ガチなやつ[3] 考えるよりも先に身体が動くというのは、良い事のようでいて時に問題である。 格闘技が好きな父と遊んでいるうちに覚えてしまった”なんちゃって護身術”。困ったことにそれなりの才能みたいなものがあったのか、今ではこうして勝手に技を発動してしまうような小型兵器と化していた。 つい今しがたの情報を整理すれば、背後からの「思い出した!」という声と共に肩を掴まれたのだが、その手を逆に掴み返して一本背負いしたのは他でもない自分である。 咄嗟のことで受け身すらとれずに足元に転がってしまったのは、先ほど帰った筈の森先輩。 まったくなんということだろうか。同じ日に同じ人を二度もひっくり返してしまうだなんて…辛うじてテーブルを破壊するような事にならなくて良かったとは思うけども。 ヒロ 「あはははっ綾ちゃんすごーい!」 綾 「黙って。てか名前呼ばないでくれる?」 ヒロ 「え?なんでぇ??」 皓市 「…いやぁ〜…きっれ〜な弧を描いてたぞ。すげーなお前」 感動も感心もしていただかなくて結構である。それよりも目の前で気を失っている彼の事を少しくらい心配してあげてほしい。 綾 「咄嗟のことで悪いことしたと思ってるんだからそんなに褒めない。それよりもこの人をソファに寝かせてあげてくれない?アタシ何か冷やすもの持ってくるから」 皓市 「おうおう、そうだな。すまんすまん。よしヒロ手伝え」 ヒロ 「はぁーい」 さすがに「これが二度目です」などとは口が裂けても言いにくいけど…そもそもこの人はまた何をしに来たのだろうか。昼間は軽い足払い程度だったから大事には至らなかったものの、これでは益々先が思いやられる。 (…ん?ちょっと待って?) 新品のタオルを冷たい水に浸しながら、ハッとした。そういえば彼がアタシに触れると同時に言っていた「思い出した」とはいったい何のことだろうか。 まさかとは思うけど、アタシの正体を思い出した…とかだったら本当に困る。見破られる原因が幾つもあるだけにうまい言い訳すら見つからない。 (いやいや…落ち着け。何か打開策は在る筈…) 冷静な思考を保とうとしても最早バレているという方向にしか頭が回らない。こうなってしまっては、もう彼の良心に賭けるしかないのだろうか。それともまだ望みはあるのだろうか。 皓市 「おい、冷やすもんまだか?」 綾 「あ!ご、ごめん!」 いつまでもアタシが戻らないから催促が来てしまった。仕方がない、もう腹を括ろう。バレてしまっているのならもうどうしようもないし、言いふらされるのならその覚悟もしようじゃないか。 冷たくなったタオルをギュッと絞り、皆の待つリビングへ急ぐ。 ソファでぐったりと横たわっている先輩の額にタオルを乗せると、ほんの少しだが反応があった。良かった、生きてる。 父とカリスマはまたダイニングチェアに戻って珈琲を飲んでいる。まったく呑気なものだ。アタシが何故ここまでして、こんなにも悩ましい毎日を送っているのか分っているのだろうか。いや、わかる筈もないか。 綾 「…もしシンディの正体がバレてたらヒロさんのせいだからね」 ヒロ 「え〜?なにか言ったぁ?うふふ。コーヒーおいしいよ♪」 皓市 「…まあバレてんだろうな。慎一にはよ」 綾 「なんだと!?」 皓市 「怒るな怒るな。悪いようにはなんねーから」 綾 「なんでそんな事が言えんのさ…はぁ…アタシはこれからどうやって生きて行ったらいいのかな」 皓市 「くれぇなぁおいおい。ふははは」 綾 「退学にでもなったらどうしてくれる」 皓市 「なるかよ。義務教育だろ」 綾 「ならないとしても残りの日数ずっと笑いものだよ」 皓市 「お前を笑うやつぁこのお父様がこらしめてやっから心配すんなって」 綾 「能天気…」 皓市 「はははは」 もし笑いものになるのなら仕方ない。受け入れよう。でもタダでは転ばない。絶対に。 皓市 「もう化粧落として風呂にでも入ってこいよ。ゆっくり湯船にでも浸かりゃあ嫌な気分も少しは晴れんだろ」 綾 「…そうだね。そうするよ」 ヒロ 「おフロいいなぁ…」 皓市 「だったらお前はもう帰れ」 ヒロ 「綾ちゃんと一緒に入っていっちゃだめ?」 綾&皓市 「「ダメに決まってんだろ!」」 カリスマは良い年をして性別の違いもわからないのだろうか。それともわざとなのだろうか。だとしてもご期待に沿えるような代物ではないから残念だったな。 相変わらず名前を呼ぶ事を辞めないカリスマにウンザリしながら、アタシはとにかく風呂場へ急いだ。 Contents← Novel☆top← Home← |