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「あ、ミーティング終わったの?」

部屋で荷物の整理をしていると、疲れた様子のお兄ちゃんがやっと戻ってきた。欠伸なんかして、相当眠そうだ。

「あぁ……お前は? まだなんか仕事があるんなら手伝うぞ」
「もうないよ。早くお眠りなさい」

本当は、洗濯物がまだ洗濯機に入ったままだった。でも疲れているお兄ちゃんに手伝わせる訳にはいかない。私は風呂に入ってくると嘘をついて部屋を出て行った。これから浴場の隣の乾燥室に据えられた洗濯機から洗濯物を回収し、これまたリコさんと分けっこした物干し竿に干して参ります!!

乾燥室へ入り、洗濯機の中を確認。それから大量のタオルを小さな洗面器に思い切り積み上げ、乾燥室の奥の扉から裏庭に出た。涼しい風と満天の星空が広がっていて、綺麗な景色のお陰でこんな単調な仕事も楽しくなってくる。

昼のうちに用意しておいた竿に、1枚タオルを掛けた。そうして洗濯ばさみを――――…

「…忘れたよ」

…部屋です。洗濯ばさみ。

戻ろうか……でもお兄ちゃんが寝るまであそこには戻りたくない。しかし洗濯ばさみを持って来ない事には何も進まない。さて…

「ほらよ」

どうしようかと腕を上げたまま考えていると、突然後ろから洗濯ばさみが伸び、タオルを挟んだ。

「うぉう?」

腕を放して振り返ると、洗濯ばさみの籠を持ったお兄ちゃんが立っている。

「……どしたの」
「どしたの じゃねーよ馬鹿。社交辞令で言っただけの事 真に受けた挙句、下手な気まで回しやがって。全部これ投げてやろうか」

…つまり、お風呂に行くのが嘘だと見抜いたばかりか、その嘘もお兄ちゃんに手伝わせたくないのでついたものだという事まで気づいていた、と。

「社交辞令って…でも結局手伝いに来てるし」
「洗濯ばさみがねぇと干せないだろ」
「どうせ気づいてんなら寝たふりしててくれた方がマシだったわ」
「それじゃ手伝うっつったのが嘘になる」
「社交辞令って言ったばっかじゃん!! そういう所は頭足りないなーもう」
「うるせぇな、良いからさっさとやれよ。洗濯ばさみは地味に痛いぞ」
「つまむ気か!!」

喧嘩しながらも 籠を私に押し付ける事や 洗濯ばさみを投げる事、つまむ事なんかは絶対にしないお兄ちゃん。それどころか、タオルを掛けるごとに洗濯ばさみを1つ1つ つけていってくれる。

選手を疲れさせないように私がついて行ったのに、これじゃ本末転倒じゃないか。

「……お兄ちゃんは本当にバカだと思うよ」

だからいつもの軽い反論の中にそんな本音を入れてやる。

「自分がやりたくてやってんだよ」

―――それすら、見通されていた。





部屋に帰って布団を敷き、私達は並んで横になった。電気を消して何も見えないけど、お兄ちゃんがまだ寝ていない事くらいはなんとなく解る。
私はひとつ溜息をついて、それなら1つ気になっていた事でも訊いてやろうと口を開いた。

「………お兄ちゃんさ、私の為に孤立したんでしょ」
「…孤立って言うな」
「本当は3年生みんな同じ部屋なのに、大坪さんに無理言って」
「無理じゃねぇぞ。うちは緑間っつー存在からしてワガママな奴 抱えてるからな。俺の希望なんか大した事ないって大坪も笑ってた」

あぁ…やっぱりか。
気になっていたその事が、私の中で大きい不満として成長する。次第にそれは、苛立ちへと変わっていった。

……いつもそうやって。

「お兄ちゃんは……私の事ばっか優先して……」
「聖花?」

お兄ちゃんがこっちに寝返りを打った気配。私は急いでお兄ちゃんに背を向けた。

「さっきもそうだ。私は選手のみんなが練習の事だけ考えていられるようになってもらう為のヘルプ役なのに、お兄ちゃんに結局手伝わせてる」
「あれは――――」
「部屋だって、本当は仲も良くて私なんかよりよっぽど有意義な話ができる同学年の人達からわざわざ離れて、孤立して、私なんかの為に行動を外れてる」
「おい聖花」

あれ、なんか言葉が止まらない。
夜の所為なのかな。

いつもはあんまり考えないのに。いつもは全く口にしないのに。

例えばお兄ちゃんに振られた人が私に八つ当たりしてきた時とか……つまり、私にむちゃくちゃ怒鳴った後 自分をむちゃくちゃ責めているお兄ちゃんを見た時とか。その時くらいだ、こんな風に思うのは。

「お兄ちゃんは私に行動基準を合わせすぎてるんだ。もっとお兄ちゃんは好きに動けるのに、私の為に制限してる」

お兄ちゃんが私を一番大切にしてくれてる、って、そう認識するくらいなら嬉しい。私もお兄ちゃんが一番大切だし。
でも、今みたいに"私自身が行動理由"になってしまうのはいただけない。負担だけは、かけたくない。

「…こんな事なら私、来ない方が良かった」

ぽつり、最後の一言を呟く。
その直後、お兄ちゃんが布団をはねのける音が聞こえた。びっくりした私は逆に頭まで被って隠れる。

「…………刺してやろうか、1回本当に」

待って今刺されたら逃げられない、洒落にならない。そう思っているうちに私の布団は剥がされ、両頬をぐにっと片手で掴まれた。タコの口になった私は突然の事に反応できず、せめてもの抗戦にお兄ちゃんを睨みつける。

「自分がやりたくてやってる、そう言ったのを忘れたのかよ」
「…じゃから、しょれが」
「だいたいお前だって普段から俺を理由に行動してばっかだろ。人の事言えない奴が一人前に文句垂れんな」
「ひょれとこれとは違うひ」

…っあああもう!! 頬を掴まれてる所為で全然うまく喋れない!!

「お前が来て迷惑な事なんて何もなかった。食事も、練習のマネジメント面も、去年よりずっとスムーズに進んでた。それはお前がいたからだろ」
「おにーひゃん……」
「部屋変えたからなんだ。元々あそこまでの大部屋じゃ仲が良いもへったくれもねぇ、本当に寝るだけの場所になる。むしろお前との2人部屋の方が静かで楽なくらいだ。それにさっきも、手伝ったからってなんだ。眠れない時、夜風に当たるついでに物干し竿に洗濯ばさみをつけて何が悪い」
「………」
「もっとお前は謝るべき時に謝れ。変な時に責任感じんな、このバカ」
「バキャバキャうるしゃい……」
「うるせぇちゃんと喋りやがれ」
「だりぇのしぇい!?」

「こら、うるさいぞ宮地兄妹」

いきなり扉を開けて一喝した中谷先生の登場で、私達の口論はやむを得ず中止になった。お兄ちゃんも今度は素直に布団に戻り、大人しくなる。

「………お兄ちゃん、そっち行って良い?」

足音が聞こえなくなった頃、寝返りを打ってお兄ちゃんの方を向きながら尋ねてみた。お兄ちゃんの返事はなく、しかし布団がばさりと持ち上がって、ちょうど人が1人入れるだけのスペースができる。
もぞもぞとお邪魔して、お兄ちゃんの背中にぴとりと額をつけた。

「…そういえば小さい頃は、よくこうやって入れてもらってたね。私、怖い夢ばっかり見てたから」

お兄ちゃんはまだ無言。どうやらさっきので、エネルギーを使い果たしたらしい。

「…私さ……お兄ちゃんの役に立ちたかったんだ。守ってもらうだけじゃなくて、優しくしてもらうだけじゃなくて、…自慢の妹になりたかったの。気が利いて、お兄ちゃんをバスケバカにできるような子になりたかった」
「………」
「結局なんか、ダメだったよ。お兄ちゃんに気を遣わせて、夜中まで動かして……それを反省したって、私がいても迷惑じゃない、なんて…そんな簡単な言葉で……嬉しいって思っちゃったんだ……」

涙が出そうになるのを必死で堪える。
私が自分を責めないように言ってくれただけの言葉なのに、お兄ちゃんが私を認めてくれた気がして嬉しかったんだ。

「お兄ちゃん好きが仇になってやんの……私………」

いつの間にか、お兄ちゃんはこっちに向き直っていた。向き直って、馬鹿な妹をぎゅっと抱きしめてくれていた。





「えーと……それで、この状況は?」
「やっ……その、深夜テンションというものがありまして…てか半分女の子の部屋なんだから勝手に入って来るな!! このバカ尾!」
「だって朝のミーティング、そろそろ始まるぜ? 宮地さんまだ寝てるから言うけどさー、ほんと病的なまでにヤバい兄妹だよ、お前達」
「深夜テンション!!!」



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