勿忘草と彼の人[1]



 ガコン・・・ガコン・・・


 翌日の学校。登校して数分。

 色々と警戒していたけど、今のところ通常運転。

 日課を遂行するため、登校したばかりの生徒で賑わう廊下を、自分の身体の半分くらいもあるゴミ箱を引き摺ってゴミ捨て場まで向かう。

 先生とすれ違う時は丁寧に会釈をして、よく通る声であいさつをする。

 先輩とすれ違う時は道を開けて、邪魔にならないように。


 目立たないとはつまり、こういうことだと思っている。

 はみ出さず、反発せず、平和に過ごすための鉄則。

 とにかく、昨夜カリスマの店で会った人は見当たらないし、不安が現実になる事はなさそうだ。


(それにしても、なんだろう…変だな)


 今朝、着替えたあたりからずっと首元に痒みがある。


(ストレス性の蕁麻疹だったらどうしよう…)


 そんな厄介なものが発生したら、あの身体に多大に悪影響な化粧ができなくなるかもしれない。そうしたら仕事が出来ない。まさかスッピンでなんてあんな・・・


(!)


 痒くて堪らない首元に指を這わせた瞬間、背筋が凍った。


(やばい!外すの忘れてた!)


 制服の襟に隠れてアタシの皮膚を刺激していた物の正体は、学校以外では肌身離さず身に着けていたペンダント。


(と、とにかくどこか人目の無いところで外してこないと…でも、持ってきていることがバレたら大変な事に…)


??
「長嶺さん。おはようございます」


「!」

??
「毎日偉いですね。そのゴミ箱はアナタには重いでしょうに」


「あ、お、おはようございます沼田先生。重くは無いので大丈夫です。ありがとうございます」

沼田
「そうですか……おや?」


「!」


 いつも通りに会釈をした瞬間。胸元のペンダントが制服の襟から飛び出すようにぶら下がり、微かな光を受けて煌めいた。


(よりにもよって!)


 なにも沼田の前で出てくること無いじゃないか。

 これはとてもマズイ状況だ。このままでは没収されてしまう。


沼田
「…おやおや。長嶺さん。アナタまでそういう物を学校に着けてくるような子だったんですか」


「いえ、こ、これは…」


 言い訳が思いつかない。とにかく飛び出したペンダントのトップを握りしめ、どうにか隠そうと努力する。

 これだけは没収されるわけにはいかない。どうにかこの気持ちを伝える方法は無いだろうか。

 それほど暑くもないのに、額と背中に流れる冷たい汗。

 目の前には、沼田の掌が差し出され、それを寄越せと手招いている。

 今まで何事も無く過ごしてきた筈なのに、急にこんな展開になるなんてあんまりだ。


沼田
「先生はね。長嶺さんはとても物分りの良い、優秀な生徒だと思っています。ここで黙って手渡してくれたら、問題にはしませんよ」


「……嫌です」

沼田
「…違反をしたのは…アナタなんですよ?」


「それは、わかっています…でも、コレだけは、嫌です」

沼田
「そうですか。では」


「!!」


 言い終えた途端。

 大きな手が力いっぱいに、首元のチェーンを掴んで引っ張った。



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