた。

「まあなんて事…服が小さすぎて腕が通せませんわ」

ジユリヱツトことお兄ちゃんの熱演ぶりは凄まじかった。何事にも真面目に打ち込む人ではあるんだけど、こんな…真っ白なドレスを着て、誰がしたんだか無駄に映える化粧をして、しとやかな女言葉を使うなんて、流石に嫌だったんじゃないかなあ。

観客は「宮地やべー!! めっちゃ美人!!」とかなんとか言って騒いでたけど、私は呆れるやら感心するやら見惚れるやらで、とても言葉なんて出やしなかった。
……何の為に私、ここに駆け込んだんだろう。あっ、ロミオ役のお姉さん、めっちゃ格好良い……。





公演が終わり、未だ呆然としている委員長(当然だ、訳も解らず突然連れ込まれた教室で、憧れの先輩が女装してたんだから)と廊下に出ると、さっきの受付にいた先輩がこっちに向かって手招きしていた。

「あの、先程はありがとうございました」
「いいっていいって。君、宮地の妹さんだろ?」

お、やっぱり気づいてたのか。

「はい。兄がいつもお世話になっております」
「こちらこそ。今から短い休憩時間なんだけど、良かったら会って行かない? もちろん、そこのお友達も一緒に」

委員長が一瞬にして真っ赤になった。もちろん私にとっても願ったりかなったり、である。

「それは嬉しいんですけど、お邪魔になりませんか?」
「ならないよー。宮地も妹さんが来てくれたら喜ぶって。あいつ、今年の春からずっと君の話ばっかりしてるんだ。俺のクラスじゃある意味君は有名人なんだよ、聖花ちゃん」

ふおお……にやける。

だからゆっくりしていって、そう言って先輩は視聴覚室と直通している音響ルームの扉を開けてくれた。

床にたくさんの小道具が落ちている。可動式の衣装掛けには豪華なドレスが何着も引っ掛けてあった。
キャストの先輩達が談笑している中を、会釈しながら進む。余程 私がお兄ちゃんと似ているのか(うふふ)、誰も突然の乱入者に不審な表情を見せる事なく、むしろ親しげな目ばかりを向けてもらった。

「宮地君、やっぱり隠しきれなかったみたいだよ。本物のお姫様の登場だ」

誰かが言ったそんな言葉に、部屋の一番奥で鞄からお弁当を取り出していたお兄ちゃん(まだジユリヱツトの格好)が死にそうな顔をして振り返った。

「…………嘘だろ……」

うん、まあ私のメイド服なんて全然問題じゃなくなるわな…こりゃ。

「ども、お疲れ様です」
「…………死ねっ!!」
「いや、そりゃないっす……ってああほら、委員長が傷ついちゃうでしょ!!」

お兄ちゃんの気持ちも解らないではないが、こんなシリアスな顔して死ね、なんて言われたらそりゃビビるよなあ。委員長はすっかり縮こまってしまっていた。

「……そっちは……なんかこないだ見たな」

お兄ちゃんがぐったりしながら委員長の名前を呟く。彼女は怯えながら赤面するという芸当を器用にもやってのけ、それから私に「ははは、話したの!?」と小声で訊いてくる。もちろん答えはイエスだ。委員長の名前と、あといかに良い子であるかはバッチリ伝えてある。

「記憶から抹消しろ、良いな!!」
「いやだから気にしないでって。綺麗だよ」
「妹に女装を見られる事がどんなに屈辱的か……っ」
「でもお兄ちゃん、凄く練習とか頑張ったんでしょ?」

図星か。お兄ちゃんは何も反論する事なく私を見ている。からかうつもりがないとやっと解ったらしい。

「みんな笑ってたけど、私 地味に感動してたんだよ。クオリティ高いし、良い意味で面白かったし。委員長だってずっと舞台に視線が釘付けだったし。ねぇ?」
「はっ、はい!! 最後のロミオさんと抱き合った瞬間なんて、素晴らしすぎて鳥肌が立っちゃいました!!」

後ろでロミオ役の先輩が「これ私も褒めてもらったのかな? やったね」と言っている。お兄ちゃんは少し委員長の方も見てから、そっぽを向いた。照れてる照れてる。

「やるからには納得いくまでやるのが普通だろ」
「お兄ちゃんのそういうとこ、好きだわ」
「あーはいはい、もう解ったから帰れ」
「写真撮ろうよ」
「何 お前はそのまんまのノリでとんでもない事言ってるんだよ!!」

自分だって昨日同じ事したくせに、よくもまあこんな元気に拒否できるものだ。再びおろおろし出してしまった委員長が可哀想だからあんまり駄々こねないでほしいんだよね。

「聖花ちゃん、私が撮ってあげるよ! 宮地君と委員長ちゃんとの3ショットで良い?」
「ありがとうございます!」
「おい!!」

どう説得したものかと考えていると、ロミオ役の先輩が撮影係を買って出てくれた。これはチャンスと携帯を渡しながら、同時に"ここへ来た本当の目的"も伝える。

「あの、撮っていただいたら一度私が確認しに行くので、その時に………」

先輩は快くオーケーしてくれた。悪戯っ子のようなキラキラした笑顔が、とっても眩しかった。

「はーい、じゃあ2人は宮地君の両脇に立ってね。ほら宮地君、観念する!!」
「くっそ……絶対これ後でデータ消してやる…」
「私のバックアップ体制を完全に把握できてるならどうぞー」

ぱしゃり。音を抑えたシャッター音が鳴り、一応そこで口論は終わった。なんだかんだ言って撮影の瞬間には顔を作ってくれるのだ、うちのお兄ちゃんは。

「おっけ、一応確認してみて」

先輩が携帯をほんの僅かに傾ける。私は今 撮ってもらった写真の確認をするふりをしながら−−−

先輩の指先が、2枚目の写真を撮るシャッターボタンを押したのを見届けた。

「……バッチリです!! ありがとうございました!」
「いいえ、お安いご用よ!」

よし、うまい事 委員長もお兄ちゃんも並んだまま動かないでいてくれた。

「じゃあ委員長、そろそろ戻ろうか?」
「あ、うん!」
「おう、とっとと帰れ」
「はいはい、午後も頑張ってね」
「………」
「あのっ、午後は来れませんけど…私も応援してます!!」
「………おう」

なんだこの差別。私の時は返事するどころか睨んできたくせに。…まあ委員長だから良いけど。

廊下に出て時計を確認すると、もうすぐ私のシフト時間になっていた。委員長もすぐそれに気付き、教室へと誘導してくれる。

「結局 ラスク食べて劇見て終わっちゃったね。なんか、私の勝手で振り回しちゃってごめんね」
「ううん、謝る事ないよ。み……宮地先輩を見られて良かった…」
「…………委員長ってば可愛い」

教室に戻って 宣伝用の看板を受け取り、改めて私は校内の練り歩きに参加し始める。仕事は前にも言ったが簡単なもので、喫茶スリーポイントの名を繰り返しながらあちこち歩くだけ。途中 頭の悪そうな人に喧嘩を売られたりしたけど、たいした問題もなくシフト時間は終了した。

……とはいえ、この直後に問題は控えてる訳なんだけどね。



[ 17/33 ]

[*prev] [next#]









×
「#寸止め」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -