※注意※
「Lという存在」のL視点。
これ以上の被害者を出すわけにはいかない。
容疑者も割れている、十中八九、いや確実に犯人だという自信はある。今までの状況や行動から見ても明日の場所はほぼ確定だろう。
いやだとしてもだ…どうする。
特定出来ているが逮捕できる証拠が無い、あるとすれば現行犯逮捕。潜入しそこで逮捕…そんな事を信用して任せられる女性が、FBIや警察にいるか。
「はい、どうぞエル」
─…ふざけるな、何の為に今まで彼女をこの事件から遠ざけていた。
最終手段として考えられたからだ。こんなことが許せるか、こんな危険な真似。
無意識のうちに私は彼女の腕を掴んでいた。
「……エム」
この機会を逃せばまた逆戻りでもう一度だ、本当に被害者が増えるだけ。
私が。Lが許して良いはずが無い。
囮は女。
「…エル?」
綺麗な目が私を射抜く。その細い腕から伝わる不安が私を焦らす。
「………っ」
──ガシャーン!!
こうなるかもしれないと分かっていたから前線から外した。苛立ちが収まらない、こんな自分がL、笑えない。
「エルやめて!」
彼女の声に我に帰った。
…荒れたテーブル、割れたカップとグシャっと跡形も無いケーキ。
飛び込んできた体を受け止めることしか私は出来なかった。
「すみませんエム、取り乱してました」
こんな自分、生まれて初めてだ。
彼女には今までの捜査状況を全て話した。さすが長年私のパートナーを務めてくれただけあって飲み込みも早い。
私が言わずとも自分がどうするべきなのかを暗黙に悟っていた。柔らかく微笑んだ彼女がたまらなく愛おしかった。
「しかし危険すぎます。今までの女性は皆」
殺された。
「でも女しかその犯人には近づけない。現行犯で押さえるしか証拠も残らない、捕まえられない。FBIが携わっても決定的な証拠が無いから検挙出来ない」
何もかも分かっていた。
「あたしがやるしか無いでしょう」
口の中に少し、鉄が広がった。
絶対そう言うと思った。私は、だから、嘘をつく。
「…駄目ですそんなこと、許せません」
本当は最初からこうなると分かっていた。
「あたしは大丈夫。どれだけあなたの隣で働いてきたと思ってるの?」
「今の警察は無能です。犯人も分かっており、単独犯であるにもかかわらず証拠も押さえられていません。私が何度も指示しても、犯人に逃げられてばかりです」
私は今彼女を危険に晒そうとしている、ひどく罰当たりなものだ。
「でもあと一歩なんでしょ?あとは証拠として、現行の犯人を捕まえる。あたしが囮になってその隙に」
「警察やFBIが何度逃げられたと思ってるんですか!第一そんな事がバレたらあなたは絶対に殺されます!たとえバレなくとも」
私が女性を怒鳴りつけるなんて、らしくないといわれればそうだろう。
しかし言葉を曖昧にしたところで彼女には全ての捜査状況を教えた。
「何をされるか」
陵辱、抵抗されれば強姦、そして殺害がこの事件だ。それは今までの被害者を確認すれば確実だ。
「……ね?エル」
促される返事。
「…絶対、私が守ります」
これが今私が出来る唯一の約束。
「ありがとう」
私はなんて無力なんだ。
『今までの状況から見て、盗聴器隠しカメラは確実にバレますので、彼女にはなにも付けずに潜入してもらいます。
あくまで彼女は囮です、犯行を確実に押さえなれば犠牲になることは免れません』
『分かったL、我々はどうすれば』
『見張りを付けても、それがバレれば今までと同じ結果になります。相手は大量殺人鬼です、容赦せずに生かして逮捕してください』
──私が行くしかない。
パキッとまた口の中に、少量の鉄の味が広がった。
「…待ってたぞ、早く来い」
「えぇ、お待たせしたわ」
『私が合図を出すまでは動かないように指示した上で待機させてください。
おそらく突撃の必要はないと思いますので機動部隊の配備もいりません。とにかく目立つ事をして犯人に気付かれないことだけを第一に、囮が殺されます』
『了解した』
──ブツ
「本当に宜しいんですか」
「…構わない…ワタリは確実に外からバレないように私の背後に居てください」
私が自ら足を運んだ事件が一体どれだけあったか。こんなに私情を挟んだ事件が、あったとでも?
廃墟、か。
小声でも多少は響く、コンクリート造り…厄介だな。
「いい体してんなぁ…惜しい女だ」
「なぁに?これからもあたしの相手、してくれるんでしょ」
「はっ…そうだなぁ」
「んっ…どうなのよ…っ、」
彼女よりも先に私がどうにかなってしまいそうだ。
こうして犯行が起きるまでじっと壁一枚の影でそれを監視しなければいけない。
「──…っあ」
自分の無力さが、本当に嫌になる。
何度吐き気を感じた?
目の前で恋人が犯されるさまを見て。
…何度爪を噛み割った?
彼女の声が、痛いほどに染みた。
「L」
「そろそろですか」
陵辱、拘束、暴行…だが私が押さえなければいけないのは殺害の現場だ、婦女暴行じゃない。
殴られ傷付けられ続けられるエムを見て既に私の精神はイカれそうだ。私も殺人鬼になれる、そう本当に思える。
「お前も殺してやる」
──来るか
「しかし、お前も惜しい女なのになぁ…くくっ」
「私が撃ちます。勿論ひるませるだけの物ですが」
「その必要は無い、私が行く」
「L!?」
その瞬間。
凶器を振り下ろそうとした男の体を、私の足が吹き飛ばした。
手が熱い。
随分と相手を殴ったようだ。ワタリが止めてくれるまで、気付かなかった。犯人がもう既に意識が無いこと、顔も体も腫れ上がっていること、エムが酷い格好で拘束されていること、すべて。
私はすぐさまその場をワタリに預けてエムを連れ出した。
「ひどい」
全ては私がLだから。
「エム」
泣きたかっただろう?
気持ち悪かっただろう?
そっと口付けた唇に、血が滲んでいる。苦しかっただろう、エム。
「ふ…ん…っ……」
「?!エム、エム…!」
毛布しか纏っていない冷たい体は小さく動いた。
「エル…」
応急処置しかしていない傷口だけが熱い。
「…本当にすみません。こんなにあなたを傷つけてしまった」
「あたしは…平気…犯人、捕まった…?」
「はい…全てエムのおかげです」
そう傷も体も、私は守ることが出来なかった。気丈に笑うエムが、哀しく感じた。
「本当にすみません、でした」
「…謝らないで、エル…?」
「あなたを守ると…誓ったのに。傷つけさせてしまいました」
儚く脆く、微笑んだ彼女が見えた気がした。
あなたが好きだから。大丈夫。END
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