昨日、あたしはルッチさんに助けられた。
「怪我はないか」
「……る、っち、さん?」
強くつむったまぶたを開けば、ほんの10センチの目の前にあの胸板があって、あたしは気を失った。目が覚めたのは1時間前に出て行ったはずの秘書室。
「大丈夫?」
「……カリファ」
あたしにとっては暴漢よりもよっぽどムッチリ胸板の方が衝撃だった。いや、暴漢によって瞬間的に極限状態となったあたしのメンタルに、あのツンと張り出した突起物(所謂ち○び)のついた胸板が追い討ちをかけただけなのだが、とにかく突然ふらっと目の前が放送事故のようになってしまった。それ以降の記憶はない。
「あのルッチが血相変えてあなたをここに運んできたわ」
あたし自身、家に帰るはずだったのにまた同じ部屋にとんぼ返りすることになるとは思ってもみなかった。
「ルッチの身体で失神するとは、エムは変態だったのか?クルッポー」
「…ありがとうございました」
「今日は素直なんだな」
バサバサ、とハットリはほんの少し羽ばたいて見せた。そうだ、さっき聞いた声は、ハットリを介した声じゃなかった。
「普通に、しゃべれるんですね」
「当たり前だろう」
じゃあな、と言ってかなりあっさりとしたお別れだった。今日はこれでいいんだ、とハットリに語りかける後ろ姿がやっぱり自信に溢れていて、あああたしはこの人が苦手だったのだと思い出した。
「ではこれを、頼んだぞ」
「納入には2週間くらいかかりそうだけど大丈夫?」
「ああ、出来るだけ早いとありがたいがの」
「うちの社長ががんばる」
「そこはおぬしが頑張れ」
カクは好きだ、暑苦しくないから。老人のような話しぶりだがとてもさわやかで歳も近い。仕事に精を出している姿は確かに少し体育会系を彷彿とさせるが、長袖長ズボンが好印象。
「それはそうとエム、近頃ルッチがおぬしのことを気にかけておるようじゃが…って、なんじゃその顔は」
「い、や、別に…」
助けてもらったとはいえ、その話題で彼の名前は聞きたくない。気にしなければいいのだ、職長という取引先、あたしはただの下請けの営業だ。
「エム、あやつはこだわるとしつこい、諦めるのが賢明じゃ」
「なんであたしが折れなきゃいけないの」
「ちょちょっと4、5回抱かせてやれば飽きるわい」
「それあたしに失礼、ねえ失礼」
「ほれ、噂をすれば」
こちらへ向かって確実に大きくなっていくシルクハットのシルエット。
「会社まで送ってやるッポー」
「…結構です」
「懲りないやつだな」
「今日は真昼間ですから」
何を心配してか今がチャンスとばかり思ったのか、そのシルクハットは本日最後の発注チェックを済ませたあたしの前に現れた。
感謝はしているのだ。しかし、それは好意とは違う。
「エムはルッチが(目障りで)気になって仕方ないんじゃと」
「エム……!」
「ちょっとカク!」
悪い冗談だ!
「ルッチさん、違いますから」
「…乳輪がうずく」
スーパーチューズデー
戦況思わしくない様子
END