ドライに毒舌[3]



 ヒールの高い靴を履いての立ち仕事は、慣れていない分かなりの疲労感へと繋がるもので、分厚い化粧で顔面を苛めていることも手伝ってとにかくストレス。だからもともと客入りの少ない時間帯はカウンターの内側でふかふかの椅子に腰かけて事務作業へとスイッチする。

 PCには先ほどまで父が作業していた形跡があった。なるほど、ライヴハウスからの注文らしく、ギターの弦やピックなどの消耗品が大量に注文されている。その中には何本か名器と呼ばれる楽器の名前もあって、相当羽振りのいい相手であることが推察された。



「んーっと…CLUB JUNIOR SWEET?へぇ…可愛い名前」


 父の知り合いからの注文だと言っていたから、きっとここのオーナーか、もしくは担当者が取引相手ということになるのだろう。とはいえアタシがそんな場所に縁することなどこの先たぶん無いだろうから、多少の興味は惹かれても、それ以上でもそれ以下でもない。直接接客をする機会でもない限り、会うこともないのだろうし…。


 日がな一日座っている父の腰が痛まないようにと用意した、座り心地満点の回転椅子。アタシが座ってもそのクッションは沈むことなどない程にふかふか。座面から床までの高さは父の身体に合わせてあるため、足が届かないのが玉にキズ。宙にぶら下がる自分の足を収めたくてとりあえず組んではいるものの、まるで尻が見えてしまうのではないかという程に、ローライズのショートパンツから露わになっている自分の腰や太ももが目の毒だ。

 ガラス越しに外を見れば、いつの間にか日が沈んでいた。急いで外の明かりを点灯させ、店舗二階のスタジオで深夜まで練習していく客のメンテナンスに応じるために、それ専用の出入り口を開けておく。

 アタシの仕事など、店の中で客を待っていればいいだけなのだと父は言うが、それでは何の発展も無いのが現実。だから、ワザと目立つ格好で店の前に立ち、店舗の装飾を配置したり出入口の掃除をしたりしながら、蜘蛛の巣にかかる獲物を待つのである。

 アタシが母のように美人だったなら、こんな小細工は必要なかったのかもしれない。そう考えるとやりきれないけど、毎日恥ずかしさを押し殺しながら行うこの作業が、いつか実を結ぶ日を信じて、耐えるしかないのだと思うのだ。





 すっかり日が落ち切って、辺りを暗闇が包む頃。外に出ていたアタシの背後から「こんばんはー」という声が聞こえた。



「はぁい、こんばんわぁ♪」


 声は明らかに此方に向けられていた。だから勢いよく元気よく振り返り挨拶を返した瞬間、アタシの身体は硬直した。


慎一
「どーも。こうちゃんいます?」


「…あ、え…っと、あ、今呼んできますので中で待っててもらえますかぁ?」


 なんと、アタシに向かって声をかけてきた獲物は、今日の学校で散々関わりまくってしまった森先輩だった。そしてその後ろには当たり前のように富田先輩もいる。

 本当になんて日だ。こんなにも関わらなければならないなんて何かの陰謀だろうか。

 完全に油断していた。ついこの前だって肝を冷やしたばかりなのに、万が一こういうことが無いとも限らないのに、この場合の対処法を考えていなかった。


(ヤバいヤバいヤバいどうしようどうしようどうしよう)


 内心パニックになりながら、店内の応接スペースにあるソファまで案内すると、父を呼ぶため奥へと急ごうとした。しかし…


慎一
「お姉さん見た事ない顔だね」


「へっ!?」

慎一
「まあ自分もここ来るの久し振りなんですけどね」


「あは、あはは、常連さんなんですねー♪ごめんなさいアタシ挨拶もできてなくて…あのこういう者です。最近バイト始めたんでまだお会いできてない方も多いんですよーあはは♪シンディって呼んでくださいね☆」

慎一
「…」


 何故だろう。何故今呼び止めるんだろう。貴方は父に用事があるのではないのですか。アタシではなく父に会いにきたんでしょうが。いいから早く呼びに行かせろよ。パニックで乱暴な思考が脳内を駆けずり回る。先輩にしてみればきっと珍しいものに構ってみたいだけなのだろうに、テンプレの挨拶で応対したうえに渡した名刺を凝視されてしまった。


慎一
「…なんか、売れないキャバ嬢みたい」


「(は?)」

慎一
「名刺なんて初めてもらったんだけど。ここいつからこんな感じなの?てか化粧濃すぎじゃない?服も若干アンバランスだし。実はあんま慣れてないでしょその恰好」


「なっ…!」
(何言ってんだ!キャバ嬢がどういうものか知らないくせに何言ってんだ!)


 この人のこういうところを知らなかったわけでもないけれど、これではあんまりな言いぐさだ。確かに化粧も服も慣れていないものばかりだけど、それなりに頑張ってどうにか形作ったものなのに。


慎一
「女の子はお腹冷やすと良くないですよ」


 おへその見える服があまりお好きではないのか、ソファの背もたれに肘をついて、窓の外へ視線を投げながら呆れたように呟いた。

 最早、恥ずかしさと居た堪れなさで押し潰されそうだ。

 何故こんなにも攻撃されなくてはならないのだろうか。そんなにアタシの存在は不快ですか。


皓市
「おいおいおいウチの看板娘をあんま苛めてくれんなよ慎一」

慎一
「あ、どーも」

皓市
「つーか久し振りの割にお前変わってねーな」

慎一
「身長伸びたよ。何言ってんの」


 見計らっていたかのように絶妙なタイミングで奥から登場した父が、先輩とアタシの間に割り込む形でソファに腰を下ろした。


皓市
「いいよ。あとは俺がやっから奥で休んでな」


「う…はい」

広夢
「あの!シンディさん!」


「!?」


 助かったことに安堵して、踵を返そうとした時、思わぬ方向から声が飛んできて驚いた。それは富田先輩の声なのだが、なにやらこの感じはつい数時間前に見た光景ととても似ている。

 学校で見たあのふざけた態度はどこやら。この人にもこんな真剣な表情ができるのかと感心するほどの雰囲気。そんな彼の、綺麗に切りそろえられた爪が眩しい。きちんと手入れしているのがわかるその両手は、何故かアタシの左手を強く握りしめている。いや本当に何故だ。


慎一
「…広夢。広夢離しな。お姉さん困ってるよ」


「え…っと」

皓市
「なんだなんだぁ?」

広夢
「あの!良かったら!…で、いいんすけど!」


「…?」

広夢
「俺と付き合ってくれませんか!」


「は?」

皓市
「おーぅ?おいおいおいはははは」

慎一
「…うーわ」


「つ、つき、、、はい?」


 これは益々想定外。今の今まで妙に大人しいと思っていたらこの有様だ。

(てか今回は反撃衝動が出なくて助かった。というかそんな場合ではないけども)


 まったく何て日だ本当に。

 皓市くんも、ニヤニヤしている場合ではないですよ。



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