勿忘草と彼の人[3] 慎一 「…大丈夫?」 綾 「…は、はい」 いったいどんな顔していればいいんだろう…。 アタシがあの店にいた客だって気付いているのかな…気付いてないといいな…。 ポケットから取り出したハンカチで、涙でぐちゃぐちゃになっていた自分の顔を覆いながら、どうしていたらいいのか困っていた。 (それにしても…) この人の恰好は見るからに、沼田が絶対に見逃さないであろう違反のオンパレードだ。 一応は制服のスラックスは着用しているけれど、裾は折り返されているのか加工されているのか、形状がよくわからない状態になっているし。上半身は夏服指定のワイシャツでは無く、同じ白ではあっても、背中に大きく模様の入った私服に近いシャツ。その中には目に眩しい色のTシャツを着ている。 更に耳には、まったく隠そうという素振りすら無いカラフルなピアスが数個と、首回りや手首にも似た感じのアクセサリーが装着されている。 シャツのポケットに申し訳程度に付けられた校章の色で、彼が先輩であることは把握できたけれど、ここまで目立つ人の存在に今まで気がつかなかった自分が信じられない。 あまり良い事では無いかもしれないけれど…それほどにアタシという人間は、他人への興味よりも、自分自身の平和を守ることに必死だったのだ。 慎一 「災難だったね。でも取られなくて良かったね。沼田の手に渡った物は、どんなに大事な物でももう返してもらえないし」 綾 「…」 (やっぱり、そうなんだ…?) 彼の登場から程無くして、沼田は退散した。それはもう不機嫌な背中を見せながら去っていった。 結局アタシのペンダントを引きちぎった謝罪は無かったけれど、これでもう奪われることが無くなったのなら、トップだけでも死守できて良かったと思う。 …アタシの手の中に残った勿忘草の花がモチーフになったペンダントトップ。 それは、とても上品で、可愛らしくて。記憶に残るママの姿によく似合う。 アタシなんかが着けても似合う気はしていなかったけど、それでも身に着けていたかったんだ。ママが大切にしていた物だから。 いつも学校に来る時だけは我慢していたのに、今日に限ってこんな事になって。本当は凄く悲しいけど。仕方ない。 慎一 「…」 綾 「?」 慎一 「…」 綾 「…あの、なにか?」 慎一 「うん。どこかで会った気がするなぁ〜と思って」 綾 「え!?え、いえ。ない、です…よ」 慎一 「ホントに?」 綾 「無いですって…」 慎一 「いやいや。この身長とか、そのキツそうな眼鏡とか、見覚えあるんだけど凄く」 綾 「ひゃっ!?」 見覚えがあると言い張って、事も無げにアタシの頭に手を置くからビックリした。 しかしこれは困った。 黒髪のフルウィッグはちょっとやそっとじゃ外れないようにしっかり装着しているけれど、カリスマ美容師の関係者ともなると、触られただけでもバレてしまいそうで怖い。 慎一 「…」 綾 「…すみません、手、どけて、くださぃ」 慎一 「あれ?…これ」 綾 「!」 (ヤバい!バレる!) ?? 「し〜ん〜!?いつまでやってんのぉ〜?」 慎一 「ん?」 ヤバイと思った瞬間、少し離れた場所から彼を呼んでいるらしき声がした。 確かカリスマは、この人の事を『しん…』なんとかとか言ってた気がするから、たぶん合ってる。 綾 「あの、呼ばれてるみたいです…よ?」 慎一 「…あ〜も〜、今ちょっと思い出しそうだったのに。馬鹿広夢」 綾 「?」 慎一 「じゃあ行きます。ゴミ出し頑張ってね」 綾 「あ、はい、どうも…ありがとうございました」 ぺこりと頭を下げると、その人は去って行った。 あのカリスマそっくりの笑顔を見せながら。 同一人物…。 カリスマの店に居た人と、同一人物であることは間違いない。でも、思っていたより良い人なのかもしれない。 このまま、アタシの正体がバレなければ、大丈夫な筈…たぶん。 (でも…) 眠たそうな顔して結構鋭いよね。口も達者。 敵に回したら怖いな…。 (でも…) 助けてくれて、嬉しかったな…。 (また、会えるかな…) Contents← Novel☆top← Home← |