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う……重い………。
やっと体育館が見えてきた。そろそろ限界を迎える足を引きずり、私は僅かに開いている扉に体を滑り込ませた。

開いてるって事は、休憩中だな…。

案の定、中にいる選手はそれぞれ思い思いに談笑したり、ストレッチしたりしている。
そのうち一番入口に近い所にいた高尾が私に気づき、大きく目を見開いた。

「あれ聖花…どうしたんだよ」
「ちょ……もしまだ私が見えるなら手伝って…」
「え、見えるならとか当たり前……って重っ!!!!」
「重すぎてそろそろ塵と化しそう私…」
「いやどんな例えだよ!」

私達がぎゃーぎゃー騒いでいたからだろうか(私は死にかけで騒ぐどころじゃないけど)、その後すぐに大坪さんがヘルプに入ってくれ、ようやっと無事に荷物をベンチに運ぶ事ができた。

学校と結構離れているドラッグストアから私が歩いて運んできたのは、選手のドリンクとテーピングなどの備品達。

「すまないな、部員でもないのに」
「いいえ、今だけは雑用部員みたいなものですから」
「つかなんで聖花がこんな事してんだよ。…しかもTシャツにジャージで」

袋からドリンクを取り出しながら、不思議そうな顔をする高尾。それを綺麗に並べつつ、また備品を片腕に抱えつつ、私は自信たっぷりに微笑んだ。

「私、長期休暇の間だけバスケ部のお手伝いする事になったの」





「やっぱり手伝ってくれる人がいると違うわ。ありがとな、えーと…」
「宮地妹、とかで良いですよ。お役に立てれば光栄です! あ、タオル洗ってきますね」

実は名前を把握していない二軍の先輩から、タオルの山を受け取る。時間は昼休み。うまくいけば、洗濯物を干した後で私も昼食が取れるだろう。

普段から練習にのみ打ち込めるのは一軍メンバーだけで、直接試合をする事の少ない二軍、三軍の人はこうして練習の合間に雑用もこなしていた。
私のお兄ちゃんも最初から一軍にいた訳はでなく、三軍や二軍も去年までに経験してきている。だから私も、下の方の部員の大変さは話によく聞いていた。
そんな私が晴れて秀徳生となった今、少しでも彼らの負担を軽減できる可能性が与えられた事にこの間気づいた。正マネージャーではなくとも、この学校の一員であり 部員の血縁者でもあれば、もしかしたらお手伝いを許してもらえるかもしれない。そう思ったらいてもたってもいられず、意気込んでこの体育館へやってきたという次第だ。

いくらお兄ちゃんが盲目的に好きだからって、イコールお兄ちゃん以外どうでも良い、って訳じゃない。お兄ちゃんに直接関係なくとも、私がいる事で誰かが助かるなら、それだけで万々歳だ。

勇気を出してお願いしてみたら、大坪さんは快諾して迎え入れてくれた。私が中学の時から、お兄ちゃんを通じて顔見知り程度には付き合いのあった先輩。私がお兄ちゃんの苦労を知っていて、バスケを一生懸命している皆のことも大好きで…そんな気持ちをわかってくれていたんだろう、猫の手も借りたいっていうのもあったにしろ、「助かるよ」ってお父さんみたいな笑顔を見せて、仕事をたくさん与えてくれた。

「あれ、買い出しの次は洗濯? 聖花ホントにマネージャーみたいだな」
「超絶ビューティ敏腕マネージャー聖花って呼んでも良いのだよ、高尾君」

部室隣のトイレから出てきた高尾は、私のそんな返事を聞くなりいつものようにケタケタ笑い出した。そのまま私の後ろを面白そうについてくる。

「へぇー、洗濯機は複数台を運動部で共用してるのか」
「部費だけで洗濯機代と水道代と電気代を賄うのは大変だからね。でも今部活やってるのはバスケ部だけだから、ここは私が独占できちゃうって訳」
「お、良いなその感じ」

あそこで鉢合わせしてしまったからだろう、高尾はさり気なく私の腕から洗濯物を取り、もう1台の洗濯機に放り込んでくれた。2人なら効率も良い。あっという間に古びた全自動洗濯機は稼動開始する。

「よしっ……手伝ってくれてありがとうね。これからお昼でしょ、一緒して良い?」
「もちろん。真ちゃんが待ってるぜ」

それから体育館に戻ると、予想通りサンドイッチを広げた緑間が行儀良く高尾の帰りを待っていた。

「うーし、お待たせーい。聖花も合流したぜー」
「………」

緑間はまっすぐ私を見つめた(睨んでは…いないよね?)。高尾が不思議そうな顔で何度か緑間を呼ぶけど、反応なし。

「……どしたの、緑間」
「……………せ」
「せ?」
「世話を、かける」

えらく長い躊躇の後に緑間が発したのは、なんと労いの言葉。初めて貰ったそんなセリフに、私はすっかり固まってしまった。

「たっ………高尾っ」
「…おう?」
「わたっ…私……今むっちゃ感動してる……っ!!」
「ぶはっ!! なんだよそれ、2人ともマジ大袈裟だなー!!」

だってあの緑間が!!
傍若無人で他人なんてどうでも良いタイプの緑間が!!(イメージです)
誰かに何かしてもらってもそれだけの理由があるんだから当たり前とか思ってそうな緑間が!!(イメージです)

私を……労っている!!!

「一緒にお昼したいって言って良かったぁぁあああ〜」
「いや、それいつもの事だから」
「緑間様ぁあああ〜」
「いい加減にうるさいのだよ宮地!!!」

見返りも感謝の言葉も要らないって思ってたけど、なんだか私、いつも以上に頑張ってしまえそうだ。
…ゲンキンだなぁ。





練習も終わり、部員は後片付けに入った。モップ掛けなどは体育館を使った部員達がその場所に責任を持つ為という意味も込めて手伝わない。代わりにまたタオルの洗濯やら、今度はボールの整備などを行う事にした。
もちろん、次々と帰っていく先輩達に挨拶する事も忘れない。

「お疲れ様でした!」

すると、その中の何人かが私の方を見てヒソヒソ話しているのが聞こえてきた。内緒話のつもりかもしれないけど丸聞こえである。

「なぁ、あの子今日1日手伝ってくれたけど…誰?」
「さぁ? マネージャーが入ってきたとかじゃね?」
「おぉっ、遂に! しかも結構可愛いじゃん」
「でも誰かに似てるよーな……」

むむっ…誰かに似てるって言われたぞ!!
やっぱり私、お兄ちゃんに似てる? ふふ、やったねやったね!

「おい聖花」

にこにこ顔面を崩しながらボールの入ったカートを押していくと、その途中でお兄ちゃんに声を掛けられた。……この様子じゃあ、居残りするとでも言い出すつもりなんだろう。

「俺、今日残って行くけど」

やっぱり。

「じゃあせっかくだし私も残るよ。雑用はいっぱいあるから、帰る時に声掛けて」
「解った。悪い」
「いえいえ」

お兄ちゃんの肩に頑張れって一発パンチをくれてから、再び倉庫の方へ歩き出す。さっき私をお兄ちゃんに似てると話していた先輩達が、今度は驚いたようにこっちを見ていた。

「っ、今の見たかよ」
「見た見た。宮地さんと話してたな、しかも帰るだの残るだのって…タメ口で」
「じゃああの子ってまさか……彼女?」

最終的な結論に、思わず ずっこけそうになった。いやまず妹を疑ってください先輩、私あの人と似てるんじゃないの!?

…いや待て、ここはあえて「妻です〜」とか言っちゃうのもアリだな。嘘くさすぎるけど一応お互いに結婚できる年。微妙に本気っぽさも混ぜとけばネタにはなりそう。流石にお兄ちゃんとの結婚願望はないけど。

「すまないな、聖花ちゃん」
「あ、大坪さん」

再び顔面が崩壊した私に次 話し掛けてきたのは大坪さんだった。これもまた再び 顔を真面目なものに戻し、わざわざ立ち止まってくれた大坪さんに合わせて 私もカートを押す手を止めて聞く姿勢。 単に挨拶してくれただけじゃないような雰囲気だけど、一体なんだろうか。

「とんでもないです、むしろお邪魔してなければ良いんですが 」
「いやいや、部員達も凄く助かってるよ。もちろん俺もな。…そこで、なんだが」
「?」
「来月の最初に、海辺で合宿があるのは宮地から聞いてるだろ」
「はい。一軍の調整目的ですよね」
「ああ。―――それに、一緒に来てもらえないかと思っている」

大坪さんの提案は、実に突然のものだった。
合宿に行く話は当然聞いている。ハードだけど確実にレベルアップできると、お兄ちゃんも随分楽しみにしていた(顔は仏頂面のままね)。

でも、私が呼ばれるなんて。
私の仕事なんて、二軍三軍の人の分をちょこっと肩代わりするだけだ。そりゃあ こういう普通の日なら少しは役に立てているかもしれないけど、そんな遠出した挙句 集中して頑張ろうとしている一軍の人達の傍をうろちょろするなんて、本当に良いのだろうか。

「わ…私がですか?」
「…聖花ちゃんは正マネージャーじゃないし、何よりまず女子生徒だ。決して無理に頼むような真似はしないが、やはりヘルプに入ってくれる人がいると全く違うし、それが宮地の妹という事ならなおさら安心して任せられるんだ。もし良かったら、の話だが」

そんな、私の事情なんて。

「私は……構いません。できる事があるなら なんでもお手伝いします。でも…」
「何か問題でも?」
「私みたいな部員でもない人間が合宿にまでついて行ったりして、真面目に取り組んでる人達の迷惑にならないんですか」

何の為に合宿へ行くのか。
普段と環境を変える目的もあるだろう。しかし一番は、食べる、バスケ、眠る―――それだけで1日が事足りるような生活を作る為じゃないのか。

そのサイクルに、私のできる仕事はない。普段から雑用をしない一軍の人に、私が代われる仕事はない。

だったら――――

「迷惑になるような人員には声を掛けない。こっちはバカンスに行く訳じゃないからな。これでも聖花ちゃんのことは前から知っているし、その点は信頼して声を掛けたんだ」

大坪さんは、優しく笑った。

チラッとお兄ちゃんを見る。ドリブルをしている所に高尾が乱入し、ボールを取られた上に緑間がシュートを決めてしまい、なんだか凄い勢いでキレていた。

もう一度大坪さんに視線を戻す。もう大坪さんは私から目を逸らし、体育館を出て行こうとしていた。無理に頼まないというのは本当のようだ。

「…大坪さん」
「ん?」
「合宿……私、お手伝いしに行きます。よろしくお願いします!」
「………おう、こちらこそ」



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