[本日の予定:せっかく福井とデートの予定が入っていたのに、その場にはなぜか紫原がいた。ドタキャンするわけにもいかず戦にでも行くかのような気持ちで向かう私。話してみれば…まあ、悪い子ではないというのは、わかるんだけど。]
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7話




実のところ、ドタキャンはしようしようと何度も思った。

でも、である。
九分九厘、福井が故意に紫原をあの場に呼ぶことはない。私が苦手意識を持っていると知っていながら一緒に遊ぼうとするなんて、彼はそんな意地の悪い奴でも有難迷惑な奴でもない。というかそれ以前に福井自身も紫原と遊びたいとはそこまで積極的に思っていない。

ということは、である。
あの場に紫原が来るのは単なる偶然。福井にとってもサプライズということになる。
考えてもみろ、そこで私がドタキャンなんてしたらどうなる。福井と紫原が2人で買い物に出ることになる。

別に福井なら特に問題もなく1日を終えるのだろうが、それでもやっぱりなんだろう…福井を置いて逃げたような気がしてしまい、少しだけ後ろめたい。

というわけで、私は仕方なく待ち合わせ場所に指定した学校の最寄り駅へと向かった。

「おっす」

福井の顔が既に申し訳なさそう。

「影ちんおはよー」

出た、紫原。
わかってた、わかってたよ。福井の姿を見つけるより早く、君の巨体は目に入ってた。

「おはよう。紫原も一緒なんだね」

しらばっくれてそんなことを言う。

「偶然そこで会ったんだ。冬子と待ち合わせてるって言ったら俺も行きたいって」
「よろしく」
「こちらこそ」

大丈夫、心の準備はしてきた。偶然とはいえ紫原が同行を希望してきたということには多少の意外性を感じたものの(他人と買い物なんて面倒としか思わないタイプだと思っていた)、別にこれからバスケをやるわけでもなし、特にそこまで嫌悪感を唆られるような出来事もないだろう。

私達はひとまず、駅前の大きな商業施設に入ってみることにした。

「紫原は今日なんでここに?」
「夏服買っとこうと思って」
「みんな考えることは同じだね」

明るい店内に軒並み並ぶ"New Arrival!!"の文字。新作の夏服が手に取られるのを今か今かと待っている。陽気なBGMはそれだけで足取りを軽くし、財布の紐を緩めようとその手を伸ばしてきていた。

「ゆーて今月そんなに余裕ねえから、俺は運命の一着を探すわ。浪費しようとしてたら止めてくれ」
「わかった渾身の一撃ね」
「そこまでは言ってない」
「あ、ねえ影ちん、あのパンケーキ美味しそう」
「君は今日の趣旨をもうお忘れかな」

思い思いに脈絡のない言葉を吐きながら、ぐるぐると店の間を通り抜ける。似たようなラインナップの中にはいくつか目を惹く商品もあった。

「あ、このシャツ着やすそう」
「あー、似合いそう」

時折そんな風に立ち止まりながら、運命の一着を探す私達。
大抵は似合いそうな服を探すものだが
「見ろ冬子、これ絶対めちゃくちゃお前に似合うぜ」
と、福井は本気で私をパリコレモデルにしたいようだった。

「…モデルさんがショーのために着るならこういうのも良いよね…うん…」
「何言ってんだよ、お前にかかれば秋田の並木道だって輝くランウェイだろ。自信持てって」
「福井、これ着た私の隣歩いてくれる?」
「…もちろん」
「ぎこちない笑顔浮かべないでもらって良いかな」

結局、私は何も買わないまま建物内を一周してしまった。

「ねえー、いい加減疲れたー」

気に入ったシャツを買えたらしい紫原がそう言出したのは、きっかり15時だった。流石紫原、おやつの時間は大切にする男。

「どっか入るか」
「あ、じゃあ私4階のカフェが良い。気になってたんだよね」
「わかる、パンケーキちょーうまいらしいね」

満場一致で向かった先は、装飾の可愛らしいパンケーキカフェ。休日の午後だというのに客は少なく、待たされることなく中に入ることができた。

「秋田って人少なくていーね」
「馬鹿にしてんだろ」
「してないしてない」

東京から来た紫原の感想は、1年前に私がよく抱いていたものと同じ。東京の馬鹿みたいな人口の多さは、コンテンツの多様さという意味では良かった面もあるが、どこに行っても並ばされるという意味では単に煩わしいものでしかなかった。

「俺このプレーンのやつで良いわ、んで悪い、ちょっとトイレ行ってくるから頼んどいてくれね?」
「ごゆっくりどーぞ。紫原は?」
「ベリースペシャル三段乗せ、ホイップとバニラアイスのトッピング追加で。あ、それから────」
「ごめん自分で頼んで。すみません注文お願いしまーす」

自分の分のチョコバナナパンケーキと、福井の所望するメープルパンケーキを頼む。追随する紫原は、長ったらしい注文を一度も噛むことなくすらすらと伝えていた。

「少々お待ちくださいね」と笑顔の余韻を残して店員が去ると、途端に重苦しい沈黙がおりる。

…気まずい。

意識していなかったが、今までの時間は福井が緩衝材になってくれていたから何も気にならなかったのだ。むしろ私はもっと早く、会話が不自然に途切れることも、手持ち無沙汰になることもなくここまで過ごしてこられたことに疑問を持つべきだった。
流石全国区チームの副主将、気配り上手にも程がある…。

何を話そう、紫原相手に楽しい話なんて思いつかない。というか改めてこの顔を正面から見ていると、やはり昔のことを思い出してしまうというか、どうしても体が強張る。

部外者が首突っ込まないでくれるかな、ウザいから。

─────いつだったか彼にそう言われた時の、背筋が凍るような感覚はまだ記憶に新しい。

私、本当に今日彼と一緒に過ごして良かったんだろうか…?

「影ちんはさ」

重たい空気の中、先に口を開いたのは紫原だった。

「ほんとに福ちんと付き合ってないの?」
「…は?」

自分の頭の中と現実の温度差に、つい間抜けな声を出してしまった。

「なんか怪しいんだよねー、ただの友達っていうにはさぁ」
「そう?」

冷たい水を飲みながら、紫原の疑念に満ちた視線をかわす。これまでにも友人から福井との仲を疑われたことは何度かあったが、紫原の追及はそんなただの暇潰しやゴシップネタ探しの口調とは少しだけ違っていて、妙に居心地が悪かった。

「まずあの人嫌いの影ちんにここまで踏み込めるっていうのがなんか変」
「………別に嫌いってわけじゃないけど」
「でも福ちんは特別でしょ、影ちんにとって」

特別、と言われればそうなんだろう。もう自分から友人を作ろうなどと思わなかった私にとって、確かに福井との今の関係はイレギュラーというか、予期せぬ幸福だったといえる。

「まあ…うん、そうだね」
「なんか不思議なんだよね。影ちんはそもそも誰かとこんな風に親しくなるような人には見えないし、福ちんはまぁ誰とでもうまくやりそうだけど、その代わり特定の人とはつるんだりしなさそうだなって思ってたからさぁ。そんな2人がただの友達って片付けるには親しすぎるくらい親しいのってなんか変じゃね?」

この子は意外と人をよく見ている。中学の時からそれは感じていたが、まさかここまでとは思っていなかった。私ならともかく、福井とは知り合ってまだ数週間程度のはず。人の性質を見抜く力が長けているのは、あの赤司の傍にいたことが少なからず作用しているのだろうか。

「…例えばさ」
「うん」
「もう人付き合いとか面倒くさい、って思って周りを遠ざけてたせいで、いざ助けが必要な時に誰にも頼れない、ってなったとするじゃん」
「…うん?」
「そういう時に助けてくれて、その後も何かと構ってくれたとしたら、紫原はその人のことどう思う?」

紫原は難しい顔をして考え込んでしまった。
要は、私にとって福井はそういう存在なのだ。私みたいな人間のことにまで目を配ってくれた人。人に助けを求められない状況を作った自業自得な私に迷わず手を差し伸べてくれた人。

「……お母さんみたい」

迷われた末の答えにはつい笑ってしまったけど、結局はそういう感じ。

「それが、私にとっての福井なんだよ」
「ふうん…」

親子関係は対等じゃないから、私の福井への感情も正確に考えるとそこまで割り切った簡単なものではないのだけれど。

紫原は、納得したともしていないともいえる曖昧なトーンで返事をした。

「紫原は好きな子とか付き合ってる子とかいないの?」
「いないよ、めんどくさい」
「即答かぁ」

疑う余地もないほど投げやりな返答。まぁ、いると言われても驚いただろうが。

「どんな子のこと好きになるんだろうね、紫原は」
「えー別に良いよ、興味ないし」

中学の頃の確執なんてなかったんじゃないかと勘違いしてしまいそうになるほど、紫原の表情は自然だった。敵意も嫌悪感が全くなく、むしろ親しみやすい雰囲気さえある。

「男子高校生ってもっとそういうの好きなんだと思ってた」
「そーでもないよ、男同士での恋バナとかまず続かないし」
「へー、じゃあ何の話をするの?」
「うーん…バスケ」
「…バスケ嫌いなんじゃなかったっけ」

意外と、会話が弾む。当たり前のことだが、彼も普通の高校生なのだ。
わかっている、私ばかりが過去のことを気にして立ち止まっているのだということは。わかっている、彼が過去の発言なんてとうに忘れていることは。

わかっている、彼が根からの悪人じゃないなんてことは─────。

「何の話だ?」
「福ちんは男同士で普段なんの話してんの」
「可愛い子の話」
「巷で噂の女子を格付けするってやつ?」
「それは一部の男の話な」

自然に会話に混ざってきたけど、福井が席に戻ってきた時、少しだけ驚いたような顔をしていたのを見逃さなかった。多分彼は私と紫原の会話が普通に続いていたことを意外に思ったんだろう。
でも、一番それを意外に思ったのは他でもない私だ。

その後はパンケーキを食べ、最後まで迷っていた福井も遂に運命の一着を買うことができた。夏が近づき日も伸びてきてはいたが、用を全て終える頃にはもう太陽が完全に沈んでいた。

「夕飯に良い時間だけどパンケーキが効いてっから全然腹減らねえな」
「あのスイーツバイキングのお店おいしそう」
「紫原、話聞いてた?」

徒歩で帰るという紫原(学校の寮に住んでいるため駅からは近いのだそう)とは結局その場で別れ、私と福井は電車に乗るべく改札の中へ入った。

「あー、流石に1日歩きっぱなしは疲れるな」
「でも良いのが買えたね」

福井が抱えるショッパーを笑いながら見つめる私を、福井は温い顔で見ていた。

「…何?」
「いや………確かに良いのが買えたなって思って」
「福井、最後の最後まで悩んでたもんね。どっちも買えば良かったのに」
「最初に一着だけ選ぶって決めたろ」

それから、会話は途切れた。
3人から2人に減っただけなのに、急に静かになった気がする。時間がゆったりと流れて、電車の窓から差し込む光が肌にあたって暑いなぁ、なんてぼんやりと考えたりして。

「冬子」
「ん?」
「…今日はありがとな」

そんな風に福井が改まったことを言うから、少しだけどきりとしてしまった。

「…こちらこそだよ。また行こうね」

こんな時間が続けば良いのにな、なんてまるで青春を謳歌している女子高生のようなことを考えて、柄にもなく照れてしまう。
福井はそれから、彼の降りる駅に着くまで何も言わなかった。普段からうるさいわけではないけど、こんな風にずっと黙っているのはまた珍しいことだと思った。



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