それは、ある日。
今日もまた私は電子機器と睨みあいで。今日もまた彼女は文庫本と微笑みあう。私はその笑顔をとても愛しく思う。
「エル」
「はい」
「見つめるものが違うわよ」
「いいえ、違いません」
私がこの目に焼き付けたいのは、焦がすほどに愛しいあなたの姿なのですから。
「ねぇ、エル」
「はい」
「買い物、行ってきてもいい?」
一人で、と彼女は言った。私の表情は、少し曇る。
「駄目です」
「どうして?」
聞くまでもない事をあなたはその張り付けたように揺るがない笑顔で問掛けてきます。そう、私がまるめこまれそうなくらいに魅力的な笑顔で。
「駄目なものは、…駄目です」
「だから、どうして?」
彼女の笑顔は憎らしくなるほどに私を揺さぶる。自覚してわざとそうしている彼女が心底憎らしくも愛しい私は情けないです。
「……から…です」
「なに?」
私は笑みを浮かべるあなたと対照的な歪みを見せてしまいます。
「…悪い男に引っかかったら…心配ですから、駄目です」
「あたしが信じられないの?」
あぁ、彼女はまた笑いかけた。
愛しい、愛しすぎる私の女神。
たとえそれが私を黙らせる為だとしても、あまりにもそれは愛らしすぎます。
「女神は言い過ぎよ」
「そんな事は決してありません」
「それに第一、エルの女神になった覚えはないけど」
「なにを今更、ですよ」
とにかくダメです。
私はあなたの身に何かあったらと、心配で仕方ないのですから。私の女神に、何かあったら、
「何もあったことないのに、エルは心配しすぎ」
あたしはもう大人よ?と。
「……いけませんか?」
私はすっかりパソコンを放りなげて彼女の向かい側に座りました。小さなテーブルの上に乗っているお菓子に手をつけながら私は彼女から視線をそらしません。
「第一…」
「何?」
「何をしに行くのですか?」
ここに不備なものなどないでしょうに。
「…そうね、気晴らしにいくだけ」
彼女はそう一言呟くと、立ち上がった。
「すぐ戻ってくるから、心配しないで?」
「ちょっ…エムさんっ」
小さく笑って消えた何かが引っ掛かってどうにも取れない不安を残し女神は私に笑みを投げかけてドアを閉めた。
END
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