ドライに毒舌[2] 戦闘態勢は整った。完璧に変身を終えた姿で次に向かうは台所。 アタシが看板娘として店に出ている間は父のプライベートタイム。なので、その間に食事などを済ませてもらうために準備をしておくのだ。 アタシの主婦歴はもうかれこれ10年程になるだろうか。最初こそ酷いものだったが今では慣れたもの。手慣れた手つきで包丁を操り、父が刻み忘れていた野菜たちを次々に細切れにしていく。 いつもの手順で適当に。冷蔵庫の中はそろそろ在庫が尽きそうだけど、あるものだけでもバランスさえ間違えなければそれなりに食えるものだ。テキパキと作業を進めながら、脳内では今日の出来事をまた振り返ってしまったのである。 大胆にも公衆の面前で告白という一大イベントを決行した美緒理。顔を抑えて教室から走って出て行ってしまった彼女のその後を、追いかけて駆け込んだのは屋上手前の階段下。追いついた時には隅で蹲って泣いていた。 あの時何と言ってあげるのが正解だったのか…とにかく隣に居る事しかできなかったのだけど、嗚咽混じりに自分の気持ちを話そうとしていた彼女が痛々しくて、どうにかしてあげられないものかとハラハラしていた。 美緒理が何故、あんな場面で告白に踏み切ったのか。このアタシでさえ、それがどれほど大胆で思い切った行動なのかということくらいわかる。ただ、彼女から聞かされたその答えは、まったくもって想像の範囲外にあった。 好きになった相手は学校一の人気者。どんな女子でも引く手数多のスーパースター。たとえ自分からアタックしに行こうとも、その傍に近付ける見込みも無い遥かに遠い相手である。取り巻きに邪魔されるのは最早常識で、その障害を飛び越えようと頑張るほどに代償は大きく、酷い虐めの対象になってしまうことだってあると言うのだからとても怖い。先輩本人がそこに関わっているかどうかはともかく、女の怨みというやつなのか、集団心理というやつなのか、此方側が不利であることは明白。 だから。あの時目の前に来てくれたから、自分の傍まで来てくれたから、気持ちを伝えるチャンスは他には無いとしか思えなかったのだと、そう言っていた。 たとえフラれたとしても、告白してしまえば覚悟が決まるのだから。と。 それはつまり。 あんなに誇らしげに、自分はスーパースターの彼女になるのだと言っていたあの子が、本当はどうしようもなく追い詰められていた証拠だった。上手くいってもいかなくても、もうその気持ちを仕舞い込んではおけなかったのだろう。それだけ強い想いでいたのだということが、こんなアタシにさえ伝わってきたのだから切ない。 そもそも先輩はあまり彼女を作りたがらないという噂もあるらしい。それを理由に彼を守ろうとする常識が生まれ、特別な存在になろうと考えた者は実行に移さずとも、それが取り巻きにバレてしまえば大変なことになるとかなんとか…ということは、今後の美緒理の身にも何が起こるかわかったものではない。 (恐ろしい…) なんだってそこまでして、大勢で寄ってたかって一人の男子に固執するのか。それでは先輩だっていい迷惑じゃないか。 単純に人気があるだけの人だと思っていたのに、実状はまるで悪徳宗教だ。これでなにか商売でも始める輩が現れようものなら社会問題。ましてアタシ達の年でそんなことに巻き込まれて恋愛すら自由にできないなんて酷い話だと思う。 結局彼女は、胸にしまいこんでいたらしい苦しい気持ちを全て吐き出せたのだろうか…。 泣き腫らした顔では教室に戻ることもできずに、そのまま彼女は早退してしまったけれど、昇降口を出る直前、見送るアタシに向かって美緒理が言った言葉は「綾ちゃんはいいね」だった。 いったい何がいいのだろうか。わかったことと言えば、その瞬間に、彼女との間に今まで感じたことの無かった距離が生まれた気がしたということ。もしかしたら、友達ではいられなくなるのかもしれないという感覚だった。 何故なのかわからないけどそう感じた。だから、本当はこんな不慣れな恰好をして営業スマイルを振りまくような気分では決してないのである。 とはいえ仕事は仕事。自分で決めた事なのだから頑張ろう。夕食の準備が整ったと同時に、自分に気合いを入れなおしていざ出陣。 父に交代の合図を送り、店の床に足を下ろした瞬間、アタシは生まれ変わるのだ。 「いらっしゃいませー♪あ、お客さん初めましてですねー♪アタシこういうものでーっす♪シンディって呼んでくださいね☆」 (あぁ…自分が悍ましい…) Contents← Novel☆top← Home← |