[本日の予定:紫原と2人きりで話す未来。最悪。その後氷室に何か詰め寄られているらしい。もっと最悪。]
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24話




9月も下旬になればだんだんと気温が下がっていく。特にこちらは日本の北の方。既に私はカーディガンを着用し始めていたが、福井は今日も若干汗ばんだシャツを恨めしそうに着ていた。

「暑そう」
「いや練習してたらそりゃ暑いって」
「大変だね、運動部は」

WCの予選まではまだ約2ヶ月ある。しかし当事者の彼らからすればそれは、"2ヶ月しか残されていない"ということ。今年からレギュラー入りした紫原と氷室という新要素を加えた上でチームという形を完成させなければならないことの難しさを、状況こそ違えど私はよく知っている。
特に氷室のような選手であればどんな人とでもある程度連携が取れそうだが、もう片方は────

「調子はどう?」
「ぼちぼち」
「紫原、今度は試合に出てくれそう?」
「IHの時はまさかの出場しない騒ぎだったからな…今回も一戦も取りこぼさず勝ち進めたと仮定すれば、どこかのタイミングで必ず洛山と対戦することになる。また同じ駄々をこねられたらたまったもんじゃねえよ」

紫原は入部から半年経った今でも、相当な問題児として福井の頭を悩ませているようだった。

…正直私は、IH準決における洛山との対戦で紫原が欠場を主張したのは、中学時代のあの"絶対的な敗北"に起因しているのではないかと推測している。
キセキの能力が開花し始め、まだ良心的だった当時の赤司ですらその集団を持て余し始めてしまった頃。
"自分より弱い相手には従えない"と突然言い出した紫原を、赤司はまさかの私的な1on1の場面で(謎の覚醒を遂げた上で)それこそ赤子の手を捻るように叩き潰してしまった。
思えばあれから、紫原は露骨に赤司との対立を避けている節があったような気がする。

「春にくれたお前の助言のお陰で、ひとまずチーム内でなら紫原を懐柔できるようになったけどさあ…それが対外部、つーか対キセキの話となるとこれがもうどうしたら良いかわかんねえんだよな…」
「氷室君は?」
「あいつは問題ナシ。今までうちにいなかったことの方が嘘みたいに噛み合ってる。周りもよく見えてるし単体としての実力もピカ一だ。文句つけろって方が無理」
「ああいや、そうじゃなくて…氷室君って紫原と仲良いでしょ、その辺こううまく取り持ってくれないかな」

夏休みの東京旅行でも、氷室は紫原をうまく動かしていたと思う。あまりこう言うとまるで紫原が操縦の難しい精密機械のように思えてくるが(まあそこまで見当違いではいないと思う)、私は氷室のような柔軟な人物であれば、頑なな紫原の心でさえも溶かしてくれるのではないかと期待していた。

「うーん…あんま後輩に後輩のマネジメントは押し付けたくねえんだけどな…それが一番有効ならそうするしかねえのかな…」

副主将は最後まで頭を悩ませていた。チームの長が大変なのは言うまでもないが、長の右腕となる人物もそれに劣らぬ苦労をしているのだと改めて思いながら、私は毎回うまく声をかけてやれない自分にばかり憤慨して福井のしかめ面を見ていた。










「あ、水影さん、ちょっと良いかな?」

昼休み、お気に入りの中庭に出ようと廊下を歩いていた私を呼び止めたのは、数学の教科担の吉本先生だった。小柄で初老の吉本先生は、よく女子生徒から可愛い可愛いと言われては懐かれているのを見る。

「今って時間ある? 迷惑じゃなかったら、お願いしたいことがあるんだけど」

周りには友達と談笑しているか、こんな時まで受験を意識している様子で単語帳を片手に早足で歩いている生徒しかいない。傍目から見て一番暇を持て余しているのが私しかいないことは明白だった。

「はい、大丈夫です」
「ごめんねえ、これを1年E組の教室に置いて来てもらっても良いかな。午後の授業で使う道具なんだけど、僕これから3年の方の教室もいくつか回らないといけなくて」

申し訳なさそうに吉本先生が差し出したのは、両手で抱えるほどの大きな道具箱だった。中に何が入っているのかはわからないが、数学の先生が2年前によく使っていた黒板用の大きなコンパスや長いチョークを思い浮かべる。

「わかりました」

特に断る理由もないので引き受けた。吉本先生が嬉しそうに「ありがとう」と言って去って行った後で、そういえば私の今日の予定に"紫原と2人きりになる"という悪夢のようなタスクが入っていたことを思い出してしまった。

…"ご都合主義"って言葉あるじゃん。あのね、あれ当たり前なんだよ。だって最初に"都合"の方が生まれて、それに絡む"因果"が後から生まれてくるんだもん。だから私の人生は全部ご都合主義。用意された未来に向かって過去が絡んでいくだけ。
あー…恨めしい。

1年生の教室が並ぶ教室棟に向かい、長い空中渡り廊下を歩く。
陽泉は学年ごとにそれぞれ教室棟が分かれているので、基本的にここは、今の昼休みのような時間帯には人の姿がないことが常だった。他学年にわざわざ授業の合間を縫って会いに行く生徒なんて圧倒的少数だし、ここを使うのは今のようにその少数派である私のような生徒や、あとは学年関係なく学校内を移動する必要のある先生のみ。だから当然その時も廊下にいるのは私1人────じゃないのがこの世の非情なところなんだよなあ。

当然のように、そこには紫原がいた。
3年の誰かに用でもあるのだろうか、向こう側から既に廊下の半分以上を渡り終えていた紫原はすぐに私に気づいて手を振ってきた。いるのはわかっていたので、驚かない。せめてもう少し何人か別の生徒もこの場にいてくれれば良かったのに、と思いながら両手の塞がっている私はにこりとぎこちない笑みを返した。

「何それ?」
「吉本先生に頼まれたの。E組に持って行くようにって」
「あーお疲れー」

労いの感情など一切感じさせない口調で紫原は言った。

「紫原は? 3年に用事?」
「うん、福ちんからの呼び出し」
「え、何それ」
「さあ。今日の部活の話じゃない? 朝練サボるといつも呼び出し食らうんだよね俺」

ああ、それで今日の福井はまたいつにも増して溜息をつきがちだったのか────と、友人の心中を今更ながら慮る。

紫原が大会に出たがらない、か────。

私は今朝の会話で、その解決策を氷室に委ねることを提案した。紫原が試合に出なかった理由…いわば"紫原と赤司の確執"について、それを"誰も知らない"状況下であれば、それが一番妥当な案だと判断したからだ。

しかし。

ここにいるのは"全てを知っている"者のみだ。紫原の謀反、赤司の覚醒、絶望的な力の差────その先に待っていた彼らの断絶を、私と彼は全てその場で見て、知っている。

正直、こんなことに口を出したくはなかった。
私はあの悪魔が降臨したような夏の日にバスケから逃げ、東京からも逃げ、全てを隠してこの地で生きることを選んだのだから。

今更紫原が何を言おうが私には関係ない。
母校に愛着がないわけではないが、正直関係のない部活の人達が大会で勝とうが負けようが、どうだって良い。

────福井がいなかったら、きっとそう思って彼を見過ごしていたのだと思う。

「ねえ、紫原」
「んー?」
「その…あんまり、福井を困らせないで」

私は、横を通り過ぎようとした紫原の腕を引き留めた。

道具箱は大きい上に重いので片手で支えるのは結構な苦労がいる。しかし私は言葉だけでは彼をここに留めておけないと思い、無理に箱を右手一本で下から持ち替えると、空いた左手で彼の肘にぐっと力を込める。

「…何が言いたいの」

紫原は、私の口調と普段では考えられないような腕の力で、不穏な気配を察知したようだった。一気に声色が冷え込み、私の手を表情のない目で見降ろしている。
私程度の貧弱者がどれだけ力をこめたところでこの男には痛くも痒くもないことはわかっている。だからこそ私は容赦なく彼の腕を全力で掴んだし、そのこと自体には彼も気づいてるはず。

「…ずっと言わずにいたけど、あなたがIH欠場したこと、私…あまり良く思ってない」
「は? いつの話してんの」
「どういう言い訳をしたんだか知らないけど、あれ…本当は赤司に何か言われたんじゃない?」

紫原は、そこまで言われてようやく体をこちらに向けた。
彼に立ち去る気配がなくなったことを感じ、私も腕を離す。

「…だったらどーなの」
「今更あなたにバスケを真面目にやれとは言わないよ。でも、仮にもバスケで入学した身なら福井達の足を引っ張るようなことはしないでほしい」

そうか、昨日の未来はこれを示していたのか。
受け身な私は嫌だ嫌だと紫原と遭遇する未来を憂いていたけど、その未来を実現させたのは他ならない私の衝動だった。

関係ない。わかってる。
そんなこと言う資格ない。もっとわかってる。

でも、何にも代えられない唯一の大切な友人がすごく困っていて、解決策とまでは言わずとも────その原因と紫原の心情を理解しているのは、この場に私しかいなくて。
そんな状況下で、無責任に「氷室に任せれば」と言って終われるほど、私は恩知らずな女になりたくなかった。

わからない。もしかしたら今こうして声をかけたことで、紫原が余計に意固地になる可能性だって十分にある。今更私みたいな逃れ者が偉そうに口を出してくるなんて、と折角元通りになりつつあった私と紫原の関係だって壊れるかもしれない。

でも、でも。

できるかもしれないことを放棄して、悩んでいる友人を放置して、自分だけ知らない顔はできなかった。

私はずっと福井に感謝している。福井のことが大好きだ。
だから、そんな"大切な友達"のために、私はもうこれ以上口を閉ざしていられなかったのだ。

「…影ちんには関係ないじゃん」
「試合とは関係ないけど、私は毎日福井の悩んでる姿を見てることに耐えられないの。あの人達にとって最後の大会を、下級生のひとりよがりな我儘で潰してほしくない」

攻撃的な言葉になっていることは自覚していた。
でも、このくらいの棘を刺さないと紫原には響かない。

そう、この状況をどうにかできるとしたら、まずは私が動かなければならないのだ。
ごめんね福井、本当はあの時「私から言ってみようか」って言えれば良かったんだけど、どこまでも臆病者な私はこうして事情を知っている人しかいない隠れた場所でしか何も言えないんだ。
虐めっ子みたいで卑怯なのは、わかってるんだけど。

「…あのさ、中学の時から思ってたんだけど、あんた部外者の癖に口出し過ぎ」
「っ…」

未だに時折思い出す、紫原から発せられる"部外者"という言葉。
私と彼らは、同じものを見ていても同じ場所には立てない。
それは明確で分厚く高い壁を建てられた、と本能的に感じ取らせられる言葉だった。

「…その部外者から見ても明らかなほど自分が酷い状況にいるって、そっちこそそろそろ理解したら?」

────でも、あの時からもう1年以上経つ。
もう私は、そんな"今更すぎる事実"に怯んだりはしない。

「はあ?」

案の定、紫原は相当腹を立てているようだった。

「陽泉に来て半年、いい加減キセキレベルとまではいかなくても、自分がまだきちんと"バスケ"をプレーできる環境があるってことには気づいたでしょ。あなたにだけはもう"スポーツマンシップを"とか"先輩の想いを汲んで"とかそんな人道的なこと二度と言うつもりはないよ。でもね、」
「────なんで俺があいつらの事情に合わせなきゃいけないわけ?」
「────なんであの人達があなたの事情に合わせなきゃいけないわけ?」

いい加減、なぜ周りばかりがあなたの我儘に付き合わないといけないの?
私の一番言いたかったことは、そのまま紫原からも反転して返ってきた。

「そんなの当たり前じゃん。俺の方が強いからだよ。そもそも俺に頼ってないと勝てない程度の集団なら最初からそこまでってことだし。俺が試合に出るか出ないかは、俺が決める」

それはきっと、紫原にとっては覆らない正論だ。
そして理性的な私は、その言葉にも一理あるときちんと自覚している。

でも、理性では抑制できない怒りが私の中でずっと叫んでいた。

今年こそ全国を制覇したいと言っていた福井の笑顔を思い出せと。
試合には一度も行ったことはなかったが、いやだからこそ、試合の外ですらずっと感じていた彼らの闘志を思い出せと。

わかってる。全て今更だ。
過去に口出しできるのは確かに私しかいないが、その私は未来に口を出してはいけない。
私は逃げてきたから。私は隠してきたから。

だからこれがどれだけ無責任で理不尽なことなのかはわかっている。
そんなの全てわかった上で、それでも止める気はなかった。

私の言うことがただの理想論にしか聞こえないとしても。
あなた達の孤独を埋めてくれる人がいないのだとしても。

今度こそ、その孤独な世界をあなた自身が選んでしまったのだから。
その"理想論"が正義とされてしまう理不尽な世界に、それでも飛び込んできたのは────あなたの方なのだから。

「────陽泉は強い。でも…キセキを擁した学校には、きっと勝てない」
「……」
「キセキに勝つためには、キセキと同等以上の力をぶつけなきゃいけない。福井達の努力を否定するつもりなんてないけど、それでもあなたを使わないと、彼らはきっとキセキには────赤司には、勝てない」
「……」
「陽泉は、あなたというキセキと渡り合える武器を手にした。なのにその武器を使うことすらできず天帝の眼に挑ませるなんて…あんまりだよ。絶望的に思えたこの年の大会に希望をもたらした"あなた"という存在を置き去りにして、十分な戦力が揃わないまま戦地に行かなきゃいけないあの人達の気持ちを考えただけで…私は胸が張り裂けそうなんだよ…」

紫原は一転して押し黙ってしまった。怒りはまだ、伝わってくる。

「赤司のことが嫌なのはわかるよ。私もあなた達が中学2年生だった頃────あの頃から、赤司の意見には賛同できなくなった。赤司が強いのはわかるけど、何より怖かった」

赤司だけじゃない。
私はあの時から、それまで希望の象徴だと思っていた存在がみんな怖くなってしまった。

「でも、それならなぜあなたはバスケ部にまた入ったの? 赤司にあそこまで叩きのめされて、キセキのみんなもあんな風になっていって────それでもバスケを続けてるのはなぜ? 強豪校に入ってレギュラーを勝ち取ったのはなぜ? ねえ、陽泉の人達と一緒にいた半年はあなたに何も与えてくれなかったの? そんなにあの人達は弱い?」

あなたにもう一度赤司との戦いを挑ませる意思を抱かせる力もないほど、弱いの?
陽泉の人達と嫌がりながらも続けた練習は、あなたに何の希望も与えなかったの?

何も、そんな美しい言葉じゃなくたって良い。

ねえ紫原、あの人達のこと好きじゃないの?
あの人達と過ごした時間を、そんな過去の確執一つで全て捨てて良いの?

部外者の言葉はさぞや紫原の腹に据えかねることだっただろう。

私は部外者。ずっとそれは頭に残っていた。

でもさ、私、赤司の指示とはいえ結局卒業後までみんなのことを見てきたんだよ。
選手を除けば誰よりも近いところで、みんなの成長と崩壊を見せつけられてきたんだよ。

だったら少しくらい、思ったことを言ったって良くない?

────もはやそんな虚勢を自らに言い聞かせないといけないくらいに、私は自分の発言にさえ怯えてしまっていた。
私は今も間違い続けている気がする。紫原を退部にすら追い込んでしまうかもしれない。
もしそうなったらどうしよう。福井のために上げた声で、彼の希望を打ち砕いてしまったらどうしよう。

「…影ちん、マジでうるさい」

紫原が久々に発した言葉はとても静かだった。
何を考えているのかわからない。
ただ明確に、私への拒絶の意思だけは感じられる。

「俺、影ちんが俺達のこと嫌いなの、知ってたよ」

そして唐突に、そんな事実が告げられる。

「…え?」
「それこそ中学の時、俺達がバスケをつまんなく思い始めてから、影ちんの俺達を見る目がどんどん変わってった。赤ちんに言われたから仕方なく手を貸してるってのがミエミエだったもん」

それとこれが、どう繋がるのか。

「影ちんこそさ、俺達と────バスケのこと、嫌いなんでしょ。本当は俺達ともう関わりたくなかったから誰にも行き先を告げずに転校したんだろうって、ミドチンが言ってた。もう部外者とかそれ以前にさ、影ちんの方こそなんで今更バスケに関わろうとすんの?」
「っ…」

今度こそ、本当に正論で殴られた。
つまるところ、私が紫原に放った言葉はそのまま私にも跳ね返ってくるのだ。

「それは…福井が…」
「福ちんのことが大事なのはわかってるよ。でもなんか、それだけじゃないカンジする。なんかほんと影ちんって黒ちんに似ててムカつく。清く正しく美しくってやつ求めすぎ。福ちんのためだけにそこまで言う? 本当はあんただって、バスケから逃げた自分にムカついてるだけでしょ。過去を振り払えない自分に嫌気が差したから、わかりやすくサボってる俺に怒りをぶつけてるだけでしょ。あのさ、そういう筋違いな説教やめてくれる?」

…一瞬、黙ってしまった。
福井のことを想って口を開いたことに嘘はない。過去に固執する紫原の様子を見かねたことも間違っていない。
ただ、確かに────私は、彼と自分を重ねて見ていた。

でも、だから────だからこそ、こうして口を開いたのだ。

これは決して、理想論の押し付けじゃない。

自分本位になってしまうのはあの時と同じかもしれないが、でも今は────私だからわかる、その孤独感を今度こそ払拭してほしいのだという"お願い"をするために、ここに立っているのだ。

これ以上、私と同じ気持ちを味わってしまうことのないように。
これ以上、誰かが世界を締め出してしまうことのないように。

「…」

沈黙を取り戻そうと、なおも彼に伝えたい"私にしか言えないこと"を口にしようとしたその瞬間、昼休みの終了を告げるチャイムが静かな廊下に鳴り響いた。
紫原はチャイムを鳴らしたスピーカーを一瞥し、あからさまな溜息をつく。

「…はあ、昼休み終わっちゃったし。あ、てかやば、福ちんいんじゃん」

────紫原の言葉にさっと血の気が引く。

重さに耐えかねて腕が道具箱を取り落としてしまったが、そんなものを気に掛けるほど私の心には余裕がなかった。

震えながら、背後を振り返る。
そこには────いつも通りの、無表情な福井が立っていた。

「…聞いてた? 今の話」

その問いを福井に投げたのは、声の出せなくなった私ではなく、紫原の方だった。

「…途中からだけど」

言葉を返す福井の口調は、表情同様なんの感情も浮かんでいない。
どこから聞いていたって同じだ。結局最後の部分さえ聞いていれば私が"バスケから逃げ出した"ことくらいは理解できる。

今までどうしてバスケを避けていたのか。
今までどうしてキセキを疎んでいたのか。

ずっと疑問には思っていただろうが、それでも"訊かないよ"と優しく見逃してくれていた福井に、遂にこの話を聞かれてしまった。

バスケが嫌いだったはずの私が、かつてバスケと深く関わっていたことを。
そればかりか、喧嘩別れのような形でそれから逃げ、以来ずっと目を背け続けてきたことを。

彼はどう思っただろう。
私の"隠し事"と"嘘"だと思っただろうか。
自分の人生を懸けたものを蔑ろにされていると思っただろうか。
それともそんなに大きな隠し事をしていたことを、怒っただろうか。
今朝の時点で私が協力を申し出なかった、その臆病心を軽蔑しただろうか。

わからない。確認するのが怖い。

「お前がいつまで経っても来ないから様子を見に来ただけだ。授業も始まるしお前も戻れ。説教は部活の時間にする」
「えー、結局お説教からは逃げられないのー」

先程までの静かな怒りはすっかり鳴りを潜め、いつも通りの面倒そうな声で紫原は文句を言った。福井の方は若干態度が固い気がするが、それはきっと気のせい…ではないのだろう。

「まあいいや、じゃあね、福ちん」

そうして紫原は"福井にだけ"挨拶をして、元来た道を戻ってしまった。

「…それ、どっかに届ける予定なんだろ。次の授業誰だっけ…ああ、橋本には他の先生から雑用頼まれてるってちゃんと言っといてやるから、お前も早めに戻れよ」

福井もそう言って、"ひとりで"去ってしまう。

そうして私は広い渡り廊下で、ひとりぼっちになった。

自業自得────既に打ちのめされている私の脳内で、誰かのそんな声が聞こえたような気がした。



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