Nymph、完結です。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
この話のテーマが「未来」に据えられていたことはもちろんそうなのですが、私はそれと同じくらい重点的に「"親愛"と"恋愛"はどちらの方が優位なのか?」という問いを投げ続けてきました。
きっとそれは、人によって答えが違うのでしょう。
"親愛"を永続的なものと信じているからこそ、刹那的な"恋愛"に振り回されるヒロイン。
"親愛"は誰にでも抱けるもの、"恋愛"は誰かにしか抱けない特別なもの、と定義した氷室。
"恋愛"のために"恋愛"を犠牲にし、"親愛"こそ優先されるべきものと判断した福井。
結局誰もその問いに正解は返してくれませんでした。そもそも誰にとっても納得できる正解などという無骨なものは存在しないのでしょう。ただ、"親愛"と"恋愛"が明確に違っていることだけは確かで、それぞれの答え合わせを誰もしなかったせいで、彼らは最後まですれ違い続けました。
私自身、その2つの境界線はまだうまく引けていません。
感情って難しいですね。
以下は小ネタです。ちょっとメタな話を含むので苦手な方はここでお戻りください。
▼「普通」について
作中で何よりもヒロインが欲していたものが、"普通"でした。
明日が視えてしまうというそのこと自体は確かに"異常"なことです。
きっと小さい頃に"化物"と呼ばれたことで、自分の"普通"を信じられなくなった彼女は、それからずっと悪い意味で"自分は特別なのだ"と思い込み続けてしまったのでしょう。
でも、氷室はそれを"個性"だと言いました。
個人的には、それが彼女の力を呼ぶ最適な言葉だと思っています。
「もっとああなれたら、もっと自分のことを好きになれるのに」
「自分のこういうところさえなければ、もっとうまく生きていけたのに」
指しているものは違っていても、多くの人がそんなないものねだりを心の内に秘めているはずです。
ヒロインが抱えていた"個性"は、たまたま共有するのが人より少し難しかったというだけ。
人並みに悩んで、誰かに頼って、泣いたり笑ったり、そうやって少しずつ成長していく。
彼女は最初から、"普通"の人間でした。
▼キセキとの確執について
途中で仲直り…させようかと思ったことも…なかったわけじゃないんですよ…。
そもそも(ヒロインと紫原は既に気づいていましたが)意外とキセキとヒロインは似てるんですよね。
彼らから見れば、ヒロインもまた"昔は良いやつだったのになぜか変わっていってしまった"存在だったんです。
もしその変わっていく過程で全員が互いにもう少し心の内を開いていれば、また未来は変わったのかもしれませんが…。
何もせず事態に絶望していただけの彼らに、そんな未来は起こりえませんでした。
そして彼女は本人も認めている通り、特別な思い入れを彼らに持っているわけじゃありません。
たまたま交流する時間が多かっただけで、たまたま立場が交わるところにあっただけで、じゃあそれがクラスメイトだったら同じように関わっていたか…と言われていたら九部九里否でしょうね。
なのでそんな諸々の"結果論"を踏まえた結果、無理に和解させることはやめました。
"わかりあえない"ものたちが"わかりあえない"のもまた、現実ではよくあることです。
とはいえその"わかりあえなかった"価値観も原作の中で、そして本作の中で大きく変貌を遂げています。
きっと次のIH辺りではいい加減顔を合わせて、あんな大喧嘩ですらなかったことのように軽く挨拶でもしていることでしょう。
もしよろしければ、次に公開している「ある未来の話」を覗いてみてください。
(ネタバレになりますが個人的に拾ってほしい伏線なので先出しします。31話でヒロインが福井いやもとい陽泉のチームに対して口にした「…今回はちゃんと、応援するからね」というセリフを回収しに行きます。自分との葛藤や他人との交流を経てようやく応援できるようになった陽泉のバスケ…に対して、帝光のバスケについてはどう思っていたのか。それを明かしにいきます)
▼赤司について
赤司はヒロインの異能を完全に看破していました。
もっと言えば、氷室とヒロインが冬になってようやく辿り着いた"見える未来は辛うじて確定させられた断片的なものに過ぎず、他の要素は今どう動くかでどうにでも変わるもの"というところまで気づいています。
もっとも、彼はそんな無粋なことをわざわざ本人に言うような人間ではないので、ヒロインも最後まで「多分知られていたと思う」くらいに留まっているのですが。
ちなみに赤司が"自分も先読みには長けているのにわざわざヒロインの異能を頼った"理由は概ねヒロインが予想した通りです。つまり、結局その場の戦況を読んで"土壇場で見る未来"より前日の時点で既に"確定している未来"を聞いておく方が、彼にとっては効率が良かったわけですね。
この2人の力が噛み合うことにより未来はより確実なものとなるため、キセキが出場する試合の前日に視るヒロインの"明日"は、何もない日常を視る時よりずっと長く鮮明にそのビジョンを映していました。
▼紫原について
秋に喧嘩した日。
「陽泉は、あなたというキセキと渡り合える武器を手にした。なのにその武器を使うことすらできず天帝の眼に挑むなんて…あんまりだよ。絶望的に思えたこの年の大会に希望をもたらしたあなたという存在が確かにそこにあるのに、それを置き去りにして戦地に行かなきゃいけないあの人達の気持ちを考えただけで…私は胸が張り裂けそうなんだよ…」
ヒロインはこう言いました。
これは紫原の過去回想回で紫原がヒロインにかけた
「使えるもんを使える時に使わねーのって勿体ないの通り越して馬鹿じゃね?」
という言葉をそのまま返しています。
…言いたかったのはそれだけです。
ただ、あの日に確定していたのは"紫原と話す"ことだけです。
もしあの廊下でヒロインがあんな言葉をかけていなければ、いつまでも過去に蓋をしたままくだらない世間話だけ適当に済ませて別れていたとしたら────未来は、きっと大きく変わっていたことでしょう。
▼「崖に福井と氷室がぶら下がっていたらどちらを助けるか」
氷室の回想シーンにて、彼は「そんなシチュエーションがあればきっと彼女は福井さんを助けるだろう」と言っています。
でも、もし本当にそんなことになっていたら、おそらくヒロインは氷室を助けたでしょう。
でもそれは決して氷室の方が大切だからとか、そういう理由ではないです。
福井が「そいつを先に引っ張り上げろ。俺なら自力で上がれるから大丈夫だ」っていうので、それを信じるだけなのです。
福井とヒロインは、そういう関係です。
▼福井の気持ち
これを恋にはしない、と自分の気持ちに誰よりも早く蓋をした福井。
その想いは氷室以外には絶対に知られていない…と本人は思っていますが、
岡村も劉も、そして紫原でさえも、多分気づいていたと思います。
岡村はきっと福井に誰よりも信頼を寄せていて、誰よりも幸せになってほしいという純粋な友情による願いを込めていたと思うので、氷室とヒロインが付き合ったことを聞いて内心複雑な気持ちになっていたことでしょう。
氷室のことも可愛い後輩だとは思っているけど、自分から見たら福井とヒロインの方がお似合いだっと思うのに。というような。
紫原は逆にヒロインを救い出せるのは氷室しかいないと思っています。
あまり原作で彼の人格を描写しているシーンはありませんでしたが、私から見た福井はですね…優しすぎる人だと思うんですよ。包容力が強すぎるというか。
自分を嫌うヒロインを肯定するという動作自体は氷室と同じでも、きっと福井だったらヒロインと一緒にその場に永遠に留まってしまっていたと思います。
私の思い描く彼は、彼女と一緒に未来を進もうとは言えません。恋は怖くないよとは諭せません。
フラットな立場から福井と氷室の両者を見てきた紫原は、その違いを無意識的に理解していたのではないでしょうか。
だから、ヒロインに「笑ってほしい」と願っている紫原は、それを叶えるならあの子の隣には室ちんがいないとダメ、って言うと思います。
まあ彼は理論でそれを理解しているわけじゃないはずなので、理由を訊いたところで「なんとなくそう思った」としか言えないのでしょうが。
劉はあまりこのことについて関心がないと思います。
何せ、ヒロインのことを知らないので。
なので「福井が納得しているならそれで良い」くらいに思って、もう次の瞬間には別のことを考えているのではないでしょうか。
ちなみに卒パの日、「あいつが幸せになれるなら距離をおくことなんて簡単だとしか言えなかった」と福井は自嘲していますが、あれは26話でヒロインが放った「福井の幸せのためなら距離を置くことも簡単だよ」という言葉に呼応しています。
相当辛かったとは思いますが、福井はちゃんと「求められている姿」を完璧にこなしていました。
福井さん幸せになって。
▼氷室のアプローチ
ぶっちゃけてしまうと、氷室の「一目惚れ」は完全に勘違いです。慣れない土地で困っていたところに綺麗なお姉さんが現れた。それは小学生が近所に住む高校生のお姉さんに「結婚して!」と言う程度の中身のない感情です。
10話で彼女の心情を吐露された時も、「自分を頼ってくれている」という自己陶酔に浸っていただけです。まだそれは恋じゃありません。
でもそれを「恋」だと勘違いした氷室は、できるだけヒロインとの時間を長く作るよう努力していました。
本当は、花火大会の日でさえまだ確信はなかったかと思います。
ただし氷室が「あなたのことが(人として)好きです」「あなたのこと無条件に肯定します」と言った言葉に嘘はありません。
確かに氷室は彼女を救いたいと思っていたのでしょう。
でもその実は、本人も言っている通り「却って自分が救われた」ことへの恩や「自分が頼られている」ことへの死も執着の域を出ません。
でも彼は、ずっとそれを「恋」だと信じていました。
ヒロインを救いたいと思いながら救われ続けた日々。他の誰も留めないようなヒロインの言葉選び。
そんな積み重ねの上に、ようやく彼の「恋心」は完成しました。
ずっとみんな、福井でさえも「氷室は最初からヒロインが好きだった」と思っていましたが、その実彼の「敬愛」が「恋愛」へシフトしたのは、ヒロインが自分の気持ちを自覚した時とそう変わらないのです。
本人も「アプローチはしていた」と言っていますし、福井も「明らかにお前(ヒロイン)を誘う機会が増えた」と言っています。
その通り、氷室はある時期から急激にヒロインへのアプローチ量を増やしていました。
それが秋ですね。
それまではヒロインのことが好きだと思いつつも、「きっとヒロインは誰のことも好きにならないだろうから、機会を窺って告白できるその日までにじっくり距離を詰めていこう」くらいの悠長な気持ちで構えていたのでしょう。なんせそれは、まだ未熟すぎる恋でしたから。
ただ秋になって、どうやらヒロインには好きな人、ないしこれからそうなりそうな人がいると気づいて、じっくりやっていては取られる! と焦り出したのではないかなと思っています。彼が本気になったのはその時です。恋の定義を尋ねられ(26話)、改めて答えた上で自分もその定義をなぞってみたら────その時にやっと、彼女は彼にとってなくてはならない存在になりました。
一番わかりやすくヒロインに好意を抱いていたように見えた氷室ですが、きっとその恋心が完成したのは誰よりも遅かったはずです。
ちなみに最初からガンガンアプローチをしていた氷室ですが、あえて行動しなかったことが一回だけあります。それが、「WCの間に一度も連絡を寄越さなかった」ということです。
福井がヒロインを安心させるために毎日メールを送っていたのに対して、氷室は一度も連絡を取りませんでした。
それは以前、IHの直後"福井が倒れた"と聞くなり有無を言わさず学校まで来てしまったヒロインのことを覚えていたからです。
ヒロインは彼らのことを信じていました。だったら、自分は黙ってその信頼に応えるだけ。
余計なことを言ってまたヒロインを心配させて、要らないところで東京に来させてはいけない。
────これはヒロインの異能とうまく付き合えていた氷室にしか、できなかったことだと思います。
とにかく行動したかしないか、これが福井との最も大きな差を生んだことに違いはありません。
仮に福井も氷室と同じように告白の機会を狙い続けていたとして、ヒロインに好きな人ができたとわかったら結局そこで身を引いていたことかと思います。
ひとつの些末な行動の有無、それだけで良くも悪くも未来は大きく変わるものです。
福井さん幸せになってくれ。
▼福井が行動していたら
もう…これは本当にタラレバでしかないんですけど…。
福井がヒロインのことを好きだ、って自覚した時に告白していたら、多分玉砕してました。
福井の予想は当たってるんです。
人としての情緒がまだうまく育っていなかった当時のヒロインに、恋はまだ少し難しすぎる感情でした。
その時は完全に"恋愛"より"親愛"の方が尊いと思い込んでいたヒロインに恋愛の情をぶつけたところで、気まずくなって終わっていました。
じゃあなぜ氷室は良かったのか。
ここのリアルさにはちょっと私も想いを込めて書いたのであえて言葉にしますが、
「恋愛はタイミング」
だと思っています。
・ヒロインにとって絶対必要だった"親愛"の情を持てる相手(福井)がいるということ。
・ヒロインの嫌う日常を取り払ってくれる非日常があったこと
・ヒロイン自身が"恋"を学んだこと
こういった条件が揃った上でようやく彼女への恋心は受け入れられるものになります。
例えば、その親愛の情を持てる相手として既に黒子がポジションを確立させていてくれたなら。
例えば、保健室の中にささやかな非日常をもたらしていたら。神社で会った時の違和感を素直に尋ねられていたら。勇気を出して踏み込んで、バスケへの想いを聞き出せていたら。────その上で、あの夏の日に花火大会に誘ったのが福井の方だったら。
そうすればヒロインはもしかすると、福井の好意を素直に受け取るどころか、彼女自身も彼への遅すぎる恋心を芽生えさせたかもしれません。
でも、彼は"条件を揃えない"ことを選びました。
卒業パーティーに氷室を誘えと言った日(39話)、「俺はお前の友達だから」という言葉を彼はどんな気持ちで言ったんでしょうね。
パフェに乗ってるミントみたいなものじゃありません。優しさなんかじゃありません。
あれはあれで、彼なりの"覚悟"だったんだと思います。私が解釈した福井健介とはそういう男です。
…嫌な言い方になりますが、別にヒロインは「氷室じゃないといけなかった」わけじゃないと思うんです。
ただ、先に動いたのは氷室だった。
先に言葉をかけたのは氷室だった。
いくつもの分岐点があった中で、いつも彼女の心に入り込んだのは氷室だけでした。
福井は早々に日常を受け入れすぎていました。彼女との間に境界線を引いてしまいました。
「いつも終わってからじゃないと事情を聞かせてもらえなかった」とパーティーでは漏らしていますが、そうなるように自ら距離を置いたのは、皮肉なことにそんな福井自身の気遣いだったのです。
だから彼女は「氷室じゃないといけなかった」わけじゃないけど、「氷室が良い」と思ってしまいました。
どちらが悪いとか、どちらが正しいとか、そういう話のつもりはありません。
ただ氷室は、好きだと思ったその気持ちを素直にぶつけられる子だったという、それだけです。
福井も一応福井なりに色々考えてはいたんですけどね。
例えば、WC前の合宿でお土産を買ってきた時、彼は"お揃い"だと思ってご当地キティちゃんを買ってきました。
でもそれも、結局2人の"お揃いになったピアス"の前には完全敗北しています。
頼むから福井さんも幸せになってください。
…とまあ、物語の裏側はそんな感じです。
まとめると、幼すぎたヒロイン、等身大の氷室、大人すぎた福井っていう構図で拗れた感じですね。
ヒロインも福井も同じように自分の気持ちに蓋をしようとしていましたが、福井だけが上手に蓋を閉められたのは彼の心がそれだけ"諦めを知った"大人だったからです。…まあ、重ねてにはなりますがあくまで福井はそういう人だったんだろうな、という私の個人的な解釈に過ぎませんが。
ヒロインも大人ぶって同じように蓋をしようとしましたが、結局うまくいきませんでした。誰より何もかもを諦めていたはずのヒロインが自分の気持ちだけは諦められなかったなんて、とても皮肉なことだと思います。
幼すぎたヒロインはこれから大人になって、この時のことをどう振り返るのでしょう。
ちょっともうそこまでは私にもわかりません。
さて、そういうことで書きたいことも書ききったので、最後に改めて締めたいと思います。
長い春の話となりましたが、最後までお付き合いいただきありがとうございました。
今のところ新しい長編の作成予定は未定です。
思いついた時にでも少しずつ短編を上げていくことができれば、とは思っておりますので、どうかまた別の夢でお会いできますよう、心よりお祈り申し上げます。
//2020.10.25
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