※注意
裏はありませんが一部それを含んだ表現があります。変態などの描写は無く、暗い系でLという感じです。
「はい、どうぞエル」
そろそろエルが新しいケーキを求める頃だと思ったあたしはここ最近追っている事件でパソコンにかじりついているエルのテーブルの上にお皿を置いた。
「………」
「……?」
でも変だ。
エルが、反応しない。
普段ならベタベタとくっついて来るのにケーキのお礼も言わなければ、そのケーキにも手を付けない。
ただ事件に没頭してるだけなら、それも気にしない、けど、
「……」
瞳が揺れ、瞳孔が開かれて…わなわなと肩を震わせている。
そんなに恐ろしい事件展開なのだろうか?
この事件だけは危険だからと、エルが珍しくあたしを外させていた事件だったからあたしはこの事件の内容を知らないし、関わっちゃいけないんだと思っていた。
エルを、あたしは必死で気にかけるまいと思ってくるりと向きなおす。
「エム」
けどその瞬間引き止められた。痛いくらいに手首を握る手が、熱い。
「何、エル?」
恐怖を押し殺して、振り返る。
眉間にしわを寄せ血が滲むんじゃないかって程に握りきった拳を膝の上に乗せて、あの目であたしを見つめていた。
やっぱり様子がおかしい。
「…エ…ル?」
──ガシャーン!!
何が起きたのかあたしでも分からない。
ただ目の前ではいつも捜査には冷静で表情や行動に感情を出さない彼が、テーブルの上の書類やお菓子の残骸、カップもお皿もキーボードも…を。
全てなぎ払ってしまっていた。
派手な音をたてて散る書類、割れる陶器。こんな部屋を、エルを、見たことは無い。
「っ……!!」
「エルやめて!」
暴れるエルを押さえ込もうとした時、エルはぴたりと止みあたしを抱きしめた。
沈黙が、包む。
「……エル…?」
「………すみません、取り乱してしまいました」
そうそれは痛いほど強く。
エルの鼓動が戻るまであたしは黙って彼に抱きしめられていた。
──どうして彼が、取り乱したのか──
あたしはエルに、にっこり笑ってみせた。
「しかし危険すぎます。今までの女性は皆」
「でも、女しかその犯人には近づけない。現行犯で押さえるしか、証拠も残らない、捕まえられない。エルとFBIが携わっても、決定的な証拠が無いから検挙出来ない」
なら唯一無二の証拠、現行犯として捕らえるしかない。
話を聞いていて分かったのはその異常なまでの女性に対する猟奇性に満ちた犯人と、証拠となるものを完璧に残さないやり方と、エルの愛情。
「あたしがやるしか無いでしょう?」
ギリっと彼は、爪を噛み割った。
「駄目です、そんなこと、許せません」
「あたしは大丈夫よ? どれだけあなたの隣で働いてきたと思ってるの」
ずっとずっと、一人で闘ってきたあなたの傍に付いたあの日から、ずっと。
「…今の警察は無能です。犯人も分かっており、単独犯であるにもかかわらず証拠も押さえられていません。私が何度も指示しても、犯人に逃げられてばかりです」
それでも絶対私を出したくは無かったと、彼は付け足した。
「でもあと一歩なんでしょう?あとは証拠として、現行の犯人を捕まえるだけ…あたしが囮になってその隙に」
「警察やFBIが何度逃げられたと思ってるんですか!第一そんな事がバレたらあなたは絶対に殺されます!たとえバレなくとも……!」
語尾を濁したあと、彼はぎゅっと抱きしめた。
「何をされるか」
それが彼が一番気に掛け続けてたことだった。彼らしくないと言えば、それはひどく彼らしくあってはならないことだった。
─どんなにあたしの格闘や推理能力がただの女の域でないではないと言っても、女であることには変わらない。犯人の今までの殺人状況から見ても、明らかな事実だった。
「でもエル、これ以上一般人を死なせて何になるの…?あんたがいつまでも黙っていたら、誰も犯人を捕まえられないのよ」
そう、それが世界の最後の切り札として存在する、Lの意味。
たった一人の女の一瞬と、何人もを犠牲を天秤ではかることは出来ない存在。
「……ね?エル」
「エムは絶対、私が守ります」
「ありがとう」
たくさんたくさん抱きしめられて、何度も何度も愛された。
『今までの状況から見て盗聴器隠しカメラは確実にバレますので、彼女にはなにも付けずに潜入してもらいます。
あくまで彼女は囮です、犯行を確実に押さえなれば犠牲になることは免れません』
『分かったL、我々はどうすれば…』
『見張りを付けても、それがバレれば今までと同じ結果になります。相手は大量殺人鬼です、容赦せずに生かして逮捕してください』
スピーカー越しに、何かの割れる音が聞こえた。
「…待ってたぞ、早く来い」
「お待たせしたわ」
薄気味悪い部屋、廃墟…タバコと埃の臭い、吐き気がする。違う…吐き気がするのは匂いのせいじゃない。
あたしを抱こうとしてるのがエルじゃないから。
「何も仕込んでねぇだろうな」
「あなたに愛されに来るのに何を仕込めばいいのかしら?」
「はっ…よく分かってるじゃねぇか」
舐め回すようにあたしの体を睨み続ける眼に映るあたしは何なんだろうか。
これは捜査、世界の為の、Lの為の、エルはあたしを守ってくれる。
大丈夫、怖くなんか無い。
「いい体してんなぁ…惜しい女だ」
「なぁに?これからもあたしの相手、してくれるんでしょう?」
そう、何も知らないフリをする。
今までの犠牲者と変わらない、欲望のまま壊される女の一人になりきる為に。
「あぁ…そうだなぁ」
「んっ…どうなのよ…っ」
気持ち悪い。
「──…っあ」
今までの犯行ではこう。
情事中の一環として傷つけながら眠ったところで拘束し暴行をくり返し、それを証拠の一切残らないようにしてから燃やして逃げる。
猟奇性に満ちた、女性大量殺人。
「お前も殺してやる」
薬とけだるさで意識が遠のいていく、でも…あとちょっと…あとちょっとで、証拠になる現行を押さえられる。
「しかし、お前も惜しい女なのになぁ…くくっ」
怖くなんか、無い…よ…
L…エルが……
「…っ……」
ピリッとした痛みが、一瞬走った。
「…エム、エム…?」
サイレンの音が遠くから聞こえる。どこかの一室であろう真っ暗な部屋、何も見えない。
ただその声が、温もりが、彼をあたしに教えてくれる。
「エル」
「エム本当にすみません。こんなに、あなたを傷つけた」
多少の切り傷とかすり傷、暴行されたアザと拘束された痕。犠牲者程でないが、肌にはそれを覆い隠すように巻かれた無数の包帯。
包んでいるのは毛布とエルだけだった。
「あたしは平気…犯人、捕まった…?」
「…はい、全て、エムのおかげです」
声がいつもに増して低く重い。抱きしめられている腕に力を感じた。
「…本当に、すみません、でした」
「謝らないでエル」
「あなたを守ると誓ったのに、傷つけさせてしまいました。守ると言ったのに、私はエムの体を守る事が…出来ませんでした」
「でも…大丈夫だよ…?」
そう目の前にはエル…それだけで良いの。
「私は、エムを」
また痛いほどに抱きしめられた。その腕からは、エルの悲痛と謝罪と愛情が痛みと伝わってくる。
「Lの為なら」
そう、エルの為なら、
「何だって出来るよ?」
「そうじゃない!」
あたしの体をまた強く抱きすくめてエルは全てをかき消すように叫んだ。
「エムが居なくなってしまったら何の意味もないんですよ、何で分からないんですか!」
「っご…ごめんなさい…」
怖いくらいなエルの声に怯えてあたしは身を固くした。
それに気付いたエルはパッと手を緩めた。
「すみません…、でももうそんなこと、言わないで下さい」
…優しいんだ、この人は。顔なんて見えない、だけど、伝わってくる。
「…ごめん、エル…」
ぎゅっとしがみついたあたしの肩をそっと包んでくれた。
「たとえこれからどんなことがあってもエムは私が守ります」
「…うん」
「居なくなんてならないでください」
「……うん」
そう彼はLという人。
彼の温もりを、エルという彼の温かさを、この身に焼き付けて。エルという人間に守られ、エルという人間を支えたい。
それが彼一人に課せられた枷だとしても。
END
暗い系ですが…一応、愛はあってほしいなと。
Lならこんな選択しか、出来ないんだろうけど…そんな可哀想な立場を書いてみたかったんです。
もっと辛辣そうだけれど。
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