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17話




テツヤと初めて出会ったのは、私が5歳の時だった。
当時テツヤは3歳。彼の幼稚園の入園式で、彼のお母さんとうちの母親が知り合ったことがきっかけだった。

偶然にも家を近所に構えていた私達は、よく互いの家を行き来していた。単純に子供が遊びに行くということ以外にも、母親同士が助け合っていたという側面が大きかったのだろう。テツヤをうちで預かったり、また逆に私が黒子家にお世話になったりということを繰り返すうち、私達も互いをまるで本物の姉弟のように認識し始めた。

「冬子ちゃん、明日のお天気はなんですか!」
「晴れでーす!」

テツヤは私の力のことを知っても離れていかなかった当時唯一の友達だった。周りの誰もが気味悪がり、未来が見えることを悪だと断じる中で彼の存在にどれだけ救いになっていたかについてはもはや筆舌に尽くしがたい。氷室のように当たり前の個性として見ているわけではなく、冬子は魔法使いなんだというある種それも特別扱いに違いはなかったが、私にとっては笑って私の明日の話を聞いてくれるテツヤは誰よりもかけがえのない人だった。

テツヤは私の後ろをよくついてくる可愛い子だった。あまり自己主張をしないが、幼い頃からとても心優しく礼儀正しかった印象が強い。そしてその頃から、影が薄かった。例えば、かくれんぼをやらせたらいつも悪意なく忘れられているような子だった。

今でこそその影の薄さを武器にしているテツヤだが、小さい頃はそれで悩んでいた時もあった。友達がうまくできないと、泣きそうな顔で私に相談してきたことが。
…でも考えてみてほしい、私の幼少期を。バケモノと罵られ孤立していたような私に、友達ができないと相談することそれ自体が間違っている。

「友達なんてできなくて良いよ。テツヤに気づいてくれない人なんか友達じゃない」

そんな酷いコメントをしたことくらいしか覚えていないのだが、幸か不幸かそれを真に受けてしまった純粋なテツヤは、自分が認識されないことをそんなに気にしなくなっていった。気づかれなくても良いや、と開き直ってくれたのである。

「テツヤは本当に冬子ちゃんのことが好きねえ」
「こうして見ると本当に姉弟みたい、テツヤ君、これからも冬子のことよろしくね」

互いの親もそう言って、私が中学に上がる頃になっても親交を深め続けていた。
彼は物の分別がついた後も、私の異能を蔑視してきたりはしなかった。"それが冬子さんだから"と言ってくれ、その上でなお秘密にしていてほしいと頼んだ私の願いを、受け入れてくれていた。

きっと彼がいなかったら、私はもうとっくのとうにこの世とお別れでもしていたことだろう。

そうして、私が中学3年生になる年、運命は動く。

「冬子さんと同じ制服を着るのが目標だったんです」
「照れくさいなぁ、でもよく頑張ったね」

テツヤは、私と同じ学校に行きたいからと言って帝光中学を受験し、入学を果たした。

「バスケ部に入部しました」
「むしろ他の選択肢は考えてなかったよ。萩原君も同じ?」
「はい、さっきメールが来ました」

テツヤは小学5年生の頃、萩原君という子に出会ってバスケを始めた。
それまで静かに室内で読書ばかりをしていたテツヤにとって、それは衝撃の出会いだったらしい。どれだけ下手くそでも楽しそうにボールを追うその姿は、いつ見ても微笑ましかった。その頃ちょうど中学校に上がりバスケ部のマネージャーになっていた私も、どんどんバスケのことが好きになっていった。

元々私は、知り合いに誰もやる人がいなかったから、というなんとも不純な理由からバスケ部に入部していた。帝光中学は奇しくも全国的に名の知れた強豪校。マネージャーの仕事量も多く、その厳しさは初見でこそ忌避されがちではあったものの、意外と忙しなく動くことも性に合っていたらしい私は私で、充実した日々を過ごしていたのだ。

テツヤが入部した年には、恐ろしいほどの才能を持った部員が何人も同じように入部してきた。その頃にはすっかりバスケが大好きになり、一軍担当のマネージャーとして黙々とサポートを続けていた私の耳にもその子達の華々しい活躍の噂がよく入ってきていた。
そんな中で、テツヤの芽は一向に出なかった。

「…今回も、昇格試験に落ちてしまいました…」
「前回より反応は速かったけどね」
「でも、ダメなんです。大事な時に決めきれなくて、毎回ボールを奪われてしまう…」

試験の後は、毎回マジバで反省会。
いつもはプレーヤーとの不必要な会話を避けている私だが、この力を知ってくれているテツヤの前でだけは別だ。素の言葉で語れる彼の存在は、当時閉塞感で圧し潰されそうだった私に唯一の通気口を開いてくれるような、そんな貴重なものだった。

対して、その時のテツヤは普段からそんなに食欲旺盛というタイプではないにせよ、いつも以上に食事が喉を通らないようだった。

「うーん…ごめんね、こういう時にもっとちゃんとしたアドバイスができれば良いんだけど…」
「いえ、そんな…こうして聞いてもらってるだけで充分です。…僕はまず、もう少し人より練習できる場所を確保しないと…」
「あ、じゃあ第四体育館の鍵開けとこうか」
「!? でもいつも第一以外は練習終わった後すぐに施錠されてしまいますよね、勝手にそんなことしたら…」
「大丈夫、最終的に鍵管理してるのは私だからね。警備の人が施錠を確認するのも閉門時間後だから問題ないし、そもそもあそこ、練習終わったら人が全然寄り付かないんだよ。顧問もノーマークだから実質私の管理下みたいなもんなの」
「…い、良いんですか、本当に」
「良いよ。頑張る人の応援をするのがマネージャーの仕事です」
「ありがとう…ございます!」

その日から、テツヤの秘密の居残り練習が始まった。最初は孤独な闘いだったが、途中で一軍の友人ができたと楽しそうに報告してくれた。どうやら期待の1年生がテツヤを買って、練習に付き合い出すようになったらしい。青峰大輝という名はよくこちらでも聞いていた。圧倒的なバスケセンスと熱意の光る選手で、一軍の中でも相当の実力を持っていたからだ。

一軍のメンバーがコーチとしてついてくれるならと淡い希望を抱いたが、それでもなかなか成果が出なかった。あまりに高い壁を前に一時は退部も検討していたが────そんなある日、全てががらりと変わった。

「水影さん」

赤司征十郎────これまた今年入部した大型新人で、その実力とカリスマ性から早くも副部長にまで成り上がっていた恐るべき後輩が、練習後に私を呼び止めた。

「この間の試合のことなんですが」

彼はどうやら、マネージャーの中でも殊更に私を買っているようだった。ただおそらくそれは私の特異性を察してのことだろうと、私は内心彼のことを恐ろしく思っていた。
未来を知るこの力が、使いようによっては試合の明暗さえ左右するとでも思っていたのだろうか。
私の見る未来は一部である上に覆せない確定事項だ。それを誰かに伝えたところで未来を操作できるようになんてならない────はずなのだが、赤司はそうは思っていないようだった。
私から自分の力のことなんて一度も話したことがなかったのに、彼は入部してから半年くらい経つ頃には、事あるごとに私に雑用以外の用件までもを持ちかけてくるようになった。

曰く、「水影さんの意見を聞くと、その過程における選手のメンタルケアがかなりやりやすくなるんです」とのことらしい。よくわからないし、なんだかあまりそれが100%の本心にも聞こえなかったので、私はその時点で深掘りするのをやめた。何より赤司はあまりに私には強大だったのだ。とても手に負えない。逆らうなんて考えられない。

「────ところで、最近青峰とよく話しているのを見かけますが、彼が迷惑をかけていませんか」

一通りこの間の試合の話をしたところで、赤司はそんな風に話を変えてきた。言うまでもなく青峰とよく話すのはテツヤのことがあるからだ。

…実は昨日、私は今日のビジョンで赤司とテツヤが出会うシーンを視ていた。今までテツヤの希望で他の部員に彼の練習の話をしてこなかったが、もうあと数時間でバレる話なのであればと、私は正直に赤司にテツヤのことを打ち明けることにした。

「迷惑はかけてないよ。むしろお世話になってる」
「世話に…?」
「私の幼馴染に三軍の黒子テツヤっていう選手がいるんだけど、毎日第四体育館で居残り練習をしててね。青峰はそれに付き合ってくれてるのよ。その繋がりで最近喋る機会が多いって話」
「へえ、青峰が…」

赤司は一定の興味を抱いたようだった。彼の目に留まるようなことがあれば、テツヤにも転機が訪れるかもしれない────そんな曖昧な所感を抱いた後のことだ。

────テツヤが、一軍に昇格した。

「おめでとう、テツヤ」
「今日は冬子ん家でパーティーしようぜ!」
「えっ嫌だよ、なんで私の家に青峰を入れなきゃいけないの」
「なんだよそれ!」

わいわいと騒ぎながら、青峰と2人でテツヤにシェイクを奢った。テツヤは本当に嬉しそうで、楽しそうで、きらきらしていて────。

だから私もまだその時は、彼の未来が明るいのだと信じて疑っていなかった。

だんだを雲行きが怪しくなってきたのは、それから暫く経った頃。
帝光中を、良く思わない学校が出てき始めた。
元より強豪校として、憧憬と畏怖のイメージを半々の割合で持たれていた帝光中。しかし最近は、その圧倒的な強さを嫌がる選手の方が多くなっていったのだ。もちろん彼らは並大抵の学校のそれよりずっと過酷な練習を積んでいる。その努力が成果として表れるのは"中にいる人間"からすれば当然のことと思えたが、普段の練習風景を知らない"外の人間"から見ると、天賦の才ともいえるような実力差と純粋な笑顔で絶望を与えてくる彼らの様は恐怖の対象にしかならなかったようだった。

「こんな中で卒業するのはちょっと心配なんだけど…みんな元気でね」

心配しながらもそれも強者が背負わねばならない一種の業かと半ば諦めつつ、そう言って引退式に臨んだ私を待っていたのは、赤司からの

「週一で構わないので顔を出していただけませんか」

そんなびっくりオファーだった。

「…は?」
「特別コーチとしての登録は済ませてあります。ああでも、別に戦術的なアドバイスをくださいとお願いするつもりはありません。ただ今までのように試合を見ていて欲しいんです」

……こいつ、これからも私の力を使うつもりだな。

「…いや待って、今もう登録はしたって言った?」
「ええ、水影さんの進学先からであれば帝光は帰り道だと思ったので、もののついでに寄っていただければと」

爽やかな顔して何を言っているのかわかっているのかこの暴君は。

……そんなわけで、私は半ば強引に卒業後も彼らの青春を見届ける羽目になってしまった。
今思えば、雲行きが怪しいななんてふわふわとした感覚でいられる間にさっさと縁を切ってしまえば良かったのだが。

空模様がどんどんと悪くなり始めたのは、彼らが中2に上がった後…キセキの世代などと呼称されるようになった彼らの成長スピードがいよいよ人智を越え始めた頃だった。

「水影さん、この間入った黄瀬涼太…どう思いますか」
「まぁ、レギュラー入りが固いのでは」
「争うとしたら灰崎でしょうね」
「うーん…でも灰崎なぁ…なんかあの子危なっかしいんだよなぁ…」

というか赤司は私なんかに相談して何か新しい知見を得られるのだろうか。
私のふわふわしたコメントなんて全部あなたが昨日のうちに出した結論と同じなんじゃない? ねえ?

「今日の練習試合、一度黄瀬を試験的に投入しようと思っているんですが、どうしましょうか」
「最初はベンチで良いよ。相手は中が強いから、最初はそこを重点的に攻めて、こっちの攻撃も向こうの防御も疲弊する第3Q中盤頃にSFで投入するのが一番効くんじゃないかな」
「イレギュラー要因は?」
「ないはず」

もはや1年近く経てば、「私何もわからないので…」という演技も面倒になってくるもの。赤司が私の未来視を見抜いていることはほぼ確信していたので、視えていたものをがばがばとそのまま伝えた。
もっともそれだって、赤司にとっては自分の出した仮説を確たるものにする補強材料くらいにしかならないんだろうけど。

赤司の圧倒的な賢さは、単にプレーヤーとしての枠を越え────夏が来る前には、彼はこの強豪校の主将にまで上り詰めていた。

ぎしぎしと、軋む音が聞こえる。

心を取り残して成長していく彼らの体。その歪みから生じる痛みになど気づかないまま、時だけが過ぎていく。

「…最近、部活楽しい?」

青峰と一緒に帰る頻度が減ったテツヤに対し、いつだったかそう聞いたことがある。

「…ええ、楽しいですよ」

今までだったらこちらが笑ってしまうほど顔を輝かせていたはずなのに、彼の返答は最近なんだか嫌な意味で落ち着いてしまっている。

そんな不和の片鱗に気づいていながら、私には何もできなかった。

青峰が練習を放棄し出した時も、私は何もしなかった。

「…青峰、最近どうしたの」
「うるせぇな、あんたにはわかんねえ話だよ」
「周りとの軋轢が大きいってことなら、流石に私もわかるよ…」
「でも、どうしたら良いかまではわかんねえだろ」
「…そう、だけど」
「結局そういうことだよ。どんだけ現状を正しく把握してても、誰も解決策を出せねえ。俺はこのまま、強くなっていくしかねえんだよ」
「…強くなるの、怖い?」
「…強くなりたくないなんて、俺だって思いたくねえよ。でも………」

そう言われたら、それ以上踏み込めなかった。

紫原が赤司に挑んで見事な返り討ちに遭った時も、私は口出しができなかった。

「紫原、どうして赤司にあんな風に言ったの?」
「だってバスケって何も面白くないんだもん。みんな俺より弱いし、弱いくせにうるさいし。だから捻り潰してやろうと思ったの。それだけ」
「…そんな言い方…」
「うるさい」

赤司が変わってしまってからも、私は変わらず彼に従い続けてしまっていた。

「冬子」
「赤司……」

彼の私に対する呼び方が変わったことにはすぐ気づいた。気づいていながら、私は相変わらず彼との付き合い方を掴みかねていたせいで────それを指摘することさえ、できなかった。

「君が最近の僕達をどう見ているかはわかっている。でもこれが最も効率的な管理方法だと、わからないほど愚かではないだろう?」
「…でも」
「ああ、ちなみに来年も今のポジションでのサポートをお願いしたいんだけど、良いね?」
「……………」

何の為にバスケをしているのかと、何度も問いたかった。でもそれができなかったのは、ひとえに私にその勇気がなかったからだ。

だから私はせめてもの償いにと、翌年もサポーターとして帝光に通い続けた。通い続けていながら、キセキの世代がバスケをただの退屈な玩具にし始めてからも、中途半端にそんな現実から目を背けてしまっていた。

テツヤの顔がどんどん暗くなっていっていることにも気づいていながら、私は何もできなかったのだ。

「…テツヤ……」
「確かに最近ちょっとやりすぎだなって思うこともあるんですが…いえ、でも大丈夫です。みんなも、まだちゃんとバスケが好きだと思うんです。前みたいに戻れるチャンスは、きっとあると思うんです……」

そう言うテツヤに、その翌日の試合で黄瀬が点取りゲームなどというふざけた提案をすることになるのだとはとても言えなかった。

私の秋田行きが決まったのは、その頃だった。



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