勿忘草と彼の人[2]



 迫りくる手の大きさに驚くと同時に、首の痛みで体が強張った。

 次の瞬間、細い鎖は音も無く引きちぎられ、その破片が足元に散らばった。




 何てことをするんだろう。

 そんな強行な手段をとって、アタシの首に傷でも残ったら、自分の立場の方が危うくなるとは思わないんだろうか。


沼田
「…こうなってしまってはもう、身に着けることは出来ませんね」


「…」

沼田
「諦めなさい。アナタが悪いのですから」


「……」

沼田
「さあ、その手の中の物も、先生に預けなさい。学校が終われば返してあげられます」


「………」


 澄ました声で。当然という態度で。アタシの大切な物を破壊した本人が何を言ってるんだろう。

 例えば今の台詞が本心だとして、引きちぎられた鎖はいったいどうしてくれるというのか。

 今まで何度も生徒から何かを没収している場面は見てきたけれど、それが返ってきたという話は聞いた事が無いし、信用できる要素が無いんだよ。


沼田
「!!」


 悔しいのか腹立たしいのかわからないけれど、今の感情を抑える手段はたぶんコレしかなかったんだと思う。

 無意識のうちに頬を伝っていた液体は、終始冷静な表情だった沼田の顔を引き攣らせた。


沼田
「な、泣いてどうにかなるような事ではありませんよ!?早く渡しなさい!」


「嫌だって言ってるじゃないですか」

沼田
「なっ!?」


 従う道理なんか無い。

 これは…このペンダントは…ママが生前よく身に着けていたという、所謂『形見』というやつなのだ。

 返してくれる保証の無い相手に易々と手渡せるほど簡単な物ではない。


 そんな此方の態度を見て頭に血が上ったらしき沼田は、トップを握りしめるアタシの腕をもの凄い力で掴んだ。

 大人の男の力で、アタシの腕は引きちぎられんばかりに強く掴まれ、引っ張られる。

 相手も必死なのかもしれない。ここで見逃すわけにはいかないのかもしれない。でもそれは、アタシだってそうだ。

 渡すわけにはいかない。


沼田
「渡しなさい!」


「嫌です!」

沼田
「なんという聞き分けのない…!」


「だって先生壊したじゃないですか!それでもう充分じゃないですか!コレは…これはっ!母の形見だったのに!!」


 声を枯らして叫んだ瞬間。沼田の力が緩み、キツく掴まれていたアタシの腕が解放された。

 最早アタシ自身、なんでこんなに泣いているのかわからないくらいに、涙で顔中ベタベタになっている。


沼田
「そ…」


「…」

沼田
「そんな大事なものを…」


「…」

沼田
「学校になど着けてくる方が悪いんです!」


「……」
(…うわ)


??
「開き直ったの?タチが悪いですね〜」


「!?」

沼田
「!!」


 声がした方を見遣ると、いつの間にか沼田とアタシの横に立っている黄色い髪。


(この人!?)





慎一
「先生見てると、教師って職業は目指したくないって思いますね」


 黄色い髪に眠たそうな目。カリスマの店に居た人だ。


沼田
「な、なんだ君は!?いつの間に…いや、というか、君には関係無いだろ。それよりその…」

慎一
「違うでしょ。俺の違反云々の前にですよ。女子を泣かしたうえに大事なモン壊しといて、それでもまだ『お前が悪い』とか言ってる大人に問題があるんじゃないですか?」

沼田
「が…学校に関係の無いモノを持ち込むのがいけないと私は」

慎一
「だからね?先生。まず謝らないと」

沼田
「!」


「?」

慎一
「校則の前に道徳。これ、幼稚園児でも知ってますよ」


 これがこの人の澄ました表情なのだろうか…わからないけれど、何の迷いも躊躇いも無く教師に対して正論を述べている。

 制服を着ているということは、同じ学校の生徒だったと…そういう事になるよね。

 助けてくれたのは、とてもありがたい…でも、まさか、こんな事って…。




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