「エムさんエムさん」
「何エル」
「お腹がすきました」
本を読む手が急に重くなったと思ったら、その先にはエルがせがむように服の裾を掴んでいた。
「受話器あっち」
「エムさんを食べたいです」
変態の顔に一発本の背表紙を叩き付けてあたしはソファから立ち上がった。
「何を作ってくれますか?」
後ろから、鼻の辺りを押さえた彼の声がした。
「…フルーツポンチ、とか…」
キッチンを見渡して思いついたものはそれだった。
先日ワタリさんが持ってきてくれたフルーツの籠が目に入ったから、手ごろで簡単なものだけどエルの好きな『甘い物』だからと思って。
サイダーも、冷蔵庫を見れば…ある。
適当な大きさのフルーツと白玉をガラスの中に入れて炭酸水をかける。彼の前に置くとエルは魅入るようにそれを眺めていた。
「どうかした?」
「…いえ…」
というと、彼は持っていたスプーンでフルーツをつつくと口に運んだ。
「おいしいです」
「良かったね」
エムさんの手作りだからですというと彼は嬉しそうにまた口に運んだ。フルーツ切って白玉ゆでてサイダーかけただけのものに手作りなんて関係あるのかしら。
「それでもエムさんが私の為に作ってくださったものですから」
おいしいです、そう彼は言った。
エルの率直すぎるまでの愛情表現はたまに安らぐ。ここにいて良かったって思えるから。
「エムさん」
「何?」
…ふと気付くと彼のさっきまでの表情はついぞやら、不機嫌そうに眉を歪めてあたしの前にスプーンを示した。
「…甘くないです…」
「白玉だもん」
「おいしいですが、これは嫌です」
「…残せば?」
あたしがそう言うのに彼はその手を下ろさない。
「エムさんが作ってくれたものを残せません」
「じゃあ食べれば良いじゃない」
「エムさんが食べてください」
私の前に示してあったのはその為。
「わがままね」
「プレゼントですよ」
仕方なくあたしは一息溜息をついてそのスプーンを口にいれた。サイダーをまとった白玉は甘く、弾力のある感触が広がった。一つおかしいのはエルの頬が赤くなったこと。
「…どうしたの?」
「間接キスですね」
…そう呟くと彼はガラスの中の白玉を口に入れた。そうエルはそれがやりたかっただけ。食べられないわけじゃない。
「わがまま」
「構いませんよ」
彼は赤い顔で余裕そうに笑った。
そんな余裕の顔がなんだかにくたらしくて。
「エル」
「はい?」
「口あけて」
あたしはポケットの中からそれを一つ、エルの口に入れた。
「おかえし」
白いミルクキャンディーがエルの舌に乗った。
「…懐かしいですね」
「…え?」
落ちるアメ窓の外が曇り、雨に濡れている事になんてまだ、気付いてはいない。それはまた、懐かしい。
END
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