ドライに毒舌[1] 今日はとにかく散々だった。 沼田によって母の形見である大切なペンダントを破壊され、学校一の有名人と関わってしまったがために無駄に目立ってしまうという不始末。更には友達が目の前で告白をし、フラれて泣いてしまうというハプニングも重なって、ついでに年上の男子をうっかりひっくり返してしまうという大恥を晒してしまったのだからどうしようもない。 明日からどんな顔して学校に行けばいいのかわからないばかりか、もしかしたら唯一の友達さえ失ってしまったかもしれないという事態なのだ。 どうにか一日をやり過ごし重たい足取りで自宅に帰り着いた途端ドッと疲れが押し寄せた。それでも、店舗側からただいまを言うとカウンターの奥から「おかえり〜」という間延びした声が出迎えてくれてホッとする。 カウンターの奥から聞こえた声の主は我が父親・皓市くん。 何故か物心ついた頃から”こうちゃん”と呼ぶ事が習慣化されており、お父さんと呼ぶと怒られてしまうので今や友達感覚で会話をするという不思議な関係である。 綾 「こうちゃん。またゲームやってんの?」 皓市 「いんや、今は真面目に仕事してんよ」 いつもこの時間はパズルゲームのスコア更新に夢中になっている筈なのに、まさか仕事をしているだなんて本当だろうか。 不審に思って父の背後から確認してみると、本当に仕事をしているようだ。 綾 「なに。こんなに注文入ったの?」 皓市 「おー。昔よくウチに来てた若いのが店やってんだけどな。急ぎで物資よこせっつーもんでよ。おかげでなかなかの売り上げだぜ。やっぱ可愛がっとくもんだよなー」 綾 「ふーん…良かったね」 皓市 「おう」 綾 「それはそうと、野菜切っといてくれた?」 皓市 「…あ」 綾 「忘れたのか」 皓市 「すまん。すっかり忘れてたわ」 綾 「洗濯物は?」 皓市 「…」 綾 「それも忘れてたってわけだ」 皓市 「すまん。いや、誠に申し訳ない」 綾 「いいよ。仕事なら仕方ないもんね。てか練習なんだから次は忘れんなよ」 皓市 「うっす」 ビシッと敬礼のポーズで返事をすると、彼は再びPCの発注画面に向き直った。 もともと父は一切の家事ができない。だからもしもの時のためにこうして用事を与えては練習してもらっているのだが、よく考えると不思議なのだ。 アタシは誰にも家事を教わったことが無く、テレビや本なんかを見よう見まねでなんとかここまで来た。それはともかくとしても、母が亡くなってから数年の間、いったいどうやって育ててもらっていたのかがわからないのである。 未だに母一筋の父が、別の女性とどうにかなったことなど無いし、ましてや誰かがこの家の事を手伝ってくれていた記憶も無い。アタシ自身そんな小さい頃の記憶が無いのはまあ仕方ないとして、父本人に聞いてみても覚えていないの一点張り。実際ウソのつけない彼のことだ、本当に覚えていないのがわかるだけに何とも言えない。 考えても仕方がないのだけど、ふとした瞬間にそれが頭を過ってしまう。今になってみればどうでもいいことかもしれないのに。 綾 「んじゃ、アタシ用意してくるね」 皓市 「おう。あんま急がなくていいからな」 綾 「うん」 父に手を振ってカウンターの前を横切り、最奥にある暖簾をくぐると自宅スペース。リビングを通って廊下に出るとすぐに二階へ続く階段がある。その階段を上がってすぐに自分の部屋へ。入るなり黒髪のフルウィッグを脱ぎ去り、鏡の前で頭皮のマッサージとブラッシングをすると、露わになった色素の薄い金髪が両肩にふわりと触れて、ここからが本番だと告げるかのように煌めいた。 鏡の中の自分の姿を改めて確認すると、アタシの脳内で次の作業へのゴングが鳴り響く。 制服を脱ぎ捨て、下着姿のまま一階の風呂場めがけて階段を駆け下りると、高速で着衣を脱ぎ捨てて洗濯機に投入。他の洗濯物も目に着けば放り込んで、スイッチを入れたら急いでシャワー開始。ゆっくり湯船に浸かっている暇などないので、シャワーで手早く身を清め、終えたらすぐさまタオルドライしてぐるりと身体に巻きつけ、急いで二階の自分の部屋に戻る。 この間15分。いつもこの手際。 我ながらよくやるなと思うけど、一刻でも早く準備を終えなければ、いつ父が部屋に来てしまわないとも限らないので焦るのだ。 手近にある衣服を身に着けてから髪を括り上げ、化粧のスタンバイ。メイクボックスから使用する全ての道具を取り出し、最短で作業が進められるように考えた配置で目の前に並べていく。まったく違う見た目になるのだから、その工程だってかなりの工夫と時間を要するのだ。こうして毎日アタシは看板娘に変身するのである。 そういえば、この予定外の金髪になってから用意した衣装はそう多くないのだけど、それは月日を経るごとに増えていった。 自分の作品を気に入っているカリスマから貰い受けたものもあれば、自分でお年玉をはたいて買ったものや、看板娘のファンだと称するお客からのプレゼントもあったりする。なので困ってはいないが、気に入ってもいないのも事実。 袖を通すたびに、今は亡き母に申し訳ない気がして仕方がない。毎日そんな葛藤と戦いながら出来上がるのが、まるで別人のような自分自身の姿。 何が辛いかと聞かれれば、自分には似合っていないと感じること。それに尽きる。 こんな自分を人前に晒しているのかと思うと、本当にどうにかなってしまいそうだった。 Contents← Novel☆top← Home← |