ガチなやつ[1]



広夢
「あ!てかあの!べべべべつに今すぐ返事が欲しいとかじゃなくて!ってか考えてください!俺のこと!」


「……はぁ」


 まさかとは思うけど、本気ですか。

 つぶされるのではないかというほどに強く握られたアタシの左手。富田先輩は緊張しているらしく手汗がなかなか酷い。

 頬を紅潮させて若干鼻息も荒い彼のその勢いが少々怖いけど、こうなってしまうと自分の変身技術もたいしたもんだと変な自信が生まれた。

 よく考えてみてほしい。富田先輩は昼間の学校でアタシを見て”ダサ子”とか”地味子”と言った。更にはその見た目に対して、無論悪い意味でショックを受けたとも言った。なのにそれがどうだろう。こうしてズラを外し派手で露出過多な服を身に纏えば彼の恋愛対象になるらしいのだから驚きだ。しかもかなり本気らしいのだからまったくよくわからない。


皓市
「そういや慎一よぉ、お前のバンドどうなったんだ?活動してんのか」

慎一
「今は休止中。とりあえず受験もあるし気晴らしに一時復活の予定で考えてるから練習始めようかと思ってここに来たんだけどね。てか今その話してる場合じゃなくない?」

皓市
「若いモンの邪魔はできねぇだろうがよ。ははは」

慎一
「看板娘さんに悪い虫がついてもいいの?広夢だよ?」

皓市
「広夢も大人になったってことだろうよ。選ぶのは看板娘さんだからなぁ…俺ぁ人の恋路にケチ付けるような野暮な男じゃねぇぜ」

慎一
「へぇ…大人じゃん」

皓市
「オッサンだからな。ふははっ」


「…」


 一人娘の危機だというのにこの父親はまったく。

 助けてもらえないのなら仕方がない。自分でどうにかしようじゃないか。そう思った時。奥の自宅スペースからけたたましい物音と、甲高い叫び声が聞こえてきた。

 この家は父とアタシの二人暮らしなのに何故だと、普通なら考えるだろう。しかしこれもまた日常。その騒ぎの現況はすぐにこの場に現れる。



ヒロ
「綾ちゃーん!てかこうちゃんこうちゃんいませんかー!?」



 シブい柄の暖簾からアタシ達がいる店舗側に、大きな声で叫びながらひょっこりと顔を出したのはカリスマ美容師・ヒロさん。それを確認した瞬間、スパーンッ!という大きな音と共にティッシュの箱が彼の顔面に命中した。


ヒロ
「いっっっっったぁーい!」

皓市
「てんめぇは接客中に毎度毎度うるっせーんだよ!なんだ今日は!何の用だ!」


 顔を抑えて蹲るカリスマに容赦ない怒声を浴びせる父。何度も言うがこれも日常。

 二人は幼馴染なのだそうだが、普段めったなことでは怒ることなど無い父が、とにかくカリスマにだけはいつも厳しいのが謎だ。しかも父の方が年下だというのだから尚更解せない。


皓市
「毎回営業妨害ばっかしやがっていい加減訴えるぞてめえ!」

ヒロ
「だって今どうしても見せたい物があったんだもーん!いつも裏口開いてるんだからいいでしょー??」

皓市
「良かねーわ!不法侵入に営業妨害!てめぇのせいでウチにゃ平和がねぇんだよ!せめて表から来い!つーか大人なら営業時間終わってからにしろ!そんでてめぇの仕事はどうしたんだよ!まさか客ほっぽって来たんじゃねーだろうな!」

ヒロ
「えぇ〜?こうちゃんのお話むつかしいしー長すぎてわかんなーい。ってか綾ちゃんわぁ?あれ?慎ちゃんだぁ、あはは元気ぃ?ん?あ!いたー!綾ちゃん綾ちゃんあのねー!」


 ここでふたたび衝撃音。アタシを見つけてアタシの名前を叫んだカリスマのその頭に、分厚く重たい電話帳を振り落したのだから父も容赦がない。きっとこんなことばかりやってるからあの人はああなのだろう。


皓市
「あーっ!ったくしょーがねーな!おい慎一、悪いが広夢連れて帰ってくれ。話ならあとで電話でもくれりゃなんとかすっからよ。コイツが来ちまったらまともに話もできねぇ」

慎一
「そうだね。わかった。広夢、帰るよ」

広夢
「え?え?あ、あの、また来ます!」


「あはは…あの、すみません」

慎一
「いいえ。こちらこそ広夢がごめんね」

広夢
「シンディさんまたね!また来るから絶対!!」


「…」


 助かった。

 結局何の解決にもなってはいないけど、カリスマが絶妙なタイミングで入ってきてくれたおかげでどうにかやりすごせた。

 ただ問題がひとつ。カリスマがアタシの名前を、アタシを見て叫んだ。ということである。

 先輩二人がアタシの名前まで認識しているとは考えにくいけど、もしバレてしまうとしたらそこだろう。困った。

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