「エムさんエムさん」
「何、エル」
エムさんはいつも。
私の名前を呼んで振り向いてくれる。
「好きですよ」
「……………」
「好きですよ?」
「そう」
「本気ですよ」
「そうね」
「抱きしめたいのでこちらに来てください」
「嫌」
エムさんがページをめくる姿は何度見ても美しくて愛おしい。私の好きな好きなエムさん。
「エムさんコーヒーが飲みたいです」
「…冷めちゃった?」
エムさんの目線は私の机にのっているカップに向いた。それは数分前に、この机に腰をおろしたものだったから。
「………」
私はそれに角砂糖を放り込んで一気に飲み干した。
「おかわりがほしいです」
「…ちょっと待っててね」
エムさんはほんの少し笑ってソファから立ち上がった。苦笑も混じったその微笑みがあまりにも優しくて、私の胸は小躍りしてしまいそうだ。
毎日毎日、仕事なんて手につかないくらいに私は彼女に見惚れてしまうのです。
「エル」
「…はい?」
「これ飲んだら、ちゃんと仕事してね」
カチャン…とスプーンの添えられたカップが音を立てて私の手元に置かれた。エムさんは微笑むとそう言った。
「もちろんですよ」
あなたはいつも、私の心なんて簡単に見抜いてしまう人。まるで、私を映す鏡のような人ですよ。
カタカタと私がキーボードをたたく音だけが聞こえた。そう、エムさんとの約束ですから、ね。
「…ー……」
声をたてずに溜息をついて、ふと私は手を伸ばしました。ひと時の癒しを求めて、です。
だけど触れたのは冷たい陶器ではなく、温かい指先でした。
「?!」
「…ん……」
同時に右肩に軽い重量感。
…その肩から重量が落ちないようにゆっくり振り向けば、片手を私の隣について文庫本にもう片方の手の人差し指をさしこんで。頭を私の肩に預けたまま、静かにエムさんが寝息をたてていました。
「エム…さん…?」
「……すぅ…」
「………」
一瞬、なぜ彼女がここにいた事に気付かなかったのだろうかと自分を考え。なぜ彼女がここにいるのかということを思って、…私は思わず笑ってしまった。
知らないということは、不幸ということなのでしょうか目覚めるまでの幸せを私は背中に感じた。
END
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