セトと友達彼女



その日はちょうど暇を持て余していた。ソファに座ってぼーっと考え事をしていると、不意にキドに名前を呼ばれる。

「暇なら頼まれ事をしてくれないか」

今思えば、その"頼まれ事"によって、俺の運命は大きく変わっていくのだった――――。

「買い物に行ってきて欲しいんだ」
「お安いご用っす!」





「えぇと、ここだね」
「すいません、名前にまで付き合ってもらっちゃって…」
「いいのいいの。寧ろ買い物は私の仕事みたいなものなのに、荷物持ちが必要だとかキドが言うから…。できるだけ私、持つからね」
「いえいえいいんすよ! ここは俺にどーんと任せて欲しいっす!」

やってきたのは駅前のスーパー。一緒にいるのは仲間の名前。どうやら普段、食料品の買い出しは彼女の担当になっているらしいのだが、今日は割と買う物が多いんだそうだ。そこで彼女だけで大荷物を持って帰れるか心配したキドが、俺も派遣したという訳だった。

彼女は気立ても良い子だし、一緒にいて楽しい。俺が喜んで荷物持ちを引き受けたのも、暇だからという理由だけでない事が解ってもらえたと思う。

「そういえば名前と買い物に来るの、初めてっすよね」
「本当だねー」
「まずは何からっすか?」
「野菜だよ。今日は豚肉とピーマンの特売なの!」
「へぇー」
「新鮮なピーマンと、ミンチのお肉を買って…今日はピーマンの肉詰めかな? それから香辛料も切れてるし…」

あれこれ指折り数えて目的の品を羅列する名前は、さながら主婦のようだった。

「しっかりしてるんすねぇ、名前は」
「あはは、なんかいつの間にか日常になってたからね。ほら、放っておくとカノは何も食べないし、マリーはお菓子や果物ばっかりになるし、モモはそもそも味覚がズレてるし、シンタローは偏食するし!!」
「…確かに。苦労の賜物っす」
「キドとセトには助けられてるよー」

ぽんぽんと背中を叩いてくる名前。俺は苦笑しながら、みんなも彼女の買い物について行けばいいのになんて考えていた。
この姿を見ればきっと、みんな改心してもっと食への意識が高まるだろうに…。

「さて、次は香辛料のコーナーに行こう!」
「了解っす!」





「うちはお子ちゃまがいるからねー…あんまりスパイスの効いてるものは買えないんだ」
「ふむふむ。…ちなみにお子ちゃまって」
「マリーだよ」

棚に並べられたたくさんの香辛料。その中から幾つかを迷う事なくカゴに入れる名前。いやぁ、スマートな手際が本当格好良いっす!!

「あとはみんなに受け入れられそうなくらいの、ちょーどいーい加減のものを選ばなきゃね。メーカーによっても微妙に違うから、もうこれは経験」
「みんなに受け入れられるっていうと?」
「逆を言えば、特定の人の好みには拘らない、かな。例えばおしるこコーラの子の好みは鵜呑みにしないとか」
「成程……」

あまりにもこれはこれはと俺が聞き過ぎる為、だんだん名前は買い物のポイントを教えてくれるようになった。それを余す事なく聞きながら、普段普通に食べている食事がいかに考えられているかを思い知った。

「香辛料はこのくらいでオッケー。あとなんか知らないけどカノがミネラルウォーターを何かに使うらしいから、それを買ってあげなきゃいけないんだよね。重いのはそれなんだ」
「万事大丈夫っす」

申し訳なさそうに笑う名前。このくらい、なんて事ないのに。




その後全ての買い物を済ませ、会計を終えて俺達はスーパーを出た。

「セト、大丈夫…?」
「大丈夫っす!」

ミネラルウォーターの6本入った箱を抱える俺に、名前は終始心配そうな顔。ちなみに名前の方は、水以外の荷物を全部持っていてくれた。
最初は全部持つ、と言ったのだが、いつもこのくらいは持って歩いているんだそうだ。名前曰わく、「ミネラルウォーターだけが実に余計」なんだそう。

「全く、あの子は頼むだけ頼んで自分じゃ行かないんだから」
「なんだかんだで聞いてあげる名前は優しいっすね」
「ふっふっふっ、我が家の家計簿は私のようなものだからね」
「すっ…すいません、任せっきりで…」

そんな話をしながら道を歩く。すると、ふとすれ違った女子高生達の会話が耳に入ってきた。

「ねぇ、今の人格好良くない?」
「わかる! 隣にいたの奥さんかなぁ?」
「兄妹じゃなさそうだよね。良いなー、新婚さんかぁ」

「………」

つい、隣を見てしまった。しかし名前は何やらぶつぶつと財政状況について考え込んでおり、女子高生達の会話など聞こえた様子がなかった。

そして、更に。

「おやまぁ、可愛らしいご夫婦だこと。私もおじいさんと昔はああして歩いてたのよ」
「ほんと、若いのにしっかりしてるわねぇ。でもお母さんは今でもお父さんと仲良いでしょ」

なんていう成人親子の会話までが飛び込んできた。再び名前を見るも、今度は政府の予算案について何か色々と呟いている。

「………」

な…なんか俺だけ気まずいんすけど…

今までだって普通に名前は可愛い子だと思ってたし、っていうか普通だと思っていて、本当にただの仲間としてしか見ていなかった。

なのになんでだろう、親友も恋人も通り越していきなり夫婦扱いをされてしまい、俺の心は急にざわつき始めた。

……まさか、意識してる?
そんな、だってちょっとすれ違いざまの会話を小耳に挟んだだけで、今までの関係が全て覆るような事になるんすか?
いくらなんでも単純すぎや――――

「随分若いけど、新婚かな」
「知らないけど。アンタもちょっとはあの夫婦を見習って、あたしの買い物手伝いなさいよ」

「あぁ、もう!!!」

そんな俺を遮って聞こえた再三の勘違い会話に、思わず声を上げてしまった。流石に隣で奇声を上げた俺に驚いたのか、名前はびくりと立ち止まり、こちらを覗き込む。

「ど…どしたの? ごめんね、考え事に熱中しちゃって…うるさかった?」

心配そうに見上げてくる名前の顔は……あれ…こんな可愛かったっすかこの子!?

「うっ…うるさくないっすけど…」

やばい。
心臓が、うるさい。

「あ、じゃあやっぱ水が重い? 交代しよか?」

そう言ってこちらに手を伸ばす名前。
その小さな手が俺の手に触れた瞬間――――

ドキン!!!

水で塞がっている為下手に引っ込めたりはしないで済んだものの、心臓が強く跳ねた。顔が一気に熱くなり、視線がうろうろしてしまう。

あんな知らない人達の会話だけで、こんなに高鳴ってしまうなんて。

「…………名前」
「うん?」

あぁ、でももう…手遅れだ。
珍しい俺の叫び声に不安そうな名前は、最強に可愛い。

「……その、また…か、買い物行く時は、俺が手伝うっすから!」

名前は少し目を見張った後、花みたいな笑顔を浮かべてくれた。

「ありがとう!」

その笑顔を見ながら思った。

自分の単純さにほとほと呆れ返る展開ではあるけれど、それでも割とすんなり受け入れられているという事は。

ひょっとして、俺はずっと昔から―――――









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